鋼鉄の犬(その5)

「お父さんが事件に巻き込まれて病院に運ばれた。いっしょに来てほしい」

溝口沙保里が最寄りの私鉄の駅の改札口を出たところで、ダークスーツ姿の長身の男が行く手をさえぎり、警察手帳をチラと見せた。

古典的な児童誘拐の手口にたやすく騙されたのは、恋に恋する16歳の乙女が、一瞬にして茶髪の若くてハンサムな刑事の虜になったからだ。

茶髪の刑事など、TVドラマの世界にもいないのは子供でも分かることだ。

ましてや、沙保里は偏差値の高い女子高校の生徒だ・・・。

覆面パトカーのような黒塗りの高級車がすっと横づけされて扉が開いたので、茶髪の刑事に手を引かれた沙保里は、魔が差したように乗り込んでしまった。


車は、学校のある方向へ逆もどりし、ターミナル駅近くの高級ホテルの地下駐車場に滑り込んだ。

エレベータで最上階の客室に連れて行かれ、

「お父さんは、・・・実はこの近くの警察署で取り調べを受けている。君にも証言してもらうことがあるので、ここで待機していてほしい」

と言われた少女は、携帯電話と鞄を取り上げられ、長いことひとりにされた。

窓の外は次第に暗くなり、強風が吹き荒れる眼下のネオンの海の輝きがいっそう増してきた。

居ても立ってもいられないような不安がこみ上げてきた。

「・・・もう、これ以上待てない。家に帰らなければ」

と、立ち上がった時、クリームソーダとサンドイッチを手にした茶髪の刑事が現れた。

沙保里が食べるのを、ソファーに座った茶髪の刑事は黙って見つめ、煙草を立て続けに吸った。

『長い足を組んで煙草を吸う仕草がさまになっている。苦み走ったいい男とはこのひとのことね』

お腹がいっぱいになった沙保里は、いつまでも男に見惚れていた。

男の内ポケットの携帯が鳴った。

画面を見た男は、

「さあ行こうか」

と、沙保里を急き立てた。


地下の駐車場ではなく、ホテルのすぐ裏の夜を欺くようなまばゆい極彩色のネオンが渦巻く歓楽街に、沙保里は連れて行かれた。

歓楽街の裏手の大きな駐車場の横に、風俗の殿堂のようなビルが立っていた。

その地下の降り口の上に「JK学園」というアーチ型の看板が輝いていた。

茶髪の刑事は先に地下の階段をどんどん降りて行くので、沙保里はあわてて後を追った。

豪華なシャンデリアが輝く地下フロアーのどこにもJKなどのイメージはなく、ピンクのカーペットの上に深々としたソファーとガラスのテーブルが並べられていた。

すでに、若い客と女子高の制服を着た女の子が三々五々ソファーに座って静かに話をしていた。


「君のお父さんの会社は大きな借金を抱えて倒産した。ここで働いて少しでもお金を返さなければならない」

茶髪の男はそう言ってくるりと背を向けて、立ち去った。

『あれっ、どうしてじぶんを見捨てるのだろう』

沙保里はうらめしい気持ちになった。

『でもじぶんの鞄と携帯を持っているのだから、あとで会えるはずだ・・・』

ミッション系の学校なので、沙保里はシスターが口癖のように言う、

『ひとを疑ってはいけません。ひとは信じるものです』

という考えを信じていた。

この場合は少しは疑うことを学ぶべきだろうが・・・。

ぼんやりと立っていると、

ピンクのシルクのブラウスに光沢のある黒いスカート姿のママが、黒いタキシード姿のマネージャーを従えてやって来た。

「さあ、働いて、働いて。・・・何もむずかしいことはないわ。ただ、お客さんの横に黙って座っていればいいのよ」

きつい香水を振りまくママは、パンパンと手を叩いた。

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