Frozen Ep.1『Porker』


SHADE凍結中の話だ…。


★1

帝都第三軍事基地 SHADEオフィス

AM2:30


間接照明だけで照らされた薄暗いオフィス内。


入口付近に設置されている応接用テーブルを囲むソファには、俺とレオン、そしてメカニックのカリンとハッカーのバロンが詰めていた。


…暇だ。


凍結というのはこんなに暇なのか…。


もっとなにか書類仕事をしたり、軍務総省の役人っぽい仕事をする事になるのかと思っていたが、凍結と言うからには凍結であり、俺たちは仕事どころか銃を携帯する事自体許されなかったのである。


原因はロックとエリーナが潜入した海上プラントでの任務だ。


消えた海軍特殊部隊員達の行方を捜索するために調査に訪れた海上プラント内で、突如謎の武装集団に襲われ、奴らは命からがら帰還した。


ガンシップと生身でやり合ったロックに比べりゃエリーナは軽傷で、まだ話が出来る状態だった。


そんなエリーナから聞いた話だったが、ロックはどうやら落ちていた手榴弾を蹴っ飛ばしてガンシップに当て、撃墜させたらしい。


そんなまるで冗談のような報告を受けて、さすがのレオンも目を見開いて驚いていたもんだ。


やっぱりあいつおもしれぇわ。


だが、アイツらの怪我の治癒にはまだ少し時間がかかるだろう。


それに、海兵が行方不明になった頃からあの海上プラントに目をつけていた帝国報道局に、俺達の存在が明るみになりそうだったこともあって、俺達は地下に潜る事を余儀なくされていたのだった。


いつもは軍や政府の隠蔽や揉み消しに躍起になっている癖に、お上の隙を見てはその弱みを握ろうと必死こいて探りを入れている連中だ。


全く、めんどくせぇ。


「…おい、ラクア。早くカードを配れ。」


レオンからの呼びかけに、俺は、おう。と反応し、先程のゲームで散らばったカードを一つにまとめ、シャッフルし始めた。


ここ最近はこればかりだ。


俺たちはその怠惰な時間の大半を、オフィスでポーカーをする事によって潰していた。


レートは、一般人が知ったら憤慨するぐらいの高額だ。


俺たちの給料は帝国民のいわゆる血税なわけだからな。


軍務総省からそんな莫大な給料をもらっている身だが、何せそれを使うタイミングってのがあまりに少ない。


そう。こんな暇つぶしのポーカーぐらいにしか。


普段は朝の早いレオンも、不意に訪れた長い休暇に、生活リズムが狂っているらしい。


何せ今は真夜中だ。


大体このポーカーは明け方まで続き、俺とカリンはそのあとどちらかの部屋で昼まで飲み直してから各々の部屋に戻って寝る。


その後夜に起きて飯を食い、またここに集まってポーカー三昧。と言った腐れ具合である。


俺はそこにいる全員の顔を見渡しつつ、順番に一人2枚づつのカードを配った。


互いに見えない様、机に伏せたまま配られたカードの端だけをめくり数字を確認する。


よし。


俺の手札は♡Jと♢J。


手札で既にワンペアとは、ここ一番の引きだ。


しかし、少しでも表情に出そうものならすぐにレオンに目をつけられる。


コイツは本当に表情から感情や思考を読めない奴だ。


カリンはいつもニヤニヤしているので、其方も表情から手を読むのは中々難しい。


常に酔っ払ってるしな。


ダークホースは、バロンの野郎だ。


なんというか、純粋に運が良すぎる。


もう何回もやっているが、レオンに一度でも勝てたのはコイツぐらいじゃないか?


負け続けてるのは俺とカリンばかりだ。


「…んじゃ、めくるよ。」


カリンが全員の表情を確認しながら、一枚目のカードを引いて、机の上に広げて見せる。


カードは♡10。


もちろんこれだけではまだ勝負の行方はわからない。


俺達は一枚ずつカードをプロップしていくやり方でこの怠惰なゲームを楽しんでいる。


全員順番に、相手の表情をチラチラ伺いながらそれぞれチップをコールしていった。


カリンはソファに深く背中を預けると、手元にあった酒の瓶を手に取って中身をグラスに注いだ。


こいつさっきから何本飲んでんだ?


よく見ると、足元にはすでに五、六本の空瓶が転がっている。


カリンはSHADE一の酒飲みだ。


俺も隊の中では飲む方だが、こいつには到底及ばねぇ。


ナノマシンがある以上、大抵のアルコールはすぐに分解されてしまうのだが、過剰摂取は話が別だ。


ナノマシンによるアルコールの分解が追いつかなければ、もちろん誰だって酔っ払う。


まぁ、そのまま寝ちまえば分解が追いついて来るから二日酔いになるって事はあまり無いが。


「…そういやさ、海上プラントの事件から、ロックとエリーナってなーんか仲良くなったよね。」


カリンが、少しだけ赤くなった顔でおもむろにそう切り出す。


たしかに例の事件後、ロックが目を覚ました辺りからエリーナがその病室に通っているのを何度か目撃している。


その前までは、ロックはロックで自信過剰だったし、エリーナはエリーナでそんなロックに対して無視を決め込んでいたはずだ。


レオンに、お互いバディーの変更を申し入れていた程だ。


まぁ、この隊長さんはその全てを無視してあのプラントに二人を送り込んだ訳だが。


「…いい意味で、互いに認め合える部分があったという事だろう。上辺だけではなく、共に同じ任務に付いて初めてわかる事もある。『自分の本当に良いところは、他人が見つけてくれる。』そう言う事だ。」


レオンは机に伏せた2枚の手札の表面を、指でトントン叩きながらそう言った。


「でもさ、でもさ。意外とお似合いじゃんあの二人。レンは、結構兄貴分的な感じだったけど、ロックは弟みたいな感じでさ。エリーナ可愛いし、おっぱいデカいし、普通の男なら欲情して当然だろ?」


カリンはどうしても話を下世話な方向へ持っていきたい様だ。


「まぁ僕は、エリーナさんが幸せならそれでOKです。」


どうでも良いが、こっち見んな。


親指を立ててドヤるバロンを無視し、全員のコールが終わったタイミングで俺はもう一枚カードをフロップした。


こっちは真剣なんだ。


レオンに負け続けてる分をこの凍結期間中に取り返さなければならない。


2枚目に山札から現れたカードは、♤Jだった。


これでスリーカード確定だ。


だがまだ勝負に出る訳にはいかない。


油断して、最後の最後でいつも負けるからな。


レオンは相変わらず表情を変えない。


「…エリーナも少しずつだけどまた笑う様になってきた。確かに俺はロックの存在が大きいと思うがな。アイツ、まだガキの割には意外と周りを見てるぜ。」


ちゃんと会話に混じる事も忘れてはならない。


手元のタバコを手に取り、咥えてライターで火をつけながら俺が言うと、今度はカリンの視線が俺の方に向けられた。


「…てか、ラクア。あんたもあんただよ。アリスみたいなピチピチの生娘を弟子に貰っておいて。もうヤッた?」


その一言に場が沈黙する。


カリンだけが自分で言ったセリフに対して腹を抱えて笑っていた。


何がそんなに面白いんだ?


「…アホすぎて話ならねぇ。」


カリンのバカには特に反応せず、俺は手元のJack2枚を静かに見つめた。


「あんなガキに興味はねぇよ。」


ため息と煙を同時に吐き出しながらそう吐き捨て、俺は逆にカリンに揺さぶりをかけてみることにした。


「…そう言うお前はどうなんだ?空軍技術チームの彼氏とはうまくいってんのかよ?」


俺の発言にカリンが、なっ!とでかい声を出して固まった。


レオンとバロンの視線が一斉にカリンに注がれる。


「あ、あんた。それは秘密だって…あっ!」


動揺してる。


ざまぁないぜ。


「もうヤッたのか?」


追従する俺の言葉に、カリンの顔が茹蛸の様に真っ赤になり、次の瞬間彼女の手元にあったグラスが俺の顔面めがけて飛んできた。


首を捻って難なくそれを避ける。


背後でガチャンとグラスが割れ、レオンが静かに、事務所を荒らすな。とため息を吐く。


「…こりゃぁ図星ですね。」


バロンが言った一言も聞こえていない様子でカリンは顔を両手で覆っている。


「た、頼むから他の奴らには言わないでくれ。特にアイヴィーには!」


俺はそんなカリンの言葉を聞き流しつつ、手元のグラスを傾けた。


慌てふためくやつを眺めながら飲む酒は美味い。


顔を覆うカリンと、その様子を眺めながら微笑む、レオンとバロン。


静かで穏やかな時間が過ぎていた。


「…レンさんが生きてたら、彼もきっとここで僕たちと飲みながらこうやってカード遊びをしてたんですかねぇ。」


不意にバロンが塩らしい事を言い、顔を覆ってたカリンも優しく微笑を浮かべた。


「…アイツもおもしれぇ奴だった。」


俺はそう呟きながらタバコの煙を燻らせ、あの日々の事を思い出していた。


あれは、もう六年も前になるのだろうか?



ルカ・ブランクによってArea51に引き戻された俺は、狙撃兵としての訓練過程を終え、Area51を卒業した兵士のみに与えられる特殊兵士の称号を手にし、再びルカ・ブランクに召集されるに至った。


呼び出されたのは奇しくも、俺が命を拾われたあの荒野近くの港町アシュレイだった。


指定された港に行くと、物資運搬用のコンテナに背を持たせながらルカ・ブランクは葉巻を吸っていた。


「…無事、帰った様だな。」


その襟に輝く階級章は、俺を荒野で助けた時とは違う、二本線に星が一つ入ったものに変わっている。


「なんだ。あんた、少佐になったのか?」


ルカ大尉改め、ルカ少佐の隣に立つと、まるで彼女の真似をするかの様に俺も壁に背を持たせてタバコに火をつけた。


Area51に連れ戻されてからと言うもの、この女には本当にひでぇ目に合わされた。


荒野で死んでおいた方がマシだって程に。


しかし俺の狙撃技術は、そんな感情と反比例する様に格段に上昇していた。


師匠とか臭い事は言いたくないが、まぁそう言うことになるのだろう。


「…例の新しい部隊の件だが。」


少佐はこちらを見ずにそう言うと、ついて来い。と踵を返し、背を持たせていたコンテナの裏へ回った。


海に面している方には、扉と窓が付いており、どうやら物資用のコンテナをハウスの様に改造してある様だった。


導かれるまま扉を開けて中に入ると、そこには依然会ったことのある人物2人と、知らない奴ら3人が詰めていた。


「あ、ラクア君。わざわざ遠くまでお疲れ様。」


そう言って俺に微笑みかけたのは、あの荒野で会ったきりだったイルーザ・ロドリゲスだった。


その隣に居る無口な女は確かルノア・ジュリアードと言ったか?


「…ここが我々のベースだ。今のところはな。」


俺の後ろからルカ少佐がそう説明する。


「…はぁ。ここがねぇ…。」


こんな狭いコンテナハウスが俺達の基地なのか?


俺の不満そうな顔を見て、イルーザが困った様な表情を浮かべる。


「違うのよ。ここはまだ仮。新しい部隊として軍務総省から認可が得られれば、ちゃんと軍基地に配属されるから。」


なるほど。


まぁ、どんな場所だって俺は俺に出来ることをやるだけだが。


「…そう言う事だ。我々が新たな部隊として認可される為には、最低でも9名の人員が必要となる。当面の我々の仕事は、人員確保だ。」


イルーザの補足に更に重ねたルカ少佐は、コンテナハウスに入室すると、近くにあった椅子に腰をかけた。


「で、そこにいる見慣れない3人は?そいつらもその人員なのか?」


隅の方で固まっている3人を指差しながら俺が問いかける。


メガネを掛けた赤髪の男女と、青みがかった珍しい毛色の気の強そうな女。


「…そうだ。紹介する。」


そう言うと、文字通り少佐は俺にそいつらの紹介をしてくれた。


「…アイヴィー・アレクサンドラ。」


ルカ少佐に名前を呼ばれて立ち上がったのは、赤髪の女の方だった。


上品な動作で俺に一礼して見せる。


どう見ても戦闘員には見えない。


「彼女は医師免許を持った衛生担当だ。その他にも、後方支援として情報戦のバックアップや、ヘリの操縦などの訓練も受けている。彼女の父親は七貴人の一人、ダグラス・アレクサンドラ卿でな。そちらの方面にも顔が効く。彼女の存在が有れば、上への風通しも多少は良くなるだろう。」


なるほど。


七貴人の一人の娘ときた。


それもあのArea51の所長のかよ。


「…その隣がバロン・サイレス。彼は陸軍サイバー特殊部隊v.r.e.a(ブレア)のエースハッカーだ。」


アイヴィーと入れ替わるように、今度はバロンと呼ばれた赤髪の男が立ち上がった。


見るからに、ヒョロくて優男さながらのメガネ野郎だ。


「…アルトリア大学を主席で卒業後、独学で帝都皇宮情報室のセキュリティを破る程の実力者だ。世界で一番と言っていい程セキュリティの厳しい場所だからな。まぁ、当然警察局に逮捕された訳だが…。」


どうやら腕っ節だけじゃないところがこの新部隊のミソの様だ。


繁々と俺がバロンを見つめていると、彼は困った様に微笑んだ。


「いやぁ…悪戯がバレて酷い目にあっていたところをルカ少佐に助けて頂きまして…。その縁で…。」


見た目通りの低姿勢で俺に釈明すると彼は、どうぞ、よろしくお願いします。と深く一礼してから再び着席する。


「新たな部隊は、今のナノマシン時代に対応するべく、情報戦への心得が必要不可欠だ。彼にはその足がかりになってもらう。…次は…。」


少佐がバロンの隣に座っていた気の強そうな女に視線を送ると、女は勢いよく立ち上がり、手を挙げて見せた。


「はいはーい。あたしはカリン・フェルト!カリンでいーよ!」


元気のいい女だ。


少佐は自らカリンと名乗った女をしばらく無表情で見つめた後、何事もなかったかの様に口を開いた。


「…カリンは空軍の技術チーム出身だ。担当はメカニック。任務に必要なガジェットの開発や調達を専門にやってもらう。それでけではなく彼女は戦闘機、ガンシップ、戦車、F.A.Sの扱いは元よりほぼあらゆる兵器を使いこなす事ができる。」


少佐の紹介に、カリンは照れているのか舌を出してしなをつくっている。


「…よーくわかった。んで、アイヴィーとバロン?は姉弟なの?」


俺が不躾に二人を指差して言うと、違う。と一言で少佐に返された。


赤髪だし育ちの良さそうな立ち振る舞い、それにメガネと共通点が多かったのでそう思ったんだが、なんだ違うのか。


俺とイルーザ、ルノアとカリン、そしてアイヴィーとバロンか。


「少佐もその部隊の頭数の一人なのか?」


俺が問いかけると、彼女は首を横に振った。


「私は貴様らのオーナー的な役割だ。貴様らと軍務総省とのホットラインとなる。つまり、お前達が部隊として認可を受ける為にはあと三名の人員が必要不可欠となる。」


その言葉を俺は吟味する。


俺の役割は言うまでもなくスナイパーだろう。


イルーザが司令塔。


つまり隊長だ。


荒野で見せたあのガン捌きが有れば、現場でも大いに活躍するだろう。


ルノアの実力はまだわからないが、あの鋭い目付きや身に纏うオーラはなかなか場数を踏んでいそうな感じである。


しかし、残りの3人は方々の実力者ではあるものの、現場でのミッションは不慣れだろう。


そんな俺の思考を読んだのか、イルーザが俺に向かって微笑んだ。


相変わらずこんな世界とは無縁であるかの様な無邪気な微笑みだ。


「心配しないで。残りの人員は、少佐が既にリストアップしてるの。後の隊員はみんなポイントマン。現場が得意な人達よ。」


イルーザの言葉に、俺は少佐を見た。


少佐は手にしていた書類を、中央の丸テーブルの上に広げて見せる。


それは、イルーザが言う様に個人名と現在の所属が書かれたリストの様なものだった。


「…レオン・ジークに、レン・マッケンジーねぇ。こいつら軍じゃなくて警察局治安維持部隊の所属なのか?それにもう一人のエリーナ・マクスウェル?べらぼうに若いな。こいつは空軍の空挺部隊所属か。」


書かれた内容を確認して改めて思ったが、このルカ少佐の趣味がいまいちよくわからねぇ。


所属も年齢も性別もバラバラじゃねぇか。


「所属や性別、年齢などは関係ない。彼らはまごう事なき実力者達だ。」


少佐はまるで俺の思考を読んだかのようにハッキリとそう言った。


いいじゃねぇか。


好きだぜそういうのは。


「…今日、わざわざここに集まってもらったのは他でもない。この街に、ターゲットのうち2名が居る。彼等を我が隊にスカウトしろ。方法は問わん。」


…痺れるねぇ。


まさか連れ攫ってきて脅すわけじゃねぇだろうな?


「今回のターゲットはレオン・ジークとレン・マッケンジーの2名。方法はイルーザ。お前に一任する。」


相手は警察局に所属する二人。


治安維持部隊となると、俗に言う『戦うお巡りさん』だ。


少佐の号令に、イルーザが了解。と敬礼してみせる。


その返事に頷き、少佐はサッサとコンテナハウスを後にした。


彼女が去った後、イルーザが部屋の中央に立った。


全員が彼女に注目する。


「…私にいい考えがあるの。」


そう言って、イルーザは俺たちに向かい悪戯に微笑んで見せたのだった。



「あっはっはっはっは!よーく覚えてる!あの時のレオンとレンは傑作だった!」


カリンが腹を抱えて笑いながら、レオンの肩をバシバシ叩いている。


レオンは何も言わないが、迷惑そうに顔を顰めていた。


「…ラクア。3枚目のカードを引いてくれ。」


隊長の言葉に従い、俺はあの頃の事を思い出しながらカードを引く。


現れたカードは♤A。


焦るな。


焦りを悟られれば、またレオンの野郎の餌食になる。


そうだ。


もう既にスリーカードは確定しているんだ。


俺は冷静になるべく、あの時の話の続きを始める事を選んだ。



アシュレイのメシエ通りは、この街一番の繁華街だ。


俺たちはイルーザの立てた作戦通り、まずはレン・マッケンジーに的を絞る事にした。


俺がBar『Heavens Gate』の扉を潜ると、中では私服に着替えたイルーザとカリンがカウンターで談笑しながら酒を飲み交わしていた。


どちらも露出度が高めだ。


その後ろにあるテーブル席には、スーツ姿のバロンとルノアが向かい合う様な形で掛けている。


テーブル席の二人は下戸らしく、バロンの手元にはミルク、ルノアの手元にはオレンジジュースがそれぞれ置かれていた。


おいおい。と思ったが、バロンはテーブルの上にノート端末を広げていて、何か作業をしている様な感じを装っていた。


俺は奴らとは他人の風を装いながら、一人で店の全体が見渡せる角の席に腰を落ち着けて、イルーザとカリンの会話に耳を傾けていた。


「カリンはさぁ。なんでそんな可愛いのに彼氏いないの?選んでるの?」


「バカ言うんじゃないよ。最近の男はなんかこう、男らしさがないって言うか、あたしはもっとゴリゴリマッチョなのがタイプなんだけど。」


「あはは。マジうけるー。」


会話が微妙に噛み合っていない。


しかし、これが隊長様の作戦だと言うなら付き合ってやる他あるまい。


そんなこんなで数十分の時間が経過した頃、扉を開いて新たな客が店に入ってきた。


扉に付けられた鈴が小気味よく鳴る。


スッと、視線だけを動かしてそちらを確認する。


見覚えのある明るめの茶髪。


間違いない。


先程リストで見たターゲットの内の一人、レン・マッケンジーだ。


まさかコイツの行きつけのバーまで調査済みとはな。


奴はカウンターの席に着くとバーテンに、いつもの。と注文をしてから、すぐ隣で談笑しているイルーザとカリンを眺めていた。


二人とも、露出の高めな格好をしているので、男なら何も知らなければ視線が思わず泳いでしまうだろう。


「…お二人さん、この町の人間じゃないだろ?」


早速レンが二人に食いついた。


イルーザの思惑通りだ。


突然話しかけられた二人は、自然な風を装ってレンに視線を送っている。


「え?どうしてわかったんですか?」


イルーザが驚いたふりをしている。


なかなか演技がうまい。


「この街の女性は皆美しいが、君たちみたいに光り輝いてる女性を見たのは初めてだったからね。」


ふん。


キザな野郎だが、確かに色男ではある。


なかなかモテそうじゃねえか。


「えー。嬉しー。お兄さんカッコいいし良ければ一緒に飲もうぜ…違う。のみたぁい。」


カリンの方はなかなかの棒読みだが大丈夫か?


二人は一度席を立つと、レンを挟みこむ様に席を変えた。


「お兄さん、名前は?」


イルーザが上目遣いにレンに擦り寄る。


「レンだ。よろしくな。」


レンはニヤニヤヘラヘラした顔を隠さずに、両脇のカリンとイルーザの肩に腕を回す。


3人は談笑しながら、グラスをぶつけ合って、酒を飲み交わした。


「イルーザちゃんに、カリンちゃんかぁ。二人ともかわいいなぁ。…え?帝都から旅行で?この街は物騒だよ?よければ俺が案内するよ。…そうそう。悪そうな奴らは大体友達。…この後予定どう??」


なかなか調子が出ている。


色仕掛け?


確かにこの食いつき様なら簡単かもしれない。


しかしイルーザの考えた作戦は、それどころの騒ぎではなかった。


「レン君は何飲んでるの?」


程よく3人とも酔いが回ってきた頃、イルーザがレンのグラスを指差して首を傾げた。


「これはこの街で作られた蒸留酒だよ。アシュレイの酒は帝都ではかなり高値で売られてる。」


その説明に対し二人は無駄に、すごーい。と言って盛り上げている。


「飲んでみたいなぁ。でも、すっごく強そうだね。こんなのロックで飲んで大丈夫なの?」


イルーザの問いに、レンは顔を赤らめながらも得意げな表情をして見せた。


「こんなもん、毎日飲んでたら茶みたいなもんさ。いくら飲んでも酔えねぇよ。」


嘘つきやがれ。


既に真っ赤っかじゃねぇか。


「…へぇ。じゃああたしも同じの貰おうかな?ストレートで。」


カリンが仕掛けた。


面白くなってきやがった。


笑いを堪えるのが大変だぜ。


レンは苦笑しながらカリンを宥めている。


「やめときなよカリンちゃん。さっきのは冗談だ。いくらナノマシンがあったとしても、こいつは普通の酒より癖が悪い。」


そんなレンを、カリンはグラスの中の氷を回しながらバカにした様な目で見る。


「え?何?それって、男のくせに女の私に飲み負けるって事?」


カリンの一言に、レンの表情が変わった。


「…あのなぁ、俺はカリンちゃんを心配して言ってるんだよ?」


その言葉に、カリンは不敵に微笑んだ。


「ありがと。じゃあもしあたしが先に潰れたらなんでも言う事聞いてあげる。あたしとイルーザ、両方『お持ち帰り』なんてどう?」


逆に。


と、カリンが続けた。


「あたしが勝ったら、なんでも言うこと聞いてもらうからね。」


カリンが持ちかけた話に、レンは得意げに笑って見せた。


「…フッ。いいだろう。嫌いじゃねーよ?そう言うの。ただ、言っておくが俺は警察官だ。犯罪に手を染める様な真似は出来ねぇからな。」



一時間後。


「…あ、あれぇ?…か、カリン…ちゃ…。ま、まら飲むのぉ?」


顔を真っ赤にしてヘベレケになっているレンの横で、カリンはさっきと変わらない表情で同じ酒を飲み続けている。


ピッチも落ちていない。


バケモンかよ。


「あ?なに?聞こえなかったからもう一回言って?」


グラスをぐいぐい傾けながらカリンがそう言って、カウンターに顔を突っ伏しているレンの背中を叩く。


「カリンが頑張れー。」


イルーザはさっきからこの調子だ。


ふとイルーザがレンの顔を覗きこむ。


「おーいレンくーん?レンくん大丈夫??」


「…。」


顔を見合わせるイルーザとカリン。


「寝ちゃったみたい。」


レンが寝入ったのを確認したイルーザからの目配せに、俺は立ち上がった。


彼らの居るカウンターの席まで歩み寄る。


「わりぃな。こいつ俺の同僚なんだ。」


俺はそう言うと、気持ちよさそうに眠るレンを起こし、その肩を担いだのだった。



「あいつ、口ほどにもなかったなぁー。」


カリンがその時の事を思い出して笑っている。


いや、お前がザル過ぎるんだろ。


カリンと酒で張れる奴なんか居るのか?


「…しかし、何故わざわざあんな手の込んだ真似を?」


顔色を変えず、レオンが手元のカードを見つめたまま俺に問いかけてくる。


「イルーザだよ。普通にスカウトしに行けばいいんじゃないか?って言ったら、『普通じゃつまらないじゃない。』だと。」


俺の返答に、レオンの口元が少し緩んだ。


「なるほどな。」


「そぉいや、あの後は後で大変だったよなぁ。居なくなったレンを探しに、レオンがベースに乗り込んできて。」


カリンがニヤけたまま続けた言葉に、レオンが無表情に戻る。


「あれは…仕方がないだろう。」



港のコンテナハウスに酔い潰れたレンを押し込め、俺は夜風に当たりながらタバコを吹かしていた。


次のターゲットはレオンとかいう奴だ。


イルーザの話では、そちらは黙っていても向こうからやって来ると言っていたが?


「…なんか、ごめんね?」


不意に背後から掛けられた声に俺は振り返る。


そこには困った様に苦笑を浮かべたイルーザがいた。


「ごめん?何がだ?」


彼女がなぜ謝るのか分からず、俺は首を傾げる。


イルーザは俺の隣に来て同じようにコンテナハウスの壁に背中を預けると続けた。


「普通にスカウトすればいいのにってまだ思ってるでしょ?なのに私のわがままを聞いてもらって。わざわざ帝都から来てもらったのに。」


彼女の言葉に、俺はタバコの煙を吐き出しながら笑った。


「別になんだって付き合うぜ俺は。お前と少佐に拾ってもらった命だ。それに、すげぇおもしれぇモンも見れたしな。」


その言葉に、イルーザは俺の顔を見上げて笑った。


「よかった。でも、命を拾ったとか、そう言う風には思わないで欲しいな。あなたが無事ならそれでよかった。」


「…わかったよ。まぁ、これからも楽しくなりそうだ。よろしく頼むぜ隊長。」


本心だった。


これから何があろうと、あの地獄のような日々に比べたら、これからの人生には希望しかない。


そう思っていた。


「…次の作戦まで少し休んで。私は少しやる事があるからここを離れる。」


そう言って、イルーザは預けていた背中を立たせ、立ち去ろうとする。


「あ、ちょっと待て。」


俺はそんなイルーザを呼び止めると、懐から渡すつもりだったものを取り出した。


丁度良いタイミングだ。


「あ、それ。」


イルーザが驚いた様な表情で俺の手の中のものを見つめていた。


あの日荒野で助けてもらった時に借りていた、彼女のハンカチだ。


「ちゃんと洗っといた。もしかしたらタバコくせぇかもしんねぇけど、返しとく。」


その言葉に、イルーザは初めて見せる様な笑顔を俺に向けた。


「ありがとう。大切にするね。」


「いや、元はお前のだろ。」


俺のツッコミを聞いているのかいないのか、彼女はハンカチを受け取ると、それを大切そうに自分のポケットにしまった。


変な奴だ。


去っていくその背中を見つめながら、俺はそう思った。


それからしばらくして、夜も更けてきた頃。


同じ体制で見張りをしているが、様子は何も変わらなかった。


足元に吸い殻が山になっている。


タバコが切れかけていたので、この場を誰かに任せて買いに行こうかと思っていた時だ。


「…ん?」


前方に広がる林から何かの気配を感じ、俺はそっと腰のホルスターに手を回した。


誰かがこちらに近づいてくる。


「…誰だ?」


拳銃を抜き、俺はそちらを睨みながら銃口を向ける。


月明かりに照らされて現れたのは、美しい金髪の青年だった。


「…それはこちらのセリフだ。」


現れた男の手には銃が握られている。


その顔には見覚えがあった。


まさか、イルーザの言った様に本当にターゲット自ら現れるとは。


「…お前がレオン・ジェイクか?」


「ジークだ。警察局治安維持部隊アシュレイ分所所属レオン・ジーク警部補。」


しっかり自己紹介してやがる。


俺はタバコを口に咥えたまま肩をすくめて見せた。


その様子に、レオンの目が鋭くなる。


「お前達、俺の同僚をどこへやった?」


「アイツを追ってきたのか?」


「そうだ。レンはどうしようも無い酒飲みだが、どんなに酔っても必ず決まった時間に寮に帰るぐらいには分別のある男だ。公衆の面前で堂々と警察官を拐うとは。貴様ら何者だ?」


その質問に、俺はため息をついた。


「情報早いじゃねぇか。あのスケベな酔っ払いならこん中だぜ。」


そう言いながら、俺は立てた親指で後ろのコンテナを差して見せる。


「そうか。では退いてくれ。」


「…嫌だと言ったら?」


俺の問いに、レオンは構えた銃の撃鉄を起こした。


クソ。


コイツが自ら現れるとイルーザは言っていたが、現れたらどうするのが正解なのかがわからない。


「…あまり警察を舐めるなよ?アウトロー気取りめ。私の銃は瞬きより早いぞ。」


まぁいい。


イルーザが帰ってくるまで足止めでもしといてやるか。


「やってみな。お巡りさん。」


次の瞬間だった。


俺が手にしていたハンドガンが一発の銃声と共に手から弾き飛ばされたのだ。


「なっ?!マジかよ…!」


レオンの構えた銃口からは硝煙が上がっている。


全く放つ気配などなかった。


慌てる俺を尻目に、レオンはすぐ様俺の間合いまで距離を積めると、体制を低くした状態から俺の腹に二発のジャブを見舞う。


「…ぐっ。この野郎っ!」


しかし、抵抗する間もなく俺は地面に伏せられ、後ろ手に回された腕に金属の感触が伝わる。


手錠を掛けられた?


この一瞬で?


「公務執行妨害だ。さぁ。立て。」


「…おいおい。洒落んなってねぇぞ。」


俺は後ろ手に手錠を掛けられたまま立たされ、まるで盾にされるかの様にレオンの前に立たされた。


「レンのいる場所まで案内しろ。」


めんどくせぇ事になりやがった。


イルーザの奴、こんな時に何処に行ってんだ?


仕方なく俺は、レオンに銃口を突きつけられたままコンテナハウスの入り口に回る。


中にはレンと、カリン、バロン、アイヴィー、それからルノアがいた筈だ。


先ほどの銃声は聞こえていたはずだが?


「開けろ。」


「あぁ。はいはい。わーったよ!」


レオンに言われ、俺は仕方なくコンテナハウスの扉を開けた。


「…あっ、テメェら!」


「なに?!これは一体どう言う事だ?」


扉を開けると、レンとカリン、それからアイヴィとバロンがテーブルを囲んでカードゲームに興じていた。


「おおレオンじゃねぇか!お前もやってくか?コイツらなかなか強くてよ。」


あっけらかんとレンが言い、レオンはゆっくり銃を下ろした。


「レン。お前、何やってんだ。」


「何って、ポーカーだよ。なぁ、レオン、お前強いんだから助けてくれ。コイツらのせいで俺の今月分の給料全部無くなっちまった。てか、やらなくてもいいから金を貸してくれ。むしろそっちの方が助かる。」


謝りのポーズをしながらレンが懇願する。


「…で、一体どう言う事なんだ?」


銃をホルスターに収め、俺の拘束を解いてから改めてレオンが問いかけた。


「俺はコイツらの仲間になる事にした!」


自信満々に言い張るレンの言葉に、レオンは彼を指差しながら俺に視線を送ってきた。


「このアホは一体何を言ってる?」


「俺に言われてもな。」


そんな会話を繰り広げていると、コンテナハウスの入り口から誰かが入ってきたので、俺たちはそちらに視線を向けた。


「みんな揃ったみたいね。」


入ってきたのはイルーザだった。


彼女は微笑みながらそう言うと、レンとレオンの顔を見渡した。


「お、イルーザちゃん!」


レンが目をハートにしながらイルーザに熱視線を送る。


「君は?」


視線を向けたレオンの問いかけに、イルーザがニッコリ微笑んだ。


「私はイルーザ・ロドリゲス。この隊の隊長よ。」


「隊?隊長?君が?」


突然現れたイルーザをレオンは爪先から頭のてっぺんまで見回した。


「私の作戦通りね。」


そう言って微笑むイルーザにレオンは怪訝な表情を浮かべる。


「作戦…?」


頷くイルーザ。


彼女はコンテナハウスの中央まで歩み寄ると、全員を見回した。


「帝国警察局治安維持部隊、アシュレイ分所所属、レン・マッケンジー警部補と、レオン・ジーク警部補。Area51を出た後にこの地に配属された貴方たちは、短期間で数々の事件を解決に導き、アルトリア警察本部への栄転目前とまで言われている。」


イルーザの語りを、皆黙って聞いていた。


「様々な難事件を解決してきたのは、二人の抜群なチームワークと事件を見通す先見性。それからArea51で身につけた類稀なる戦闘能力。まさに、私の部隊にピッタリ!」


微笑むイルーザの言葉をレンは頷きながら聞いている。


「ちょ、ちょっと待て。君は、軍の人間なのか?」


レオンが少し慌てた様にイルーザを制した。


イルーザは居住まいを正し、レオンに正対する。


「…私たちは軍務総省の者です。軍務総省長官補佐であるルカ・ブランク少佐の命で、新たな部隊を設立する為に動いています。」


「新たな…部隊?」


レオンの疑問に、イルーザは頷いた。


「少数精鋭。戦闘のみならず、情報戦、ナノマシン戦にも特化した、軍務総省所属の極秘部隊。」


彼女の説明に、レオンは何かを思案している様だった。


無表情でなにを考えているのかわからない。


「だから、あなたも私の部隊に…ー」


「悪いが断る。私は、軍は嫌いだ。」


レオンはイルーザの誘いをキッパリ切り捨てると、俺たちに背を向けた。


「おい!レオン!」


レンが立ち上がり、その背中を呼び止める。


「…レン。お前がその部隊とやらに選ばれたのは、お前の実力が軍務総省に認められた証だ。私はそれを止めはしない。しかし、私の事は私に決める権利がある。じゃあな。」


レオンは冷たく言い残すと、コンテナハウスを後にした。


訪れた沈黙の中ふとイルーザの顔を見ると、彼女は残念そうでもなく、ただ優しく微笑んでいた。



「さぁ。4枚目だよ。」


カリンが山札に手を添えながら皆の顔を見回して言う。


捲ると、4枚目は♡Aだった。


既にスリーカードは確定している。


つまり、スリーカードとワンペアで、フルハウス。


勝利の可能性は大いにある。


「なぁ、レオン。」


俺が声を掛けると、ソファに浅く腰を掛けていたレオンが俺にスッと視線を向けた。


「お前、あの時ハッキリとイルーザの誘いを断ったよな?」


その言葉に、レオンは低い声で、あぁ。と答えた。


少し緊張した様な空気が室内に漂い始め、バロンが俺の顔をチラチラと覗く。


「俺は、何故お前がSHADEに入る事を決めたのかがわからないでいる。昔の事なんざどうでも良いが、お前のその心境の変化には少し興味があってな?」


俺の言葉に、レオンは目を細めた。


「…レイズ。」


レオンは俺の疑問には答えず、表情を変えないまま手元のチップを大量にベットした。


「…このゲームで私に勝てたら話してやる。」


得意げなレオンの誘いを、俺は吟味した。


絶対に裏があるだろう。


余程良い手なのか?


だが、こちらはフルハウス。


レオンが俺に勝つにはフォーカードか、或いは…。


そう思案していると、カリンがレオンに習ってレイズコールをした。


現在場に出ているカードは、♡10、♤J、♤A、♡A。


カリンのレイズはハッタリか?


だが、このタイミングでのレイズは、フォーカードの可能性もある。


「あ、僕もレイズで。」


おいおいマジか?


視線だけでバロンの方を見ると、彼は手札を凝視して固まっている。


レイズしていないのは俺だけだ。


「さあ、どうする?」


レオンが口元に微笑を浮かべて俺を見る。


そうだな。


ここで侮られる訳にはいかないだろう。


「…オールインだ。」


俺の一言に緊張感が一気に高まる。


俺は手元のチップ全てを場に張ると、最後の一枚を山札から捲った。


全員の視線がその一枚に集まる。


カードは、♤10。


「よし!」


バロンが立ち上がる。


彼は自分の手札を俺たちに見えるように場に置いた。


「♤のフラッシュです!」


彼の手札は♤7と♤2だった。


場に出ている♤J、♤A、♤10でフラッシュか。


ふん。


「甘いなバロン。」


俺は自分の手札を無造作に放り投げた。


「フルハウスだ。」


俺のカードを見て、バロンはシュン。と肩を落とし、席に座った。


「ちょっと待ったぁ!私もフルハウスなんだけど!」


カリンも俺とバロンに習って手札を場に出す。


彼女の手札は♢10と♢A。


場に出ている♡10、♤10、♤Aでフルハウス。


しかし、こういう場合俺たちはいつも手札の数字の合計数で勝敗を決める。


カリンは♢10と、♢Aで合計数11。


俺は♢Jと♡Jで、22。


つまり、カリンとの勝負にも勝ちだ。


「あぁ!ブラックジャックなら勝ってたのにぃぃ!」


カリンはそう喚きながら、瓶の酒をつかんで一気に煽った。


さて。


俺はレオンに視線を向ける。


しかし彼は涼しい顔をして、手札を見せる事なくその場に伏せた。


「もうこんな時間か。…バロン、精算しといてくれ。」


そう言うと、レオンはおもむろに立ち上がった。


「あ、おいレオン。ここに来て逃げるのか?SHADE入隊の話聞かせてよ!」


カリンが追い縋ろうとするのを俺は手で制した。


オフィスからの去り際、レオンが俺に一瞬微笑んで見せる。


「なんだよあいつ。ここまで引っ張っといて負けたからって逃げる?普通。」


カリンがため息をつきながらまたグラスを傾ける。


俺は首を横に振った。


「…違うな。あいつの手札見てみろ。」


レオンの座っていた席に残された2枚のカードを指差す。


カリンは首を傾げながらレオンの手札に手を伸ばした。


「げ…マジかよ。」


顔を顰めながら、カリンがゆっくりレオンの手札を机の上に並べて見せた。


「…♤Qと♤K…。ロイヤルフラッシュ?!」


バロンが驚嘆の声をあげる。


俺は思わず笑ってしまった。


確かロイヤルフラッシュが出る確率は65万分の1ぐらいだったはずだ。


毎日プレイして一年間で5万手の役を揃えるプロのプレイヤーが13年に一度出せるか出せないかという手だ。 


それも、最後の一枚である♤10が来るまではただのブタであったか、スーツが♤であったとしても精々フラッシュかストレートフラッシュ。


「…あいつの話、聞きそびれちまったな。」


俺はタバコに火をつけ、天井に向かって煙を吐き出した。



コンテナハウスを飛び出した後、私は海沿いの道を一人歩いていた。


「おい。レオン。」


背後から駆け寄る足音と共に声を掛けられ、私は後ろを振り返る。


「レンか。」


私は立ち止まり、息を切らすレンを見つめた。


「なんか、悪かったな勝手に決めて。」


その言葉に、私はふぅ。と一息つき、微笑んだ。


「どうせ酔っていたのだろう?本当にいいのか?」


私の問いに、レンも微笑み返す。


「…あぁ。飲み比べで負けたらなんでも言う事聞くって言っちまったからな。それに、アイツらと仕事するのも楽しそうだし、なにより求められてるなら俺は其処にいるべきだ。」


迷いのない言葉だった。


「…そうか。」


私は再びレンに背を向けると、歩き出した。


「達者でな。」


振り向かず、私はそれだけを言い残した。


レンとの付き合いはもう数年になる。


彼とはArea51に居た時からの付き合いだ。


苦楽を共にし、私にとって親友とも言える間柄。


警察局に来てからは互いに支え合いながら数々の凶悪事件を解決に導いてきた。


だからこそ、彼との別れは惜しい。


だが彼をよく知っているからこそ、軍が彼を求める訳も私にはわかる。


「なんだか、寂しそう。」


不意に前方から聞こえた声に、少しだけ感傷的になっていた私は顔をあげる。


そこには、先程コンテナハウスで会ったばかりのイルーザ・ロドリゲスが静かに立っていた。


「…君か。いつの間に。」


この道は一本道だ。


彼女を置いてコンテナハウスを出てきたが、もちろん今の今まで後ろから追い抜かれたような気配など微塵もなかった。


私は立ち止まり、彼女と対峙した。


不思議な雰囲気のある人だ。


澄んだエメラルドの瞳からは、軍の人間特有の人を見下した様な感情を感じない。


「…君は軍の人間だろう?それも軍務総省の。なら、私に本来誘いを断る権限は無い筈だ。見たところ、強制するような感じでは無いようだが。」


この国において軍務総省の権力は絶対だ。


彼等がYes。と言えば、全てがその様になってしまう。


私は、そんな権力に押さえつけられる様に生きていくのはごめんだ。


しかし私の言葉にイルーザは苦笑して見せるのだ。


「その通りね。だけど安心して。嫌だと言う人を無理矢理引き入れたりはしないから。ただ、一言言いたくて。」


「なんだ?」


私が問うと彼女は海辺に腰掛け、遠くの空を見つめた。


徐々に朝日が水平線の彼方から登り始めている。


夜明けだ。


帝国に、また新しい朝が来る。


「…私も、軍が嫌い。」


彼女の言葉に、私は意表をつかれた。


「人を傷つけたり、時には命を奪ったり。兵士として当たり前のそんな事が、私には苦痛で仕方がない。」


彼女の言葉を、私は黙って聞いていた。


「だから、私は私の居場所が欲しい。それに、誰かの居場所になりたい。理想論かもしれないけど。」


「君の作ろうとしている部隊は、そんな君の居場所になり得るのか?」


その問いに、彼女はええ。と即答した。


「きっとそうなる。あの子たちとなら。」


彼女はそう言って私の顔を見ながら微笑んだのだ。


根拠は無いだろう。


しかし、彼女の持つ独特な空気が不思議と私に聞く体制を取らせるのだ。


「それは、ただの馴れ合いでは無いのか?」


私の躊躇いのない質問に対しても、イルーザは首を横に振り、笑顔で答えて見せる。


「そうかもしれないわ。でも私は、規律や統率だけではなく、隊員個人個人の個性を活かしたい。いろんな人が居ていいし、色んな人が居て然るべきなのだから。その手段が馴れ合いなのだとすれば、私は別にそれでもいいと思うの。」


彼女の答えを、私はよく吟味する。

 

そこに込められる意味はなんだろう?


しかし、いくら考えてもそれが全てのようだった。


「…私には何もない。ただ、言われた事をこなすだけだ。そんな人間にも、居場所はあるのか?」


そう言った私の顔を見て、優しくイルーザは微笑みながら頷いた。


「自分の本当に良いところは、他の人が見つけてくれるものよ。」



自室に戻った私は、ベッドに横になりながら机の上に置かれた写真を見つめていた。


そこに写る皆の笑顔が、私を追憶に誘ったのだ。


「…レン。そしてイルーザ。君達は、私の前からいなくなってしまったじゃないか。」


過去を振り返るとどうしても感傷的になり、独り言が口をついて出る。


『…その為に、SHADEの隊長になったのだと、私は信じたい。』


『私たちは兵士だけれど、歌うことも踊ることもできる。戦う事以外にも、人は自分を自由に表現する事ができるの。』


『何も戸惑うことはないのよ。作戦や任務、全てから解放された自由な時間は誰にとっても必要なの。』


いつか言われた言葉の数々を思い出し、私は微笑する。


「…私も、もう少し頑張ってみるよ。」


今は亡き親友の、そして彼女の意志を継ぐ為に。


To be continued…

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Imperial Dawn 石坂萊季 @raiki_ishizaka

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