第21話 おばあちゃんとトワ様

「トワ・・・・・・久しぶりね」

「は、え?? まっ」

 さっきまでのいたずらっぽい笑顔が嘘のように崩れる。目と口を大きく開き、固まってしまった。さすがの大魔法使いも、この状況を理解するのは無理な話。

「人をからかって楽しむところは昔と変わらないわね。ほどほどにしておかないと、教え子に嫌われちゃうわよ」

「あなたこそ、すぐ説教モードに入るところは変わらないわね。でも、歳をとって衰えたんじゃない?」

「まだ若い子には負けないわよ」

 もっとギクシャクするかと思ってたけど、昔のように軽口を言い合ってる。余計なことをしたんじゃないかって心配してたから、安心した~。まぁ、昔の二人を知らないんだけどね。

「月世と陽菜は気づいていたのね。陽菜のおばあさんが私の親友、史塚怜菜だってこと。結婚してからは白時になったのよね。苗字が変わってからは一度も会ってないけど」

 そう言えば、おばあちゃんの旧姓は「史塚」だって聞いたことがある。おじいちゃんと結婚した時に苗字を「白時」に変えたんだって。

 月世ちゃんはやれやれと肩をすくめる。

「それだけではないですよ。『トワ様が朝良実玖』だってことも知っています」

「あら、それもバレてたのね。失敗失敗~。せっかくだし、どうして分かったのかも知りたいわ。ね、怜菜」

「トワが隠しきれてなかっただけでしょ。想像できるわ」

 失敗と言うわりには、トワ様嬉しそう。全然悔しそうに見えない。

 しかし、おばあちゃんのあんな顔、初めて見た。口調も私とお喋りする時とは違うし。親友のトワ様とお喋りする時は、孫に対する接し方と全然違うんだなぁ。私に対してお説教モードになることもないし。

 少しの会話で二人の関係性を何となくつかめたと思う。月世ちゃんはおばあちゃんの苦労を感じ取ったのか、お疲れ様ですと言葉を漏らして説明に入る。

「学芸会の日、トワ様は観客席にいらっしゃらなかった。それなのに、劇が成功したのか知っていましたよね。それでは、どこで見ていたのか。答えは『私達の中に混ざって劇に出演していた』です。一番近くで観られる特等席ですね。

 では、クラスの誰がトワ様なのか。考えている内に思い出しました。『来朝祭』の初日にいらっしゃらなかったことを。その日、〈表の世界〉では、和久井先生、朝良さん、静口くんの三人が朝から買い出しに行っていました。トワ様が朝良さんだったとすると、『来朝祭』にいらっしゃらなかった説明がつきます。お祭りに来られなくなった理由を私に仰らなかったのは、予定に気づかれると困るからですね」

「和久井先生の空いてる日が、『来朝祭』と被ってたの。監督を名乗る私が買い出しに行かないわけにはいかないでしょ。

 それにしても、月世は探偵になれるわね。素晴らしい推理よ。でも、月世が探偵になったら、助手は陽菜にしかできないわね」

 トワ様を驚かせたかったのに、推理を聞いても驚かなかった。あ、月世ちゃんがむすっとしてる。結果を聞く時に全部を言い当てようって計画は、月世ちゃんが立てていた。計画と推理を事前に聞いていたから、驚いて欲しかった気持ちは分かる。

「トワ様は怜菜さんに孫がいることを知っていましたね。その孫が小学四年生であることも。最初は陽菜がどんな人間かを見るために清華小に潜入した。『記憶魔法』を使えば、自分の姿が小学生で、ずっと清華小にいたって思い込ませることができます。だから、トワ様として初めて陽菜に会った時、名前を知っていても不思議ではなかったのです」

「潜入したのは月世が心配だったのもあるからね」

 う~ん、トワ様のことだから、楽しそうだからと言われても納得できちゃいそう。もちろん、人との関わりが苦手な月世ちゃんを心配してっていうのもあるだろうけど。

 最初に会った時、〈裏の世界〉に来た人間の話をしてくれたのはどうしてだろうってずっと考えてた。内緒話のはずなのに、初対面の信用できるかも分からない人間に話すかなって。その答えは、私が親友の孫である上に、清華小で喋ったことがあるからなんだ! だから、信用することができた。

「陽菜に聞きました。怜菜さんは『校舎裏の話』を知っていて、〈裏の世界〉へ行く光を見ています。『来朝祭』の日、私達が扉を開いた時間と怜菜さんが散歩した時間が同じだったのですよね。光が見える人間はごく一部です。トワ様が陽菜を知っていたこと、怜菜さんは光が見えたこと。そして、陽菜に渡したリップの開発があまりにも早かったこと。この三点から、過去に〈裏の世界〉へ来た、たった一人の人間は怜菜さんだと推理しました」

「・・・・・・そう、リップにも気づいてしまったのね」

 いつもの無邪気なトワ様からは想像もつかないような、悲しい声だった。リップと聞いた時、おばあちゃんも顔をそむける。「魔法が使える」と大喜びしたリップのせいで、二人の友情に何かが起きてしまった。しかも、それ以来、二人は一度も会っていない。ケンカ別れしてしまった。理由を知らなかったとはいえ、リップに喜んだ自分が嫌に思えてくる。魔法って、誰かを幸せにするものじゃないの?

「私と怜菜は親友だったの。

『狭間の宮殿』で管理をする魔法使いもね、月世みたいに〈表の世界〉で『試練』を行うの。判定者は私の前に『狭間の宮殿』で仕事をしていた魔法使いよ。今は引退して森の中でひっそり暮らしてるんだけどね。私と怜菜の出会いは月世と陽菜みたいな感じだったわ」

「そうね。今のトワからは想像できないと思うけど、クールで大人びた子だった。友達を作らずに、いつも一人だったわね」

 昔を懐かしむように、おばあちゃんとトワ様はクスクス笑い合う。

 お喋りで子どもっぽくて、コミュ力が高くて誰とでも仲良くなれるトワ様が、月世ちゃんみたいな性格だったなんて。そっか、トワ様は私と月世ちゃんの仲が、自分とおばあちゃんに被って見えたのかも。性格が似ていたから、私と月世ちゃんを会わせたかったのかなぁ。

「ある日、怜菜が声をかけてくれてね。それが続いていく内に、私達は大親友と呼べる仲になった。そして、四年生の終わり、三月末のこと。基本的に〈表の世界〉での『試練』は一年。怜菜とお別れしなくちゃいけなくなった。一日でも早く『狭間の宮殿』で働くため、『試練』が終われば怜菜に会いに行くことができなくなる。だから、怜菜も魔法使いになって、一緒に〈裏の世界〉に来ないって誘ったの」

「陽菜ちゃんが使っているリップは、その時にトワが渡してきた物なの。多分、今使っている物の方が改良されているでしょうけどね」

 ポケットの中からもらったリップを取り出す。化粧品売り場に並んでいそうな、何の変哲もないリップ。月世ちゃんと話していたが、これは魔法が使えない人間用に作られていた。だから、今の話を聞いて謎が解けた。このリップは元々、トワ様の親友にして、私のおばあちゃんへ渡す予定だったんだ。

「そのリップは陽菜のために開発した物じゃない。怜菜が小学四年生の時に、研究を重ねて開発した物。朝良実玖として話を聞いていたら、あなたが夜の校舎裏に来るって言うじゃない? 必要になるかもと思って、慌ててレシピを探して作ったの」

「ああ、だからすぐに用意できたのですね。どうしてすぐ作ることができたのか、陽菜と考えていたことがあります」

 月世ちゃんも納得したようで、何度か首を縦に振っていた。「それは良かった」と、あまり良いと思っていなさそうな口調でトワ様は呟く。

「はぁ。あの時の私は子どもだったのよ。だから、家族がいて友達がいる怜菜の気持ちを全く考えていなかった。勝手にリップを作って、相談もせずに無理矢理〈裏の世界〉に連れて行こうとした。というか、『来てくれる?』って聞けば、怜菜は『良いよ』って応えてくれると思い込んでたの」

「私はいつもと同じ、トワのいたずらが始まったと思ったわ。だから、こちらもいつも通りのお説教モードで話したの。でも、トワは本気だった。私がお説教したことで、言い合いになっちゃってね。それから、トワは〈裏の世界〉に帰って『狭間の宮殿』での仕事を引き継ぎ、熱中した。私は私で中学、高校、大学、結婚。気づいたら、可愛い孫がいた」

 可愛い孫と言う言葉で、私に微笑みかけてくれた。私に対する、いつもの優しい顔。

 クラスで大ケンカが起きた日。「お説教してあげなさい」とか、「陽菜ちゃんにしかできない」って言ったのは、おばあちゃん自身の体験があったから? 私が〈裏の世界〉と関わりを持っていることに気づいていたし、全てを知った今思い返すとそうなのかも。一番重要なのは、「時間が経ったら仲直りしづらい」ってことだったのかな。

 宮殿内は雨の日のように、ずっしり重い空気に包まれる。

「はい。お~しまいっ!」

 大きく手を叩き、トワ様はいつも通りに笑い始めた。笑顔が素敵なトワ様の、こんな辛そうな笑い方は見たくない。いつも話を聞いて、相談に乗ってくれる大好きなおばあちゃん。悲しまないで。

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