第21話 1-5-4 「なんか寂しいかも」

1-5-4 「なんか寂しいかも」 耳より近く感じたい



ーーバイト最終日 御茶ノ泉


 夏休み最後のアルバイトの日、帰り際に、音波のスマホが振動する。


 と同時に音波は店長に呼び止められた。



「円井さん、今日で終わりだっけ?」


 音波は頷いて言う。


「はい、短い間でしたがお世話になりました」


「いえいえ、こちらこそ。本当は引き続きお願いしたいんだけどな。

 週2とか。難しいかな?」


「続けるとしたらシフトとか変わるかもしれないんですよね?」


「まぁ、曜日は変わるかも。

 あ、でも続けてくれるなら、時間は21時までで一緒にはするつもり」



 音波は少し考える。


(曜日が変わったら、片山くんと帰れなくなるのかな…)



「少し考えさせて欲しいんですけど、お返事は何時迄にしたらいいですか?」


「そうだな、三日間くらいで決めてほしいところでは、ある」



 帰りに片山に聞いてみて、それから両親に聞いてみて、三日あれば充分だと音波は思った。



「分かりました。9月1日の夜21時までには、お店に連絡するというのでいいですか?」


「それでいいよ。検討してみて、出来れば良い返事をもらいたいけど。

 じゃ、気を付けて帰ってね」



 音波は会釈をし、歩きながら急いでスマホを取り出す。


 店長との会話中に、片山からのメッセージ着信のバイブ音が鳴っていたからだ。


 片山から、またチャットが届いた。



片山

「今どこ?

 大丈夫?

 問題あり?」



 店長と話をしていて店を出るのが遅くなってしまった。


 文字を打つ時間が惜しい、早く外に出なければ。


 音波が受付フロアに出ようとしたその時、自動ドアが開き、片山が店に入ってきた。


 真っ直ぐに受付の方へ足を進める片山に、音波が声をかける。


「片山くん」



 音波の姿を捉えた片山の表情が、焦りから安堵に変わる。



「ごめん片山くん、店長と話しててメッセージ見れなかった」


 音波は自分の顔の前で両手を合わせ、ごめんと謝る。



 片山は、ガクンと手を膝につけ、ハァーッと息を吐く。


「…よかった」



 イケメンが彼女を心配する光景…


 メガネをかけていない片山のカッコ良さは増し増しになっている。



 フロアに居る客や受付のスタッフの注目を気にせず、片山は


「出よっか」


 と言って、出口に向かう。


 後ろからついていく音波の顔は真っ赤だ。



(片山くんは、周りを気にしないなあ

 でも、片山くんの焦ってる顔、初めて見たかも?


 怒るときは、どんな顔をするんだろう?

 あれ、さっきから片山くんのことばっかり考えてる


 私、変なの。なんでだろう?)



 家に着いたら片山にメッセージを送る。


 もう週3のルーティーンになってしまっているが、それも今日で終わる。



ーー私がバイトを続ければ、一緒に帰るの、まだ続けられるのだろうか?


(いやいや、また考えてる私)



 歩きながら頭をブンブンと左右に振っている音波を横目に、片山がポツリと言う。


「音波」


「ん?何?」


「…店長何て?」


 そうだった。


 なぜ店長と話すことになったのかを片山に説明しなければ。



「あのね、店長にバイト続ける気はないかって言われたんだ」


「あー、そう」


「もし続けるなら、今まで通り21時までにしてくれるらしいんだけど、」


「へえ」


「月水金じゃなくなるかもしれないって言われた」


「うん」


「もともと夏休みだけってことで、お父さんが話をもってきてくれたから、勝手に決めないで検討しますって言って3日間猶予を貰ったんだ」



 片山は音波に訊きく。


「…土日もあり?」


「うーん、どうだろう、最低週に2日は来てほしいって言われたから」


「…、ここの通り危ないから、土日にするなら昼間のシフトにしてもらったほうがいい」


「え…」


「…やるなら月から金の間にしとけば?

 そうしたら…(あ)」


「そうだね、要望とかきいてもらえるか確認してみる」


「…、うん」



 駅に着いてしまった。


 音波は、片山に深々とお辞儀をして言う。


「ずっと送ってくれてありがとう」


「ああ」


「バイトやらなかったら、今日が最後だからお礼がしたいんだけど、何か希望とかあるかな?」


「いいよ別に」



「それじゃ私の気がすまないの。

 片山くんの時間を取っちゃったから、何かない?」


「あー…今すぐには思いつかない」



「じゃあ考えといて。で、二学期始まったらでもいいから教えて」


「…分かった」



 片山がお礼を受け取る意思を示したので、音波の真剣だった顔がパアッと明るくなった。


「約束だよ!」


「…音波、ちょっと待って」


 片山がバッグから包みを取り出す。



「持ってきてやるって言っといて、渡してなかった」


「なあに?」


「たこ焼き」


 そう言って、音波に渡す。



「バイトお疲れ」


「わぁ、ありがとう。

 帰って食べるね」


「うん」



 音波は階段を上る。


 改札を通る前にふり返り、片山に大きく手を振る。


 片山は、ヒラヒラと手を振った。



円井

「家に着きました」



片山 送信中………


片山

「(・∀・)」



(片山くんって、文字打つのあんまり好きじゃないのかな?

 いっつも顔文字だ)


 音波は、クスッと笑った。



 片山に貰ったたこ焼きを部屋で食べる。


「美味しい。これ、熱々だったらもっと美味しいかも」



(ああそうだ、バイト続けなかったら今日でこのやり取りも終わりなんだ。


 なんか寂しいかも…)



 音波の胸のあたりが何となくチクリとした。

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