第5話 『月ノ城』って、どんな場所?
「到着」
月世ちゃんが箒を下に傾けたことで、私達の足は地面に着いた。崖の上から見た、大きくて丸い、満月のような建物。高すぎるせいで、地上からは建物の頂上が見えない。
お城に入るなんて初めて。まるで、おとぎ話の世界に迷い込んだみたい。
お城を眺めていたら、いろいろと不安になってきた。よく考えれば、お城で使うマナーとか礼儀とか何も知らないよ。お、追い出されたりしないかな?
「あ、あの~、月世ちゃん・・・・・・」
「入るわよ」
「え、あ、ちょっ」
月世ちゃんが手をかざすと、大きな扉が静かに開く。扉が開くのに従って、その隙間から徐々にお城の中が見えた。
「!?」
あまりにも綺麗すぎて、言葉が出ない。私の家とは大きさとか豪華さが違う。この美しさを知ってる言葉じゃ表現しきれない。やっぱり、国語の勉強をしとくんだった。でも、知っている言葉で表すなら―。
まるで、月みたい。
壁、床、天井。その全てが、月と同じ黄色で統一されてる。天井にはクレーターのような凹みがまばらにあった。床に作らなかったのは、歩きにくいからかな。外観が球体だったなら、お城の中も当然球体。広く、高く建てられているだけあって、窮屈さが感じられない。
扉を開け、前に立っていた月世ちゃんが軽やかに振り返る。
「こっち」
「う、うん」
キョロキョロと見回してたせいで、一瞬だけ返事が遅れる。お城でこんなことしてたら、礼儀知らずだって思われちゃうかな。見たい気持ちと相手への礼儀を心配する気持ちが、脳内会議を始める。結論、大人しくしていよう。最初の印象って大事だ。
入ってすぐに広がるのは、ホテルのロビーみたいな場所。それを真っ直ぐ進んで行くと、エレベーター乗り場のような部屋に着いた。
「これって、エレベーター? 見た目が私達の世界にある物と同じに見える」
「説明めんどくさいから、まずは見て」
同い年とは思えないほど、クールで大人びている月世ちゃん。だから、今まで話しかけに行けなくて、遠くから眺めるだけだった。その月世ちゃんが「めんどくさい」って言った! めんどくさいとか言うんだ。
「意外だなぁ」
「何か言った?」
「言ってない言ってない!」
胸の前で両手を振ってごまかす。危なかった~。
月世ちゃんは首を傾げながら、エレベーターのような乗り物の扉に手をかざす。何となく分かってきたけど、物語のように魔法の杖があるわけじゃないんだ。
手をかざすだけで魔法が使えるのって、体に魔力が溜まってるって感じがしてかっこいい! 自分の体一つで魔法が使えるのって、魔法使いって感じだし!!
「最上階」
感激している私をよそに、月世ちゃんはボソッと呟く。
やっぱり、人間の世界のエレベーターと似てる。扉が中央から左右へとスライドして開いた。月世ちゃんに続いて乗り物の中へと足を踏み入れる。扉が閉じ始め―。
「え」
次の瞬間、すでに扉が開き始めていた。ん、開いた? 閉まったばかりだよね??
扉の向こうにある景色が全く視界に入らない。
「ど、どういうこと??」
何が起きたのか理解できず、月世ちゃんを見ることしかできない。
「見た目と役割は〈表の世界〉のエレベーターと同じ。移動させる方法が違うの」
次の人が待っているかもしれないから、と乗り物を降りる。最上階の壁も床も天井も、全てが黄色に染まっていた。天井のクレーターのようなものも同じ。
月世ちゃんは乗り物の扉へ視線を向ける。
「これは『瞬間移動装置』。さっき、崖から『月ノ城』まで箒で移動したでしょう。どうしてか分かる?」
「飛んで移動した方が便利だから、とかかな」
突然質問され、しどろもどろしながら答える。
入って今更だけど、この城、『月ノ城』って言うんだ。
脱線した内容を考えていたのがバレたのか、答えが不満だったのかは分からないけど、月世ちゃんは顔をしかめる。
「不正解。歩く手間を省いたり、短時間で移動できたり、という点では間違ってない。答えは『瞬間移動する魔法は使えないから』よ。瞬間移動する魔法が使えたら、わざわざ箒で飛ばなくても良い」
「なるほどっ! あ、それなら、『月ノ城』の中も箒で移動したら良くない? それに、崖上にも『瞬間移動装置』を作れば、『月ノ城』まで一瞬で移動できる!」
「それは無理」
説明がめんどくさくなってきたのか、月世ちゃんは一度口を閉ざす。こんな状態になってる月世ちゃんってレアな気がする。なんか、嬉しい。
めんどくさがりつつも、ちゃんと説明を再開してくれる。
「『月ノ城』は、その名の通り城よ。移動する人が多い上に建物の中。だから、全員が箒で飛び回っていたら危ない。城内での箒の使用は禁止。その代わりに『瞬間移動装置』を置いている。『玉座の間』へ行けるのは、いくつかある内の、今使った一基だけ。女王様や王様がいる部屋に誰でも入れたら危ないから。
あとは、崖上にも『瞬間移動装置』を置けば良い、という疑問よね。あなたみたいな人がいるから無理」
「え、私??」
話に出てくるとは思わなかった。私みたいな人ってどういう意味だろう。オカルト好き、とか? う~ん、と唸って考えていても答えは出てこない。
「その様子だと自覚なしね。この話は女王様にお会いしてからよ。女王様の説明を聞く方が納得できる」
それだけを言い残して、月世ちゃんはさっさと歩いていく。置いていかれないように、慌てて後を追いかけた。焦りすぎて、足がもつれそうになる。あ、危なかった。
月世ちゃんは、ひときわ豪華な扉の前で止まる。
「こちらにいらっしゃるのは、『月ノ国』の女王様よ。くれぐれも失礼のないように」
「わ、分かった」
ごくっと生唾を飲み込む。余計なことは言わないようにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます