第18話 仲良くなるためには、相手を知ることから始めないと
「え、黒夢さん。今、何て?」
クラス中が驚いてる、朝のホームルーム。一番驚いてたのはくるみちゃんだった。それもそのはず、今まであれだけ譲らなかった月世ちゃんが、一晩経って急に謝ったんだから。理由を知ってるのは、私と月世ちゃんだけ。二人だけの秘密って親友っぽい響き。
少しでもいいから、月世ちゃんの想いを知って欲しい。あんな言い方をしたのは月世ちゃんが悪いけど、それはみんなが嫌いだからじゃない。コミュニケーションの取り方を間違えちゃっただけ。
私が喋るわけでもないのに緊張してしまう。
「もう一度言う。今まで本当にごめんなさい。私の『シンデレラを成功させたい』って想いを、みんなにも強制していた。昨日、あんな言い方をしたのはみんなが嫌いだからじゃなくて、えっと・・・・・・周りを見る余裕がなかっただけなの。完成されたシンデレラを上演したいって気持ちが先行したせいで、焦って八つ当たりをしてしまった。無理強いしようとしたことは反省している。でも、一つだけ知って欲しい。みんなでシンデレラを成功させたいって気持ちに嘘はない」
再び教室中が静まり返る。一同の視線は頭を下げて謝る月世ちゃんに注がれていた。和久井先生は、不安そうに月世ちゃんと生徒を交互に見ている。
クラスのやり取りを最後まで見ていた実玖ちゃんが、ここで口を開く。それは、昨日と全く同じ質問。
「黒夢さんがシンデレラの完成にこだわる理由は何?」
「大切な人が見にくるから。小さい頃から私の面倒を見てくれた、家族同然の親戚がいるの。本当にお世話になった人で、感謝している。その人は転勤で遠くへ行っていたけど、清華村に帰ってくるって聞いたの。だから、成長した姿をどうしても見せたくて」
みんなには申し訳ないけど、これは嘘。〈裏の世界〉の話をする訳にはいかないからね。『試練』の判定するために、トワ様が見にくるのは事実だし、半分は本当みたいなもの。つまり、ギリギリセーフ。あ、因みに私が作った話だよ。
月世ちゃんの謝罪と理由を聞いて、教室中がざわざわし始めた。口火を切ったのは、クラス委員長兼監督の実玖ちゃん。
「は~い、と言うことで、練習再開しましょうか」
「はぁ!? いきなりかよ。もっと話し合うことあるだろ~」
「強田は真面目に練習するって約束したばっかりでしょうが」
昨日の会話を持ち出されて、実玖ちゃんに怒られる。さすが、頼れるリーダー。強田くんは、しまったと言う顔で「はい」と返事をした。強田くんが練習再開ということは、聞くまでもなく小山内くんも賛成。「武くん、頑張ろうね」って言ってるし。
「あたしの方こそ、ごめん。黒夢さんに突っかかるような言い方をしちゃったら、謝らせて欲しい。それに、その想い! しかと受け取ったよ。絶対成功させよう」
くるみちゃんは頭を下げた後、顔を上げてグーサインを出す。
「あっはっは~。あと少しだが、このメンバーなら成功させられるっ! 俺も気合入れて練習するからなっ! 馬車は任せろっっ!! 物体の力を見せてやるっ!」
「育住の言う通りねっ! 私も負けていられないわっっ! やっぱり今日から意地悪な姉口調で役作りよっ!」
熱血コンビ、育住くんと明ちゃんが天井に拳を突き上げる。一応ツッコませて欲しい。まず、育住くん自身は物体じゃないから、「物体の力をみせてやる」って言葉はおかしいよね。次に、明ちゃんは普段から意地悪な姉の口調で過ごそうとするの辞めて。
友ちゃんと草くんも名乗りを上げる。
「私もごめんなさい。黒夢さんの練習が足りてないって指摘が当てはまってたから、腹が立って、思わず言い返しちゃった。私達の劇が学校一だったって言われるように頑張りましょう」
「俺も、ごめんなさい。一番偉そうなこと言ったよな。友子と同じで、黒夢さんの指摘が当てはまってたから、イラっとしたんだ。だから、黒夢さんが他人の演技を下手って思いながら見てるって話、本当はそんなこと考えてないから。それから、俺も黒夢さんの気持ち受け取った。俺らなりの完璧なシンデレラ、親戚の人に見せようぜ」
少しだけ不安だったけど、友ちゃんと草くんも話しに乗ってくれた。二人の優しさはよく知ってる。良かった~。
「黒夢さんの練習が足りないって指摘を受けて、昨日は家でも練習したよ。私はシンデレラを助ける魔法使いだから、自信なさ気に演じてちゃダメだよね。練習して自信をつけて、シンデレラを導ける魔法使いになるから」
緊張で震える手を胸の前で組み、優花ちゃんも賛成を示してくれる。「魔法使い」って単語が出る度に月世ちゃんが反応してたこと、私だけは見逃さなかった。
「脚本を書いたのは僕だ。その僕がやらないなんて選択肢はないよね」
「信二くんって、本を語る以外は・・・・・・相変わらずだよね。もちろん、俺だってこのメンバーでシンデレラを成功させたいと思ってる。同じネズミ役の小山内くんと信二くんには負けないような演技をしてみせるよ」
本山くんはぶっきら棒に言ってみせたが、本を語る以外で積極的に発言したんだ。きっと、本気でシンデレラを成功させたいと思ってる。金高くんはいつにも増して前髪をいじる手に力が入ってるから、多分、気合が入ってる。
「みんなが頑張るって言ってるのに、クラス委員長がやらないなんて、言ってられないよね。朝良さんに負けず劣らず、僕も思ったことは言うようにする」
静口くんは眼鏡の位置を直そうとしたのか、上げすぎて顔から飛んでいきそうになっていた。これも、気合が入ってる証拠かな。
これで、全員が応えてくれたことになる。月世ちゃんの気持ちが伝わって、本当の本当に良かった~。
「絶対成功させようね。シンデレラ!」
私の一言に、全員がオーッと声を上げた。示し合わせたわけでもないのに、全員の声が合わさった瞬間、気持ちが通じ合えた気がする。実際には、声が合っただけで気持ちが通じ合う、という保証はない。でも、今はそう思える。
月世ちゃんの目が少しだけ、ほんの少しだけうるんで見えた。
「ありがとう」
やっぱり、言葉は魔法なのかもしれない。月世ちゃんのたった一言、「ありがとう」が聞こえただけで、クラスの指揮は更に高まる。
次は、月世ちゃんがみんなを知る番。
「シンデレラを成功させるために、教えて欲しいことがある」
「教えて欲しいこと? 答えられることなら何でも答えるよ」
自分の思ったことは言うようにする、と宣言したからか、月世ちゃんのお願いに静口くんが応える。すぐに実行する辺り、静口くんは真面目だなぁ。
「自分の役を演じる上で困っていること、何でも教えて欲しい。例えば、暮杉さん」
「は、はい! って、え、私の名前・・・・・・」
「一緒に成功させたいって気持ちは本当だから、覚えた」
おおーとクラス中から歓声が湧く。スポーツの試合さながら、チームメイトがゴールを決めたみたい。月世ちゃんが頑張って覚えたのは知ってるから、この反応は嬉しい。嬉しいんだけど、名前を覚えただけで驚かれるのもどうだろうか、とツッコミたくなる。
「緊張するから、はきはきした演技ができないって言っていたわね」
「そうなの。人前だと恥ずかしくなってすぐに緊張しちゃうの。目立つのって苦手」
優花ちゃんは照れくさそうにはにかむ。今もすっごく緊張してるのが伝わる。
「よく聞くのは『観客を野菜だと思え』よね。来てくれたお客さんを野菜に見立てると緊張しないって話。それか、舞台と反対にある壁を見続ければ良い。人と目を合わせなければ恥ずかしくなくなる。目立つのが苦手っていうなら、逆にしっかり演技した方が良い」
「え、しっかり演技すると目立っちゃわない?」
私も優花ちゃんと同じ気持ち。目立つこととしっかり演技することって、ある意味真逆な行動だよね。
クラスの全員が頭の上にはてなマークを浮かべてる。和久井先生だけは、月世ちゃんの言いたいことが分かったみたい。
「全員がしっかり演技している中、一人だけ控えめに演技していたら目に入る。『あの子だけ棒読みだね』とか『あの子だけ他の子より動きが小さい』とか。集会で体育館に並ぶ時、綺麗に整列している人より、はみ出ている人の方が目立って怒られるでしょう?」
「あっ、本当だ! 黒夢さんすごい。目立たないように小さく演技しようと思ってたけど、他の子が堂々と演技できてたら、逆に目立っちゃうんだ」
またしても、クラス中から歓声が湧く。難しい算数の問題が解けたみたいに、すっきりした気持ちになる。あちこちで褒める言葉が飛び交うから、月世ちゃんはさり気なく横を向いて照れている。こんなに照れてる月世ちゃんもレアな気がする。
的確すぎるアドバイスに、他の子からも次々に相談や質問が出る。練習量はどれくらいが良いか。この台詞にはどんな動きが合うか。このシーンの心情はどうだと思う。などなど、いろいろ。
あまりにもいっきに質問が出るから、月世ちゃんは困ったように眉を下げる。
「私は厩戸皇子じゃないから、一度に大勢の言葉を聞き取れない。前に本山くんが脚本を書いた人として、一人一人にアドバイスしていたでしょう。せっかくアドバイスしてくれたのだから、それに併せて悩みを解決していくのはどう?」
「良い考えだけど、本人の僕でさえ何を言ったのか覚えてないよ」
本山くんが申し訳なさそうに謝る。全員へのアドバイスを覚えてるなんて無理だよね。
「安心して。メモは取ってある」
月世ちゃんは服のポケットから一枚のメモを取り出す。近づかなくても分かるほどに、紙は文字で埋め尽くされていた。
「自分以外の分もメモ取ってたの? すっご~い。でも、ボケは斬新だねぇ」
「ぼ、ボケ?」
友ちゃんがケラケラ笑うのと反対に、月世ちゃんは顔をしかめる。
「ボケでしょ。さっき言ってた、うま何とかってやつ!」
「ああ、厩戸皇子ね。ボケじゃない。厩戸皇子は聖徳太子とも呼ばれていて、一度に十人の話を聞くことができた、という伝説があるのよ」
「黒夢さんって本当に頭が良くて物知りだよな」
いまだに笑ってる友ちゃんを尻目に、草くんが感心する。
作戦成功! 相手を知ることと演技の練習をすること。同時進行するために、一人一人が演技をする上で悩んでることを知り、それを解決! そして、演技力も上げちゃおうという作戦なのだ。演技上の悩みを知ることだって、相手を知ることに繋がる。
囲まれてる月世ちゃんと目が合った。私にだけ見えるように口を動かす。
「ありがとう」
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