第46話 1-11-1 オデコに触る

1-11-1 オデコに触る 耳より近く感じたい


--2月第1週、木曜日


東光芸術工科大学


 軽音部部室では、メンバー全員揃って曲の完成形の確認に入っていた。


 今まで多忙だったドラムスもいる。


 片山は、アルバイトを終えた後、ドラムパートの確認の為に大学に来ていた。


「やっと終わったな。短期間でここまでこれたのは、ナルのおかげだよ。

 本当に助かった、ありがとうな」

 ドラムのエイタロウ(栄太郎)が労う。


「学校のほうは大丈夫か? 勉強みてやるからな」

 ベースのシンジ(慎司)は心配する。


「だよなー。デートもさせてやれんで、本当にスマン」

 ギターのオサム(修)が手を合わせる。


「3月はサポート入らなくていいから、ゆっくり外側から観といてくれ」

 兄のダイチ(大智)が言う。


「今日で終わりな感じ?

 明日からは、もう来なくていい?」

 片山が質問する。


「オーケー、後は俺がフルで出られるから」

 エイタロウが言うので、片山はホッとする。


「それ聞いて安心しましたよ。

 あー、思いっきり眠りたい」


「成斗、今回ばかりは悪かった。

 兄ちゃんの計画が甘かった!

 次は余裕もたせるから」

 

「いいよ、コッチも演りきった充実感あるし」


 栄太郎が言う。

「しっかし、初のライブがいきなり池谷になるとは、思いもしなかったよな」


 慎司も頷きながら話す。

「あそこ、収容人数多いよな、800だっけ?

 対バンが年末にキャンセルしてきたんだって。

 で、チケット刷る前だったって聞いたよ」


 修が訊く。

「それで、何で俺達に話が来たのよ?」

「あ、それはね、軽音祭に見に来てたんだって。

 池谷の人とか、対バンの人とか」


 大智が言う。

「のんびり曲作りしてたのに…、絶対に間に合わせてやると思ってたけど、3曲完成にこぎ着けて良かったよ…」


 片山が尋ねる。

「さっき、対バンって言ってたけど、もしかして2バンドでやるの?」

 慎司が答える。

「そう、初ライブで、初めての場所で、いきなり常連と対バンだよ。

 初めて尽くしで、俺は逆に燃えたな…」


 片山が訊く。

「初めてなら、録画とかしとく? ビデオ貸してくれたら俺が撮影するから」


「ナル、頼んでいいか?」

 修が、あっ、とした顔で話を続ける。

「でも、啓太も来るよね、ライブ中話せないけど、いいのか?

 それに、祭りに来てたカ…」


 片山は慌てて話を被せる。

「あーっ! 修さん、その話はいいから!

 啓太はどうせ、ライブ中は修さんしか見ないからいいよ」


 慎司が頼む。

「じゃあ、サークルの人に一台貸してもらうように、俺が手配しとくから。

 ナル、当日頼むな」

「あー、分かった」


「取り敢えず一段落ついたし、完成打ち上げで、缶コーヒーで乾杯でもしますか!」


 部室内にある冷蔵庫から、修が色々なメーカーの缶コーヒーを持ってくる。


 片山はもちろんだが、メンバー全員18〜19歳なので、まだアルコール飲料は飲めないのだ。


 各自飲み物を取り乾杯する。

「みんな、お疲れ様!明日からも宜しく!」

「うーっす」


「次は撮影だけど、何処でどうやって撮る?」

「撮影は夕方? 時間ないしな」

「~‥‥」


ーー

「あー、じゃあ俺、先に帰ります」

「ああ、ナル、ゆっくり休めよ」

「うん」


 片山は部室を出てバイクに乗る。

 夜の寒さは疲労が蓄積された身体に堪(こた)える。

 片山はバイクで風を切る。


 寒さのせいか、若干の喉の痛みと寒気を感じる。


(今回は相当疲れたな…今日はもう早く寝よう)



--

 翌日、2月第1週目の週末


 約一ヶ月間の、兄のバンドのヘルプからようやく解放された片山。


 学校が終わって直ぐに帰宅しなくてもよくなり、久しぶりに部活に顔を出せる。

 佐藤たちともゆっくり話せる。


 だが、連日連夜、遅くまでの演奏による体力消耗と睡眠不足で、身体へのダメージは、片山自身の予測を上回るものだった。



 先日の保健室での件以降、また、片山が忙しいせいもあって、まともに会話をしないまま日々が過ぎてしまった音波。


 昼休み、片山が寝ずに起きて佐藤と話している。

 それを見て、音波は席を立ち片山たちのところへ行く。


「片山くん、今日は起きてるんだね。

 2月まで忙しいって言ってたけど、体は大丈夫?」

 音波は敢えて自然に聞く。


「あー、昨日で終わった。

 やっと解放された。

 これで勉強に手をつけられる。

 俺、みんなより出だし遅れたから」


「テストまでの残り、片山くんも一緒に勉強しようよ。

 部活に出る日以外の放課後、バイトがない日とか。

 休みの日は図書館でやってるし」


 片山は音波に尋ねる。

「明日は集まる?」


「うん、その予定だよ。

 ね、佐藤くん」


「へ?」

 いきなり自分の名前を呼ばれ、佐藤は驚いた。

 というより、話を聞いていなかったのだ。


 音波が普通に片山に話しかけるのを見て、先日の校門前での光景を思い出していたからである。


「明日、図書館で勉強するって話なんだけど…、佐藤くんが上の空なの、珍しいね」

「そ、そうでもないっしょ。図書館ね、そう図書館」

「…」

 焦って取り繕う佐藤に対し、片山は何も言わなかった。


「音波、明日の場所と時間、後でメッセージ送っといて」

「うん、分かった。

 片山くんの参加を実花に伝えておくね」

 音波はそう言い、場を離れようとして、ふり返る。


「片山くん、大丈夫?

 なんだか、顔色が悪いよ?

 あんまり寝てないんじゃない?」

「!」


(何故分かった? 顔には出してないはずだ)

 片山は一瞬ドキッとする。


「あー、平気。

 昨日は寝れたから…」

 片山が言い終わらぬうちに、音波の手が片山のオデコに触る。


「っ!?」

 片山は固まった。


「熱…微熱あるかも? 無理しないでね」

 音波の手が離れる。


キーンコーンカーンコーン

「あ、予鈴だ。じゃあね」

 音波は自分の席に戻る。


(音波の手、冷たくて気持ち良かった…熱、あるのか?)


 片山は自分のオデコに手を当てた。

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