第19話 私達の練習成果を見せる時
「ありがとう、陽菜」
「え、急にどうしたの!? ていうか、今!?」
「シーッ。客席まで聴こえる」
サッと両手で口を押える。静かにすれば良いだけなんだけど、反射的に口を塞ぐ。
「冗談。ここから客席へは、かなり大声を出さない限り聞こえない。私がお礼を言ったことに驚いたから、その仕返し」
「ああ、ひどいっ! 月世ちゃんのバカ!」
「全教科、陽菜より点数高いわよ」
今日の月世ちゃんは上機嫌、絶好調、最高潮って感じ。本番直前だっていうのに、私をからかって大喜びしている。よく考えたら、観客のいる体育館と私達が待機している廊下は、厚い扉一で仕切られてる。よっぽど大きな声を出さない限りは聞こえない。
初めて喋ってから一か月くらい。月世ちゃんは前より笑うようになったし、口数も多くなった。
最初は、認識すらされてなかった同級生。次は、秘密を知ってしまった同級生。今は、友達になれたかな。
そろそろ、発表前のナレーションが始まる。ナレーションは担任の先生が担当するから、和久井先生の出番だ。
「月世ちゃん、頑張ってね」
「・・・・・・え、ええ」
どうしたんだろう。返事が遅かった?
視線を下に向けて驚いた。月世ちゃんには失礼だけど、今世紀最大に驚いたかもしれない。だって、あの月世ちゃんが緊張してる! 他人の私から見ても、指先が震えてるのが分かる。そう順序だてて考える前に、体が勝手に動いてた。
「月世ちゃん!」
「ちょっ、今度は何よ」
私の両手で月世ちゃんの両手を掴む。ギュッと握れば、ほら。
「二人いれば手の震えは止められる。今の月世ちゃんにはクラスの全員と和久井先生がついてる。二人以上って、もはや無敵っっ!」
顔が壊れるんじゃないかと思うほど、満面の笑みを浮かべる。それを見た月世ちゃんは吹き出した。こんな風に大笑いする月世ちゃんも初めて見る。
「ふっ。二人以上いれば無敵って、何その理論。ふふふふ」
「あ、ひどい! 笑った~」
お腹を抱えて笑うから、見てるこっちまで笑えてきちゃった。本番前に声がかすれたらどうするのって怒ろうとしたけど、私は木の役だった。困るのは月世ちゃんだけだね。
「二人とも~。そろそろ本番だから、舞台裏に移動するよ~」
実玖ちゃんの声がする。移動したのは私と月世ちゃんが最後で、そこにはクラスメート全員と和久井先生が立っていた。順番に顔を見ていくと、やり切ったと顔に書いてある。そうだ。いろいろと問題もあったけど、最後まで練習をやり切った。それを証明できるのは私達だけで、この場の一回だけしかない。
和久井先生のアナウンスが終わり、ブザーが鳴った。月世ちゃんが舞台に出る直前、大きく頷いて一言だけ送る。初めて箒に乗った時、落ちないか不安だった私を勇気づけてくれた月世ちゃんのように。
「大丈夫」
私の言葉に微笑むと、月世ちゃんは自信満々な表情で舞台へ上がっていった。
大きな拍手に包まれて、四年生は舞台上に横一列で並ぶ。お客さんの反応は良く、私達全員も達成感でいっぱいになっていた。清々しい笑顔を見れば伝わるはず。
一つ、気掛かりなことがある。木の役で、台詞もなくジーッとしていた私だから気づけた。トワ様が、観客席のどこにもいなかったのだ。
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