人間に恋した天使のような人

@haku_u11

第1話 壊れた世界と新しい世界

 苦くて、痛くて、くるしくて。

 そんな愛をもらった。

 それが愛だと信じて疑わなかった。

 だって、そう教わったし、それしかもらえなかったから。

 だから、私はそういう愛をたくさんもらえる。

 殴られたり、蹴られたり、お薬をたくさん飲まされたり、切り付けられたり。

 痛くてくるしいけど、甘くはなくて苦いけど、愛をたくさんもらえて僕は幸せ。

 なのに、どうしてだろう。

 心にポッカリ穴が空いたままのは。



 ◇



 目が覚めると、真っ白な部屋にいた。

 壁も、床も、扉も、ベッドも。

 ほとんどのものが白い部屋。


 ここにくる前、お父さん達に殴られて、お薬っていうのをたくさん飲まされて、首をカッターで切られて……そしたら体が冷たくなって、うまく体が動かなくなって……どうなったんだろう。

 視界が真っ暗になって、寝ている感覚に近かったと思う。

 そして、目が覚めたらここにいた。

 あ、なんか水色の変な服着てる。

 首にもなんか巻かれてるなぁ。

 ここはどこなんだろう?

 なんか変な匂いもするし……。

 腕にも何か刺さってる。

 腕に刺さっている針についた管みたいなのを辿ると、なんかお水みたいなのが入ってる袋に繋がってる。

 部屋には私以外誰もいなくて、ひとりぼっちだっていうのに気がついた。

 ひとりは嫌だ。

 怖くなっちゃうから。

 寂しいし、ひとりだと何もできないから。

 お布団を頭までかぶって、布団の中に潜り込む。

 ぷるぷる震えていると、ドアが開く音がした。

 そっと布団から顔を出すと、人がふたりいた。

 ちょっと可愛らしさがあるワンピースを着た人と、黒くて白いラインが入った服(黒いパーカー)に黒いズボンの人のふたり。

 誰だろう?って思ってみていると、私の視線に気がついたのか、こっちに近づいてきた。

「白、起きた?体は大丈夫?」

「あ、えと……う、ん」

「あ、私たちのこと知らないか。私は坂宮真冬まふゆ、白ちゃんの親戚の、暁人くんの奥さんです!」

「俺は坂宮暁人あきと、白の親戚だ。白のご両親は白を虐待してて、白が救急車で病院に運ばれて処置を受けている間に心中したらしい。だから俺たちが引き取ることになったんだ」

「ぎゃくたい……しんじゅう………ひきとる……?????」

 なんだかよくわからない単語ばかりで頭が混乱する。

『しんじゅう』ってなんだろう?

 それをされるとどうなるの?

 お父さんとお母さんはどうなっちゃったの?

『しんじゅう』すると私はこのおにーさん達に『ひきとる』をされるの?

 あきとおにーさんと、まふゆおねーさんは僕のお父さん達と知り合いなのかな。

 私のこと『しろ』って呼んでたし、私は知らない私の名前もきっと知ってるんだろう。

 だったら、安心できる人だと思う。

 でも、お父さんとお母さんがいない。

 どこ行ったんだろう?

 それを二人に聞いてみる。

「お父さんとお母さんは?どこにいるの?」

「もしかして、『心中』の意味知らない?」

「?うん、しらない……どういういみなの?」

「……死んじゃったんだよ、二人とも。もう白には会いに来れない、二度と」

「………もうあえないの?いなくなっちゃったの?」

「残念だけど、そうだよ」

 もう、あえない。

 そう聞いて、涙がポロポロ溢れ出してくる。

 しんじゃうと、もうあえない。

 やだ、それならなんでわたしだけしんでないの?

 どうして私だけここにいるの?

 なんでお父さんとお母さんを助けてくれなかったの?

 そんなことばかりが頭の中に思い浮かぶ。

 でも、そんなことを考えてもお父さんとお母さんは帰ってこない。

 だってまふゆおねーさんが言ってたもん。

『もう白には会いに来れない、二度と』って。

 寂しい、悲しい、怖い、くるしい。

 愛されてた時よりも、ずっとずっとくるしい。

「ゔ〜〜〜〜〜っ、なん、で……っっ」

「悲しいよな、辛いよな。そういう時はたくさん泣くといい。白のご両親も白のこと、ちゃんと愛してたよ。遺書には白のことばっかり書いてあったから。これ、読めるかわからないけど渡しておくな。写真も一緒に入ってるから」

「ぐすっ……あり、が、とう。あ、きと、おにーさん」

「落ち着いたら、看護師さんを呼ぼうな。一週間ずっと眠り続けていたから、起きたらよんでって言われてるんだ」

「ん……ひっく、ぐすっ」

 それからしばらく泣いていた。

 体の中のお水がなくなっちゃうんじゃないかってくらい泣いた。

 こんなに泣いたのは初めてかもしれない。

 涙はなかなか止まってくれなくて、早く止めなきゃって思いながら泣いてた。

 ようやく止まった頃に、『かんごしさん』って人を呼んでもらった。

 それからは慌ただしかった。

 かんごしさんとは別に『おいしゃさん』って人も入ってきて、私に色々聞いてきた。

 そのほとんどは意味のわからない単語で、聞かれたら聞き返すを繰り返していて、結構時間がかかった。

 そして、『たいいん』っていうここから出れる日が、一週間後に決まった。

 それが決まると、おいしゃさんとかんごしさんは出て行った。

 あきとおにーさんとまふゆおねーさんは残ってくれて嬉しい。

 でも二人とも、あと一時間?くらいで帰っちゃうんだって。

 おうちにまふゆおねーさんのおとーとさんがいるらしい。

 もうすぐ『こうこうにねんせい』っていうのになるらしいけど、心配だから早めに帰るんだって。

 それまでたくさん話そうと思った。

「ねぇ、まふゆおねーさん」

「もっと短く呼んでいいよ。お姉ちゃんとか♪」

「おねえちゃん?」

「じゃあ俺もお兄ちゃんとかって呼んでくれ」

「おにいちゃん!」

「「可愛いっ♡」」

「おねえちゃん、おとーとさんってどんな人?」

「えっとねぇ、名前は冬麻って言って、顔はあんまり似てないかな。優しいから結構モテるんだよねぇ。あと、愛する人を探してるかな」

「あい……。ねぇ、おにいちゃん達の愛ってどんなもの?」

 少し疑問に思っただけだった。

 愛は痛いことなんだから、おねえちゃんやおにいちゃんにやればいいのに、って思っただけ。

 家族なんだから。

 なのに、おねえちゃん達には目立った傷はどこにも見当たらない。

 だから、なんでだろうって思った。

 私はこんなに傷だらけなのに。

 そしたら、思いもよらない答えが返ってきた。

「甘くて、たまにくるしくて、でも優しくなれるもの、かなぁ」

「………え?そう、なの?」

「まぁ、そうじゃない人もいるけどね。人それぞれかな、愛の形は」

「愛ってひとつだけじゃないの?たくさんあるの?」

「うん、そうだよ。白ちゃんはどういう愛をもらってたの?」

「えと……痛くて、苦くて、くるしかったけど……すっごく嬉しかった。幸せだった。だってたくさんたくさんもらえたから」

「そっか……私にはそれが間違ってるってはっきり言えないけど、そういう愛のほとんどはストレス発散してるだけだったりするんだよ。いわゆるDVとか、虐待って言われたりするんだよね」

 間違ってた……のかな、お父さん達の愛は。

 だから、心が空っぽな感じがしてたのかな?

 でも、幸せだった。

 痛かったし、くるしかったけど、とっても幸せだったんだよ。

 だって、たくさんもらえたんだもん。

 どれだけ痛くても、どれだけくるしくても、私のことを見てくれたから。

 その時だけはそばにいてくれたから。

 だから嬉しかったんだ。

 ひとりは嫌いだから。

 怖いもん、ひとりって。

 私がそうだと信じてたものは、違ったのかな。

 ていうか、『ぎゃくたい』ってなんだろう。

 おいしゃさんがくる前も言ってたけど、どういう意味なんだろう?

「ねぇ、おにいちゃん。ぎゃくたいってなぁに?」

「親が子供に暴力……痛いことをすることだよ。それは悪いことなんだ」

「え、なんで?愛なのに?」

「愛じゃない時が多いからだよ。それに、どんな理由があったとしても、暴力を振るうのはダメなことなんだ」

「そう、な、んだ………お父さん達のは、愛じゃ、なかったのかな」

「それはわからないけど、白のご両親は、白の事をちゃんと愛してたよ」

「!ほんと……?」

「遺書にも書いてあったし、昔会った時も白のことが可愛いって、愛おしいって言ってた」

「そ、そっかぁ……私、ちゃんと愛されてた」

 安心した。

 痛いこと……ぼーりょく?は悪いことだって言ってたから、お父さん達は僕に悪いことをしてたのかって思って悲しくなったけど、ちゃんと愛されてた。

 私は痛いことでも嬉しかったのに、悪いことなんだね。

 お父さん達といつあったのかは知らないけど、私のこと話してたんだなぁ。

 連れてってくれればいいのに……。

 あ、でも私歩いたことないから邪魔になっちゃうよね。

 それならしょうがないか。

 そんなことを考えていると、おねえちゃんとおにいちゃんが立ち上がった。

「おにいちゃん?おねえちゃん?」

「今日は帰るね」

「……もう帰っちゃうの?」

「陸が待ってるからな。ごめんな、明日また来るから」

「何か欲しいものとかある?持ってくるよ」

「んっと………ない、かな」

「ん、わかった。それじゃあ、明日な」

「う、うん。ばいばぃ………」

「……一週間……あと七回夜が来たら、ずっと一緒だからな」

「!うん!」

 そう言っておにいちゃんとおねえちゃんは帰って行った。

 あと七回、夜が来たら……ずっと一緒。

 その言葉を信じて、頑張ろう。

 そう思うのだった。



 ———一週間後



「それじゃ、行こう。白」

「う、うん!」

 おねえちゃんが持ってきてくれた白いワンピースにお着替えして、髪の毛をおねえちゃんに結んでもらった。

 そして、『車椅子』っていうのに乗ってお部屋から出る。

 なんとか七回夜を迎えて、ようやくひとりぼっちじゃなくなる。

 そう思うと、嬉しくて仕方がなかった。

 本当は、お父さんとお母さんとあのおうちに帰りたかったけど、あのおうちはもうなくなっちゃったんだって。

 なんか、うっちゃった?らしい。

『おかね』っていうのが『いさん』としてあるけど、私はそれがよくわかってない。

 私の『ぎんこうこうざ』ていうところに、ものすごい額が入ってるって言ってた。

 多分お父さんとお母さんが死ぬ前に、全額移したんだろうっておにいちゃんが言ってた。

 私がにゅーいんしている間に、荷物も整理したって言ってた。

 私のものはないも同然だったけど、お父さんとお母さんのものをおにいちゃんたちのお家に移してくれたって言ってた。

 全部無くなっちゃったと思ってたから、嬉しかった。

 そんなふうに思い返していると、びょーいんってところから出ていた。

 びょーいんにいた時も、ずっと『車椅子』っていうのに乗ってて、歩けなかったから、今も買ってもらった車椅子に乗せてもらってる。

 外に出ると、そよそよと風が吹いていた。

 家の中じゃ、確か……『せんぷうき』がないとないことが、外だと何もなくてもあることにびっくりした。

 そして、自分の見た目が外の人と全然違うことに気がついた。

 病院の中でもそうだったけど、みんな髪の毛も目の色も色が黒とか茶色なのに、おにいちゃんが持ってきてくれた『かがみ』に映った私の見た目は、真っ白な長い髪の毛に、真っ白な肌、それに赤い瞳だった。

 おにいちゃんとおねえちゃんは綺麗だよって言ってくれたけど、みんな一度はこっちをじっと見てくるからちょっと怖い。

 おにいちゃんが乗ってきた『くるま』っていうのに乗って、おにいちゃんたちのおうちに向かう。

 お外なんて出るのが初めてだから、私のおうちがどこなのかもわからない。

 でも、私のおうちはこのびょーいんがある街なんだって。

「どれくらいでおにいちゃんたちのおうちにつく?」

「うーん、3時間半くらいかな?」

「それってながい?」

「そこそこ長いよ〜。でも外見てたらあっという間かも。私もよく外見てるけど、そしたらあっという間に着くからね〜」

「そっかぁ!じゃあお外見る!」

 そういうと、おねえちゃんは頭を撫でてくれた。

 頭を撫でられること自体少なかったから慣れない感覚に戸惑うけれど、なんだか嬉しい。

 おねえちゃんの方に寄りかかりながらお外の景色を見る。

 結構速いスピードでくるまは進んでゆく。

 3時間半っていうのがどれくらいかはわからないけど、おねえちゃんはそこそこ長いって言ってたし、まだしばらくかかるだろう。

 でも、ひとりじゃないからどれだけかかっても平気だ。

 ひとりでいる時間は、ぼーっとしてるか、窓からお外を見るしかすることがなかった。

 びょういんにいるときは、おにいちゃんたちがいるときにお父さんとお母さんが遺したお手紙の読み方を教えてくれたりして、おにいちゃんとおねえちゃんが帰った後はそのお手紙を読んだり、写真を見たりして過ごしていた。

 ちゃんとお手紙と写真も持ってきたし、びょういんに忘れ物はない。

 というか今忘れ物に気付いても、多分戻れないと思う。

 なんか、どのくるまも同じ方に走ってるから。

 それから結構長い時間お外を見ていると、緑がたくさん見えてきた。

 家はそんなに建っていなくて、びょーいんの周りのようにたくさんみっちりとは建っていなかった。

 すると、ある家の前で止まった。

 くるまは、後ろに下がったり前に行ったりして、しばらくしたら止まった。

「ついたぞ。真冬、車椅子準備してくれ」

「りょーかい」

「白は軽いなぁ。栄養も満足に取れなかったらしいな」

「気持ち悪くなっちゃって……」

「大丈夫だよ、ゆっくり食べてこうな」

「うんっ」

 くるまから降ろしてもらって、おねえちゃんにドアを閉めてもらう。

 その間に、おにいちゃんに車椅子に乗せてもらう。

 入り口のところまでおねえちゃんに車椅子を押してもらうとおにいちゃんが何か(鍵)を縦長の穴(鍵穴)にに差し込んで、くるりと回すとかちゃって音がした。

 そして扉を開けると、おねえちゃんと二人揃って謎の言葉を発した。

「「ただいま」」

 すると、家の中からドタドタと音がして奥の方にある階段から男の子が降りてきた。

 こっちまで走ってくると、靴が置いてあるスペースの前で止まった。

 あそこで靴を脱ぐのかな?と予想を立てる。

 すると、男の子と目があった。

 青みがかった綺麗な目だなぁって思いながら見ていると、男の子が何かをぼそっと呟いた。

 よく聞こえなかったけど、多分『運命だ……』って言ってた。

 私耳はいいんだよ!

 お父さんとお母さんがきた足音を、いち早く知れるように、いつも耳を澄ませてたからねっ。

 すると、男の子の顔が赤く染まった。

 多分この男の子が、おねえちゃんたちが言ってた『とうま』くんって子かな?

 具合でも悪いのかな?って思って、おねえちゃんに車椅子を押してもらう。

 でも、小さな段差があって、上がれなくてぐっと足に力を入れて立ったら、ふらっとして前に倒れそうになった。

 地面にぶつかるっ、って思ってぎゅっと目を瞑ったけど、なかなか衝撃が来ない。

 なんでだろ?って思って恐る恐る目を開くと、とうまくんが私のことを抱きしめてくれていた。

「大丈夫か?白」

「よくやった冬麻!」

「偉いよ!冬麻!」

「ありがとぉ、とうまくん!」

「ん゛ん゛っ!!かっわいぃ……」

「ふぇ?」

 なんか変なことしちゃったかな。

 変な声出してた。

 でも、抱きしめられるのもあんまりなかったから、なんだか落ち着く。

 とうまくんは私よりだいぶ大きくて、すっぽり包まれてる感じがして安心する。

 とうまくんに抱きつきながら立とうと思ったけど立てなくて、あれぇ?ってなってると、とうまくんが抱っこしてくれた。

 顔を見ると、幸せそうに笑ってた。

 何かいいことあったのかなぁ?

「ほらほら、家の中はいろ?白ちゃんも疲れてるだろうし」

「そうだな。冬麻、白をそのまま抱っこしてやってくれ」

「わかった。白、俺にしっかり掴まっててくれ。大丈夫、落とさないから」

「うんっ!……えへへ、とうまくんは優しいね」

「あ゛あ゛〜〜、なんでこんなに天使みたいなんだ……」

「???」

 とうまくんは私のことをしっかり抱き直して歩き始めた。

 おにいちゃんも、おねえちゃんも、とうまくんも。

 みんな優しすぎて、まだちょっと信じられない。

 お父さんとお母さんも優しい時はたくさんあったけど、必ず痛いこと……愛もセットだった。

 でもおねえちゃんたちは、痛いことは愛じゃない時がたくさんあるって言ってた。

 それに、私は『ぎゃくたい』されてたんだって。

 どうやら暴力を振るわれるのは普通のことじゃないらしい。

 それが、お父さん達のは愛じゃなかったって言われてるみたいで、少し悲しかった。

 私は、あれが愛だと思ってた。

 だけど、お父さん達の手紙を読んで、あれは愛だけどそうじゃないんだって思った。

 おねえちゃんとおにいちゃんに文字の読み方を教えてもらって、手紙だけは読めるようになった。

 手紙には、『暴力ばかりで愛を示せなくてごめんな』とか『本当はもっとちゃんと愛してあげたかったわ』とかって書いてあった。

『ちゃんと愛する』ってどういうことなんだろうね。

 私は、痛くても愛されてるって感じられたのに。

 だって、私に痛いことしたらその後はすっごく優しかったもん。

 そんなことを考えている間に、おうちのなかに入っていた。

 そしてりびんぐっていう部屋に入って、ふかふかした『そふぁ』っていういすにみんなで座った。

 私はとうまくんとおねえちゃんに挟まれてる。

「みんなってなんでそんなにおっきいの?」

「あ、身長?暁人くんって何センチ?私は167」

「179だな。冬麻は?」

「178!暁人兄さんに少し負けてるな。白は?」

「病院で測ってもらったみたいで、151って聞いたよ。体重も軽かったみたいだし。栄養失調って言われた」

「私のしんちょう?ってちっちゃい?」

「まぁ……十六歳にしては小さいか……いや、そのくらいの子もいる、か?」

「え、白って俺と同い年なのか?!」

「あぁ、そういえばそうだな」

「わたしのたいじゅーは?どれくらいだったの?」

「確か……二十キロって言ってた。軽すぎだからもっと太って?」

「にじゅっきろ……結構あるね!」

「「「いや、ないから!!」」」

「そうなの?」

 みんなに否定されてしまった。

 二十キロってそんなに少ないんだね。

 なんか二十ぴったりだから、多いのかと思ってた。

 おにいちゃんたちに簡単な数は教えてもらった、と言っても1から20までだけど。

 だから多いと思ったのにぃ。

 その上もあるってことなのかな。

 びょーいんではお水はてんてきっていうのでとってて、ごはんは鼻から管を入れて、『い』っていうところに直接流し込んでた。

 でも、お腹に何かがたくさん入ってくるのが気持ち悪くて、ほとんど吐いてたけど……。

 てんてきっていうの腕にずっとついてて邪魔だったし、鼻のくだも入れる時すっごく痛かったし邪魔だった。

 ベッドから動けないから、おしっこのくだも挿されて、オムツっていうのはいてた。

 おうちのなかには車椅子は入らないっていうのを知ったから、どうやって移動すればいいんだろう?って思ったけど、そこは任せるしかないことに罪悪感を覚える。

 歩いたことがないから、立つだけでも一苦労だし、歩くなんてもってのほかだった。

 リハビリとして歩いてみよう?って言われて歩こうとしたら、転んでばっかりで危険だって言われて、歩く練習もろくにできなかった。

 めーわくばっかりかけちゃうなぁ。

 いつか捨てられちゃうのかな……。

 怖い。

 あ、歩けるようにならなきゃ!

 そう思ってばっと立ち上がる。

 すると、すぐにカクンと力が抜けてペシャリと座り込む。

「白?どうしたの?」

「あ、歩けるよーにならなきゃ……わたし、捨てられちゃうぅ……ぐすっ」

「えぇ?!なんでそうなった??!捨てないからな!絶対に!」

「だって、わたしめーわくしかかけられない……歩けないし、ご飯も食べれないし……それになにもわからない。私、あの時、死んじゃってたほーが、よかったんだぁ……っ」

「そんなこと言わないでくれ!白、俺は白に生きててほしいよ。こんなに可愛いくて綺麗な子、初めて見たし、一生をかけて守りたいと思った。歩けなくてもいい、白の足は動くんだから、きっと歩けるようになるさ。今は焦らずに俺たちを頼ってくれ。まぁ、今だけじゃなくて一生頼ってくれもいいんだぞ?」

「そうだよ白ちゃん、白ちゃんは私たちに愛される愛し子なんだからそんな悲しいこと言わないで?」

「白が笑顔で生きていてくれるだけで、俺たちは幸せだから、だから迷惑なんて考えなくていいぞ。子供なんて迷惑かけるのが当たり前なんだから」

「っわたし、ここ、にっ…いても、いいの?」

「「「もちろん!!」」」

 みんなの言葉に安心して、泣いてしまった。

 とうまくんは私を抱き上げて膝に乗せ、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 その温もりが心地よくて、すっごく安心できた。

 だから、つい心が緩んでしまって大泣きしてしまった。

 みんなと一緒にいたい。

 でも迷惑はかけたくない。

 だから、いっそいなくなれば……って思った。

 でも、みんなはなにもできない私でも生きててほしいって言ってくれた。

 それが嬉しくて。

 しばらく泣いていると、なんだか眠くなってきた。

 とうまくんにしがみついてうとうとしていると、私の様子に気がついたのか、おにいちゃんに声をかけられる。

「白?眠いのか?」

「ん……ねみゅぃ………」

「かわ……!!ごほんっ。それじゃあ、白ちゃんの部屋ないし冬麻の部屋でで寝かせよっか。冬麻、連れてってあげて?」

「ぅえっ?!お、俺の部屋?!お、女の子と一緒って……俺だって男なんだぞ!」

「あれ、嫌だった?ベッドがセミダブルだから二人でもいけるかなぁって思ったんだけど……白ちゃんに一目惚れしてそうだったから、喜ぶと思ったのに」

「えっ!?!?!〜〜〜〜〜運んでくるっ!!」

「よろしくね、冬麻♪」

 遠のく意識をなんとか繋ぎ止めて、ひとりぼっちにならないようにする。

 でも、おねえちゃんが私をどこかの部屋に寝かせるって言ってた。

 その言葉を聞いて、怖くなってきた。

 ひとりになっちゃう……。

 ひとりはやだ。

 でもねむい。

 寝ちゃいそう、起きてられない。

 怖い、やだ。

 頭の中が恐怖一色になりそうな時、何か柔らかいところに寝かされた。

 ベッドかな……?

 すると、温もりが離れていくような感覚がして、手を伸ばして声を出す。

 すると離れていった足音が戻ってきて、手を握り返してくれた。

「ぁ……ど、こぉ?」

「ん?どうした?白」

「ひとぃ……こぁぃ、かりゃ…ひとぃ……しな、で……」

「〜〜〜〜〜っ!!わ、わかった。それじゃあ、添い寝するから」

「あぃがと………とおま、くん……」

「ん゛ん゛ん゛ん゛っ、どういたしまして。おやすみ、白」

「ん……おやしゅみ……」

 とうまくんに抱きしめられて、背中をトントンされてたら、すぐに眠りに落ちていった。



 ◆



「冬麻降りてこないね」

「多分白に引き留められたんじゃないか?ひとりを怖がってたからな」

「あ〜、なるほど。でも、白ちゃんの気持ちもわからなくはないかなぁ」

「……あぁ、真冬もひとり嫌いだもんな」

「わ、悪かったわね」

「悪いなんて言ってないだろ。そんなところも愛しいぞ?」

「あーはいはい、ありがとね。……暁人くん、よくそんな事、恥ずかしげもなく言えるよねぇ」

「事実だからな。あとは、俺なしじゃ生きてけないようにする。絶対」

「そんなこと考えてるの?」

 暁人くんの考えに、『もうとっくの昔から暁人くんなしじゃ生きてけないよ』って言葉がでかけたけど、言ったら調子に乗りそうだから言ってあげない。

 でも、やっぱり暁人くんは私のことよくわかってくれてるよなぁ。

 私は暁人くんのこと、ちゃんとわかってあげれてるかな。

 それにこれからは、白ちゃんのこともちゃんとわかっていないといけない。

 会ったばかりとはいえ保護者になるんだから、ちゃんと理解してあげなきゃいけない。

 それが親ってもんだから。

 私たちの両親がそうだったように、なんでも受け入れられるようになりたい。

 もう私たちの両親は事故でいないけれど、白ちゃんにも冬麻と暁人くんと変わりない愛情を注ぎたい。

「私、ちゃんとできるかな……」

「どうした?いきなり」

「いやさ、ちゃんと二人のこと導いていけるようなお姉ちゃんになれるかなって…………思って、ね」

 言ってちょっと後悔した。

 こんなこと言ってもどうにもならない。

 私がどう頑張るか、それ次第だからだ。

 慕われるような姉になれるだろうか。

 それは昔から考えていたことだった。

 どうやったら、自分のように失敗しないでくれるのかとか。

 どうやったら、仲良くなれるのかとか。

 どうやったら、一緒にいてくれるのかとか。

 そんなことを延々と考えて十数年。

 その答えは出ないままだ。

 でも弟の冬麻とは、周りからはが仲いいと言われるから仲良くはできてると思う。

 一緒にいてくれるかは、今はまだ子供だから嫌々だったとしても、一緒にいられる。

 いつかひとりぼっちになるかもしれないと考えるだけで、死にたくなることがたくさんあった。

 だからこんな私が、ちゃんと保護者をできるのか不安になったんだ。

 すると、暁人くんはぎゅっと横から抱きしめてくれた。

「大丈夫さ、なんたってお前はひとりじゃない。俺がいるだろ?二人で頑張ればいいんだ。なんでも一人でやろうとするから、お前は疲れるんだぞ?」

「!そっか……ふふっ、そっかぁ♪…うん、一緒に頑張ろうね!」

「一人で溜め込まずに相談してくれたの、嬉しかったぞ」

「隠そうとしても、暁人くんははすぐ気づくくせに」

「真冬だってそうだろ」

「だって暁人くんわかりやすいんだもん」

「お前はわかりにくすぎるぞ」

「「………」」

「へへっ、おあいこだね」

「そうだな、おあいこだ」

 ふたりで笑い合って、あったかい気持ちになる。

 暁人くんが旦那さんでよかった。

 そう実感できる。

 あ、そういえば今日の夕飯何にしよ。

 白ちゃんのリクエスト聞きたいけど、栄養失調になるくらいだからあんまり料理とか知らないかな。

 子供ウケがいいハンバーグとかにしようかなぁ。

 冬麻たちにもリクエスト聞いて、それから決めよう。

 そう決めて、暁人くんと相談タイムに入った。



 ◆



(あ゛ぁ〜〜〜〜〜可愛い、可愛いすぎる……!!寝顔も最高に可愛い!!!)

 ———冬麻は白の可愛さに静かに悶えていた。

 なんだこの可愛い生き物。

 人を癒すために生まれてきたんじゃないか?

 そう思うくらい癒されるし、可愛い。

 というか、白は本当にひとりが嫌いなんだな。と改めて思う。

 現に俺の服はしっかり握られているし、相当眠そうなのに俺が添い寝して背中をトントンするまで寝なかった。

 きっと離れたら、起きてしまうんだろうな。

 目の下のクマがひどいから、なるべく長く寝ていてほしい。

 それに二十キロという軽すぎる体重。

 そして、今まで一度も切ったことがないんじゃないかというくらい長い髪。

 確か、姉さんが栄養失調とも言ってたな。

 事前に姉さんたちから白のことは聞いていたが、これ程までとはな……。

 抱っこした時も、信じられないくらい軽かった。

 今も体に触れているけど、骨が浮き出てるじゃないか。

(可哀想に……病院でも経管栄養っていうのをしてたらしいけど、吐き出していたらしいし……)

 もしかしたら、二十キロよりも落ちてるかもしれないな。

 でも、焦って無理に食べさせるのも良くない。

 白のペースに合わせないと。

 背中を撫でながらそんなことを考える。

 ふと白の顔をみると、少し硬かった表情が柔らかくなった。

 撫でられるの好きなのかな。

 次に頭を撫でると、ふわっとした笑顔になった。

 その笑顔に心が打ち抜かれた。

 なんだこのエンジェルスマイル。

 無理だ、可愛い。叫びたい。

 白をぎゅうっと抱き締めることで、それを抑えこむ。

 すると、白が身じろいだから慌てて緩める。

 そしたら、空いた隙間を埋めるようにくっついてきたからそれにキュンと胸が高鳴った。

(仲良くなりたいな……)

 そう思った。

 仲良くなれるかな、俺のこと好きになってもらえるだろうか。

 もちろんそれは家族的な意味合いもあるけど、恋愛的な意味合いも含まれている。

 俺は白に一目惚れをしたから。

 一目見て運命だと思った。

 恋は落ちるものというが、その通りだと思った。

 好きが溢れて止まらない。

 こんな気持ちになるのは初めてだ。

 今までどんな女子に告白されても、なんとも思えなかった。

 俺はどこかおかしいのかもしれないと思って不安だったが、白に出会って俺は理解した。

 俺は白に恋するために今まで生きてきたんだと。

 愛する人を探していた。

 家族でもいいと思われるだろうが、生憎姉さんには旦那の暁人兄さんがいる。

 ただ一人だけに、俺が持てる全てを駆使して尽くし、愛したかった。

 その相手が見つからなくて歯痒かったが、もうこれからは心配ない。

「んにゅう………とお、ま…く、ん…」

「!…なんだ、寝言か。……可愛いな」

 けれども、俺の名前を寝言で言ってくれたのはすごく嬉しかった。

 無意識でも俺を求めてくれている感じがするから。

 すると、白の温もりが心地よくてだんだん眠くなってきた。

 別にすることもないし、寝てもいいよな……?

 そう思って白を抱き直し、眠りに落ちていった。



 ◇



「んにゃ………?」

 目が覚めると、自分以外の温もりに包まれていることに気づく。

 ぬくぬくあったかくて、気持ちいい。

 起きても、ひとりじゃなかった。

 ずっとそばにいてくれたのかな?

 そう考えるだけで、心がぽかぽかあったかい。

「あ、白起きたか。もうそろそろ夜ご飯だぞ」

「ん〜……わかったぁ」

「行くか。しっかり掴まってるんだぞ?」

「うん、わかってるよぉ」

 ヒョイっといとも簡単に私のことを持ち上げるとうまくん。

 私ってそんなに軽いのかな……。

 でも、軽い方が持ち上げてもらうのには簡単でいいのかもしれないなぁ。

 ならこの体重を維持しようかな。

 維持も何も、元々食べられないんだけどね。

 だって、おうちにいた時はおかゆを二日に一回くらいしか食べてなかったから。

 それもそんなに多くなかったし。

 とうまくんに抱っこされながら階段を降りていく。

 すると、なんだかいい匂いがしてきた。

 りびんぐっていう部屋に入ると、机の上にはすでに料理が並んでいた。

 抱っこされながらその並んでいる料理を見ていると、おねえちゃんが窓みたいに壁に穴が空いてるところ(カウンター)から話しかけてきた。

「もうすぐで完成だから、席着いて待ってて〜」

「あぁ、わかった。白は俺の隣な」

「うん!えへへっ、嬉しいなぁ♪」

「?どうしてだ?」

「みんなあったかいから!なんかね、心がぽかぽかするの!」

 そういうと、みんな顔を赤くして悶え始めた。

 私何か変なこと言っちゃったかな?

 とうまくんも、心なしか抱きしめる力が強くなってきてる。

 というか、手が疲れてきた。

 元々そんなに力が入らなかったけど、寝て起きたばっかりっていうのもあるのか、ふにゃふにゃする。

 それを伝えようとしたら、察してくれたのかゆっくりと椅子に下ろしてくれた。

 椅子にはふかふかしたものが置いてあって、これならおしり痛くならないなって思った。

 とうまくんも席に着くと、おねえちゃんとおにいちゃんがご飯を作ってるところから出てきて、お米の入ったお皿を配って席についた。

「それじゃ、いただきます」

「「いただきます」」

「い、いただきます?」

 なんだかよくわからない挨拶をして、みんなはご飯を食べ始める。

 なんかそれをやってご飯を食べるんだな、って思って見よう見まねでやってみた。

 すると、『えらいな』って言っておにいちゃんが頭を撫でてくれた。

 ごはんを食べるときのあいさつは、これをすればいいのか。と理解する。

 意味はわからないけど、あいさつは大切だってお父さんとお母さんも言ってたもん。

 みんなたくさん食べるんだなぁって思いながら、自分の前にあるお皿に盛り付けられた料理に手をつける。

 一口食べると優しい味が口の中に広がって、すっごく美味しかった。

「おいしい!すごい……初めて食べた!」

「お口にあったようでよかった♪」

「そういえば、白っていつも何食べてたんだ?」

「んっとね、お粥をすこし食べてた!」

「え?もしかして一食だけだったりする?」

「ごはんは二日に一回だけだったよ?たまにもらえないこともあったけど……」

 だから、こんな味がしっかり着いている料理なんて初めて食べた。

 でも、少し食べただけなのにお腹いっぱいになってきた。

 せっかく用意してもらったんだから『もう少しくらい食べた方がいいよね……』って気持ちと、『これ以上食べたら吐いちゃうよ』っていう気持ちが背比べしてる。

 ぴたりと動きが止まった私を不思議に思ったのか、おにいちゃんに問いかけられる。

「白?どうした、具合でも悪いのか?」

「んーん、だいじょぶ……」

「あ、もしかしてお腹いっぱいなのか?」

 とうまくんの鋭い一言に、思わずビクッと肩が跳ねる。

 どうしよう、怒ってるかな。

 だって、まだ本当にちょっとしか食べてない。

 叩かれる?殴られる?刺される?

 避けちゃだめ、避けたらもっとひどくなる。

 お仕置きされちゃう……!

 ごはん抜きとか?

 お水抜きとか?

 それとも……追い出されちゃう?

 そんな考えばかりが頭の中に思い浮かぶ。

 そしたら、とうまくんがぎゅっと抱きしめてくれた。

「白、誰も怒ってないぞ。今まで食べれてなかったんだろ?しょうがないよ」

「……ほんとに?」

「そうだよ、誰も怒ってない。それに、無理して食べると体に良くないからな」

「経管栄養のやつも吐いちゃってたんだってね。少しずつ食べてこ?無理するとまた吐いちゃうよ?」

「な?だから大丈夫だ。おいしいなって思えただけではなまるだよ。じゃ、ごちそうさましでしたような」

「ん……ごちそうさまでした。でも、ほんとにおいしかったよ!」

「よかったぁ♡また作ってあげるね♪」

 それからはみんながごはんを食べているのをみたり、みんなが話しているのを聞いたりしていた。

 部屋にいた頃と違って、みんなの話している内容が外の世界のものだから聞いてて楽しかった。

 そうこうしている間に、テーブルの上のお皿が空っぽになった。

 そして、おにいちゃんとおねえちゃんがお皿を片付けたり、テーブルを拭いたりしてた。

 私ととうまくんはそふぁーに座ってお話をしてた。

『がっこう』っていうお勉強をする所とか、『おともだち』っていう仲良くなった人のお話とかを聞かせてくれた。

 すると、片付けが終わったのか、おにいちゃんとおねえちゃんがそふぁに座った。

「そろそろお風呂入ろっか。誰から入る?」

「じゃあ、私一番がいい!」

「なら、真冬。白と一緒に入ってやってくれるか?」

「もちろん!だってこの家私しか女いないじゃない」

「おふろって、おゆの中にはいるやつ?」

「そうだよ〜、白ちゃんはお風呂好き?」

「うん!気持ちいいから好きぃ♪」

「そうかそうか、それはよかった。真冬と一緒に入っておいで」

「うん!」

「じゃあ、行ってくる」

 そう言ったおねえちゃんに抱えられてお風呂に向かう。

 お風呂の前の服を脱ぐところにくると、床にそっと下ろされる。

 すると、おねえちゃんはどこかに行こうとした。

 ひとりぼっちになっちゃうし、どこかに行って戻ってこないかも……と心配になって、おねえちゃんのスカートの裾をきゅっと握る。

 そしたら、こっちを振り向いてしゃがみ込んだ。

「どうしたの?」

「あ、えっと……どこ行くのかなって、思って……」

「あぁ、着替えを取りに行こうと思って。白ちゃんのも取ってくるよ」

「そっか……うん、わかった。待ってるね」

「すぐ戻ってくるからね」

「ありがとぉ」

 私の頭を少し撫でて、走って出ていった。

 すぐ戻ってくるって言ってた。

 迷惑かけちゃったかな……。

 みんな優しいから、なんかすぐ甘えちゃう。

 私ってこんなだったっけ?

 ………あー、割とこんなだったかもしれない。

 おねえちゃんはなんかすごく大人っぽい。

 私もあんなふうになれるかな。

 自分の髪の毛をいじりながらそんなことを考えていると、おねえちゃんが走って戻ってきた。

「白ちゃんの着替えはなかったから、冬麻の服を着てね〜」

「わかった!」

「それじゃあ入ろうか。服脱ぐの手伝おうか?」

「んー、大丈夫。これしか着てないから、脱ぐのかんたん!」

「あ、そっか。それワンピースだもんね」

「うん!一枚だけだから、すぐ脱げる!」

 すぐに脱ぎ終わって、パンツも脱いだ。

 そしたらお尻が冷たくなって、ふるりと震える。

 立ったら平気になるかなって思って、なんかよくわからないもの(洗濯機)につかまって、ゆっくりと立ち上がる。

 足が震えるけど、なんとか立てた。

 歩けるかなって思って、つかまりながらゆっくりと横に移動する。

 すると、おねえちゃんが後ろから抱きついてきた。

「私が後ろから支えるから、白ちゃんは私に寄りかかりながら歩いてみる?」

「!あるく!」

「それじゃ、髪の毛前に全部やって……っと。はい、しゅっぱーつ!」

 おねえちゃんの足の動きに合わせながら、一歩一歩あるく。

 おねえちゃんにもたれかかりながらだから、転ぶことなく前に進めてる。

 ドアを開けて、おふろばに入った。

 おねえちゃんが後ろからイスを蹴って真ん中に移動させた。

 私のことをヒョイっと持ち上げると、そのイスに座らせた。

 すると、しゃわーをとってお湯になるまで水を出してる。

 お湯になったのか、後ろからざっと私の体を濡らした。

 あったかくて、ほっとする。

 そしたら、おねえちゃんは私の髪の毛を全部後ろに持ってって、しゃわーで濡らしていく。

「頭濡らすよ、目、つむっててね」

「はーい」

 目を瞑ると、頭の上からお湯が降ってくる。

 頭をわしゃわしゃしながら濡らされてゆく。

 しばらくすると、お湯が止まって髪の毛を洗われる。

 私もなんとなくやってみたくて、目を開けておねえちゃんの方を見ると、なにかが入ってる透けている青い入れ物(シャンプー)からニュルってしたのを出して、手で擦って髪の毛を泡立ててる。

 それをみて、私もやってみよう!って思っておんなじ透けた青い入れ物からニュルってしたのを出して、頭をわしゃわしゃする。

 そしたら、おねえちゃんがほめてくれた。

 嬉しくてそのまま頭を洗っていると、おねえちゃんがストップをかけた。

 大人しく洗うのをやめて、あわあわの手を膝に乗せてじっと待つ。

 すると、また髪の毛の下の方から濡らし始めた。

 きっとあわあわを落としてるんだなぁって思って、じっとする。

 また目を瞑ってーって言われたから、いう通りに目を瞑ると、頭の上からお湯が降ってくる。

 またわしゃわしゃされながら、あわあわを洗い流してゆく。

 おでこも濡らされたから、多分そこにもあわあわがついてたんだろうね。

 手のあわあわも落としてくれた。

 キュッとした音とともに、お湯が止まった。

 顔を手でこすって水気を落として、後ろを振り返るとおねえちゃんがあわあわの透けた青い入れ物を私の前にある、何かを置くスペースに戻して、透けている水色の入れ物を手に取った。

 その入れ物から白いものを押し出して、下の方の髪の毛につけ始めた。

 なんだろうこれ、って思って聞いてみる。

「それなぁに?」

「あぁ。これはコンディショナーって言って、髪の毛をしっとりさせるものだよ。白ちゃんの髪の毛はせっかく長くて綺麗なんだから、ちゃんとケアしないとね。髪の毛は女の子の命なんだから」

「お姉ちゃんはつけないの?」

「私もちゃんとつけるよ〜。と言っても、白ちゃんよりは短いからそんなにはつけないけどね」

「へぇ、そうなんだ……そういえば、おねえちゃんのの髪ってなんで私よりも短いの?」

「私は定期的に切ってるからかな、白ちゃんは切ったことないの?」

「前髪?は切ってもらってた!最近は切ってなかったけど………でも、後ろの髪は切ったことないかなぁ。お母さんもお父さんも、長い髪の毛が好きって言ってたから」

「そうなんだ。でも、よく似合ってる。かわいいよ♪」

「!……ふふ、そう?」

「うん。最初見た時、真っ白だから天使かと思った」

『天使ってなんだろ』って思いつつ『多分褒め言葉だ』って思って、嬉しくなった。

 似合ってるって言われて、おねえちゃんはこういうのが好きなのかな、って思う。

 お父さんとお母さんとおねえちゃんが好きなら、この髪の毛でよかったってなる。

 おにいちゃんととうまくんもこの髪、好きになってくれるかな。

 そんなことを考えながら、頭のけあ?をおねえちゃんに任せる。

 しばらくすると、あわあわと同じようにこんでぃしょなーっていうのを流していく。

 流し終わると、髪の毛の水気を切って結ってもらった。

 髪の毛が全部上の方に纏まってて、すごいなって思った。

「さ、次は体洗うけど……自分でやってみる?」

「うん、やるやる〜!えっと……どれで洗えばいいの?」

「これだ。シャンプーと同じようにして手のひらを擦り合わせてやれば泡立つから、その泡で体を洗うんだよ」

「わかった!」

 おねえちゃんに言われた通りに、ニュルっとしたもの(ボディーソープ)を手のひらに出して、擦り合わせるともこもことあわあわしてきた。

 その泡で、体を洗う。

 首を洗おうと首に手をやると、テープを貼ってる部分があった。

 多分切られたところだ。

 あぁ、そっか。

 もう切られる事もないかもしれないのか。

 おねえちゃんたちはしてくれるのかな。

 でも、私がやられてたことは良くないことらしいし……やってくれないかもなぁ。

 ……さみしいな。

 体を洗いながら、そんなことを考える。

 いつの間にかおねえちゃんも体を洗ってて、一緒にあわあわを流してもらった。

 それから、抱き上げられて湯船の中に入る。

 お母さんに教えてもらったけど、今は『ふゆ』っていう『きせつ』なんだって。

 はるはぽかぽかあったかくて、お花がきれいなんだって。

 なつはあつくて、冷たいものが欲しくなるらしい。

 あきは涼しくて、たべものがおいしいみたい。

 ふゆは寒くて、ゆきが白くてふわふわ舞っててきれいなんだとか。

 今は、そのふゆなんだって。

 ゆき、見てみたいな。

 いつ見れるんだろう。

 聞いてみよう。

「おねえちゃん、ゆきっていつみられるの?」

「雪?うーん、今は十二月の後半だからもうすぐ降ると思うよ」

「ふる?ゆきってふってくるの?もうすぐみられる?」

「あぁ、天気予報でも降るかもって言ってたし、多分近いうちに降るんじゃないかな」

「やったぁ!楽しみだなぁ〜」

 それからお話を少しして、湯船から出た。

 今度は歩く練習をしないで、抱えられながらだったけど。

 一旦床に下ろされて、おねえちゃんは床にタオルを敷いた。

 私のことを立たせると、寄りかからせながら一緒に体を拭いた。

 拭き終わると、私はなんかよくわからないもの(洗濯機)につかまって立って、おねえちゃんに着替えを手伝ってもらった。

 とうまくんのお洋服が大きくて、下に履くやつが落ちてきちゃうから上だけでも下着は見えないからって履かない事になった。

 着替えが終わると、疲れたからぺしゃりと座り込んでしまった。

 おねえちゃんもさっと着替えて、私のことを抱き上げた。

「やっぱり冬麻の服、大きかったかな」

「んみゅぅ……とうまくんがおっきいだけだもん」

「私は家族みんな背が大きかったからなぁ。白ちゃんはどうだった?」

「う〜ん……みんなで並んでみないとわからない、かも。私ずっとベッドにいたから」

「そっか……もしかして一度も歩いたことないの?」

「うん、一回もない。だからね、たくさん歩いてみたいんだぁ」

「それじゃ、いっぱい歩けるように練習しなくちゃね」

「うん!」

 おでこにちゅっとキスをされた。

 なんでしたんだろ?って疑問に思ったけど、深くは考えない。

 多分特に意味はない気がするから。

 そしてそのままりびんぐに行って、おにいちゃんたちとお風呂交代する。

 はみがきを済ませ、そふぁに座って『てれび』っていうのをみる。

 おにいちゃんたちが観ていたのは、『しんれーばんぐみ』っていうのだったみたいで、『ゆーれい』が映ってたり『かいきげんしょう』っていうのを映したものがやっていた。

 てれびは、びょーいんにいた時も見てたからこれの予告もみた。

 怖そうだから、ひとりでは観たくないなって思ってたやつで、今ひとりじゃなくて良かったってなる。

 おねえちゃんはすごく面白そうに観ている。

 私は怖くて、おねえちゃんにしがみつきながら観てる。

「キャーーー!!」っていう叫び声とかいきなりバッと出てくるお化けとかが怖い。すっごく怖い。

 すると、ばんぐみの内容が『悪魔祓い』になってきた。

 悪魔ってどんな姿なんだろう。

 見てみたいな……。

 十字架っていうのを悪魔がついてるって人のおでこに当てて、なんか変な言葉を言ってる。

 すると、つかれてる人が苦しみ出した。

 祓ってる人は、悪魔の『真名』ていうのを聞こうとしてる。

 しばらく問いかけて、ようやく聞き出した名前が『サタン』だった。

 そしたら、その悪魔の説明が入った。

『まかい』っていうところの王で、すごく強いんだって。

 祓い終わる時に、つかれている人の体からスッと赤いツノと黒い尻尾、羽みたいなのを生やした人型の何かが出ていくのがはっきり見えた。

 あれが悪魔……?

 すごい!なら、やっぱりゆーれいも本当にいるんだ!……怖い。

 真剣にみていると、おにいちゃんたちがお風呂から出てきた。

「白〜、ドライヤーかけるからこっちおいで〜」

「はぁい。おねえちゃん、あるくから支えてくれる……?」

「うん、いいよ〜。それじゃ、さっきとは違う方法で歩いてみようか」

「うん!」

 おねえちゃんに支えてもらいながら立ち上がって、歩き出す。

 今度はおねえちゃんが前に立って、両手を繋いで歩く。

 近い距離だからなんとか歩けた。

 ごはんを食べた時のイスに座って『何するんだろ?』って思いながら待っていると、結っていた髪の毛を解いてぶおーっていう音とあったかい風が髪の毛に当てられた。

 風を当ててどうするんだろ?って思ったから、聞いてみた。

「どらいやーって何するものなの?」

「濡れた髪の毛を乾かすものだよ。濡れたままだと風邪ひくし、寝癖がついて起きた時ボサボサになっちゃうからな。真冬もちゃんと乾かすんだぞ」

「わかってるよー」

 大人しくどらいやーをかけられていると、これ結構音大きいなって思った。

 周りの音が、どらいやーの音に邪魔されてほとんど聞こえない。

 結構長い時間をかけて、ようやく髪の毛が乾いた。

 その後、髪の毛に何かを塗ってもらった。

 なんでも、それを塗ると髪の毛がしっとりするらしい。

 私のどらいやーが終わると、次はおねえちゃんがやってた。

 おにいちゃんたちはやったのかな?って思って髪の毛に触れてみると、サラサラとしていて乾いていた。

 いつの間に乾かしたんだろう。

 ふと時計を見ると、短い針が十のところを指していた。

 おねえちゃんの方を見ると、もう乾かし終わっていた。

 やっぱり髪の毛が短いと早いのかなぁ。

「おっと、もうこんな時間か。白、冬麻、寝ておいで〜。冬麻は明日修業式でしょ?」

「あ、そうだった。おやすみ」

「おやすみなさい、おにいちゃん、おねえちゃん」

「うん、おやすみ」

「おやすみ、ちゃんと寝るんだぞ」

「「はーい」」

 とうまくんに抱えられて階段を上がる。

 さっき寝たけど、また眠くなってきた。

 とうまくんの首に腕を回して、ぎゅーっとくっつく。

 でも、なんかしっくりこない。

 心の穴が埋まらない。

 ポッカリ穴が空いている。

 どうしてだろう。

 まだ、みんなことをよく知らないからなのかな。

 そう考えていたら、いつの間にかベッドに寝かされていた。

「おやすみ、白」

「おやすみなさい、とうまくん」

 そう言って眠りについた。

 


 ◆



「白ちゃん、きちんと寝れるかな」

「大丈夫じゃないか?冬麻がついてるし」

「クマがひどいから、ちゃんと寝てほしいんだよね〜」

「確かに、目の下真っ黒だったもんな。病院では寝れてなかったのかもしれないな」

 病院での白ちゃんのことは、看護師さんたちに聞いた。

 極端にひとりを嫌って、常に誰かと一緒に居たがったらしい。

 無音を嫌い、部屋に備え付けてあったテレビはいつもついてたらしいし。

 経管栄養も、入れられた分だけ吐いちゃったみたいだから、退院を遅らせたらどうだろうかと医師に言われたけれど、長く入院したところでそれが改善されるとは到底思わなかったから、結構無理矢理退院させてしまった。

 退院させても、食事量が多くなるかは期待できないけれど、ほとんどの時間を一人で過ごさなければいけない病院にいるよりかは、家に来させて冬麻か私が一緒に居てあげられるほうがいいと思ったのだ。

 ひとりで居なければいけないストレスが、食事を拒否している可能性もあるからだ。

 それを医師に言ったら、一応は納得してくれた。

 でも、極度の低栄養・低体重状態が続くようなら病院に来てほしいと言われたけどね。

 だから、また入院なんて事態にならないように食事を少しでも取れるようにしていかなければならない。

 さっきのご飯の時も、ほとんど食べれていなかった。

「白ちゃん、元々ご飯そんなにもらってないんだよね」

「あぁ、お粥が二日に一回って言ってたな。それも少量だって言ってたし、元々そんなに食べれなかったから、今も食事量が少ないんだろうな」

「なら、少なめで出して、それを完食してもらう感じの方がいいかな」

「そうした方がいいかもな。小さいおにぎりひとつと、タンパク質のものを少量出したら、とりあえず必要な栄養は取れるんじゃないか?」

「それいいね!それじゃあ、明日の朝から早速やってみよう」

 適当に近くにあった紙にメモをする。

 寝て起きたら忘れてたー、なんてことにはならないようにね。

 そして、タンパク質はどうするか迷ってたら、暁人くんが今日の残りのハンバーグを小さく切って2、3カケラお皿に盛ったら?って提案をしてくれたから、明日の朝はそれにしようと思った。

「白ちゃんのお洋服も買わなきゃね。今日のパジャマは冬麻の着てるけど、すごいぶかぶかだったし」

「あれはあれで可愛かったけどな。冬麻もなんかすごく喜んでたぞ」

「やっぱり白ちゃんに惚れちゃってるよね」

「あれは一目惚れだろ。まぁ、白可愛いもんなぁ」

「あ、浮気?私は可愛くないの?」

「真冬は可愛いというより、綺麗だな。栗色の髪の毛に健康的な肌。どこをとっても綺麗だよ」

「ゔっ、冗談で言ったのに本気で返された……」

 こういうことさらっと言えるからかっこいいんだよね。

 揶揄われただけな気もするけど、やっぱかっこいいなぁ。

 でも、白ちゃんはほんとに可愛い。

 冬麻が一目惚れするのもわかる気がする。

 私が男で恋人がいなかったら、多分一目惚れしちゃうもん。

 坂宮さんたちがどんな人か、私は知らないけど、白ちゃんが美形だからきっとご両親も美形なんだろうなぁって思う。

 そんな白ちゃんに似合うお洋服を買わないとな。

 予定調整をしなきゃいけないから、暁人くんと相談タイムに入るのだった。

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