第14話 『月ノ国』に朝がきた

 明るくなるまで、まだ一時間もあるらしい。待ってる間、屋台を見に行くことにした。一つ残念なのは、〈裏の世界〉で買った物を〈表の世界〉へ持ち帰れないこと。魔力がこもっているから、〈表の世界〉へは持ち込めないのだ。部屋に飾りたかったけど、ルールは守らないといけないからしょうがない!

「ここ一帯に屋台がある」

 月世ちゃんが掌でお城周辺を示したので、私もぐるっと辺りを見回す。

「いろいろな屋台があるんだね。雑貨とか家具とか植物とか。〈表の世界〉と全然違うから、見ていておもしろい」

「良かったわね」

 私は頷いて、一番近くにある屋台に駆け寄る。ここは植物を売っているようで、色とりどりの花や植物が並べられていた。それから、歌が聞こえてくる。綺麗なハーモニーを奏でている歌声で・・・・・・歌声?? え、何で? どこから?

「どれも目の前の植物が歌っているのよ。〈裏の世界〉の植物は、魔力を送ることで成長するし、言葉を覚える。歌を歌うことだって、できるようになるわ」」

「何それ、かわいいっ!」

「か、かわいい? かしら」

 月世ちゃんは見慣れてるから、この植物のかわいさが分からないのかもしれない。〈裏の世界〉の植物って聞いた時は、口を大きく開いた人喰い植物を想像したけど、見た目は〈表の世界〉と同じ。違いは言葉を喋るところと魔力で育つところくらい。

 私の目に留まったのは、真っ黒なお花。茎もお花も全てが真っ黒で、花びらの形は百合に近いかも。横に垂れずにピンと伸ばした茎、天を向いて大きく開かせた花びら。かわいいというより、美しいという言葉が似合う。

「その花が気になるの」

「え!?」

「ずっと見ているから」

 声をかけられて、はっと我に返る。お花があまりにも綺麗だから、思わず見続けちゃった。お花から視線を外しても、美しい歌声が聞こえてくる。

「あなたの家に持ち帰るのは禁止だけど、私の部屋なら良いわよ」

「月世ちゃんの部屋って、どういうこと?」

 突然の提案に頭が追いつかない。私の家に持ち帰るのは禁止。それは、魔力のこもった植物を〈表の世界〉の住人に見られないため。それなら、月世ちゃんの部屋なら良いっていうのは?

「悩むことじゃないでしょう。その花を買って、私の部屋に置けばって言っているの」

「それってつまり、このお花を私の代わりに持っていてくれるってこと?」

「そう言っている」

 月世ちゃんがそこまでしてくれるなんて!! 感動で泣きそう。

 泣きそうな顔で月世ちゃんに抱き着いたけど、「苦しい」とあっさり引き剥されてしまった。

「すみません。この花ください」

「月世様! どうぞ、こちらですね」

 店員さんは後ろを向いて作業に集中してたから、今の一声でこちらに気がつく。言われた通り、月世ちゃんが指差した花を大切そうに持った。私が眺めていた真っ黒なお花。

「いくらですか?」

「百魔力です」

「ちょっ、ちょっと待って」

 私は慌てて待ったをかける。お金は持ってないし、単位が魔力ってどういうこと!? もしかして、〈裏の世界〉はお金でやり取りをしてないのかな。

「あの―」

「ここは私が払うから、その話は後で」

 止められて思い出した。そうか、私が〈表の世界〉の住人だと気づかれるのはマズいんだ。トワ様も過去に来た人間のことを内緒にしていたし。植物の説明をしてくれた時は、店員さんがこっちに気づいてなかったからセーフだったみたい。

 月世ちゃんは店員さんが差し出した掌に自分の掌を重ねる。数秒経った後、お互いにサッと手を離した。

「ありがとうございます。〈表の世界〉での『試練』、頑張ってください。月世様が女王様になってくだされば、これ以上ない幸せです」

「わざわざありがとうございます。立派に『試練』を終え、いずれはこの国を背負える女王になってみせます」

 店員さんにお辞儀をして、お城の入り口まで引き返してきた。月世ちゃんの手に乗っている植木鉢。そこには、さっきまで私が見ていた真っ黒なお花が植えられている。お花は右に左に揺れながら、いまだに歌を歌っていた。

「月世ちゃん、ごめんね。お金が魔力だって知らなくて。絶対に返すから!」

「返さなくていい」

「それはダメだよ。買ってもらったままだなんて」

 どうしたら良いんだろう。リップはトワ様の魔力だから、私がお金の代わりとして使えないはず。仮にお金の代わりに使えたとしても、それは私の魔力じゃない。人の物でお返ししても意味がない。

「私が提案したのだから、あなたが気にすることじゃない。お金も教えてなかったし。

〈裏の世界〉では魔力を使ってやり取りするの。扉を開けるのにも魔法を使っていたように、こっちの世界では何でも魔法を使う。だから、魔法使いが必要とする魔力と交換に、自分の欲しい物をもらうの。魔力は掌と掌を合わせて受け渡しをする。分かった?」

「う、うん」

 落ち込む私をどうすれば元気づけられるのか。月世ちゃんは植木鉢を持ったまま、考え込み始めた。

「それなら、学芸会が終わった後に〈表の世界〉で買い物に行けばいい。あなたのお小遣いで私が欲しい物を買って。それで同じになる」

「良いね、それっ!!!」

 すぐさま私が飛び跳ねる。その方法なら、月世ちゃんとのお買い物も楽しめて、一石二鳥。一緒にお買い物って、友達っぽい!

 そろそろ『月ノ国』が明るくなる時間だから、急いでバルコニーに移動する。玉座の間を通り過ぎると、廊下の一番奥に扉があった。その扉を開けてすぐに、バルコニーがある。大人が十人並んでもスペースができそうなほどに広い。

 私と月世ちゃんが到着した頃には、女王様と月世ちゃんのお父さん、ルナくんにナルちゃんと、全員が揃っていた。

「陽菜、息が上がってる」

「陽菜、体力がない」

 走ったせいで、ぜぇぜぇと大きな深呼吸をしている。そんな私を見て、ルナくんとナルちゃんは無表情のまま大笑いしている。言うまでもないが、同じ距離を走ったはずなのに、月世ちゃんは息一つ乱れてない。

 深呼吸を繰り返して、何とか息を整える。

「ふ、ふう。月世ちゃんはどうしてそんなに疲れてないの?」

「あなたと違って運動不足じゃないから」

 今の全力ダッシュで思い知らされた。正直に言おう。私は運動不足です。こんなことなら、部屋でオカルト雑誌やネット掲示板ばかり見てないで、運動しておくべきだった。

「これでも一応、土日は早起きして散歩してるんだけどなぁ」

「土曜っていうと、〈表の世界〉では今日じゃない。けっこう朝早く集合したけど、それより早起きして散歩したの?」

 月世ちゃんは今までで一番驚いた顔をしている。ゆっくり寝られる休日に、わざわざ早起きして散歩する小学生はいなさそうだもんなぁ。おばあちゃんとお話しながら歩くのが楽しいから、つい早起きしちゃうんだよね~。

「集合したのと同じ時間に散歩してるよ。だから、今日はおばあちゃんに『友達との約束があるから散歩できない』って言ってきた! おばあちゃんはね、毎日早起きして散歩してるんだ~!」

 どうだ、という顔で月世ちゃんを見たが、スルーされてしまった。え、このスルーされるパターン多くない!?

 私がかわいそうに見えたのか、月世ちゃんのお父さんが褒めてくれた。

「休日にも早起きするのは偉いですね。月世は早起きできないタイプなんですよ」

「そうなんですか!? 意外かも。月世ちゃんって何でも完璧にできると思ってた」

 だから、わざわざ休日に早起きするって聞いて驚いたのか。

 早起きできないことがバラされて、月世ちゃんは不機嫌そうにそっぽを向く。お父さんとお母さんの前で出る、子どもっぽい表情。レアな月世ちゃん。

「悪かったわね。イメージ通りに何でも完璧にできる魔法使いじゃなくて」

「私の方こそ、ごめんね。これは勝手なイメージだから。誰でも苦手なことの一つや二つはあるよね~。私なんてこれだけ元気良いから、運動できると思われがち! 実際にはちょっと走るだけですぐにバテちゃうんだけど」

 あはは~と笑うしかない。勝手なイメージを押しつけるのはよくないよね。幸い、不機嫌そうな表情を見せたものの、あんまり気にしてないっぽい。

「ほらほら、二人とも。空が明るくなってきたよ」

 女王様は大空を指さす。

 夜空に包まれた景色。そこに、一筋の光が差し込むと、段々と空が明るくなっていった。真っ暗な世界のままでも美しいし、光が差し込んでも美しい。この国には、国民思いの女王様やお姫様がいて、二人を支える優しい人達がいる。素敵な景色と温かい人々に囲まれた場所。勇気を出して光に飛び込まなければ、出会えなかったかもしれない。

 この景色を〈表の世界〉で例えるなら、お正月に見る日の出、かな?

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