第16話 1-4-3 「送ってやる」

1-4-3 「送ってやる」 耳より近く感じたい



ーー

(うわぁ、けっこう暗いな。

 人通りの多い道を通って、電車に乗れば、あとは大丈夫…)



 行きは明るかった道は、暗くなれば姿を変える。


 人も疎まばらになり、寂しくなる。



 店から駅まで歩いて20分弱。


 初日だからか、長く感じる。


 音波の横を自転車が通り、先の信号で停止した。


 音波も信号を渡るので、自転車の横で止まる。


 顔を少しだけ下に向けたまま、信号が青になるのを待つ。



「音波?」


 突然自分の名前を呼ぶ声に、音波は顔を上げる。


「音波、左」


 左と言われて左を向くと、そこには…。



 自転車に跨またがって、片足を地面につけた片山がコチラを見ている。


「片山くん?」


 ボサボサ頭ではないが後ろは跳ねている眼鏡をかけた私服の片山に新鮮さを感じた。



 片山は音波に尋ねる。


「こんな時間に何してんの?」


「今日がバイトの初日で、今帰ってる途中」


「あー、そう」


「うん」


 信号が青に変わった。



 片山は降りた自転車を押し、音波の歩幅に合わせながら一緒に歩き始める。


「電車で帰るの?」


「うん、そうだよ」


「あー、そう」


 自転車を押しながら、片山はスマホを取り出し、少し操作して直ぐに仕舞った。



 音波は、思う。


(話が続かない、私からも話しかけなくちゃ。)



「片山くんは、用事かなにか?」


「俺もバイト」


「へえ、何のバイトしてるの?」


「たこ焼き屋」


「うわあ、美味しそう」


「美味いよ」


「お店教えてくれたら買いに行くよ」


「あー、買いに来なくてもいいよ。持ってきてやるよ」



 駅が見えてきた。



 片山が音波に聞いてきた。


「音波のバイトのシフトどうなってんの?」



 音波は、何故片山がそんな質問をしてくるのか分からなかった。


 だが、教えたくない というわけでもないので素直に教えた。



「月水金の17時から21時まで」


「あー、そう」


「どうしてそんなこと聞くの?」


「…帰りの時間、同じ」


「そうなんだ」



「……お前、夏休みの間だけなんだろ、バイト」


「うん、一応そのつもり」


「…ここら辺、今の時期変なの出るから週3…駅まで送ってやる」



 音波は驚いた。


 片山は、音波がバイトの日は、変質者対策として駅まで護衛してくれるというのだ。



「ええ?いいよ、悪いよ」


 音波は片山の申し出を嬉しく思うと同時に、片山の時間を奪ってしまうのが申し訳なく感じて、辞退しようと両手を顔の前でパタパタさせる。



 だが、片山は続ける。


「クラスメイトが記事メディアに載るとか嫌だし、それにお前、か…」


 片山は途中で言いかけて、言葉をつまらせる。


「私が何?」


 音波は首を傾げながら、自分より背が高い片山を見上げる。



 片山は正面を向き、話を続ける。


「とにかく、次からチャット送るから、その後に店出て」


「う、うん、分かった、ありがとう」


 そうこう話しているうちに、駅に到着してしまった。



 音波は片山と向き合って言う。


「送ってくれて、ありがとう。おやすみ」


 片山は無言で右手をヒラヒラさせる。



 早く行けと促しているようにもみてとれるが、内心はどうなのだろう。



 音波は電車に乗り込み、空いている席に座る。


 頃合いを見計らったかのように、片山からプライベートメッセージが届く。



片山

「家に着いたらなんか打って」



 片山は表現が少し不器用なのだろうか?



 音波は、ふふっと笑いながら返信した。



円井

「分かった ありがとう」



(あ、そうだ!)


 音波は別のアプリを開き、入力する。



Nami☆DOSE.ファン

「8月のDOSEライブ楽しみ

 バイト頑張る!」



 当日は赤いハンドタオルがどれだけ振られるだろうか?


 大学合同軽音祭まで、もう一ヶ月もない。



ピコン



【Namiの投稿をSeiが紹介しました】


Sei☆DOSE.N

「がんばって」


 ↓


Nami☆DOSE.ファン

「8月のDOSEライブ楽しみ

 バイト頑張る!」



(きゃー紹介された!

 同じファンは優しいな)


 益々バイトを頑張るぞ、と音波は決意した。

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