鋼鉄の犬(その4)
数日かけて、工藤以外の住民全員に話を聞いた。
この溝口の所有するアパートの間借り人の20人のほとんどが老人で、しかも溝口のあっせんで生活保護を受給していることが分かった。
溝口は、新宿や池袋などの盛り場でホームレスまがいの暮らしをしている老人たちに声をかけ、この団地に移住させて生活保護を受給させていた。
人助けなどと口では言っているが、煎じ詰めれば生活保護ブローカーみたいなことをして、溝口は高額のアパートの家賃収入を得ているのだろう。
そのうちの半数の10人ほどが、大金をちらつかせる工藤に強引に口説かれて、自室で大麻草を栽培していると白状した。
おおよその状況証拠はつかんだので、すぐに警察に駆け込むかと思ったが、溝口はそうはしなかった。
「何かもう、・・・もっと決定的な証拠を集められんかね」
と溝口は言った。
工藤を追い出すためにもっと証拠を固めたいのか?
生活保護ブローカーが後ろめたいのか、警察沙汰にはしたくないようだった。
「それには工藤の部屋を調べるしかないですよ」
と言うと、溝口はエアコンの取り換えとか畳替えとかあれやこれやと工藤の部屋に入り込む口実を並べ立てたが、
「前から予定があるものだと、やばいモノはぜんぶ隠してしまうだろうしな・・・」
と、じぶんの出したアイデアをじぶんで否定し、
「もたもたしていると、大麻草を栽培している老人どもが、大家が嗅ぎ回っていると、工藤に告げ口するだろうしな」
溝口は考えあぐねていた。
金曜の夕方、黒塗りのハイヤーが右手のアパートの前に横づけされた。
いつものジャージーの上下をジャケットとチノパンに着替えた工藤が、右足を棒のようにひきずりながら階段を降りて来た。
「工藤の奴、大麻でひと儲けしたので、めかして遊びにお出かけかい」
台所の裏窓から双眼鏡で見張っていた溝口がうめいた。
工藤を乗せたハイヤーが走り去るのを見届けた溝口は、手提げ金庫から鍵の束を取り出してジャンパーのポケットに突っ込むと部屋を飛び出した。
向かいのアパートの外階段を駆け昇り、溝口は鍵束をじゃらじゃらさせてもどかしそうに工藤の部屋の扉を開けた。
思いの外、玄関はきれいにかたずけられていたが、引戸を開けて居間の電気を点けると、寝室までぶち抜いた二部屋いっぱいに洗濯紐が幾重にも吊り下げられ、ピンチで留めた大麻の葉がびっしりと並べられているのに圧倒された。
エアコンを冷房で回したまま、畳の上で扇風機と除湿器がそれぞれ2台動いていたが、それでも6畳の居間と寝室には蒸れて腐ったような強烈な匂いがこもっていた。
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