第49話 1-11-4 (…が、音波がいるのに…)

1-11-4 (…が、音波がいるのに…) 耳より近く感じたい


 音波は片山の靴を脱がせ、中に入る。


「片山くんの部屋はどこ?」

「…すぐそこだから、…もういい、ハァ、ハァ、」


 入ってすぐ右手にドアがある。

 そのドアを開けて、音波だけ先に入り、掛布団を足元までめくって戻る。

 そして、片山を支えながら一緒に入り、ベッドまで連れて行く。


ドサッ…

 崩れるようにベッドにうつ伏せで倒れこむ片山。

「頭…痛ぇ」


「片山くん、上着脱いで」

 オーバーの肩口を掴み、袖を引っ張り腕を抜く。


 片山が体勢を仰向けにするのを手伝い、オデコに手を当てる。

(熱い…昨日の熱が上がったんだ)


「ハァ、ハァ…もう平気だから、音波は図書館に…」

「こんな状態でどこが平気なの?

 熱を下げなきゃ、頭も痛いの?」


 音波は、なにかのときのためにいつも常備している頭痛薬を、バッグの中のポーチから取り出す。

 次にキッチンに行き、目についたコップに水を注ぎ部屋に戻る。


「片山くん、頭痛薬飲もう」


ビクッ、

 薬と聞いて、片山の体が反応する。


「…いやだ、ハァハァ…」


「え、嫌って、お薬飲まないと熱下がらないよ?

 頭痛いのもとれないし」


「…いやだ、薬は嫌だ」

 首を横に振る。

「ハァ、ハァ、薬…”クスリ”は嫌だ」


(頭がガンガンする、目が開かない、ああ…いやだ、“この感覚”は嫌いだ、

 力が入らない、ああ駄目だ、意識が…音波がいるのに…)


「ハァハァ…音波、今すぐ帰れ…

 ハァハァッ、…お願い、帰って…」


 音波は疑問に思う。

(何で? ただ薬を飲むだけなのに

 子供みたいに拒むなんて)


「ほら、少しだけ起きて」

 片山を起き上がらせようと、背中に手をかけ、腕を掴む。


ド…クン、


「…触るな、いやだ…」


(え…?)


「離れろ、俺に…触れるな、」

「片山くん?」


「…いやだ、やめろ、やめてくれ、

 …触れるな、俺に触るな、触る…な、ハァ、ハァ、」


 明らかに様子がおかしくなった片山に、音波は不安と戸惑いでいっぱいになる。


 しかし、今はどんなに拒絶されても薬だけは何とか飲んでもらわなければ。


 だが、意識が朦朧とした人に薬を飲ませるのは危険だし、自分では薬を飲んではくれない。

 ならば…


 音波は片山の耳元で優しく声をかける。

「片山くん、私だよ、音波だよ。

 大丈夫、大丈夫だから、安心して」

 

 片山の体がピクリと動いた…気がした。


「ハァ、ハァ、…」


 片山の目が開き、音波を見る。


(あ、片山くん気がついてくれた、今なら…)


 音波はコップの水を口に含む。

 片山の少し開いた口に指を突っ込み薬を喉の奥に入れ込む。

 そして、直ぐに口づける。


「うっ…」

 …ゴクン、

 片山は再び目を閉じる。


(ぷはっ、薬飲んでくれた)

 音波は一先ずホッとする。


「ハァ、ハァ、…」


 汗がひどい。

 悪夢に魘(うな)されてでもいるかのようだ。


 他人の家の中を勝手に漁るのは申し訳なかったが、場合が場合なのでタオルを探す。


 洗面所に行き、見つけたタオルを水に濡らし固く絞る。


 片山の元へ戻り、刺激しないように顔や首筋の汗を拭いていく。



 片山の息が少し落ち着いてきたので、音波は佐藤にメッセージを送った。


円井

「片山くんのことだけど、

 お兄さんいるよね

 連絡取れないかな?

 さっき薬飲ませて

 今少し落ち着いてる」


ーー図書館

「はあぁー?!」

 いきなり発した佐藤の大声に、周りがザワつく。


「ちょっと、どうしたのよ佐藤、大声出して」


 梶に言われて我に返る。


「ごめん梶、ちょっと電話してくる!」

 佐藤は急いで外に出る。


(円井のやつ、何を飲ませたんだよ!

 成斗のやつ、大丈夫か?


 ていうか、円井何で成斗の家に居るんだよ、

 送ってっただけじゃなかったのかよ…)


 スマホの電話帳から片山の兄を探し、佐藤は電話をかける。


プルルル…プッ、

「よお、啓ちゃん久しぶり。どうした?」


「大智(ダイチ)さん、急で申し訳ないんですけど、直ぐマンションに戻れます?

 実は、成斗具合い悪いらしくて、今クラスの女子と部屋で二人きりなんです」


「女と? 何で?」

「何でか判らない。

 何か、薬飲ませたって、さっき連絡がきて」


「…、啓ちゃん今何処にいる? 拾っていく。

 お前いたほうがいいかも」


「はい、分かりました。 今◯◯図書館です」

「5分で行くからっ!」

ブツッ!


 佐藤は急いで梶の元へ戻り、急用が出来たから帰ると告げた。

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