第63話 1-15-3 成斗の告白そして…

1-15-3 成斗の告白そして… 耳より近く感じたい


ー翌日、午後1時過ぎ


 駅の改札口を抜け、東口の階段を降りていく。


 階段に背を向けて立っているのは、後ろの髪が跳ねている片山だ。


「片山くん、来たよ」

 振り返った片山の顔は、少しだけ哀しそうだ。


「うん、行こう」

 そう言って、音波の少し前を歩く。


 マンションに着くまでの間、会話は無い。


 エントランスを抜け、エレベーターに乗る。

 そして、玄関ドアを開ける。


「上がって」

「うん、お邪魔します」


 音波をリビングに通す。

「適当に座って。

 飲み物、コーヒーでいい?

 インスタントだけど」


「うん、ありがとう」

 音波は、前回座ったソファに座る。


 片山がコーヒーカップを2つ手に持ってくる。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 片山は、テーブルをはさんだ音波の向かいの椅子に座る。


「…もし、俺がどうにかなったら、

 兄さんが音波のこと、

 助けてくれるから…」


 カップから湯気が上る。

 片山は、まだ話さない。

 沈黙が流れる。


 覚悟が決まったのか、片山はフウッと息を吐き、ようやく話し始める。


「自己紹介の時に、俺、音波に話したことあったろ。

 俺は、女が苦手だって…。


 …、俺は、【女性恐怖症】になって、女子に触られるのが駄目な、【接触恐怖症】ってやつなんだ」


 音波は何も言わずに、片山を真っ直ぐに見て話を聞く。



「…啓太が前に話したろ

 呼び出しの手紙下駄箱に貼ったら、

 教室に女子達が集まったって。

 …、あれの後、続きがあるんだ。


 これは俺と家族、啓太と担任、宿舎に残ってた先生と校長、教頭先生くらいしか知らない」


 片山はまたフウッと息をつく。

 そして話を続ける。


「中一の時に、二泊三日の林間学校があって、

 出発の前の日に、雨に打たれて、

 一日目は何ともなく過ごしてた。


 だけど夜になって、体調悪くなって、

 二日目は登山だったけど、

 熱出して登れなくて、


 それで、新任の…女の先生が一緒に残ることになって、


 その先生には、前から度々変な用事で呼び出されたりしてたんだけど…」


 徐々に片山の様子が変わっていく。

 身体が小刻みに震えだす。


「熱でうなされてたら、

 …その先生が部屋に入ってきて、

 解熱剤だって言って、そいつに…何か色々飲まされて、

 …少ししたら、もう全身が痺れて…う、動けなくなってた

 …っ、ハァ、ハァ…」


 当時の光景を脳裏に蘇らせる苦痛で、息苦しくなるが、片山は自分の腕をギュッと掴んで必死に耐える。


「…”片山くんは全部私のもの、誰にも渡さない…私だけを見て”って言いながら、

 服、破られて…

 …体中、撫で回されて…、っ、

 い、色んなとこ、キスされて…、ハァ、

 頭はガンガンするし、ハァ、くっ、」


 片山の身体がガクガクと震えだす。


「ああ、いやだ、嫌だ…、くそっ駄目だ、」


 片山は自分の腕に爪を立て思いっきり力を入れる。

 痛みで何とか正気を保とうとしている。


「薬か…何かのせいで、意識もうろうで、

 でも、感覚だけは異常に敏感で、怖くて堪らなくて…、

 何かされるたびに、ハァハァ、反応するのが苦しくて、気持ち悪くて、


 身体に全くチカラ入らなくて、

 抵抗…できなくて…、ハァ、ハァ…」


 片山は目をギュッと瞑り、必死に耐えている。


「…啓太が、登山の途中で、クラスの連中放り出させてまで担任引っ張って、

 戻ってきてくれた。


 啓太が担任と一緒になって、襲われてる俺から先生を引き剥がしてくれたおかげで、

 …っ、されるがままだった俺は、助かって、解放されて、ハァ、ハァ、

 …啓太の叫ぶ声を遠くで聞いたのを最後に、完全に気を失って、ハァ、ハァ、

 


 …俺はそのまま救急車で運ばれて、暫く入院で、

 女の…先生は、結局精神病院に入ったって、

 後から啓太に聞かされた


 ハァハァッ、くっ、


 …その先生は、もともと精神病んでたらしくて、

 何でか分らないけど、俺のこと執着し過ぎて、

 教室に女子達が押し寄せたのがきっかけになって、

 二人っきりになったから行動しちまったんだろうって…」


 話の根幹は語った。


 片山は額に汗をかいている。


「…それから女が何か言ってきても、信用できなくなった…

 暫くは、女子の顔が全部…あん時の女の先生に見えて…キツかった、


 退院した後、学校に行くのが大変で…、

 だからコンタクトはやめて伊達メガネにして、

 見なくていいようにした。

 でも、やっぱり裸眼じゃ色々と支障が出るから、度入り眼鏡に替えた。


 何か他人に薦められても、

 自分以外では、

 家族か啓太が買ったものしか信用できなくなった…。


 でも、好きなことには目をキラキラさせながら話すお前の、無防備な笑顔を見てたら、

 サンドイッチ食べてみようかなって…

 チキンカツと玉子、旨かった」


「片山くん…」


 片山の身体の震えが治まってきた。


「女子と接近したり話したりとかは、なんとか大丈夫になったけど、

 必要以上には話せなくて…、

 言葉足らずな時とかあって、誤解されたりすることもあった


 女には、自分からは絶対にさわらないし、れられるのも避けてきた…

 話しかけてくる女子の正面に立つようにして、

 相手の動きに直ぐ反応できるようにしてたし、

 触られたりしたときは振り払ってた


 それが…音波は違ったんだ

 入学式のときも、体育祭のときも、

 音波にはさわれた


 初めて部室で音波に手を握られて、笑顔を見て、

 何でかわからないけど懐かしいって思った…

 その時に、多分惹かれはじめたんだと思う


 その後もお前にれて、

 笑顔が見たい、声を聞いていたい、

 音波の近くにいたいと思った


 だけど…

 学園祭の日に、宇野に抱きつかれたことがキッカケで、

 当時の記憶と感覚が蘇ってしまって、症状が出てしまった…

 …全然動けなくなって、ワケ分からなくなって、…意識が飛んで…

 

 啓太が来てくれたおかげで、

 なんとか正気に戻れた


 …それから不安になった

 音波に対してどう接したらいいんだろうって、

 体が反応して拒絶してしまったらどうしよう、

 傷つけてしまうんじゃないかって、

 怖くなった…


 だから、距離をとった

 離れるかもしれないなら、近づかなければいいって


 でも音波は、どんどん俺の中に入り込んでくる

 気持ちを真っ直ぐにぶつけてくる

 だから、俺も向き合おうって

 音波の気持ちに応えようって…」


 片山の肩が震える


「でも…、この前の…2月、

 話す前に、音波に…見られた

 …俺の症状が、音波の前で出た

 あんな姿を…、音波に見られたくなかった、っ、」


「片山くん…」


「…丸一日寝込んだ後、兄さんから聞いたよ、音波が世話してくれたって

 俺が喚いてても、逃げないで…

 薬…飲ませてくれたって


 意識飛んでたはずなのに、耳元で音波の声が聞こえた

 大丈夫って、安心して、って…

 多分それで症状が止まったのかもしれない


 俺のあんな姿見た後なのに、それでもお前は俺のこと知ろうとしてくれて…」


 片山は立ち上がり、音波の居るソファーに移動し、隣に座る。

 音波の手をとり、真っ直ぐに音波を見る。


「観覧車に乗ったあの日から、随分待たせてゴメン

 これが今の俺の正直な気持ち、


 音波…俺は音波が好きだ。


 音波が俺のこと、どう思ってるかは分からない…だけど、

 こんな欠陥のある俺だけど…俺が音波を好きでいることは、許してほしい…」


 片山の目が音波を愛おしく見つめる。


「片山くん…」


 音波の目から、涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「片山くん、ありがとう…

 ありがとう…話してくれて。


 私の気持ちは、何を聞いても変わらない。


 私も片山くんのことが好き…

 好きだよ、大好きだよ!」

 涙を流しながら、笑顔で応える。


「音波、本当…に?」

 眼鏡越しに見える片山の目は驚きを隠さない。


「うん、何度でも言うよ

 片山くんが大好きだよ!」


「…っ、」

 片山はふんわりと優しく包み込むように、音波を抱きしめる。

 涙が、頬を伝う…


「ありがとう…音波!」


「私も…ありがとう」


 片山の手が、音波の頬を優しく撫でる


「音波…大好きだ」


「…うん///」


 二人の唇が優しく、僅かに触れた。

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