第45話 1-10-4 音波を待つ男
1-10-4 音波を待つ男 耳より近く感じたい
ホームルームが終わり、クラスメイトは帰りだす。
佐藤は自分のバッグはそのままに、片山のバッグを持ちながら、梶に話しかける。
「梶、ちょっと教室で待ってて。成斗に荷物渡してくるから」
「うん、分かった」
片山は、今日はもう教室には戻らずに、そのまま帰るのだろう。
昼休みの件があったため、片山と顔を合わせるのが、何となく恥ずかしかった音波にとっては、むしろ助かった。
それにしても、いくら音楽が好きとはいえ、連日練習しているのか?
お兄さんのバンドってそんなに凄いのだろうか?
そう思いながら、音波は佐藤に手を振った。
音波は梶に尋ねる。
「実花、佐藤くんは今日、部活ないの?」
「うん」
「じゃあ、一緒に帰りなよ」
「でも、今日も残って勉強しないと」
「オフの日を作るのも大事だよ?
いいから一緒に帰りなよ、実花」
音波はニコッとする。
梶の顔がぱあーっと明るくなる。
「ありがとう音波、大好きだよ!」
ギュウっと音波に抱きつく梶。
「はいはい。ふふっ」
抱きつかれながら、音波は梶の背中を撫でた。
音波は一人教室を出る。
吐く息が白い。
靴を履き替え校門に向かう。
が、何やら女子生徒が校門で立ち止まった後、振り返りながら帰っていく。
音波はやや顔を下げて端の方を通り過ぎようとする。
「音波」
名前を呼ばれた。
誰が呼んだ?
顔を上げる。
「お兄ちゃん?」
音波の兄、樹が校門の柱のところで立っている。
タタッと駆け寄る音波。
「どうしたの? 学校に来るなんて」
「うん、近くを通ってたら、音波と同じ制服の子達が帰っていたから、もしかしたら音波に会えるかなって」
爽やかな笑顔で言う兄、樹を恨めしそうに見ながら音波は言う。
「お兄ちゃんが来たら、私学校で絶対に”質問される”から来ないでって言ったのに!」
だが、時既に遅しで校門を通り過ぎる女子の頭の上にはハートマークが浮かんでいる。
「折角会いに来たのに、それはないんじゃないか?」
クスクスと笑う顔も爽やかだ。
「車で来てるから、送るよ。
音波に渡したいものもあるからね」
そう言って、樹は音波の肩に手を回し、車まで誘導する。
「もう、お兄ちゃんったら強引。ふふっ」
音波を助手席に乗せたあと、樹は運転席に乗り込み車を発進させる。
ーーこの光景を佐藤が保健室から見ていた。
(円井が年上の男と帰った…車で。
肩に手、密着度高過ぎないか?
なんか、凄くラブラブな関係?)
佐藤はボソッと言う。
「俺、もしかして成斗に酷いことしちまったのか?」
(成斗に葉っぱかけといて、こんなのって…)
片山は、そうとは知らずにバッグを肩に掛け、帰る準備を済ませる。
「啓太、ありがとう。じゃあ俺、行くわ」
「お、おう」
右手をヒラヒラとさせ、片山がとても機嫌良く保健室から出ていく。
(成斗とあの二人がバッタリ遭遇しなくて良かった。
いや、良かったのか?
あの男、一体円井の…何?
成斗には言わないほうがいいよな…)
佐藤は、頭を抱えながら保健室から教室に戻る。
「あ、佐藤、おかえり。
あのさ、音波が今日は勉強オフ日にしようって言ってくれたんだ。
だから、どこか寄って帰ろうよ」
梶が嬉しそうに言う。
オフ日…男と待ち合わせ…車。
肩に手、近しい関係…。
(コレってやっぱりアウトな感じか?
俺は成斗に何てことしてしまったんだ!)
額に手をやり、佐藤は梶に言う。
「梶…悪い、寄り道なしで頼む。
俺ちょっと今、頭が働かない」
いつもノッてくる佐藤が断るくらいだから、余程疲れてるのか?
梶は、時には我慢も必要だと片山に言われたことを思い出す。
「疲れてる? いいよまた今度ね。
駅まで一緒に行こう」
「ホント悪い、梶……」
二人は教室を後にした。
--
車を運転しながら、兄の樹は音波に訊く。
「音波が高校生になって、もうすぐ1年になるんだな。
仲のいい友達は出来たのか?」
「うん、一学期に知り合ったクラスの子たちとね、いつも4人で良く話すんだよ」
「へえ、女の子?」
「ううん、男の子2人と女子2人なんだ」
「…そうか、」
樹は心配する。
「年末に4人で遊びに行ったの。
それでね、もっと仲良くなるのに、お互い色々知っていこうねって話したんだぁ」
音波の表情が嬉しそうに語るのを見て、樹は不安になる。
「…そうか、仲良くなるのは善い事だが、あまり相手の家庭の事情に踏み込むような事はしない方がいいと、兄さんは思う」
「…え?」
「そういうのを抜きにして、仲良くして欲しいと思ってる友達もいるってことだよ」
「うん」
「学年や大学、進路が変わると友達も変わるし、友達の質も変わってくるからな」
「…うん」
音波は思った。
(樹お兄ちゃん、何だか少し…変?)
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