第13話 『月ノ国』で開催されるお祭り、『来朝祭』
「朝は空気が美味しい~っ!」
「静かにして。気づかれる」
「ご、ごめんね」
嬉しくて大騒ぎしてしまったから、月世ちゃんに怒られちゃった。静かにしないといけないのは分かってるけど、喜ばずにはいられないよ。だって、わざわざ土曜日に集まって、一緒に『月ノ国』に行くんだもん。昨日は全く眠れなかったよ。
一緒に〈裏の世界〉へ行くため、私は家から、月世ちゃんは『月ノ国』から、校舎裏に集合した。
「あ、ショコラおはよう。今日も可愛いね~」
「お前さんより年上だよ。敬語を使え、敬語を」
ショコラは鼻を鳴らしながらニンジンをかじっている。言葉遣いがおじいちゃんっぽいけど、見た目は普通のうさぎ。小さなお口でむしゃむしゃとニンジンを食べる姿はとっても可愛い。
「ほら、早く行きましょう。誰か来るかもしれない」
「そうだね。実玖ちゃんと静口くんと和久井先生で買い出しに行くって言ってたし、ゆっくりしてると見つかっちゃうかも」
校舎を盾にして隠れながら、そっと校門を見る。校門や校庭、校舎は静まり返り、人がいる気配はなさそう。良かったぁ。
今日は土曜日で学校は休み。それを利用して、実玖ちゃんと静口くんが演劇に必要な物を買いに行った。買い物をするには町へ出ないといけないから、担任である和久井先生が引率することになっている。
三人はお昼頃集合して町へ行くと言っていた。と言うことで、私達は朝に集まって『月ノ国』へ行くことにした。
「扉を開くぞ。今は朝だから、念のためにすぐ閉じる。早く入りなさい」
扉が開いている間に、二人して光の中へかけ込む。言った通り、ショコラはすぐに扉を閉じる。眩しい光にも慣れてきて、目を守りながら扉へ入ることができた。
「着地も成功っ!」
月世ちゃんのアドバイスを思い出し、扉へ入る前に確認した。
―足を地面につけることだけに集中する。向こうで扉を通ったら、一瞬でこっちの地面に足がつくから
「んふふ」
「何、その笑い方」
「この前アドバイスしてくれたお陰で、着地できたんだよ。教えてくれてありがとう」
月世ちゃんから返事はなく、いつものように魔法で箒を用意していた。
何度目かの『月ノ国』。夜空のように美しく、光り輝いていた。気のせいかな。前より街が賑わってるような気がする。
「今日って何かあるの?」
「お祭り」
「お祭りぃっ!?!?」
キーンッと音がする勢いで声を出してしまった。顔をしかめて耳を塞ぐ月世ちゃんには悪いけど、それどころじゃない。お祭りだよ、お祭り! お祭りと聞いて、わくわくしない小学生はいない。金魚すくいにかき氷、射的にヨーヨー釣り。沢山の屋台と大勢の人。『月ノ国』のお祭りって屋台いっぱい出てるのかなぁ。たませんとか食べたいなぁ。
空想タイムに入っていたが、月世ちゃんの言葉で現実に戻される。
「〈表の世界〉のお祭りとは違う」
「そうなの? そもそも今日って何のお祭り?」
〈表の世界〉のお祭りと違うってことは、〈裏の世界〉ならではのお祭りになってるのかな。射的や金魚すくいを魔法でやる、みたいな。
「残念はずれ」
「ええっ! 私の心の中を読んだの!?」
「読めるわけないでしょう。あなたの考えていることが分かりやすいだけ」
そんなに顔に出てたかな。ちょっと恥ずかしい。小学四年生にもなって、考え方が単純すぎるのかも。月世ちゃんみたいに、クールで落ち着いてて、大人っぽい私になりたいな。
落ち着きがなくて子どもっぽい自分に落ち込みつつも、一つ、嬉しいことが起きた。ある意味、単純な考え方のお陰かもしれない。
「月世ちゃんは『私の考えてること』を知りたいって思ってくれたんだね。だから、『残念はずれ』って言えたんでしょ。そう考えると、誰でも予想できる単純な思考で良かったかも。うふふ~」
「考えていることが全部顔に出ているからよ。知りたいって思わなくても分かる」
「またまた~。相手を『知りたい』って思うことは『仲良くなりたい』って証拠だよ」
にやにやしながら月世ちゃんを肘で小突く。嫌そうな顔をされたた上に、完全スルーでお祭りの説明を始めた。
「『月ノ国』には朝と昼がない」
「私の言葉はスルーかい。・・・・・・待って、朝と昼がない?」
今までに『月ノ国』を訪れたことを思い出す。毎回夜だったのは、私が来るタイミングが夜なだけかと思ってた。
「最初に同じところを挙げると、天気や一年の日数、一月二月の名称は同じ。〈表の世界〉と同じように晴れや雨があり、一月二月三月の区分がある。十二月まで過ぎれば一月になり、一年が始まる。
違うところも多い。時間の進み方は前にも言ったわね。〈裏の世界〉には、四季と朝・昼・夜の区別がない。四季は七つの国全てになくて、朝・昼・夜は国によって違うの。ここ『月ノ国』は、一日中夜。『日ノ国』は、一日中朝。それ以外の五つの国は、一日中昼」
「朝昼夜の区別がないと、起きられなさそう」
夜は暗くなるから眠くなるし、朝は明るくなるから起きられる。まぁ、朝は明るくても起きられなくて寝坊するし、昼は明るくても授業中寝ちゃうし、夜は暗くても夜更かししてゲームしちゃう。う~ん。やっぱり、朝昼夜はあんまり関係ないのかも。
「『月ノ国』に朝昼がないのとお祭りとの間に、どんな関係があるの」
「夜しかない『月ノ国』と朝しかない『日ノ国』には、年に一度、一週間だけ朝と夜がくるの。今はまだ真っ暗だけど、これから徐々に明るくなる」
真っ暗な夜の世界、『月ノ国』。暗くても充分綺麗だけど、光が差し込んだら、また違った美しさが見られるんだろうなぁ。朝なのに、月や星に見立てた建物があって、不思議な景色になってそう。
「『月ノ国』は朝がくるから『来朝祭』。『日ノ国』は夜がくるから『来夜祭』。朝、夜がきたことに感謝し、次の一年の健康と安全を願うお祭りよ。後で一緒に行くつもりだけど、お城の横には祭壇ができているの。その祭壇に国民それぞれが栽培、販売している物をお供えする。屋台が出るのは〈表の世界〉のお祭りと似ているけど、売っている物は出店主が栽培、販売している物だけ」
「らいちょうさい? らいよさい? 覚えにくい~」
「朝が来る祭りだから『来朝祭』、夜が来るお祭りだから『来夜祭』。別に難しくない」
そろそろ説明がめんどくさくなる頃だ。これだけ教えてくれたのも、正直驚いてる。私のために丁寧に説明してくれてると思うと感動しちゃう。
私の思っていた屋台はなかったけど、〈裏の世界〉で栽培してる物や販売してる物が気になるのも事実。後で屋台にも連れてっても~らお。魔法をかけると伸びる植物とか、魔力のこもった道具とか売ってるのかな。
「突っ立ってないで早く行くわよ。祭壇の前では私と同じように手を合わせて。あなたは神聖な場所で失礼なことはしないでしょうけど、気をつけてね」
「うんっ!!」
満面の笑みで答えたのが不思議だったのか、月世ちゃんは首を傾げて前を向いた。
友達に信用されるって、胸がスッとするような、ぎゅっとするような感覚。嬉しいって言葉じゃ説明できない。スキップして歩きたいけど、今から祭壇に行くならそんな失礼なことはできないよね。月世ちゃんの信用を裏切りたくないし。
飛び跳ねたい気持ちを抑えながら、『月ノ城』の前まで移動する。
「大きくて綺麗」
隣にいる月世ちゃんにも聞こえないくらいの小声でささやく。
説明で聞いていた通り、『月ノ城』のすぐ真横に祭壇が置かれていた。雨で濡れないように、正面以外は小屋のような建物で覆われている。満月のように丸く、黄色の光を放つ大きな祭壇。祭壇の外枠一周分には、星型の飾りがつけられていた。祭壇は月をイメージして作られており、美しいオブジェのようにも見える。祭壇の周りには、様々な植物や野菜、雑貨や小さな家具が置かれていた。これが、月世ちゃんの言っていた「国民それぞれが栽培、販売している物」かな。
「これも魔法なのかな」
「魔法って何の話? ここで魔法は使ってない。強いて言うなら、供えられている植物や道具には魔力が込められているけど」
「そうじゃなくて・・・・・・何て言ったら良いのかなぁ」
私が腕を組んで悩んでいる間、月世ちゃんは何も言わずに待ってくれた。会話がなくて静かな空間だったけど、気まずいとは思わなかった。
必死に考えること十数秒。
「ああ、そうだ。実際に魔法をかけてるわけじゃなくて、国民の想いってことだよ」
「国民の、想い?」
月世ちゃんはオウム返しに同じ言葉を口にする。
「だって、自分や大切な人が健康で安全にいられますように~って願いを込めて、植物や商品をお供えしてるんでしょ。大変な思いをして作ったり販売したりしている物をお供えするんだから、本気で幸せを願ってるはず。気持ちの魔法だね」
上手く説明できたかは分からない。月世ちゃんは目をまん丸に見開いていたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「そんな風に考える人、〈表の世界〉にも〈裏の世界〉にもいない」
「そう? 私ね、月世ちゃんと出会って、魔法って存在を知って、思ったことがあるんだ。言葉にも、行動にも、想いにも、その人の魔法が宿るんじゃないかなって。私に『ありがとう』って言われて、『嬉しい』って感じたことない?」
「・・・・・・ある」
「えっ」
迷惑にならないように声を抑えた私を褒めて欲しい。だって、「そんなことはない」って否定されると思ってたんだもん。私の言葉で月世ちゃんが「嬉しい」とか「楽しい」って感じてくれたら良いのに。そしたら、私も嬉しくなる。
「―かもしれないし、ないかもしれない?」
「そういうこと!? そこは、『ある! 嬉しい』って、はっきり答えてよ~」
月世ちゃんの右腕をとって、駄々をこねる子どものように両手で引っ張る。「もうっ、やめてよ」と私の手を引き剥そうとするが、それほど嫌そうに見えない。
「こんなことしてないで、早くお祈りするわよ」
私の両手を振りほどいて、祭壇に向かってスタスタと歩いていく。急いで後ろをついていき、祭壇の前で足を止めた。
「まずは、お辞儀をして一歩前へ祭壇に近づく。両手を合わせて目を閉じる。きっちり三十秒、『月ノ国』の健康と安全を祈ってよ。三十秒経ったら目を開けて、一歩下がってお辞儀をする。お辞儀は腰から九十度に曲げる。学校の号令でも言われているからできるわね」
「任せて」
教えてもらった通り、最初は祭壇から一歩下がった場所でお辞儀をする。それから祭壇に一歩近づいて、両手を合わせて目を閉じる。
「私の大切な友達、月世ちゃんの住む『月ノ国』がいつまでも健康、安全なままでいられますように」
心の中でそう願いながら、きっちり三十秒数える。目を開けてからは一歩下がり、腰を九十度に曲げてお辞儀をする。これで、大丈夫だよね。『月ノ国』の健康と安全はしっかり願った。
「きちんと祈ったでしょうね」
「もちろん。ばっちりだよ! 私が祈れば『月ノ国』は安泰だね」
「その自信はどこからくるの」
呆れたような物言いでも、表情は柔らかい。仕方ないなって笑ってるみたい。私の勘違いじゃなければ。
「こんにちは、陽菜さん。まだ辺りは暗いけど、二人ともお祈りに来たのね」
凛として背筋を伸ばし、優雅な足取りで歩いてくるのは女王様。その隣には月世ちゃんのお父さん、ルナくん、ナルちゃん。四人も明るくなる前にお祈りをしに来たみたい。代表してか、女王様はお供え物として、月と星のブローチを持っている。
「こんにちは。今日も月世ちゃんに案内してもらってます」
「それは良かった。ふふ。娘にお友達がいるってこういう感じなのね。ね、あなた」
「今は職務中な上に街に出ていますよ。『あなた』ではなく、『夜彦大臣』と呼んで下さい」
女王様は笑いながら「ごめんなさい」と謝った。しっかりしていてお上品な人だと思ってたけど、月世ちゃんのお父さんの前ではこんな感じなんだ。私もいつか、素敵な人と結婚できるのかなぁ。こうやって一緒に笑い合って、冗談言い合って、怒られたりケンカしたり。
両親のやり取りに恥ずかしくなったのか、月世ちゃんは大きく咳払いをした。
「それくらいにして下さい。ここは城外ですよ。国民に見られる可能性を考えて下さい」
「女王様と夜彦様、怒られた」
「女王様と夜彦様、注意された」
月世ちゃんに続いて、ルナくんとナルちゃんがわいわい喋る。三人から同時に責められて、女王様と月世ちゃんのお父さんは肩を竦めた。この前は女王様が月世ちゃんに注意していたのに、今日は女王様の方が注意されている。
「はぁ、仕方ないですね。それで、トワ様はお見えになったのですか?」
「あら、聞いてないの?」
女王様は顔に手を当てて不思議そうにしている。不思議そうにしているのは私も同じ。どうしてトワ様の名前が出てくるのか分からない。トワ様は『狭間の宮殿』の住人であって、『月ノ国』の住人ではない。月世ちゃんは当たり前のようにトワ様のことを聞いてたけど、どういう意味?
「まずは、陽菜さんに説明して差し上げて。どうしてトワ様がいらっしゃるのか知らないでしょうから」
「分かりました」
月世ちゃんが私を見る。
「『来朝祭』は一年に一度、一週間行われる。七日目には、毎年トワ様が『月ノ国』を訪問して、お祝いを仰って下さるの。最終日以外に、毎年『来朝祭』の初日にもいらして下さるわ。そして、夜から朝になる瞬間を、『月ノ城』のバルコニーから眺めるのが恒例になっているの。今まで一度も欠かさずにいらしていたから、今年もお見えになるものだと思っていたのに」
「へぇ、トワ様が。確かに、毎年来ていたのに今年だけ来なかったら気になるよね」
一年に一度しかないお祭りなのに、予定が入っちゃったのかな。風邪ひいたんじゃないかって心配になる。トワ様、大丈夫かな。
「トワ様のことだから、てっきり月世に言ってると思ったんだけどね。急用だそうよ。さっき『狭間の宮殿』で留守番役を務める者に聞いたけど、トワ様は当分帰ってこないらしいわ。まぁ、挨拶は最終日だから初日にいらっしゃらなくても大丈夫だしね」
「それもそうですね。陽菜は朝になる瞬間を見るでしょう?」
「うん、見たい見たい」
わーい、と両手を上げてはしゃぐ私を、女王様と月世ちゃんのお父さんは優しい笑顔でお迎えしてくれた。
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