第20話 1-5-3 頭を1回、

1-5-3 頭を1回、 耳より近く感じたい



ーー週明け 月曜日 御茶ノ泉


 軽音祭から帰宅後、音波はグループチャットにメッセージを送ったが、片山からの返信はいつもの顔文字だけだった。


 以降、音波は個人チャットを送っていない。


 片山からも、チャットは来ていない。



 片山と個人チャットをするのは、バイトが終わったら駅まで一緒に行くために連絡する時と、音波が帰り着いた事を知らせる時のみだ。


 それ以外ではしてなかったし、そもそも今日はどうしたこうしたと話すのもどうなのだろうかと考えると、結局音波からチャットをせずじまいになる。



 アルバイトを終え、スマホを見る。


(今日は軽音祭の話をしようかな、)


 音波は、できる限りのシチュエーションを空想しながら頭を悩ませる。


 と、スマホにプライベートメッセージが届いた。



片山

「店の前に着いた」



 いつもの定型文だ。


 音波は、自分がいつしかこの短い文字が届くのを待っている事に気づく。



 店を出る。


 片山が、自転車を押してくる。



 …店を出ると片山が待っている…



 もう何回も見る光景に、安心感を覚える。


 音波の感謝の言葉。


「お疲れ様。いつもありがとう」


「あー、うん」


 そして、片山が先に歩きだす。



 最初の信号まで無言で歩く2人。


 この信号待ちでどちらかが会話を切り出すのも定番になってしまった。


 音波は口を開きかける。


 その時、


「音波」


 片山の方から先に話し出す。



「土曜は悪かった」


「え?」


「あの日は忙しくて、スマホの電源も落としてて」


「あ、そうだったんだ。じゃあ仕方ないね」


「啓太見つけて伝言したから、いいかと思った」


「うん、用事があるって佐藤くんから聞いたよ。

 元々会えるかわからないって片山くん言ってたし、大丈夫だよ」



「…啓太が、お前がどこで観てたのか、教えてくれた」


「そっかあ」


「2階で観てたんだな」


「うん、終わった後佐藤くんと手を振ったら、片付けしてる人が手を振り返してくれた」


「うん、見て分かった」


「え?見てたの?」


「ああ」



「えー、まぁ、いいや。片山くんも楽しんでたんなら」


「あー、うん、ムチャクチャ楽しかった。

 タオルも凄かった」


「ね!凄かったね、タオル」


「ああ」



 音波は、片山の感情が、珍しく声や表情に現れているので、嬉しくなった。



「土曜日は会えなかったけど、片山くんとは、月水金会えてるしね」


「…え?」


「二学期が始まったらまた毎日会うし。

 それに、次のライブがあったら私、また行くし。

 そしたら今度は一緒に行こうよ」


 音波は片山の方を向いてニコリと笑った。



 片山は空を見て言う。


「…次かー、次は何月だろうな」


「来月とかだったら、金銭的にピンチかも」


 音波は顔を歪ませながら笑った。


「流石に9月は無いよ」


「だよね」


「大学の文化祭、今年は出ないし。

 出るなら、とっくに宣伝してるしな」


「ふぅーん」



 駅に着く。


 片山は音波の前に立つ。


「じゃ、また水曜な」


「うん、今日もありがとう」



 片山の右手が、音波の顔の位置で一瞬止まった後、そのまま上に上がり、

音波の頭を1回、優しく撫でる。


 そして、パッと手を引っ込める。


(…え?)



 一瞬、片山の顔が曇る。


「っ、…じゃ」


 片山の手が、ヒラヒラと振られた。



ーー

 帰宅後、音波は自分の頭に手を当てる。


(片山くん、なんかちょっと困った顔してたけど、私、言っちゃマズい事でも言ったかな?

 頭…撫でられた、どうしたんだろう?)

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