第7話 大魔法使いのトワ様に会いに行く
月世ちゃんは『瞬間移動装置』にかざしていた手をどける。
『月ノ城』の玉座にあった『瞬間移動装置』。そこに月世ちゃんの魔力を注ぎ込んで、『狭間の宮殿』の玉座まで移動してきた。
「いらっしゃい。月世、陽菜。二人が遅いから、一人将棋に飽きちゃった」
子どもっぽい弾んだ声。
玉座に座っていた女の人は、私達の元までゆっくり歩いてくる。様付けだったから、白髪のおばあちゃんを想像してたけど、すっごく若く見える。魔法使いは人間より寿命が長いって言ってたから、見た目が若くても私より年上なんだろうなぁ。
近づくトワ様に向かって、月世ちゃんも前へ出る。
「こんばんは、トワ様。〈表の世界〉より帰ってきました」
「おかえりなさい。今日はお友達も一緒なのね」
トワ様が私の顔を見て、ニコッと微笑む。それに釣られてか、気づいたら私も微笑み返していた。
不思議な人。第一印象がそんな感じ。人を惹きつけるオーラがあって、誰もがトワ様の魅力の虜になっている。
月世ちゃんは「今日はお友達も一緒なのね」という言葉に眉を下げる。
「ごめんなさい。ショコラに扉を開いてもらった時、彼女が後ろにいたことに気づかなくて・・・・・・」
「謝らなくても良いのよ。私はね、月世が〈表の世界〉で友達を作ったことが嬉しいの」
「私が友達を作ると、トワ様は嬉しいのですか?」
首を傾げる月世ちゃんに、トワ様は困ったように笑う。
「だってあなた、『月ノ国』の女王になることだけを考えていて、友達を作ったり、周りと関わりをもったり、しなかったじゃない」
「うっ、どうしてそれを」
「ふふ。私に隠し事はできませんよ」
しまった、という顔の月世ちゃん。どうだ、という顔のトワ様。小学生の月世ちゃんに張り合うトワ様って子どもっぽい。『月ノ国』の女王様みたいに、威厳に溢れた大人の女性って感じの人かと思ってた。
次は私の番らしい。トワ様がこっちを向く。
「あなたに会えて良かったわ。最初にお願いするんだけど、ここでのことは誰にも話しちゃダメよ。〈裏の世界〉の住人は〈表の世界〉のことを知ってるけど、〈表の世界〉の住人は〈裏の世界〉を知らないから。これは、混乱を避けるためよ」
「はい。分かりました」
そっか、だから私達の中で〈裏の世界〉を知っている人がいないんだ。片方の世界はもう一方を知っているのに、片方の世界は自分達の世界しかしらない。お互いのことを知り合えてるわけじゃない。
「さみしいですね」
「『さみしい』ね。それが陽菜の感想であり、あなたが感じたこと。大事にしなさい」
しまった。思わず口から出ちゃってた。私のあほーっ! これで何回目よ。
トワ様は腕を組んで頷いている。月世ちゃんは「余計なことを言うな」という目で私を見ている。
「えっと、〈表の世界〉の住人が〈裏の世界〉を知れば、仲良くなって遊んだりできるのになって思ったんです」
「遊んだりって、子どもじゃないんだから。そもそも、〈表の世界〉の住人が〈裏の世界〉を知ってどうするのよ」
月世ちゃんの正論が突き刺さる。ごもっとも。もっと説得力のある意見がなかったのか、と自分でも悲しくなる。特に理由もなく口に出してしまうのは、私の悪い癖だ。
「遊んだり、悪くないわね。良い考えよ。でもね、表と裏、人間と魔法使い。住んでいる世界や種族が違えば、解り合うことは難しいの。考え方が全然違うから」
トワ様はどこか遠い目をして天井を見上げる。まるで、昔を懐かしむように。一瞬だけ、とてつもなく悲しそうな目をしていた。見間違えかもしれないけど。
「昔、〈裏の世界〉に入り込んでしまった人間が一人だけいたの。ショコラの失敗は今回が二回目だったってわけね。後でフォローしておかなきゃ」
「ええっ!?」
「は?」
一人笑っているトワ様を横に、私と月世ちゃんが順番に驚く。私だけではなく、月世ちゃんまで声を出しいて驚いていた。『玉座の間』は広いから、二人の声が反響する。
数秒固まっていた月世ちゃんは、やっとのことで声を出す。
「と、トワ様。〈表の世界〉から人間が入り込んだなんて話、今までに一度も聞いたことがありません。どういうことですか」
「それはそうよ、誰にも言ってないんだもの。私とショコラ、その人間だけの秘密だった。だから、あなた達も内緒にしてよ」
いたずらが見つかった子どものように、人指し指を口にあてて「シーッ」とする。私と月世ちゃんはお互いに顔を見合わせた。
「今まで内緒にしてきた話をどうして教えてくれたんですか。月世ちゃんはともかく、私とは会ったばかりですよね」
これが一番の謎だった。内緒にしてたってことは、知られたくなかった、話を広めて欲しくなかったってことだよね。それなのに、信用できるかも分からない人間に教えるかな。
トワ様は一度微笑んだだけで、答えを教えてはくれなかった。
「この話は終わりよ。陽菜は『試練』の話を聞きに来たのよね」
「あ、はい。そうです。それに、『記憶魔法』のことも分からないです」
「それなら、『記憶魔法』の話からしましょうか。この魔法はね、大魔法使いである私しか使えない、記憶を操る魔法なの」
大魔法使い。トワ様に感じた不思議なオーラは魔力の大きさだったのかもしれない。やっぱり、トワ様って凄い人なんだ。
キラキラとした瞳をトワ様に向ける。
「あなたも、私が記憶を操れると知っても怖がらないのね」
「あなたも?」
私が言葉を繰り返すと、トワ様ははっとして話を戻す。どうしたんだろう。
「陽菜と喋ってると調子が狂うわ。ごめんね。
月世は一年生の頃から清華小学校にいた。だから、四年生になってからやって来たのは話が合わない。それが疑問だったのよね」
「も、もしかして、トワ様の『記憶魔法』で『月世ちゃんはずっと清華小学校に通っていた』って記憶を書き変えたってことですか!?」
「大正解~」
パチパチと拍手されれば悪い気はしない。むしろ、心地よい。私はえへへと笑って軽く頭を下げる。月世ちゃんの表情は、「そんなことで喜べるのか」と言っている気がする。
「それじゃあ、ここで『試練』の話に移るわね。
〈裏の世界〉には、全部で七つの国がある。月世がいる『月ノ国』。それから、『火ノ国』『水ノ国』『木ノ国』『金ノ国』『土ノ国』『日ノ国』。どの国にも、女王様か王様がいて、国が上手く回っていくように管理しているわ。
そうそう、『狭間の宮殿』についても説明しちゃいましょう。ここは〈表の世界〉と〈裏の世界〉の間にある空間よ。『狭間』っていうのは、何かの物と何かの物の間ってこと。〈表の世界〉と〈裏の世界〉の間にあるから『狭間の宮殿』って呼ばれているわ。私はこの場所で、二つの世界のバランスを保つ仕事をしている。それから、ここには魔法が使える者しか来られないの。今回は月世の魔力で補助されたから、陽菜も入れたのよ。普通なら人間が入ることはできないわ」
「二つの世界のバランスを保つっていうのは、どういうお仕事ですか」
私達が住む世界と別の世界があったってことだけでも驚きなのに、よく分からない空間まであったなんて。
ハンバーガーを想像すれば良いのかな。〈表の世界〉が上のパンで、〈裏の世界〉が下のパン、『狭間の宮殿』が具材。間にあるって言ってたから、このイメージで合ってると思う。ちょっと難しいけど、身の周りのモノで例えると分かりやすいかも!
「バランスを保つっていっても、難しいことは何もしてないの。二つの世界が影響し合わないように、真ん中から見てるだけ。魔法を使う世界と使わない世界。環境が違うから、影響し合うと混乱しちゃうでしょ」
人間は、魔法が使えない上に〈裏の世界〉の存在を知らない。それなのに、〈裏の世界〉が影響して、無理矢理魔法が使える世界にされてしまったら? 校長先生が学校のルールを勝手に変えれば、それに対応できなくて言うことを聞かない人が出てくる。そうすると、学校のルールがめちゃくちゃになって、今まで通りの楽しい学校生活が送れなくなる。
確かに、二つの世界が影響し合うのはよくなさそう。
「その顔、ちゃんと理解してくれたみたいね。偉い偉い。話を『試練』まで戻すわよ。
それぞれの国に女王様か王様がいるということは、その後継者にあたる姫か王子もいるということ。いつかは国を継ぐことになる。国を継ぐのは簡単なことじゃない。国の歴史や政治の勉強をしたり、国民の気持ちを考えて判断したり。それに、〈表の世界〉のことも知らなくてはいけない。そこで、十歳になった王族の子どもは〈表の世界〉へ行って様々な勉強をするの。知らない世界で人間関係を築き、知識を身につけ、それを〈裏の世界〉での政治に活かす。
十歳という年齢なのは、思春期が始まり、多感な時期だからよ。今だからこそ、感じられることがあると思うの」
人間関係という言葉を聞いて、月世ちゃんはサッと顔をそむける。月世ちゃんは賢い。大人びてるし、テストで毎回良い点数をとっては褒められてる。でも、友達を作り、誰かと協力し、人間関係を築いているかと言われれば、誰の目にも明らかだった。
「お姫様や王子様が女王様や王様になるために、〈表の世界〉で『試練』をする。それを人間に知られないよう、『記憶魔法』で記憶を変える。こういうことですよね」
「おみごと。理解するのが早いわね」
再び拍手をするトワ様は、子どもみたいにはしゃいでいる。不思議なオーラはあるけど、親しみやすい人。こういったら失礼だけど、近所の優しいおばあちゃんみたい。
「帰らなくていいの」
月世ちゃんの急な一言に、一瞬で顔が青くなる。しまった。家族には内緒で家を抜け出してきたんだ。そろそろ朝になっちゃう。
時計を見ようと、大慌てで部屋の中を見渡す。その様子が面白かったのか、少しだけ月世ちゃんが笑った。
「〈表の世界〉と〈裏の世界〉では時間の進みが違う。こっちの方が早い。例え、〈裏の世界〉で何時間か過ごしても、向こうでは数十分程度しか経っていない」
「よ、良かったぁ」
とにかく安心した。この一言に尽きる。家を抜け出したのが見つかれば、これからは部屋を見張られるかもしれない。そしたら、もう二度と冒険できない。お化けやUMAを探しに行くこともできない。
「ありがとう、月世ちゃん」
「は? どうしてお礼を言うの」
「だって、帰る時間を心配してくれたでしょ」
「ち、違うわよ」
月世ちゃんの顔を覗き込む。しかし、すぐに顔を逸らされてしまった。もしかして、照れてる?
その後、よく分からない言い訳を喋り続けたから、トワ様が遮った。感謝したんだから、言い訳しなくても良いのに。でも、照れた時の反応が見られたのは嬉しい。
「陽菜は帰らないといけないから、私が〈表の世界〉に送ってくわ。月世はこの部屋の『瞬間移動装置』から『月ノ城』へ帰りなさい。二人とも、良いわね」
片手を上げて大きく返事をする私とは対照的に、月世ちゃんは小さく呟いただけだった。
トワ様が何かを思い出したように、「そうだ」と両手を叩く。
「月世、あなたは陽菜に『月ノ国』を案内してあげなさい」
「良いんですかっ!?」
「嫌です」
またしても目が合う。はっきり嫌だと言われてしまった。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。トワ様が〈裏の世界〉へ来ることを許可してくれたんだから。
私は月世ちゃんとの距離をつめる。
「お願い。『月ノ国』を案内して」
「嫌。めんどくさい」
「そこを何とか。お願い!」
「嫌」
くぅっ。手ごわい。というか、お互いに「お願い」と「嫌」を言ってるだけで、言い合いにすらなってない。低レベルな言葉のぶつけ合いになってしまった。でも、何だろう。ちょっと楽しい。
「一生のお願い。月世ちゃんが住んでいる世界を私も見てみたいの」
「見て、どうするのよ」
「月世ちゃんをもっと『知りたい』。友達になるって相手を『知る』ってことだから!」
ここで、月世ちゃんの言葉がぴたりと止まった。口をぱくぱくさせて、何を言えば良いのか分からないという顔をしている。
にこにこと見守っていたトワ様が、月世ちゃんめがけてトドメの一言。必殺攻撃。
「あなたの負けよ、月世」
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