第48話 1-11-3 「もう、…帰れ」

1-11-3 「もう、…帰れ」 耳より近く感じたい


ー翌土曜日、午前

 片山は、図書館へ行くため、兄と住むマンションを出て駅へと向かう。


 何となく体がダルいような感じがするが、気にする程ではないだろう。


 音波と駅のホームで合流するので、時間を気にする。


 (早めに駅に着いて、少しだけ座って待っていよう)


 音波と久しぶりに話せる…

 そう思うと、足取りが軽くなるものだが、駅に近づくにつれ、体が次第に重くなっていく。


(朝はそうでもなかったのに、今は…何だこのダルさは…きつい、

 なんか…頭も痛くなってきた

 この不調は、もしかしたらヤバいかもしれない)


「はぁ、」

 ようやく駅に着く。


 改札口への階段を上がるため、視線を変えた。

「…え、」

 サーッ…と目眩が襲う。


(あ…、これは…無理だ)

 そう判断した片山は、階段の端、邪魔にならないところに座り、上着のポケットからスマホを取り出し、文字を打つ。


片山

「音波 ごめん

 えきついたけどかえる」


「そのままいって」


 なんとか入力し、音波に送信する。


「ㇵァ、…」

 疲れが1日経ってどっと出てしまった。


(疲労レベル、見誤ったかな…)


 一方、

 1つ早い電車に乗った音波は、既に駅のホームで片山を待っている。


 初めて降りるホームだが、この駅から片山が通学していると思うと、どうでもいい広告や看板も違って見える。


 今日の目的は、図書館でみんなと一緒に勉強することだが、久しぶりに片山と学校以外で会うのだ。

 勉強の事でも、そうでなくても、少しは片山と話をすることが出来る。


 音波は、考える。


(片山くん、今日は眼鏡かけて来るのかな? かけないで来るのかな?)



 音波のスマホからメッセージ通知音が鳴る。


 スマホをバッグから取り出し、音波はメッセージを読む。


片山

「音波 ごめん

 えきついたけどかえる」

「そのままいって」


(え?)

 駅まで来ているのに、帰る…とは?

 まだ近くにいるかもしれない。


円井

「私、もう駅にいるよ」

「今どこ?」

 急いで送信する。


…、返信が来ない


円井

「もしかして画面見てない?」


…、画面を見ていない、気づいていない。


 音波はホームから階段を下りる。

 改札口まで行き、周囲を見渡す。

 片山の姿は無い。

 改札は通っていないのか?


 改札口を出てみる。

 左右に階段、東口と西口。

 西口を見るが、居ない。


 次は東口、端の方に誰かが壁に寄りかかって座っている。


 近づく音波。

 後ろの髪が跳ねている、片山だ。


 急いで駆け寄る。

「片山くん、片山くん!」


 前に回りこみ、片山の顔を確認する。

「大丈夫? 具合悪いの?」


「…あ、音波、なんでいるの?」

 真っ青な顔で、片山は逆に質問する。


「ここに居ちゃ、体が冷えちゃうよ。

 家はここから近いの? 歩ける?」


「…大丈夫、一人で帰れる…ハァ、」

 片山はなんとか立ち上がろうとするが、また座ってしまう。


「あぁ、これじゃ無理だ。タクシー拾うからここで待ってて」

 音波はパタパタと通りに走って行く。


 数分後、片山の所へ戻ってきた音波は、片山を支えながらゆっくりと、待たせているタクシーのもとへ歩き出す。

「あと少しで座れるから頑張って」


 運転手の手を借り、片山をタクシーに乗せ、音波も乗る。

「住所、言える?」

「…◯◯✕丁目◯番◯号、△△マンション…ハァ、」

「運転手さん、お願いします!」

「はい」

 タクシーが発進する。


 タクシーに乗っている間に、音波はグループチャットに連絡を入れる。


円井

「片山くんが具合い悪いから

 家まで送ります」



キキーッ

「着きましたよ」

「片山くん、ここでいいの?」

 音波はグッタリしている片山に問いかける。

「…ああ、ココ」


 音波は料金メーターを見て支払いを済ませる。

「…金、いくら」

「もう払った。さ、降りよう」

 先に降り、片山の側へ回り手を貸す。


 音波が支えてくれているとはいえ、全身を預けるわけにはいかない。

 できる限り音波に体重をかけないように片山も踏ん張って歩く。


 マンションのエントランスホールで部屋番号を入力する。

「部屋番号教えて」

「…503」


 片山を支えながらエレベーターに乗り、5階のボタンを押す。

「片山くん、あと少しだから頑張って」


 ようやく玄関までたどり着く。

 片山は玄関ドアに寄りかかりながら、オーバーのポケットから鍵を出し、鍵穴に挿そうとする。

 だが、上手く挿せない。

 音波が手を添えて、解錠する。


 玄関口まで入った時、壁に寄りかかりながら片山は音波に言う。


「ありがとう、音波…ここまででいい。

 あとは一人でなんとかするから…、

 ハァ、ハァ、だから音波はもう、…帰れ」


「片山くん…」


 音波は片山の言うことを拒否し、靴を脱いだ。

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