第15話 本番一週間前の大きな事件
学芸会まで残り一週間。ついに、一番恐れていた事件が起きてしまった。
「そんなにきつい言い方しなくても良いんじゃない? 何でそんなに焦ってるか知らないけど、この調子なら本番も上手くいくって」
「そんなことない。台詞に感情がこもってない人もいれば、動きがない人もいる。一部、真面目に練習していない人達もいるわね」
くるみちゃんと月世ちゃんの言い合いに、空気がいっきに張り詰める。「真面目に練習していない人達」という言葉を聞いて、強田くんと小山内くんは項垂れた。
学芸会本番が迫る中、正直シンデレラの完成度はイマイチだった。台詞を覚えきれてない人や緊張から棒読みになる人、動きが決まらず棒立ちで喋る人や、終始ふざけて台詞を読まない人。本番までの時間と劇の完成度があまりにも見合ってない。焦りからか、月世ちゃんは厳しい口調でクラスメートを責めた。それに反発したのが、くるみちゃん。
「ここにいる全員が、黒夢さんみたいに演技できるわけじゃない。緊張して台詞が言えない子や動き方に悩んでる子もいる。全員に完璧を求められてもついていけない」
「緊張して台詞が言えないのも動き方に悩んでいるのも、練習が足りてないだけ。まずは家で練習したら? 努力すらしてない内から『できない』って言われても困る」
ひぇ、そんな煽るようなことを言ったら―。
くるみちゃんが口を開きかけた時、流石にマズいと思ったのか優花ちゃんが小さく手を上げた。優花ちゃんは皆の前で自分から発言することがない。二人のケンカが大きくなる恐怖と皆の前で喋る緊張から、顔が強張っていた。
「ご、ごご、ごめんなさい。せっかくの学芸会だもんね。私も成功させたいって思ってる。もっと上手に言えるように、お家でもたくさん練習するね」
「お、俺も今からは真面目にやるよ。な、なぁ?」
「う、うんっ。学校でも家でもちゃんと練習する」
優花ちゃんの後に、強田くんと小山内くんが間髪入れずに宣言する。いつもお茶らけている二人が、焦ったように首を縦に振っている。これじゃあ、月世ちゃんが怖いから練習するって言ってるだけで、義務的にシンデレラをすることになっちゃうよ。
「成功させたいって思うなら、どうして家での練習を始めなかったの。あなた達二人、今から真面目にやるって言われても信用できない」
三人の宣言と謝罪を一言でバッサリ切り捨ててしまった。それを聞いた友ちゃんと草くんが反論する。
「謝ってるのにその言葉? これからちゃんとやるって言ってるんだから、気持ちを切り替えて練習すれば良いじゃない」
「王子役として一緒に演技してるから分かる。黒夢さんはすごく上手いから、他の人が下手に見えると思う。でも、それと同じレベルを全員に求めるのは間違ってる」
幼馴染みの二人とは、ケンカすることがよくある。だから、友ちゃんと草くんが本気で怒ってることが伝わってくる。ますます私の頭はぐちゃぐちゃになった。
「気持ちを切り替えるって、言うだけなら誰にでもできる。今まで真面目に練習しなかった人に言われても説得力がない。それに、私は『下手に見える』なんて一言も言ってないわ。演技ができてないのは練習不足のせいだって言ったのよ」
一人一人に言い返す姿を見て、熱血組の育住くんと明ちゃんは黙り込んでしまった。この雰囲気から、自分達のテンションで会話に入るのはよくないと感じたらしい。演技に意見を出していた本山くんは、いつ自分に批判が回ってくるのかと怯えていた。その横では、金高くんが下を向いたまま、しきりに前髪をいじっている。
よし、と心の中で自分自身に喝を入れる。ばくばく鳴っている心臓が飛び出そう。
「いったん落ち着いて、冷静に話し合おうよ。月世ちゃん、皆だって練習頑張ってくれてるんだから、『これから真面目にやる』って言葉を信じてみよう。ね? 強田くんと小山内くんは、最後の一週間本気で練習すること。家での自主練は欠かさない!」
「あなたは入ってこないで。分かるでしょう」
最後の言葉に含まれた意味。私は月世ちゃんがクラスメートに無理を言ってでも、シンデレラを成功させたい理由を知ってる。でも、月世ちゃんが他の子に嫌われちゃったら意味がない。そんなの、トワ様が求める成功じゃない。
「今日はこれくらいにしておいた方が良いかもしれない。家に帰って各々が頭を冷やそう。今の状態では言い合いになるだけで、話し合いにならない。監督もそれで良いよね」
男子クラス委員長の静口くんが、監督兼女子クラス委員長の実玖ちゃんに意見を求める。実玖ちゃんは「そうね」と言っただけだった。あれ、珍しいな。こういう時、真っ先にまとめ役として間に入ってくれるのに。どうして黙ったままなんだろう。
そう思っていたら、唐突に実玖ちゃんが顔を上げた。
「黒夢さん。クラスメートの気持ちを考えず、そこまで完成度にこだわる理由は何?」
月世ちゃんは固まった。〈裏の世界〉のことは何一つ言えない。必死に言葉を探して、口を震わせる。次の瞬間、教室の扉は音を立てて開き、月世ちゃんの姿は消えていた。まるで、最初から「黒夢月世」という生徒が存在してなかったみたいに。
「遅くなってごめんなぁ。ちょっと別の先生に呼ばれちゃって・・・・・・って、もしかして、先生がいない間に何かあった?」
和久井先生は教室に入るなり、クラスの雰囲気を察した。おっとりした先生の、切羽詰まった声を聞いたのは初めてだった。
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