第18話 1-5-1 ナル

1-5-1 ナル 耳より近く感じたい



ーー8月✕日 土曜日 

 大学合同軽音祭 当日



 待ちに待った軽音祭当日。


 音波は、会場近くの最寄り駅で梶と待ち合わせ、会場へ向かう。


 結構大きなコンサートホールで、詰め込めば三千人は入るだろうか。


 主催側の気合の入れ方が違う。


 各バンドのグッズ売り場のブースも、分かりやすく掲示されている。



 軽音祭は、音楽を楽しむものだけの催しではない。


 軽音楽部以外にも、音響、映像、設営、企画まで、各大学から様々な部やサークルが関わっているのだ。


 だが、学生であることには変わりないので、不測の事態に備えてきちんと企画運営会社に頼んでいる。



 運営スタッフの大学生が、入り口でプログラムが書かれたプリントを配っている。


 音波たちは、プログラムを受け取り、グッズのブースへと移動する。



 色々と見て回っていると、遠くから音波たちを呼ぶ声がした。


「かーじー!」


 呼んでいたのは佐藤だ。


「佐藤の私服ー」


 梶の第一声に、佐藤は


「え?ソコ?」


というような顔になったが、直ぐに爽やかな顔に戻り、話す。



「円井は当然来るとして、梶も来たんだ」


「うん、あんたがこき使われてるトコ見に来た」


 梶が意地悪そうな顔で言う。


「先輩達、トップバッターだから、会ってすぐだけどもう行くわ。

 撤収終わったら連絡するから、また後でな」


 佐藤はそう言って、走って戻っていった。



(あっ…)


 音波は、片山のことを聞きそびれてしまう。


 何となくシュンとした音波を見た梶は、声をかける。


「音波、片山来るって言ってたんでしょ?着いたら連絡が来るよ。大丈夫」



 音波たちはトイレを済ませ、入場する。


 中は既に多くの人が居て、1階席は半分以上が埋まっていた。


「2階席の一番前空いてる」


「うん、先取ろう」


 二人は小走りして、座席を確保する。



 音波は梶に尋ねる。


「ねえ実花、双眼鏡持ってきた?」


「うん、一応。爺ちゃんのやつ借りてきた。

 使うかわかんないけどね」


「そっか」



 ステージ上に、ドラムセットが二つ設置されている。


 片方はワンバスで、もう片方はツーバスだ。


 各バンドのドラマーに対応出来るようにしてあるのだ。



 会場がゆっくりと、暗くなっていく。


 オープニングのBGMは、以前流行った映画のテーマソング。


 最大に盛り上がるタイミングで突然曲が止まる。


 と当時に、大音響が鳴り響きステージが照明で一気に明るくなる。


 音波たちの学校の軽音楽部の演奏が始まった。


 その後も、エフェクターボード等機材の入れ替えをしながら、次々と各大学の参加バンドが熱い演奏を披露していく。



 ラストから2番目


ーーいよいよ始まるんだ


 薄暗いステージ上を歩く足元だけが照らされている。


 セッティング調整終了。



 シャーンシャーンシャーンシャーン


ダダン!


 ライトアップされたDOSE.のメンバーがステージ上に現れる。


 一曲目が始まると同時に、観客席の至るところから赤いタオルが振りまわされる。


(わあ、凄い!)


 音波はスマホを取り出し、ライトで照らされたステージと1階の観客席を何枚も撮影する。



 一曲演奏したあと、ボーカルのMCに入る。


 定番の挨拶だ。


ダイチ

「D O S E ドース です。


 みんな、初っ端からタオルで盛り上げてくれてありがとう!


 今日は、みんなに、一回分の×××を用意したから、

 最後まで楽しんでってちょーだい!


 それじゃあ、行くぜー!


 BLUE!」



 2曲目を演奏し終わった後、MCになった。



ダイチ

「今回の選曲は、応援してくれる皆んなが好きな曲で、この次に演る2曲は曲作りに携わったサポートメンバーが担当します。


 スケジュールが合わなくて、基本メンバーが欠けるときは、

 いつも、俺たちを支えてくれる、

 高校時代からの、大事なメンバーです。


 ドラムス、ナル!」


ダガダカダダーン!



ナルがいるワンバスのドラムセットに、ライトが集中する。


ナルが立ち上がり、スティックを客席に向ける。



ワアーッ!!



1階の観客がタオルでウェーブを作る。


前方から後方へ、赤いタオルが振られ、上下に揺れて流れていく。


音波は、写真を何枚も撮る。



ダイチ

「みんな、準備はいいか?

 それじゃあ、2曲続けて行くぜ?

 皆んなの大好きな曲、

 The Wall、アンド、Rising …」



カンカンカンカン、ジャーン!



ワアーッ!!



 ステージと観客が一体となるとは、こういうことを指すのだろうか?


 音波は、双眼鏡を覗き込み、ドラマーを捉える。



 シンバルが邪魔で顔がよく見えない。


 髪は長髪で肩甲骨まであるだろうか?


 カツラかウィッグなのか、地毛なのかは分からない。



 ツーバスではない、ワンバスのパワーが凄くて、腹に響く。


 目の前で叩いているナルという人に、音波は無意識に片山の姿を重ねていた。



 双眼鏡を持った手をダラリと下げ、音波は、ステージを眺めた。



 最後の曲が終わり、メンバー達がステージ前方に並ぶ。


 だが、ナルという人は、ラストの曲中に、引っ込んでしまったのだろう。


 既にドラムセットから居なくなっていた。


 サポートメンバーだからだろうか。

 


 音波は再び写真を撮った。

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