第6話 〈裏の世界〉があるってどういうこと!
月世ちゃんは大きな扉を二度ノックした。
「女王様。お時間よろしいでしょうか?」
「良いわよ。入りなさい」
扉の向こうから、透き通った美しい声が聞こえてくる。耳が心地よい。でも、まただ。この声、どこかで聞いたことあるような気がする。
そう考えている内に、大きな扉がゆっくりと開く。隙間から少しずつ見える室内。お城に入る時と同じか、それ以上のどきどき。
「いらっしゃい。白時陽菜さん」
月のように静かで美しい笑みを浮かべ、女王様らしき人が出迎えてくれる。
き、綺麗な人。紫色のさらさらな髪は地面につくほど長い。黄色の瞳は月そのもので、女王様の威厳を感じる。
美しさに見惚れていたが、問題はこれじゃない。あれ、前にもこんなことあったっけ?
「ど、どうして私の名前をっ!?」
扉の前で失礼のないように、と言われたばかりなのに、それどころではなくなった。月世ちゃんがテレパシーか何かで教えていた、とか?
「陽菜。女王様は何でも知っておられるのよ。失礼のないように」
月世ちゃんに名前を呼ばれて睨まれる。そんなに睨まれたら、名前を呼ばれても嬉しくないよ。
「ふふ。良いのよ。陽菜さん、気にしないでね」
女王様は口に手を当てて上品に笑う。顔や表情だけでなく、一つ一つの所作からも美しさが溢れている。
「さて、どこからお話しましょうか。月世のことだから、めんどくさがって説明してないんじゃない?」
「女王様にお任せしようと思いました」
「はぁ。〈表の世界〉に行っているのに、そういうところは変わらないのね」
女王様は溜息をつく。
月世ちゃんって、普段からめんどくさがり屋なんだ。学校では絶対に知ることのなかった一面。月世ちゃんの「たった一つ」を知るだけで、こんなにも嬉しくなる。
女王様に説明を押しつけたり、結構はっきり発言したり、好き放題してるんだなぁ。これは、私が思っていた月世ちゃんのままかもしれない。イメージ通りの部分もあるんだ。
「さて、それでは説明を始めましょうか」
女王様は右の人差し指で、自分の前に二つの円を魔法で描く。片方は図鑑とかで見たことのある青い球体。もう片方は七色の光を発している球体。ガラスみたいできれい。
「これを見れば、想像しやすいかしら。この青い球体は陽菜さん達人間が住む地球。言わば、〈表の世界〉」
向かって右側にある、青い球体が踊るように一回転する。
「こっちの七色に光っている球体は、私達魔法使いが住む場所。言わば、〈裏の世界〉」
向かって左側にある、七色の光を放つ球体が踊るように一回転する。
「私が住んでいる地球とは別の、魔法使いが住む世界に来てしまったってことですか」
「そうよ。清華小学校の校舎裏で光に入ったでしょう」
「どうしてそれを―」
女王様は、魔法が使えるだけでなく、超能力まで使えるのかな。
リアル超能力者との出会いに感動していると、月世ちゃんが会話に入ってきた。
「ショコラが周りを見ずに扉を開いたせいです」
「ショコラだけのせいじゃないわ。月世も周りを見てなかったでしょ」
「陽菜が勝手に来ただけで、私が跡をつけられたわけではないです」
「すぐ他人のせいにするの、よくない癖よ」
女王様の穏やかな表情が崩れる。月世ちゃんはうっと唸って一歩後ろに下がった。
女王様って月世ちゃんのお母さんみたい。やり取りが微笑ましくてつい笑ってしまう。
「何笑っているのよ」
月世ちゃんの睨みが飛んできたので、さっと口を閉じる。
「とにかく、責任は月世にもショコラにもあるわ。これは〈裏の世界〉の問題だから、陽菜さんには関係ないわね。ごめんなさい。話を再開しましょう」
置いてきぼりの私を気遣っているのは分かるが、「関係ない」という言葉に寂しさを覚える。私は〈裏の世界〉の住人でもないし、魔法使いでもないもんね。
落ち込む私には気づかず、女王様は説明を続ける。
「清華小学校で飼っているうさぎ、ショコラは〈裏の世界〉の住人なの。うさぎだから、人ではないけどね。こちらでは、『魔法うさぎ』って呼んでるのよ」
校舎裏のゲージで、にんじんをかじっているうさぎを思い出した。ピンクでふさふさ、耳が長くて丸っとしてる、あのうさぎ。
「学校で飼ってるうさぎが!? 魔法を使ってるところ、一度だって見たことないですよ。そもそも、うさぎが魔法を使うだなんて・・・・・・」
「〈表の世界〉では魔法を使うことが禁止されているのよ」
「便利なのに、ですか?」
魔法の箒で空を飛べたり、〈表の世界〉と〈裏の世界〉を移動できたり、どう考えても便利なのに。自分が楽になれるのだから、どんどん使えばいい。
私の正直な感想に、女王様は苦笑いする。
「トラブルを避けるためよ。
魔法使いは、〈裏の世界〉でしか魔法を使えない。もし、〈表の世界〉で魔法使いだけが魔法を使っていたら、どうかしら。喧嘩や暴動、犯罪。魔法を使えない〈表の世界〉の人間が、魔法を使える〈裏の世界〉の魔法使いに勝てるとは思えない。それどころか、こういったマイナスな面が強くなって、悪い方向へと進んでしまう。最悪、戦争になりかねないわ」
戦争。この二文字が脳に響く。聞きたくない言葉。魔法を使う者と魔法を使えない者。
女王様の言う通りだ。
どちらが勝って、〈表の世界〉がどうなるのか、簡単に想像できる。きっと、一つでも魔法の使用を許してしまうと、ルールを守らない魔法使いがこっそり使い始める。問題が起きてからじゃ遅い。だから、一つの例外も許すことなく、全面的に禁止してるんだ。
「〈表の世界〉で魔法が禁止されている理由は分かりました。でも、どうしてショコラだけは扉を開く魔法が使えるんですか?」
それに、さっきの『瞬間移動装置』。崖の上に置かない理由が分からない。うさぎのショコラが魔法の扉を出せるなら、あの装置だっていらないはず。
「ショコラは『魔法うさぎ』や魔法使いの中でも特別なの」
「特別ですか?」
魔法が使えるうさぎ。魔法で溢れる〈裏の世界〉の出身であったうさぎ。それだけでも、特別な気はするけどなぁ。
「もう一度確認するけど、清華小学校の校舎裏にいた時、光のようなものを見た。そこに入り込んだから、陽菜さんは〈裏の世界〉に来た。そうよね」
「はい。おじいちゃんみたいな声が聴こえてきて、その後に強い光がうわぁって。光が強すぎて目が開けられなかったけど、何とか入りました」
清華小学校で昔から語り継がれる噂、『校舎裏の話』。しゃがれた声に強い光、その先に広がる異世界。
「陽菜さんが入った強い光。それが、〈裏の世界〉への扉なの。ショコラは清華小学校の校舎裏で、両方の世界を行き来する扉を管理する、唯一の存在。それも清華小学校が設立された当時からね。陽菜さんが聞いたおじいちゃんみたいな声は、ショコラが魔法を唱えていた声よ」
女王様の説明で、『校舎裏の話』の謎は確信に変わった。
白い光は、〈表の世界〉から〈裏の世界〉へ移動する扉。おじいちゃんみたいな声は、『魔法うさぎ』のショコラが呪文を唱える声。白い光に入ると行ける異世界は、〈裏の世界〉のこと。
清華小ができてから扉の管理をしてるなんて、ショコラは本当に特別なうさぎなんだ。ん? 清華小ができてから、ずっとだって? 清華小は設立から百五十年は経ってる。ショコラの年齢と合わなくないかな。
「清華小はかなり前からありますよ。ショコラの、うさぎの年齢と合わなくないですか」
「ショコラが『魔法うさぎ』の中でも特別っていったのはそれもあるの。私達魔法使いは、人間よりも寿命が長い。ショコラはそれ以上。永遠を生きるの」
「えい、えん?」
誰にともなく、空気に向かって呟く。死んでしまうことなく、永遠に生きる命があるなんて想像できない。寿命がない。誰よりも永い時間を生きる。生き続ける。
「さみしくないのかな」
気づいたら口から出ていた。こんなことを言われると思っていなかったのか、月世ちゃんと女王様はキョトンとしている。
はっとした。これではまるで、二人を責めてるみたいに聞こえる。
「あの、ごめんなさい。永遠に生きるって想像できなくて」
言い訳じみた言葉に呆れてくる。そんな私を気遣ってか、女王様は優しい笑顔で話してくれる。
「陽菜さんは優しいのね。ショコラは扉の管理とともに、番人の役目も務めているの」
「人間が〈裏の世界〉に入らないように、守ってるってことですか」
「そうよ。それなのに、あのショコラが誰かの侵入を許すなんてね」
女王様は困ったように眉を下げる。
『校舎裏の話』を知りたい。それだけの理由で〈裏の世界〉に来てしまった。女王様、そんな顔しないで下さい。ごめんなさい!
自分の好奇心を嫌に思う日がくるとは思わなかった。私が落ち込んでいると、横から月世ちゃんが話しかけてくれた。もしかして、私の気持ちに気づいてくれて?
「これで『瞬間移動装置』を置いていない理由が分かったでしょ」
全然違った。慰めてくれるのかと思ったよ。質問を覚えててくれたのは嬉しいけどさ!
エレベーター前で聞いたこと。『瞬間移動装置』があるのに、一番遠い崖の上に置かないのはどうしてか。
分かったのか、と言われてもさっぱり分からない。
「その様子だと分かってなさそう。『あなたみたいな人がいるから無理なのよ』って言ったでしょう」
「あっ!」
急に大きい声を出したせいで、月世ちゃんが顔をしかめる。女王様は相変わらずにこにこした表情を崩さない。
「声大きい」
「ご、ごめんね。分かったのが嬉しくて。だって、月世ちゃんの期待に応えられた気がするもん。『瞬間移動装置』を崖上に置かないのは、あそこが〈裏の世界〉の玄関的な場所だからだよね。私みたいな人間が来るかもしれない。魔法がないと動かせないけど、それを使って怪しい人が国や城に入ってきたら困るから、だよね」
「そう」
どうだ、とどや顔で月世ちゃんを見たけど、そっけなく返された。
月世ちゃんの方を見ていたから、女王様が肩を揺らして笑っているのに気づかなかった。さっきまでの、「女王様です」っていう笑い方とは違う。見守るような、温かい感じ。
「ふっふふふ。珍しいわね、月世がそんなに嬉しそうにしてるの」
「え??」
女王様に向けていた視線をすぐに月世ちゃんに戻す。
月世ちゃんの表情を見ても、いつも通りにしか見えない。むしろ、機嫌が悪そうに見える。残念だな。表情を観察するためにジロジロ見たら失礼だよね。
月世ちゃんは数歩前に出て、焦ったように訴える。駄々をこねる子どもみたい。こんな月世ちゃん、一度も見たことない。またレアな一面を見れちゃった。
「女王様。適当なことを仰るのはやめてください。別に嬉しくないです」
「良いじゃない。〈表の世界〉でできた、初めての友達なんでしょ」
「と、ととと友達っ!?」
ともだち。友達。フレンド。
私が挙動不審に「友達」と言ったのが面白かったのか、女王様はお腹を抱えて大笑いし始めた。もう上品さの欠片もない。
「陽菜さん」
「は、はい」
やっと女王様の笑いが収まる。今の大笑いが嘘のように真面目な顔になった。
「月世は、表情は硬いし、言葉はきついし、一緒にいるのが大変かもしれない。でも、本当はとっても優しい子なの。だから、これからも仲良くしてほしい」
女王様は玉座から立ち上がり、両手を添えて頭を下げた。指先の動きまでもが美しい。私の方が頭を下げられるなんて、恐れ多いよ。
もたもたしていたら、月世ちゃんが「友達」を否定するために口を開きかけた。女王様に友達だと思われたのに、否定されるわけにはいかない。ぜっったいにっ!!
「私は、ずっとずっと前から月世ちゃんと友達になりたいって思ってました。これからも仲良くします。もう、親友と呼べるほどに仲良くなりましたから」
「ふふふ。それは良かったわ」
女王様は月世ちゃんに友達ができて嬉しいみたい。よく考えたらこれ、後で月世ちゃんに怒られないよね!?
後悔しても後の祭りなので、どうにでもなれ~って気持ちで堂々とすることにした。
「女王様って月世ちゃんのお母さんみたいですよね」
女王様が笑うのをやめた。あ、あれ。もしかして、言っちゃいけないことだった? や、やばい? 謝った方が良い?
私が謝ろうとしたところ、女王様の呆れた声が被さった。
「ご、ごめん―」
「月世~。私があなたの母さんだって、言ってなかったの?」
「え、お母さん!?」
『月ノ国』の女王様が、月世ちゃんのお母さんだって!? 何その急展開!
いやいやいや、待って待って待って。女王様がお母さんってことは、その子どもの月世ちゃんはお姫様ってことになるんじゃない??
月世ちゃんと女王様を交互に見る。紫色のサラサラな髪。満月のような黄色の瞳。二人が親子で、月世ちゃんがお姫様だって言われても全然違和感がない。
あまりの衝撃に言葉が出ない。「出せない」じゃなくて、「出ない」。私の反応を見て、女王様は眉を下げる。
「月世が話しておかなかったみたいでごめんね。〈裏の世界〉の住人が、わざわざ〈表の世界〉の学校へ通うのはなぜだと思う?」
「人間の世界を侵略するため、とかですか」
「そんなわけないでしょう」
これくらいしか思いつかなかったが、予想通り速攻で月世ちゃんに否定された。
「あなた達、本当に仲が良いのね。でも残念。はずれよ。説明する前に、〈裏の世界〉についても話さないといけないわね。どうせ、月世は話してないだろうし」
「どうせ、とは失礼ですね」
月世ちゃんは子どもっぽく反抗的に女王様を見る。
お城に帰った月世ちゃんは、学校と違って年相応に過ごしているらしい。女王様の困ったような顔を見れば分かる。
「はぁ。それなら、月世からきちんと説明しなさい」
「どうして私が―」
「あなたのお友達でしょ。あなたから説明しなさい」
笑顔だけど、目が笑ってない。怒る姿は女王様っていうよりお母さんって感じ。
有無を言わせない女王様の言葉に、さすがの月世ちゃんも従うしかなかったみたい。お母さんに怒られた時って、言われたことを聞くしかなくなるよね。
「〈表の世界〉は日本やアメリカのように、いくつもの国から成り立っている。それは、〈裏の世界〉も同じ。国の数は全部で七つ。七つの国は、円を描くように並んでいるわ。私達が住む『月ノ国』はその内の一つで、『月ノ神』を守護神としているの」
それなら月世ちゃんは、たった七つしかない国の一つで、お姫様として生まれたってことだよね。国とかお姫様とか、無縁の世界すぎてついていけない。豪華な生活してるのかなぁ。美味しい物いっぱい食べたり、ふかふかなベットで寝たり。
月世ちゃんの説明に満足したのか、女王様は嬉しそうに頷く。
「それでは、どうして月世が〈表の世界〉にいたのかってことね。〈裏の世界〉では、十歳になった王族の子どもが、〈表の世界〉へ『試練』をしに行く決まりがあるの」
「十歳になったら? でも、月世ちゃんは一年生の頃からいましたよね」
十歳といえば、私と同じ年齢。つまり、小学四年生のはず。十歳になったら『試練』しに来るってことは、十歳になったら〈表の世界〉の小学校に来るってこと。でも、月世ちゃんは私が小学校に入学した時からいたはず。あれ、違ったっけ? 混乱してきた。
「少しずつ、『記憶魔法』が解けているのかもしれないわね。清華小学校にいる全ての人には、トワ様の『記憶魔法』がかかっているの」
「『記憶魔法』? とわ、様?」
次から次に出てくる言葉に理解が追いつかない。『瞬間移動装置』や『魔法うさぎ』を覚えられたと思ったら、すぐ次の言葉。
「トワ様については、そうね。月世と一緒に『狭間の宮殿』へ行ってきなさい。実際にお会いした方が早いわ」
月世ちゃんが拒否しようとするも、強引に話を進められる。やっぱり、女王様の方が一枚上手だ。
「この国の仕組みのこと、全てトワ様にご説明頂いた方が良いかもしれないわね。というのも、トワ様は陽菜さんに会いたがっているの」
「私に?」
一度も会ったことのないトワ様という人物。なのに、私に会いたいだって? どこかで会ったりしてたのかな。
「陽菜さんの名前を知っていた種明かしをするとね、私が何でも知っているからじゃないの。本当はね、あなた達がお城に来る前にトワ様から聞いていただけ。『〈表の世界〉から白時陽菜という人間が来るわ』ってね」
これには月世ちゃんも驚いたみたい。並んで黙り込んだ私達を見て、女王様が急かし始める。
「ほらほら、ぼーっとしてないの。トワ様が『狭間の宮殿』でお待ちよ。移動なら、この部屋の『瞬間移動装置』を使いなさい。これは他の城の玉座に繋がっているから、『狭間の宮殿』以外への移動は駄目よ。トワ様は二人をお待ちだから、『狭間の宮殿』へは直接移動しても大丈夫」
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