第8話 1-2-3 部室で手を握られて

1-2-3 部室で手を握られて 耳より近く感じたい


 ホームルーム終了後、佐藤が先に、その後ろから片山が、音波オトハたちの所へ来る。


 佐藤は梶に言う。


「じゃ、行こうか」


 梶かじは上機嫌で答える。


「行こ行こ」



 上履きから靴に履き替え、校舎を出る。


 運動場横に電車が通っている。


 電車の高架下に、軽音楽部の部室がある。



 佐藤が歩きながら音波たちに説明する。


「ここの軽音楽部、有名なんだぜ。

 毎年、各大学が合同でやる大学軽音祭に高校枠で参加してるんだって。

 俺は今年は出れないけどね」


 梶が言う。


「へーそうなんだ」


「さっきのは2組の田中でボーカル。

 俺はギター。

 で成斗セイトがドラム」



 音波は隣を歩く片山を見上げた。


 すると、片山は「何?」という顔で音波を見る。


 「な、なんでもない」


 音波は不機嫌そうに見える片山に、少しビクビクする。


「あー、片山音波いじめるな」


 梶の発言に、音波は慌てて両手を振る。


「いじめてないよぅ」



ーー

「俺ら着替えるから外で待ってて。

 あと、見学は手前の部屋で見てね」


 佐藤の言うとおり、少し外で待つ音波と梶。


 部室のドアが開き、佐藤が手招きする。



「いよいよ片山の顔を拝見できるね」


 梶はウキウキしている。


「この部屋でも結構な音量だから、耳に気をつけてね。

 耐えられなかったら外に出て」


 佐藤はそう言って、奥の部屋に移動する。



 手前の部屋と奥の部屋を仕切っている窓ガラスのカーテンが開く。


 そこには、眼鏡を外し、後ろ髪をゴムで束ねた片山の姿があった。



 梶は指をパチンと鳴らす。


「やっぱり!絶対にモテるよ片山のやつ。

 眼鏡なんかやめて、コンタクトにすればいいのに」



(ああ、何ということだろう

 実花みかの言うとおりだ

 片山くんは、カッコいい

 少しだけ、ダイチに似ている気がする)


 音波は片山に見惚れ、呆然と立ち尽くす。



 佐藤が片山に合図する。


 片山は精神を集中させ、スティックでカウントをとる。



 カンカンカンカン ドドン!


 梶は耳を塞ぎながら聞いている。



 数曲演奏したあと、佐藤がドアを開けて尋ねる。


「なんか聴きたい曲とかある?

 無理なら無理って言うけど」



 音波はハイ!と手を挙げて言う。


「DOSE.(ドース)の曲が聴きたい!」


 佐藤は、思いもしないリクエストに驚く。


 が、すぐにニヤリと笑い親指を立てた。


「最初に言っとくけど、俺は完コピじゃないから途中でつまづくよ」


 と言って戻っていった。



 音波は、佐藤と片山がやり取りするのを窓越しに見る。


 片山がコチラを見て、ため息をついたように見えた。



チッチッチッチッ ジャーン!…



(ああ凄い、本物みたいー

 片山くん、カッコいいー)



 音波は夢中になりすぎて、その場でリズムに合わせて体を揺らしている。


 梶は相変わらず耳を塞ぎながら、横で陶酔している音波を眺める。



 もうすぐギターソロに差し掛かろうとするとき、部室のドアが開いた。



 入ってきたのは多分、2年か3年生だろう。


「あれー可愛い子たちがいる」


「ナニナニ、彼女が見学にきてんの?」


 梶が気づいて音波の肩を揺する。


 奥の部屋で演奏していた佐藤が気づき、片山を止める。



 ドアを開けて、佐藤が先輩と話す。


「クラスの女子が見学したいってんで…」


「なーんだ彼女じゃないんだ」


「佐藤、替わって」


 先輩たちがゾロゾロと奥の部屋に移動した後、片山が遅れて出てきた。



 梶が言う。


「二人とも汗だくじゃん」


 佐藤はシャツをパタパタさせながら、


「だから着替えるの。制服匂うの嫌だしw」


 と言った。



 音波がドラムスティックを持っていない片山の左手を両手で掴み、キラキラした目で片山に言う。


「片山くん凄い!カッコいい!感動したよ!

 本物見てるみたいだった!」



 片山は、満面の笑みで語る音波に一瞬怯んだ。



ーこの感覚、"知ってる"ー



「あー、うん」


 片山は急いで顔を下に向け、音波の目から逃れる。



「あー、着替えたい」


「うん」



「…、手」


「て?ひゃあ!ごごめん」


 音波は無意識に片山の手を掴んでいたことの恥ずかしさから、梶の後ろに隠れる。


 佐藤が笑いながら言う。


「円井って、大胆なのか臆病なのかわかんないネ」



 音波は自分がとった行動に驚いている。


(自分から男のコの手を握るなんて、何してるんだろ私…)



 佐藤たちが着替えるのを外で待つ音波と梶。


「音波、大胆だったねー。

 入学したときよりも男子と話せるようになったんじゃない?」


「うん、どうかな…」


「それにしても片山はなんでイケメンを全面に出さないのかね。

 アタシは勿体ないと思うけどね」


「目がすっごく悪いとか?」


「この後さ、茶に誘って聞いてみよう」


「ぇええ…」



ーー

 着替えるために音波たちを部室から出した後、自分の左手を見ながら片山が佐藤に言った。


「手…握られた」


 佐藤は


「早速お前のファンになったりしてw」


 と、言ったあと、えっ?と片山を見る。


「手を握られたあ??」


「あー、割とガッチリ」


「マジか…」



 佐藤たちが部室から出てきた。


「お待たせ」


「待たされたから、ファミレス行こうよ」


 梶が速攻で言う。


「あーいいね。俺らも喉渇いた。

 成斗、いいよな」


「…別に」


「よし決まり!」



 音波は、さっきとった自分の行動のせいで、本当は帰りたかった。

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