第2話 天使の石

 ———ピチチチチ

 鳥の囀りが聞こえる。

 今日も朝が来たのかな。

 お父さんとお母さんが死んじゃってからは、いっそ朝なんか来なければいいのにって思ってた。

 このまま死んじゃえば、時間の流れも感じなくなるのにって。

 二人がいなくなってから、心の穴が大きくなった気がする。

 この心の穴は、果たして埋まるものなのか。

 それとも埋まらないままなのか。

 どっちなんだろう。

 ………わかんないや。

 あと、さっきから気になってたんだけど、この包まれているような温もりはなんだろう。

 重たい瞼を開くと、とうまくんがいた。

 昨日の寝る時と同じ体勢だった。

 私ととうまくん、昨日の夜から動いてないのかな。

 でも、ずっと抱きしめてくれてたのは嬉しい。

 さらにくっついて温もりの心地よさに浸っていると、部屋のドアが開いた音がした。

 私は、壁側に寝かされていてとうまくんが壁になっているから、ドアのほうが見えない。

 耳を澄ませて足音がこっちに来るのを聞いていると、とうまくんがゆさゆさと揺さぶられている。

 その振動が伝わってきた。

 すると、おにいちゃんの声がした。

「冬麻、学校行くんだろ?そろそろ起きろ」

「んー……っ今何時!?」

「六時五十分だ。半には家出るんだろ?」

「うん!あ、白。おはよう」

「お、おはよ」

「白も下いくか。冬麻は早く朝ごはん食べちゃいな」

「うん!」

 おにいちゃんの言葉に返事をして、とうまくんは慌てて部屋を出て行った。

 私もおにいちゃんに抱っこされて一階に向かう。

 りびんぐに入ると、おねえちゃんが昨日と同じところで何かを作っていた。

 多分あそこはごはんを作るところなんだな。

 とうまくんは既に出来上がっているごはんを食べていた。

 すると、おねえちゃんが私に気が付いて、あいさつされた。

「おはよ〜、白ちゃん。よく眠れた?」

「お、おはよう!あんまり目が覚めなかったから、よく眠れたよ!」

「それはよかった。あ、ご飯用意するから座って待っててね」

「うん、わかった」

「それじゃ、椅子に座ろうか」

「うん」

 おにいちゃんにいすのところまでつれてってもらって、昨日座ったところとおんなじところに座る。

 とうまくんはご飯を食べ終わったのか、席を立った。

 ごはんを作るところに行って、食器を下げていた。

 そして走って二階に向かっていった。

 今何時なんだろう。

 私は時計が読めないから、いまが何時なのかを知る術がない。

 というか、とうまくんはいつがっこう?ってところに行くんだろう。

 あと、がっこうってどういうところなんだろ。

 何をするの?何があるの?

 私は、行けるのかな。

 とうまくんは『こうこう』ってところに行ってるんだよね。

 私と歳が同じっていってたし、私も行こうと思えば行けるのかな?

 あぁ、でもその前に歩けるようにならないと。

 そんなことを考えていると、おねえちゃんがごはんを持ってきた。

 目の前に置かれて、『これ私のかな?』って思った。

「これ、朝ごはんね。食べられなかったら残してもいいから」

「今日も食べていいの?」

「もちろん!朝、昼、夕の三回食べるんだよ〜」

「!そんなに食べていいんだ……!」

 ご飯って一日三回も食べていいんだ。

 そのことにびっくりした。

 びょーいんではご飯は出てこなくて、えっと………『けーかんえーよー』?ってやつで鼻から管を通して栄養を摂ってた。

 おうちにいた時も、二日に一回しかご飯食べてなかったから、そんなにたくさん食べてもいいんだ!ってなった。

 食べれるかどうかは別として、美味しいものをたくさん食べれる機会があるのが嬉しかった。

 お皿に盛ってあるのは、昨日の夜食べた平べったく丸めたお肉(ハンバーグ)を小さく切ったものが三切れと、小さく丸めたお米がひとつだった。

 これなら食べられそう。

「いただきます」

「召し上がれ♪」

 パクッと一口食べると、やっぱり美味しかった。

 しっかり噛んで、飲み込む。

 お腹の中に、食べた分は落ちていく感覚がする。

 やっぱり、この感覚あんまり好きじゃないなぁ。

 おうちにいた時もそうだった。

 食べ物という異物が体の中に入ってくる感じが嫌いだった。

 だから、食事という行為自体そんなに好きじゃないんだよね。

 でも、食べないと退院できないよって言われたのを思い出して、食べられないのが続くとまたびょーいんに逆戻りかもしれないと思った。

 そんなの嫌だ。

 だってまたひとりぼっちの時間ができてしまう。

 そうならない為にも、食べなきゃ。

 その一心で、二口、三口と食べ進める。

 時間をかけてなんとか食べ終わることができた。

「ご、ごちそうさまでした」

「全部食べれたのか!偉かったな〜、白」

「えっ、白ちゃん全部食べてくれたの?嬉しい〜!」

「がんばった!」

「偉いね〜、よく頑張ったね!」

「えへへ」

 たくさん褒めてもらって嬉しくなる。

 お母さんたちはごはんを食べただけじゃ、褒めてくれなかったし。

 でも、多分それが普通なんだと思うけどね。

 そうしている間に、とうまくんはお着替えを済ませて準備を終えて、再びりびんぐに戻ってきた。

 着ている服がお父さんがお仕事に着ていく『すーつ』みたいな服を着てた。

 かっこいいな〜って思いながら見ていると、とうまくんがこっちにきた。

 どうしたんだろって思って見ていると、私の目の前にきてぎゅーって抱きしめてくれた。

 何か嫌なことでもあったのかな?

 ぎゅってするのって、なんかリラックス効果があるらしいから。

 お父さんが言ってた。

 だから、お父さんもお母さんもよく抱きしめてくれた。

 まぁ、それは殴られたりした後なんだけど。

 だから、何もしないで抱きしめてくれるのが不思議で仕方ない。

 だって私がしてあげられる事と言ったら、ストレスと愛を受け身で受ける事だから。

 痛いことも、愛だって言われることもあれば、お仕置きだって言われることもあるし、サンドバックになれって言われることもあった。

 だから、私の存在価値はなんでも受け入れることだった。

 私の意思なんか関係ない。

 全てをなんでもないことのように受け入れること、それが私の全てだった。

 だから、ここでも捨てられない為には全てを受け入れることが大切だと思う。

 そんなふうに決意を固めていると、温もりが離れていった。

 とうまくんの顔を見ると、とても嬉しそうな顔をしていた。

 床に置いてあった鞄を持って、私に一言言った。

 だから、私もそれに相応しいと思った言葉を吐く。

「行ってきます。すぐ帰ってくるからな」

「い、いってらっしゃい!がんばってね!」

「ありがとう、白」

「行ってらっしゃーい、車に気をつけてね〜」

「行ってらっしゃい、冬麻」

「行ってきます!」

 そう言って、とうまくんはお家から出て行った。

 すると、おにいちゃんも立ち上がって私をそふぁに座らせると、りびんぐから出ていった。

 どこに行ったかを考えていると、少ししたら戻ってきた。

 そしたら服が変わっていて、お父さんがよく着ていたすーつと同じようなものを着てて、お仕事に行くのかなって思った。

 おにいちゃんもどこか行っちゃうのか……。

 だけど、お仕事は大切なことだから引き止めちゃいけない。

 それはちゃんとわかってるから、大丈夫。我慢できる。

 おねえちゃんはどこにも行かないよね……?

 ……あれ、でも確かおねえちゃんもお仕事してるって言ってなかったけ。

 ということは、今日はおうちにひとり………?

 やっと一人の時間がなくなると思ったんだけどなぁ。

 おねえちゃんがおにいちゃんに何かの包みを渡していた。

 そしたら、おねえちゃんもりびんぐを出ていった。

 おにいちゃんと同じようにしばらくすると戻ってきて、綺麗な格好をしてる。

 ふたりともどこかに行ってしまうのがわかってしまうのが嫌だった。

 いっそ何もわからなければ、悲しくならずに済んだのに。

 ふたりは申し訳なさそうに話しかけてきた。

「ごめんね、これからお仕事で行かなきゃいけないんだ」

「冬麻が昼頃に帰ってくるから、それまで一人で我慢できるか?」

「っ……うん、大丈夫だよ〜。私はひとり、でも……大丈夫だから!」

「本当にごめんな、なるべく早く帰ってくるから」

「行ってくるね、白ちゃん。あ、お外行きたくなったら車椅子乗るんだよ?段差なくしといたから、上り下りできるはずだし、後は鍵閉めてね!玄関に置いておくから」

「うん、わかった!いってらっしゃい。おにいちゃん、おねえちゃん」

「「行ってきます!」」 

 心配かけないように言葉を選んだ甲斐があったのか、ふたりとも安心したように笑ってお仕事に出かけていった。

 しんと静まり返ったおうちの中。

 テレビはびょーいんにいた時たくさん見てたけど、人が死んだ事とかよくないことがたくさん出てくるから、見ているのはそんなに好きじゃなかった。

 他に音が鳴るものないかなって思って周りをキョロキョロ見回すけれど、どれがどんな役割を果たすものなのかがわからない。

 だから、音を鳴らす術がなかった。

 音は結構重要な役割を果たすと思うんだ。

 音があるだけで、時間が進むのが速く感じるし、何よりも退屈しない。

 おうちにいた時は、部屋に音を鳴らす術なんてなかったから、退屈だったし、誰もこないと言う悲しさがぷくぷく湧き上がってきていた。

 どうして来てくれないの?

 なんで私はひとりぼっちなの?

 でも、我慢しなきゃ怒られちゃう。

 我慢すれば、褒めてもらえる。たくさん愛してもらえる。

 そんな気持ちがごちゃ混ぜになって、悲しいのか悲しくないのかわからなくなる。

 でも、多分本当の気持ちは悲しかった。

 ひとりが嫌いで、ずっと一緒にいて欲しかった。

 だけど、そんなわがまま言ったらお仕置きされちゃうから言わなかった。

 お仕置きの時は、お父さんたちは絶対に私のことを見てくれない。

 いや、見てはいるんだけど………本当に見てはくれないのだ。

 目も合わないし、笑いかけてもくれない。

 それが悲しくて仕方がない。

 殴る力にも、いつもよりも力が入っているし、切られる傷もいつもよりも深かった。

 お仕置きだからしょうがないけど。

 そんなことを思い返す。

 お父さんとお母さんの愛は、愛じゃなかったのかな。

 おねえちゃんは、それが違うとははっきりいえないって言ってたし、おにいちゃんはそれが愛じゃないかはわからないって言ってた。

 でも、私の事……愛してくれてたって言ってたよね。

 だけど、ぼーりょく振るうのはよくないこととも言ってた。

 なら、私の受けていた愛は、よくないことだったってことになる。

 と言うことは………私の受けていた愛は、愛じゃ……なかったの、かな……?

 もしそうだったのなら、私はただただぼーりょくを受けていただけ。

 お父さんとお母さんのストレス発散の道具にされていただけ。

 ………お父さんたちのことは信じたい。

 でも、手紙の内容を思い出すと、自信がなくなってくる。

 『暴力ばかりで愛を示せなくてごめんな』とか『本当はもっとちゃんと愛してあげたかったわ』とかって書いてあって、私は愛されていなかったのかなって思ってしまう。

 お父さん、お母さん。

 私は、ただぼーりょくを振るわれるだけの道具だったんですか?

 私は………私は、愛されていなかったんですか?

 ………どれだけ問いかけても、死んでしまった人は返事をしてくれない。

 それは、びょーいんで散々試したから分かりきっている。

 寂しいな。

 愛されてるなんて思っていたのは、私だけだったのかな。

 そう考えていると、なんだか疲れた。

 お父さんたちのことを考えていると、悲しくなるし、疲れる。

 疑問が多いからだ。

 もう私は愛されることがないって思ってた方が、いくらか楽になれるんじゃないかな。

 今までも、これからも……絶対に愛されることがないと思ってしまった方が、悩まなくて済むし、悲しくもならない。

 そうしよう。そうすれば、誰も悪者にならなくて済む。

 お父さんとお母さんが、なんで死んじゃったのか。それはわからないけど、少しだけ………私のせいなんじゃないかなって思っている。

 私が、びょーいんなんかに運ばれたから。

 外の世界の人に、見られてしまったから。

 だから、お父さんとお母さんは死を選んでしまったんじゃないのかなって思ったりする。

 首の傷は、結構深かったらしくて、もう少しで死んじゃうところだったんだよってかんごしさんが言ってた。

 虐待されてかわいそうだったねって。

 これからは何も怖いことはないんだよって言われて、困惑した。

 だって、おうちの中は何も怖いことなんてなかったんだもん。

 お父さんとお母さんがいて、痛くてくるしいけど、それに甘くもないけど、幸せになれる愛をもらって。

 何も怖くなんてなかった。

 悲しくなることもあったけど、家族三人で暮らせて幸せだったのに。

 でも、その幸せを壊したのは紛れもなく私だ。

 だから、お父さんもお母さんも死んじゃったんだ。

 でも、手紙には優しい言葉ばかり書いてあって、やっぱり二人とも優しいなって思った。

 私が死なせちゃったのに。

 あぁ、罪悪感に包まれていく感じがする。

 ごめんなさい、私が悪かったから。私がダメな子だったから。

 周りとは違う異質な見た目に、何も知らない無知さが合わさり、とんでもないダメな子に育ってしまった。

 一生罪悪感に苛まれ、苦しみ続けなきゃ行けないんだろうな。

 お父さんとお母さんからの最初で最期の手紙の最後には、『あなたは幸せになってね』って書いてあった。

 幸せってどう言うことなんだろう。

 あぁ、また疑問が湧いて出てきた。

 疲れた………もう考えるのやめよう。

 このまま寝ちゃおうかな?

 少しくらいなら寝られると思うし。

 そう思って、そふぁに横になって眠りについた。

 

  


 ———白。お外はとっても怖いところなんだから、絶対に行っちゃダメよ?

 わかったよ、お母さん。

 ———俺たちが守ってやるから、お前は余計なことは考えなくていいからな、白。

 うん、お父さん。

 ———俺たちは、いつまでも白のことを愛しているからな。

 ———私たちの愛しい愛しい白、いつまでも愛しているわ。

 ほんと?嬉しいな 


 


「————っっ!」

 お父さん?お母さん?

 声がして飛び起きて周りを見たけど、部屋はおにいちゃんのおうちのりびんぐで、周りには誰もいなかった。

 今の声はなんなのだろう。

 でも、優しい声だった。

 いつものお父さんとお母さんの、とても優しい声。

 また会えたと思ったのに………。

 やっぱり死んじゃった人には会えないんだな。と改めて思った。

 時計を見ると、眠る前から全然変わっていなかった。

 あんまり寝れなかったってことかな。

 とうまくんが帰ってくるまで、何をしていようかな。

 もう眠ると言う選択肢は無くなったから、何か別のものを考えないと。

 あ、お手紙を見ながら字の練習しようかな。

 そう思ったけど、手紙の場所ってどこなんだろう。

 たいいんするときに、おにいちゃんのバックに入れてもらったから、どこにあるのかがわからない。

 私のおうちから持って来てくれたっていうお父さんとお母さんのものも、どこにあるんだろう。

 そうだ!おうちのなかを探し回ってみよう。

 移動は………四つん這いで進めばいいか。

 そして、四つん這いで家の中を探し回る。

 まずは一階から。

 りびんぐから出て、廊下に出た。

 トイレ、おふろを見つけて、ここにはなさそうだなって思って扉を閉めて次に行く。

 すると、一つ部屋を見つけた。

 そこを開けると、中には本がたくさん詰まった棚があった。

 それともう一つ、何か不思議なものが机の上に置いてあった。

 なんだろう、これ。

 机の近くに行くと、机の下にも何か置いてあった。

 机の上にあるものは、お兄ちゃんたちが見てた『すまほ』っていう機械に似てる。

 それじゃあ、下にあるものはなんだろ。

 四角い箱みたいな変なもの。

 なんかスイッチみたいなのもある。

 これ押したらどうなるんだろう。

 でも、押して壊れたら嫌だから押さないようにしよう。

 うーん、この部屋にはお手紙とお父さんたちのものはなさそうだな。

 そう判断して、部屋から出た。

 それじゃあ、最大の難所である階段を上ろう。

 幸いにも、階段には掴まれる所があるからそこを使って立って移動しようと思う。

 早速壁に掴まって立ち上がり、掴まるところに掴まって階段を上り始める。

 でも、三段目にしてもう挫けかけていた。

 なんで上ってたんだっけ?

 あぁ、お手紙とお父さんたちのものを探してたんだった。

 頑張らないと、見つからない。

 そう思い直し、再び上り始める。

 すると、玄関のドアが開く音がした。

「ただいまー………白?」

「あっ!とうまくん!……っ!?」

「白っ!!!」

 とうまくんをみようと体を反転させたら、バランスを崩して体が宙に浮いた。

 あ、これ落ちてる?

 やばいかもしれない、地面に激突するっ!

 そう思って、体を丸めてぎゅっと目を瞑り衝撃に備える。

 すると、ドンっと誰か人間ににぶつかったみたいな感触がした。

 それにびっくりしてぱちっと目を開いて後ろを見ると、とうまくんがいた。

「え、ご、ごめんなさい!す、すぐどくね」

「いや……大丈夫だよ。それより、しばらくこのままでいたい」

「でも、重くない?あ、とうまくん怪我してない?!」

「平気。それに白は軽すぎるくらいだよ」

「そうかな……でも、ほんとに大丈夫?」

「大丈夫、白は軽いからあんまり衝撃こなかったし」

「そっか……よかったぁ」

 とうまくんはどこも痛くなさそうで、安心した。

 でも、かっこいいなぁ。

 なんでもないような感じで助けてくれたんだもん。

 それに、反応速度がすごいなって思う。

 いくら玄関から階段の位置が近いとはいえ、あの距離を一瞬で詰めて来たんだもん。

 すごいな。

 すると、とうまくんが私を抱き上げて階段を上り始めた。

 そのことにびっくりして、思わず声を上げる。

「?!……え、え?どこいくの?」

「ちょっと荷物とか置きに行くから俺の部屋かな。白を一人にしてると心配だし」

「しんぱい………?私のこと、心配してくれるの?」

「?そうだな。さっきみたいに階段から落ちたりしたら危ないだろ?」

「………」

 お父さんとお母さんには、心配されたことはあっただろうか。

 記憶にある中では、あまりない気がする。

 優しくなかったわけじゃない。

 だけど、私のことを道具みたいに扱うことがあった。

 でも、それだって愛だったから………。

 ……考えるのはよそう。

 考えるだけで悲しくなってくる。

 それに、あれが愛じゃなかったらと思うと………嫌だから。

 そんなことを考えている間に、とうまくんの部屋に着いた。

 私をベッドに降すと、壁に取っ手が着いているところ(クローゼット)に行って、すーつみたいな服を脱ぎ始めた。

 見てていいのかな………?いや、見ないほうがいいよね。

 そう思って、とうまくんの方から目をそらす。

 すると、お外が目に入った。

 そしたら、キラッと何かが光ったのが見えた。

 その光ったものは、窓のすぐ近くに落ちた。

 なんだろう?って思ってベッドから落ちて四つん這いで向かう。

 窓を開けて、足場を見るとキラキラしたものが落ちていた。

「きれい………」

 いろんなところから見ると、いろんな色に変わるから面白い。

 ……これ、食べたらどうなるんだろう。

 とうまくんの方を見ると、不思議そうにこっちを見ていた。

 見られたら取られちゃうかな……?

 みんなにも見せたいけど、取られて捨てられちゃうのはやだな。

 すると、とうまくんがこっちに来た。

 取られちゃう!って思って、慌てて口の中に放り込む。

「白?!今何口の中に入れた?!」

「なんれもにゃいっ」

「出しなさい!ぺってして!」

「んーん!やら!」

「こら!」

「んぐっ………飲んじゃった………」

「あぁ……大丈夫か?」

 背中を叩かれて吐き出す様に促されたけど、絶対に取られたくなくて、ごっくんて飲み込んじゃった。

 とうまくんの方を見ると、とうまくんが何かにびっくりした顔をしてる。

 どうしたんだろう。

 何か変なところでも見つけたのかな。

 でも、あのキラキラ、本当に綺麗だったなぁ。

 いろんな色に光って、きっとずっと見てても飽きなかったと思う。

 ……とうまくんの視線がなんか私から離れないんだけど。

 何かあるのかな?

 視線はある二点に注がれていることに気付いた。

 一つは目、二つ目は私の後ろ。

 後ろに何かあるのかな?って思って後ろを見ると、なんか白いふわふわしたものが背中から生えてた。

 力を入れてみると、パタパタと動く。

「………なにこれ?とうまくん、これなにかわかる?」

「えー………っと、羽?鳥とか天使とかが体から生やしてるやつだな」

「はね……私とりさんか天使さまになったの?」

「それは違うんじゃないかなぁ………。あと白、瞳の色もおかしいぞ」

「瞳の色?どんなふうにおかしい?」

「右目は赤のままなんだけど、左目が白いっていうかなんというか……なんか、不思議な色してる。鏡見に行こう、ちょっと説明できる色じゃない」

「うん、わかった」

 とうまくんは私のことを抱き上げて、部屋を出た。

 瞳の色がおかしいってどう言うことなんだろう。

 不思議な色って言ったら、さっきのキラキラが脳裏をよぎる。

 あれも不思議な色してた。

 あるところから見ると赤とかピンクで、また違うところから見ると青とか黄色で、いろんな色に変わるの。

 やっぱりみんなにも見せればよかったかな。

 でも、捨てられちゃうのはやだな。

 そんなことを思っていると、いつの間にか鏡の前にいた。

 鏡を見ると、確かに瞳の色が変だった。

 まるで、あのキラキラみたいな色をしてる。

 顔を動かしていろんなところから見てみると、いろんな色に変わっていく左の瞳の色。

 きれいだなぁ………。

 瞳の他にも、変なものが鏡に映っている。

 それは、背中から生えている白いはねだ。

 とりさんのはねと同じ物であっているのなら、飛べるのかな……これ。

 天使さまって言うのがわからないけど、これと似た様なものが生えた生き物なのかな。

「ねぇ、とうまくん」

「ん?どうした?」

「天使さまってどう言うものなの」

「あぁ、じゃあスマホで見てみるか?イラストとかになっちゃうけど」

「みてみたい!」

「それじゃあ、スマホ取ってくるからリビングで待っててな」

 そう言ってとうまくんはりびんぐに移動して、そふぁに私を座らせる。

 そしてそのまま、すまほ?を取りに二階に上っていった。

 その間に、背中に生えているはねを取れないかなって思ってグイッと引っ張ってみる。

「………いたいっ!なにこれ、ほんとに生えてるの……?」

 もしかしたら、ただ作りもののはねがくっついてるだけなのかと思ったけど、本物だったみたいだ。

 でも、触れるのにお洋服はすり抜けてるんだなぁ。

 背中の上の方に生えてるのに、お洋服がめくれてないんだもん。

 どんな感じに生えてるんだろう。抜けるのかな?これ。

 とうまくんが戻って来たらみてもらおう。

 すると、とうまくんがすまほを持って戻ってきた。

 私の隣に座ると、すまほの画面を指で擦って何かをしている。

 ピッタリととうまくんにくっついて画面をみると、すまほには背中にはねの生えた人の絵がたくさん写っていた。

 どの絵も女の子ばかりで、男の子の天使さまはあんまりいないのかなって思った。

「こう言うのが天使って言われてる存在。頭の上に輪っかがあったりなかったりするらしいんだけど………白には……ないな」

「よかった、ないんだ。あ、そうだ!どんなふうにはねが生えてるか見てくれない?」

「わー!いきなり脱ぐな!恥ずかしいとかないのか?!」

「だってお父さんに見られてたし………お風呂も入れてもらってたから………」

「なにそうらやま……!じゃなくてっ、とにかく!普通は男の前では脱がないの!もっと自分を大切にしてくれ………」

「わ、わかったぁ……でも、どんなふうに生えてるかだけでも見てくれない………?」

「ゔ〜………い、いいけど……。服は脱がなくていいからな!」

「うん!ありがとぉ♪」

「じゃあ、失礼しまーす………」

 とうまくんに背中を向けてみてもらう。

 すると、そっとお洋服をめくって背中を見てくれた。

 そしたらはねががえてるところを触られて、ちょっとゾワっとした。

「ひ、ぅっ……ど、どう?」

「……うん、普通に生えてるな。どうなってるんだ……?」

 普通に生えてるらしい。

 生えてるならなかなか取れなさそうだなぁ。

 感覚もあるし、ちぎったら血が出て来たりするのかな。

 私の体、どうなっちゃったんだろう。

 あのキラキラを飲み込んでからこうなったよね?

 と言うことは、あのキラキラが私の体をこんなにしたのかな。

 原因を探すと、結局はそこに行き着くと思う。

 もう飲み込んじゃったあとだし、取られることもないもんね。

 そしたら、とうまくんに心当たりがあるかを聞かれた。

 心当たりしかない………。

 怒られるかもしれないけど、言ったほうがいいよね。って思ってとうまくんの方に向き直って、正直に話す。

「あのね、さっきとうまくんのお部屋のお外のところで見つけたキラキラ、飲んじゃって……多分、それが原因だと思う」

「キラキラって、宝石か?」

「わかんない。でも、なんか硬かったよ。すっごくきれいだったの!」

「それじゃあ、なんで食べちゃったんだ?」

「えと、あの………捨てられちゃうかと、思って……」

「白にとって大切なものなら捨てないから!だから、そう言うのは食べないの。わかったか?」

「はーい………あっ!でもね、今の私の左の目みたいな色してた!」

「普通の石とか宝石じゃなさそうだな……まぁ、これから考えていこうな」

「うん!」

「それじゃ、ご飯食べようか」

 そう言って、とうまくんはご飯を作るところに歩いて行った。

 とうまくんもお料理できるのかな。

 私、お腹すいてないんだけどな。

 とうまくんはお腹すいたのかもしれない。

 ご飯………食べなきゃだめだよね。

 食べなかったら、お仕置きされちゃうかもしれないし。

 愛として痛いことをされるのは全然いいんだけど、お仕置きは怖いから嫌だな。

 とうまくんも、お仕置きして来たりするのかな。

 ………こわいな。

 人間ってなに考えてるのかわかんないから、こわいんだよね。

 私も人間だけど、おんなじ人間なのに考えてることが違うなんて不思議だよね。

 まぁきっと個体が違うからなんだと思うけど、変な感じだよね。

 人間は、人間が二人合わさって生まれて、そして運命に従って死んでいく。

 お父さんとお母さんが死んでしまったのも、運命だったんだろうか。

 そう言う未来に行き着いてしまったのは、抗えない運命によるものだったのかな。

 わからないな、そう言う難しいことは。

 でも、いつかはわかるようにならなきゃいけないんだよね。

 とうまくんの方を見て、そういえば……と思った。

 愛する人を探していると言っていたらしいけど、見つかったのかな。

 私にあった時、『運命だ……』って言ってたけど、あれはどう言う意味なんだろう。

 学校ってところは、子供がたくさん集まるところだって言ってた。

 なら、愛する人も見つかるんじゃないかな。

 後で聞いてみよう。

 そしたら『できたぞ〜』って言って、とうまくんがお皿を持ってこっちに来た。

 ご飯を食べる机にお皿を置いて、私の方に来て抱っこで連れてってくれた。

 机の上にあったのは、茶色くて美味しそうな匂いのしているお肉みたいなものと、お椀に盛られているお米の二種類だった。

「これなに?」

「あぁ、冷凍の唐揚げだよ。鶏肉を味付けして揚げたものだ、美味しいぞ!」

「へ〜……おいしそう!」

「それじゃ、いただきます」

「いただきます」

 昨日の夜ご飯で私の食事量をわかってくれたのか、お米は少なめだった。

 からあげを一口食べると、ジュワッと汁が溢れてきてすっごく美味しかった。

 でも、一個で充分かなぁ。朝もご飯食べたからお腹いっぱいになっちゃったし。

 もぐもぐして、ごっくんって飲み込む。

 一つが結構大きいことに気がついた。

 でも、一つくらいは食べられるようにならないと、またびょーいんに逆戻りだ。

 だから頑張って一つ食べ切る。

 一生懸命食べてると、とうまくんは結構パクパクいくなって思った。

 私もそんなふうに食べられるようになるかな。

 そんなことを思いながら、なんとかお椀に入ってる分のお米は食べ終わった。

 とうまくんもちょうど食べ終わったから、お皿を片付けに行った。

 ご飯を食べる机のところで、とうまくんがお皿を洗っている姿を見る。

 私も手伝いたいけど、まだそんなに立っていられない。

 ふわふわした感じがなくならないのだ。

 なんだか宙に浮いた感じがして、足が地面についていない感じがするの。

 あ、後で天使さまが飛べるのか聞いてみないと!

 天使さまが飛べるなら、私も飛べるはずだし。

 


 それからは、とうまくんに天使さまのことを聞いたり、実際に飛べるようになるために羽根を動かす練習をしたりして、おにいちゃんとおねえちゃんが帰ってくるのを待った。

 とうまくんに愛について聞いてみたら………

『甘くて、相手のことを愛しく思えて、優しくなれる。それに、ずっと隣にいたくなることじゃないかな。』

 って言ってた。

 みんなのいう愛っていうのは『甘くて優しくなれるもの』なんだなって思った。

 びょーいんのかんごしさんとか、おいしゃさんにも聞いたけど、みんな似たような答えを教えてくれた。

 だから、私がもらっていた愛が、愛じゃないのかなって思ってしまう。

 私がもらっていた愛は『痛くてくるしくて苦いもの』だったから。

 聞くたびに、それは間違っていると言われているようで……悲しかった。

 でも、とうまくんはこうも言ってくれた。

『愛は人それぞれだ。苦いこともあれば甘いこともあるし、優しくなれることもあればくるしくなることもある。だから、白のご両親の愛は間違ってはないと思うよ』

 おにいちゃんたちも『間違ってるかはわからない』って言ってくれたけど、とうまくんは『それは間違ってない』って、断言してくれた。

 それがすごく嬉しかった。

 普通から見たら、私がもらってた愛は間違ってるのかもしれないけど、とうまくんはそれを肯定してくれた。

 世界の色が変わった瞬間だった。

 今まで灰色だった世界が、極彩色に色づいた。

 こんなに簡単に世界を変えてくれる人がいるんだって、初めて知った。

 まだ、人を好きになるという感情がよくわからないけど、もしも好きになるならとうまくんがいいなって思った。

 時計の短い針が六のところ、長い針が十二のところににきたくらいに、おにいちゃんとおねえちゃんが帰ってきた。

 私を見て最初に言った言葉は、二人とも声をそろえて、『やっぱり天使だったの?!』だった。

 そして、こうなったわけをとうまくんと一緒におにいちゃんたちに説明する。

 そしたらすごく驚かれた。

 それに、おにいちゃんから

『改めて白がなにも知らなくて、心の成長が止まってるってことを実感したよ』

 って言われてしまった。

 知ってることも増えて来たんだけどな。

 でも、おにいちゃんたちからすればまだまだなにも知らない子供なんだろうな。

 お父さんたちは、『白はなにも知らなくていいんだよ。俺たちがずっと一緒にいるから何にもわからなくていいんだ。だから、そのままの白でいてくれ』って言われてたから、愛以外なにも知ろうと思ったことがなかった。

 愛を知ろうと思ったのは、たくさんもらっているはずなのに心が空っぽな感じがするから、それが不思議で仕方がなかったのだ。

 でも、とうまくんがお父さんたちからの愛を肯定してくれた時、あたたかいカケラが心の隙間に入った感じがした。

 そして思った、このままこの人たちと一緒にいたら空っぽだった心が別の何かで埋まってくれるんじゃないかって。

 そう思ったら、嬉しくて仕方がなかった。

 それをおにいちゃんたちに言ったら、みんな嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。

 しばらくすると、ご飯の用意をすると言っておねえちゃんはお料理を作るところに行ってしまった。

 次こそお手伝いをしたくて、試しに立ってみると、ふわふわした感じはなくなってはいないけど朝よりもちゃんと立てるようになっていた。

 なんだか体が軽くなった感じがする。

 そのまま歩いても、転んだりしなくて、もしかしてあのキラキラを飲み込んだからなのかなって思った。

 ごはん作りを手伝って、みんなで食べて、お風呂に入ってをしていると、あっという間に時間が過ぎていった。

 おにいちゃんたちがお風呂から出てくるのを待っている間に、おねえちゃんに時計の見方を教えてもらった。

 すぐに覚えて、数も六十まで覚えることができた。

 数の増え方の決まりを見つければ、簡単なことだった。

 これのおかげで、今の時間を知ることができるようになったからよかった。

 おにいちゃんたちがお風呂から出てきて、みんな歯磨きも済ませてテレビを見ていた。

 そしたら、ニュースがやっていた。

 ニュースといえば、お父さんとお母さんのこともニュースになってた。

 私のことも出てきてて、お外の人たちの声は厳しいものだった。

『優しかったのに、酷い事してたのね』とか。

『やっぱり裏でなにやってるか、わかったもんじゃないな』とか。

『学校にもいけてなくて、虐待を受けていたお子さんが可哀想ね』とか。

 いろんな事を言ってた。

 私は、酷いとか感じなかったのに、お外の世界の人は酷いとか、可哀想とか、『ほんとのことなんか何にも知らないくせに!』って思った。

 もうニュースではお父さんとお母さんのことはやらなくなったけど、あれがけっこう……なんというか、怖くて………、ニュースはあんまり好きじゃない。

 それをわかっているのか、とうまくんが寝よって言って私のことを抱き上げて、お部屋まで連れてってくれた。

『明日から冬休みだから、ずっと一緒にいられるよ』

 って言ってくれて、明日は一人じゃないんだって思って嬉しくなった。

 そしてそのまま、眠りについた。

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人間に恋した天使のような人 @haku_u11

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