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 四ツ谷の現役合格予備校。夕刻の長めの休憩時間。

 ユキと悪友たちは、2階の自販機前休憩コーナーに集合する。

 ポーカー勝負が今日も始まる。

 負ければ、階下のコンビニへの自腹ダッシュの刑。


 ◆


 誰がカモられるかを競う、いつものポーカー。

 フルハウスを引いたユキは、珍しく一抜けの勝利を得た。

 得意満面で皆を見回す。

 今日の勝品しょうひんは、具沢山が売りの大鬼斬里オオオニギリシリーズの新作、〈熟成鴨ねぎ〉あたりか。



 だが、彼らはユキの視線ではなく、その頭上に向けていた。

 彼らの視線をたどり振り返ると、セーラー服の胸元が。

 駅の表側にある、伝統のお嬢様校の制服だった。

 

 上目遣いで微笑む少女を見た。

 彼女の視線は、ユキの手札に注がれているようだった。

 

「ユキ先輩、お久しぶり」

 そう言うと彼女はくるりと返り、歩み去っていった。

 

 皆がその後ろ姿を追った。


 ユキはポーカー仲間たちと、学力カーストは近しい。

 彼女の制服は、より上位の学力カーストを意味する。

 さらに、容姿スペックも文句なしの勝ち組。

 そんな少女がユキに声をかけた。


 なぜ?

 

 心当たりがないユキに、次々と質問が飛んできた。

 

 勝者のコンビニおにぎり、今日はもらい損ねちゃうな。

 そう思った時、ヒロミっちが呟いた。

「もしかして……撫舞姫パントマイナじゃね?」


 ✧

 

 先週末。

 予備校の授業を終えると、皆で歌舞伎町へと向かった。

 目指すは区役所通りのダークテクノ系クラブ。

 今月、夜9時までワンドリンク千円で踊れるとのこと


 皆の意見は一致していた。

 その時間の方が同年代女子と知り合う機会チャンスあり、と。

 

 入ってみると、女子の数は少ない。

 しかも可愛い子に限って、ヤバげなキャッチやホストみたいなのが話しかけている。

 

 皆で気だるくドリンクを飲むこととなった。

 が、フュージョンを演奏していたバンドがステージから去っていく中、今宵の話を持ちかけたヒロミっちが笑みを浮かべ言った。

「ここからなんだって。あとちょっとで撫舞姫パントマイナのステージだし」 


 夜8時、照明が落ちた。

 タップダンスのような速いリズムのドラムが刻まれる。

 

 左の端から赤と白と混じり合った円輪が現れスーと移動する。

 ステージの中央近く、円環が円錐へと変化していく。

 明るさが増すなか、静止した円錐は日傘だった。

 そして、銀白に輝く、細身の曲線。


 日傘と共に銀白の上半身がくるりと返る。

 蝶の形をあしらった黒いマスクを被った細顔がスタージを向けられた。

 

 その時、マスクの下の視線にユキは射抜かれたように感じたのだった。

 

 日傘を用いたパントマイムが始まった。

 何メートルも離れた彼女の顔には黒マスク。

 その下の目元は、結局全く伺えない。


 ただ、彼女が舞う曲線の連鎖は文句なしにセクシーだった。


 ✧

 

 今の子と撫舞姫パントマイナのヒップラインはそっくりだった。

 ユキの周りは、その手の結論(?)に落ち着いたようだった。


 片や学校指定のセーラー服。

 片や新体操のレオタードのようなパントマイムの衣装。

 似てる似てないの比較自体が難しそうなものだが。

 

 教室に戻る途中の階段。

 ヒロミっちが後ろからなお呟く。

「あの子が誰か分かったら、ぜったい教えろよなぁ」

 そして、ユキのお尻を撫ではじめる。

「う~ん、なかなか」


 ヒロミっちの手がキモくてユキは踊り場に逃げて、抗議の声を上げる。

「おいっ!」


 そう言った瞬間に、ユキは思い至った。

 今の子は、小学校の後輩、朝永エミリなのかな、と。

 


 ✧

 

 半月後、予備校一階のコンビニで立ち読みしていた時。

 ユキはエミリと再会した。


 あの時、「先輩」と呼びかけてきた意を確認する。

 

 市の小体連、男女混合マイルリレー。

 ユキとエミリは、確かにバトンを渡し合うメンバーだった。

 一走がユキ。二走がひとつ年下のエミリ。

 二人の縁はやはりそれだった。

 


 その後、なぜだかアルバイトの話となる。


 時給が割といいカジノバーでの臨時バイト。

 週末に各地のショッピングモールで開催される、イベント形式のカジノ。


 常設のメタバース・カジノバーのイベントとも連動しているのだという。

 イベントでデモンストレーションを行うアルバイト。

 インスタに上げられているイベントの様子を見せてもらうとユキは、誘いにノった。

 面接の日が決まり次第、連絡するとエミリは言った。


 

 帰りの電車、ユキは、改めてイベントのインスタを見る。


 サーカスのテントのようなスペースが会場。

 ゲーセンのような、ブース分け。

 ルーレット、ブラックジャックあたりは、アニメで見たものとそっくりだ。


 それにバニーガールの子達。

「やっぱ、いるんだぁ」と独り言ちてしまう。


(で、なんで、いきなりカジノ・バイトの話になったんだっけ?)

 と、不思議気分が改めて増した。


 ✧


 バイトの面接の日が決まった。

 エミリとは夕暮れ時の新宿御苑駅の改札で待ち合わせ。

 

 改札を出る前にすぐに見つかった。

 今日も細身のセーラー服姿。

 並んで歩くのに気後れを覚える。


 細い道に入ったところで、改めて聞いてみる。

「時給いくらくらいになりそうなんだっけ?」

「たぶん、2000円くらい。あと、インセンティブもあるわね」

「インセンティブ……って?」


 1年の時にしていたファミレスのバイトの倍の時給。

 会場までの移動時間を考えても、確かに割がいい。

 

 インセンティブとは、ボーナス的な追加報酬のことらしい。

 イベントを通じてのメタバースカジノのアカウント登録者数で額が決まるのだとか。

 

 話を聞くうちに『花園通り』と書かれた小看板が目に入る。

 ふと、中学の頃、妹に読めと渡された『秘蜜の花園』が思い浮かぶ。

 なんで妹が僕の読む本を指定するんだ、とページを開きもしなかったのだが。

 女王蜂みたいなキャラクターが目につく表紙だけは、良く覚えている。

 

(エミリは妹と一つしか違わないんだよな……)

 インセンティブについて、淡々と説明を進めたエミリをすごいなと思えてしまう。

(これは偏差値カースト上位の力なのか?)


 ✧


 小さな公園を通りすぎたところで、エミリが左に曲がった。

 夕暮れ時の光に照らされ、エミリの後ろ髪が輝いた。

 夕陽の眩しさから目をそらし、ユキは輝きを追う。

 惹かれるように歩みを早め、エミリの横に並ぶ。


 その間の5秒ほど。

 輝く後ろ髪の制服姿からエミリの横顔に見惚みとれるまでが。

 ユキの脳裡には1枚の絵として浮かんでいた。

 

 完全無比の横顔に見惚みとれていたユキの裡に広場からの風を受け、夕陽にゆらめくエミリの髪の一本一本の全てもあでやかにあった。

 

 当のエミリは何の躊躇ちゅうちょもなく通りを歩いていく。

 再び後ろ姿を追うこととなったユキは、エミリの姿がひとり修行の旅に向かっているように感じた。

 

 そう思った後、ユキに、浮かんでいた疑問符が戻ってきた。

エミリこいつは、なんでだってカジノバイトなんてのに関わってるんだろう?)

 

 

 エミリが「もう少しよ。」と言った。

 左に曲がると、細い通りだった。

 左手のブロック塀。書き殴られている落書きが消しそこねたマーキングのようで気になる。

 

 右手に、白い壁面を持つビル。

 白壁にいくつもの鉢植えが埋め込まれている。、

 薄紅色や薄紫の花のつぼみをたたえている。

 花園通りにちなんで、なのかもしれない。

 そのビルの時代ががったタイル風のエントランスに、エミリは向かう。

 左手をかざすと、扉が開いた。

 

 中に入り扉が閉じると、黒い帽子に首元にひげを蓄えた男が浮かびあがる。

 背後には先程目にした鉢植えの花。

 

 ギクリとした。ヒゲの男はホログラムなのか?

 

 ホログラムの男が一礼する。

「エミリ、ユキ君。いらっしゃい」

 言うなり、奥の黒い扉が開いた。

 

 控えめな照明の廊下が左右に広がる。

 右と左に視線を泳がせるうち、右手にチェスのナイトのコマのような馬頭の像が浮かんでいた。

 馬の頭にヘラクレスのような胸筋。黒と白の縞がなびいている。

 かなり手の込んだ造形のようだが、何の趣味なのか?



 エミリが馬頭像ナイトの方に向合っていた。

 

『|Eve,je veux que tu m'aimes.《イーブ、ジュヴゥクチュメン》』

 

 吐息のような女の声。聞き覚えがある声。


 像の下方にプラチナ色のオブジェが現れていた。

 馬頭像ナイトと同じくらいの大ききの歩兵頭ポーン

 その対比にユキが頬が引き攣る中、エミリの右手がオブジェに伸びる。

 オブジェに比し小さな掌は、その前面に触れた。


 馬頭像ナイトの右手の自動ドアが開いた。

 

 

 ユキの戸惑う視線の先。

てのひらのセキュリティ認証よ」

エミリは振り返らずにさらりと言う。


(中略)


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