第44話 1-10-3 「夢なら、出来るのに…」

1-10-3 「夢なら、出来るのに…」 耳より近く感じたい


ーー

 1月もあと残り一週間を切り、片山の疲労感がどんどん蓄積されていく。


 なんとか登校はするものの、授業中も机にうつ伏せて眠りたいくらいだ。

 授業を受けていても、内容などはどうせ殆んど頭には入ってこない。


(ここらで寝貯めしないと、来週までモタないかもな…

 保健室で半日寝たら、少しはマシになるか…)


 片山は2限目になる前に保健室に行くことにした。


「悪い、先生には保健室って言っといて」

「お、おう、分かった」

 前の席の男子に託(ことづ)けて、フラフラしながら片山は教室を出る。


 音波は、片山の様子を見て心配する。


(片山くん、相当忙しいのかな?

 大丈夫なのかな…

 後で佐藤くんに聞いてみよう)


 昼休み、音波はすぐに佐藤の元へ行き、片山の近況を訊く。

「佐藤くん、片山くん大丈夫なのかな?

 2月まで忙しいって言ってたけど。

 昼休みも寝てるし、授業中も眠そうだし…」


 佐藤が説明する。

「成斗、無茶苦茶忙しくて、多分今そのピークってとこ。

 円井は知ってるんだよな?

 成斗の兄貴のこと」


「うん、少しだけ。

 大学生でバンドやってて、時々手伝わされてるって言ってたよ」


「そう、当(まさ)に今ソレなんよ。

 ドラムの人が忙しい人でさ。

 すげー上手いんだけど、なかなか来れないらしくて、

 それで成斗がヘルプで叩いてんのよ。


 あいつ、”兄貴には頭あがらないから”…」


 フッと見せた佐藤の悲しそうな顔が気になったが、片山が疲れている原因が分かったので、音波は取り敢えず安心した。


 佐藤が続けて言う。

「春休みあたりにライブやるって言ってたし、曲とかライブの構成とか大変なんだよ」


(片山くんは頼りにされてるんだ…

 保健室ってことは、疲れて眠ってるんだよね、邪魔しちゃ悪いから…)


 むうとした顔で音波が悩んでいるのを見て、佐藤は声をかける。

「保健室、行ってみたら?」

「え、でも、せっかく寝てるから、起こしちゃ悪いし」


「別に話しかけなきゃ、いいっしょ」

「え?」


「横で寝顔でも見とけば?

 レアな顔が見れるかもよ」


 一瞬考えたが、音波の気持ちは直ぐに決まった。

「私…様子見てくるね」


 音波が足早に教室を出ていくのを見送る。


(…円井、頑張れよ)


 佐藤はエールを送る。



ーー

保健室

 1階窓際にあるベッドの上、布団に包(くる)まりながら、すー…すー…と寝入る片山。

 ズレた枕の横に外した眼鏡がある。


 丸椅子に座り、音波は静かに片山の寝顔を見る。


(ふふっ。この前と逆だな)


 丸まった片山が小さく見える。

 背が高くて、みんなにモテていて、

 いつも後ろの髪が跳ねてて、

 カッコいいのに眼鏡かけてて、


 余裕そうなのに…、

 どうして、こんなに小さく見えるんだろう?

 時々見せる優しいけど、寂し気な笑顔


 いつか話すと言ってくれた…

 それは一体何なのか?


 少し近付いて、片山の寝顔を覗き込む。


(ふふっ、こんな顔して眠るんだ…)


 その時、片山の目が薄く開いた。


(起こしてしまった?)


「…あー、相当疲れてるのか、夢にまで見るなんて…」

 片山の腕が音波を捕える。


(わっ!)


 グイッと引き寄せ、もう片方の腕でホールドする。


 音波の上半身が片山の胸の上に重なる。


「音波…夢なら、出来るのに…」


 なんとか頭の向きを変えて、片山の顔を見てみる。


「…声が、聞きたい」


 この人は本当に眠っているのだろうか?

 からかわれているのでは?

 試しに声をかけてみる。


「片山くん、片山くん?」


 瞬間、片山の寝顔がパァーと明るくなる。


「!」

 音波はドキッとする。


(その顔は反則でしょ?!///)


 幸せそうな寝顔を見せられて

 キュンとしてしまう。


(なんか、ドキドキする、

 顔が熱い

 片山くんが起きたら、この状態どう思うかな?

 やっぱり私、片山くんのことが…)


 チャイムがなり、昼休みが終わる。

 音波はそっと片山の腕から逃れ、教室に戻る。



 片山は、ボーッと天井を見る。


 夢から醒めた後も胸に残る音波の体の重み。

「…あ」


 ベッドから上半身を起こし、胸に手をあてる。

「…音波?」


 裸眼でぼやけた視界で、視線を横にやる。

 丸椅子の位置が寝る前よりズレていた。


(もしかして、今…居たのか?)


「フッ…すげー充電出来たかも」

 そう呟いて、片山は再び布団に包まった。

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