第22話 1-5-5 左手を見る
1-5-5 左手を見る 耳より近く感じたい
ーー音波の家
今日は父親の仕事が休みなので、アルバイトを続けるか、音波は相談することにした。
コンコン
「お父さん、アルバイトのことなんだけど、今いい?」
父親は作業部屋と称しているが、所謂父の「趣味の部屋」-のドアをノックする。
「入っていいぞ。何だ?」
音波はドアを開けて入る。
ギターやベース、アンプ、キーボード、ミキサー、パソコンにダブルモニターが、綺麗に整頓されている。
また、棚にはエフェクターやシールドを束ねたものがいくつもカゴの中に入っている。
毎回思うが、よくもまあこの部屋に収まっているなと音波は感心している。
「お父さん、また増えた?」
「増えちゃったw」
ニカッと笑う父の顔は、玩具を与えられて喜ぶ子供のようだ。
「アルバイトがどうした?」
「うん、夏休み終わっても続けてほしいって、店長に昨日言われた」
「そうか、夏休みだから御茶ノ泉でもいいかと薦めたんだけどな。
学校が始まったら帰りにそのままバイト行くことになるだろ?
ちょっと心配だな父さんは」
「うん。でもね、クラスの子と帰りは駅まで一緒なの」
「なんだ、同じバイトだったのか。
その子は続けるのか?」
(ん?同じバイト?お父さん勘違いしてる)
音波は直ぐに訂正する。
「違うの、言い方悪かった。
バイト先は別なんだけど、終わりの時間が同じだから、駅まで一緒に帰ってて…」
「ん?音波、バイトを続けるかの話がそのクラスメイトと一緒に帰りたいってのに変わってるぞ?」
「あ…」
父親に指摘されて、音波はハッとした。
(私、バイトがしたいんじゃないんだ。
片山くんと帰れなくなるのが嫌なんだ…)
黙り込む音波に、父親は優しく諭すように言う。
「あのな、音波。
その、帰りが一緒ってのが男か女かは、父さんは聞かないでおく。
クラスメイトなら、学校でも話せるし、休みの日に遊びに行くこともできる。
お前も、もう高校生だから恋の1つや2つはこれから経験していくだろう。
まだ音波の気持ちがフワフワしていて掴めない状態ならバイトを続けるのは止めなさい。
そして、焦らずにゆっくりと、そのクラスメイトの事を知っていきなさい」
「うん、分かった、ありがとうお父さん。
やっぱりその場で決めないで、お父さんに相談してよかった」
音波の顔を見て、父親は言う。
「バイト続けるか?」
「ううん。続けない」
「そうか」
父親は音波を優しく抱きしめ、背中を擦ってやる。
「よし、この話は終わりだ。
で、音波の学校、学園祭いつだ?」
「11月だよ?クラスに軽音楽部の子が2人いるんだよ」
「行けたら行きたいなー」
「ええ?来なくていいよ。
私、バイト先に電話してくるね」
そう言って、音波は部屋を出た。
(そうだ、片山くんに知らせておこう。話を聞いてもらったし)
円井
「アルバイトは続けないことにしました
色々話聞いてくれてありがとう
帰りに駅まで話するの楽しかった
また二学期に学校で会おうね」
その日の夜、片山からメッセージが届いた。
片山
「(・∀・)」
「バイトおつかれ」
ーー
「…。」
メッセージを送信した片山は、自分の部屋の椅子に座ったまま、これからどうするかを考えていた。
(ちょっと近くなりすぎてたから、丁度良かったかもしれない…)
片山は、自分の左手を見る。
(今までこんなことは無かった…
あいつの笑顔を見ると、
何で懐かしさを感じる?
それに…、
部室で手を握られて…、
今までは振り払ってたのに、
あいつのときは何ともなかった
体育祭のときは、俺から握った
…2回、たった2回だ、
たまたま出なかっただけだ…
…手を握る
油断はしないほうがいい
少し距離をとろう
離れて見てればいい…
どうせ俺は
”誰も好きにはならないから”)
視線が瓶に向く。
机の上の、硝子の瓶の蓋を開け、中から赤黒く汚れたキーホルダーを取り出す。
ドラムの上にスティックがクロスしている。
手作りのキーホルダー。
(これをくれた子…、無事だっただろうか、どんな顔してたっけ…
いつか会えるだろうか…?)
「フッ…、何を考えてるんだ俺は。
どうせ会っても触れないのに…」
片山は、汚れたキーホルダーを硝子の瓶に戻し、蓋をした。
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