エピローグ 私の魔法

 魔法使いが使う魔法も、言葉の魔法も、行動の魔法も、想いの魔法も、全ては誰かを幸せにするもの。悲しませるためのものじゃない、絶対に。

 私は右手を前に出し、頭の中で念じる。まずは、魔法使いが使う魔法。

「おばあちゃん、トワ様。これを受け取って!」

「これは・・・・・・花?」

「綺麗だけど、どうして急に花を出したの?」

 トワ様とおばあちゃんは不思議そうに首を傾げる。私が二人に渡したのは、細長い花びらをした真っ白なお花。二人の手に押しつける形で持たせた。毎朝お花のお世話をしている優花ちゃんが、前に教えてくれたことがある。

「その花はエーデルワイス。花言葉は、『大切な思い出』と『勇気』だよ」

 はっとして、トワ様とおばあちゃんは顔を見合わせる。二人にあるのは一緒に過ごした「大切な思い出」で、二人にないのは謝って仲直りする「勇気」。

 次に、言葉と行動と想いの魔法。でも、これを実践するのは私じゃない。

 トワ様は覚悟を決めたらしい。おばあちゃんに一歩近づいて、バッとその体を抱きしめた。おばあちゃんは歳のせいで背中が曲がり、前よりも小さくなっていた。同い年だったはずなのに、今では四十も五十も歳の差があるように見える。

「怜菜っ! 遅すぎるのは分かってるけど、ちゃんと言わせて。あの時は私の意見を押しつけてごめんなさい。子どもじみたことなのは分かってたけど、あなたに『一緒に行きたい』って言われなかったのがショックだったの。だから、私から会うものかって変な意地を張っちゃった。早く謝っていれば、もっと一緒にいられたのに」

「私の方こそごめんなさい。トワが真剣に言ってくれたのに、いつもみたいにお説教で終わらせれば良いって思ってしまったの。どうせ悪ふざけだろうって、トワを信じることができなかった。真剣に言っていることに気づいてからは、後戻りができなくなっていたの。その結果、リップを受け取らず、〈裏の世界〉へ行こうともしなかった」

 少し喋っただけでも、おばあちゃんは走った後のように息を切らしていた。トワ様はその背中を優しくさすり、当分の間、二人はそのままの状態で黙っていた。月世ちゃんと私は、邪魔にならないように息を潜める。

 長い沈黙の後、トワ様とおばあちゃんはお互いから離れ、目元を拭っていた。

「何十年もの間、トワに言いたかったことがやっと言えた。また、あなたとお話できて良かったわ」

「ふふ。それは私もよ。仲直りができて良かったわ」

「あら、謝っただけでお互い許してはいないわよね」

「えっ! ちょっと、嘘でしょ!?」

「どうかしらねぇ」

 おばあちゃんはしわの寄った手を口に当てて、おほほと大きく笑う。それを見たトワ様は、大口を開けて豪快に笑っていた。当時のやり取りを見ているようで、私の気持ちも明るくなる。ちらっと隣を見ると、月世ちゃんの顔にも笑顔が浮かんでいた。

 トワ様は私達に近づくと、二人いっぺんに抱きしめてくれた。ぎゅっとされるのは、苦しいけど温かい。少しの間抱きしめて、ゆっくり離れていった。

「陽菜、月世。ありがとう。お陰で仲直りすることができたわ」

「いえ、今のは陽菜のお陰であって、私は何も―」

「二人が仲直りできて良かったです!」

 言葉を遮るようにして、朝の出席確認以上に元気な声を出す。最後まで言えなかった月世ちゃんは私を睨んだ。

「私は何もしていない」

「え~、違うでしょ。月世ちゃんが推理してくれなかったら、トワ様が実玖ちゃんだってことも、おばあちゃんとトワ様が親友だってことも、何も分からなかったよ!」

「でも、後押ししたのは陽菜だった」

 月世ちゃんは変に頑固なところがある。クールで大人びた子だと決めつけていた、あの頃の私が知ったらどう思うかな。

「いえ、今はこんな言い合いどうだって良いの。それより、陽菜に言いたいことがある」

 改まった口調だったから、何を言われるのかとどきどきした。だって、友達を辞めたいとか言われたらショックで寝込んじゃう。

「どうやって仲良くなれば良いか分からなくて、上手く話せば良いか分からなくて。そんな私に真っ向から教えてくれたのは陽菜、あなたよ。お陰で、学芸会一週間前には、クラスの人達と普通に話せるようになった。最後には、達成感を持ってシンデレラを成功させることもできた。ありがとう。私を『知って』、私と友達になってくれて」

「月世ちゃん・・・・・・」

「え、これくらいで泣かないでよ」

 号泣し始めた私を、月世ちゃんはおろおろしながら見ていた。こんなに慌てる月世ちゃんって・・・・・・いや、もうレアなんかじゃない。だって、いろいろな月世ちゃんを『知る』ことができたから。

 止まった涙を袖で拭いきる。泣きすぎたせいで、ちょっとだけ声が掠れた。

「うっ、これくらい、なんかじゃないよぉ。月世ちゃんの、役に立てたのが、嬉しくて」

「私の役に? 見返りがあるわけでもないのに、役に立てるのが嬉しいの?」

「友達だもん! 友達が困ってたら助けたい。友達が悩んでたら相談に乗りたい。月世ちゃんはどう? 『月ノ国』の人達が困ってたら? 悩んでたら?」

 月世ちゃんは即答だった。さすが、『月ノ国』のお姫様。

「そんなの、困っていたら助けたいし、悩んでいたら相談に乗りたい」

「それは見返りを求めて?」

「いいえ。『月ノ国』の次期女王として、大好きな国民を助けたいから・・・・・・あ」

 私の言いたいことが伝わったのか、月世ちゃんは途中で止まってしまった。それから一度目を閉じると、ふっと吹き出した。

「また、陽菜に教えてもらったわ。私の国民を助けたいから助けるって気持ちと、あなたの友達を助けたいから助けるって気持ちは同じなのね」

「そうそう。そういうこと! 月世ちゃんは私の大切な友達だから、助けになれたら嬉しいんだよ」

「そう、ありがとう。何度でも言うわ。私と友達になってくれて、本当にありがとう」

「こちらこそ、私と友達になってくれてありがとう~~~っ!!」

 大きく手を広げ、勢いよく抱き着いた。月世ちゃんは「もう」と言いつつも、今までで一番強く抱きしめ返してくれた。


 一人の女の子、黒夢月世ちゃんとの出会いによって、魔法は魔法使いが使うものだけじゃないって気づけた。言葉や行動、想いだって、誰かの気持ちを動かす魔法になる。

 魔法は、誰かを幸せにするものであって欲しい。これは、私のわがままかな?

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白時陽菜の魔法 紫音咲夜 @shionnsakuya

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