迷い込む

ふさふさしっぽ

本文

 わたしは普段からぼんやりしていて、道に迷いやすい性質でした。

 家族でショッピングモールへ出かけると、しょっちゅう迷子センターのお世話になります。

 自分でもぼんやりしている自覚はあるんですが……、ぼんやりは、直らない。

 なぜでしょう。隣を歩く父と母と楽しくおしゃべりしていても、床のちょっとした汚れが気になって立ち止まったり、すれ違った女の人の鞄の留め具に目を奪われたりして、いつのまにかはぐれているのです。

 父と母は鷹揚な人で「それも個性」と笑ってくれました。


 小学校、中学校、高校と新しい施設に入学するたび、わたしは迷子になりました。

 小学校では、保健室(健康診断かなにかで集められたのだと思います)から自分の教室への帰り方が分からなくなり、教室とは別棟の理科室の前で先生に捕獲されました。「君はワープでもしたのか」と若い男の先生は笑っていました。

 中学校の場所自体が分からなくなり、同じ道をぐるぐるまわったこともあります。

 まだ入学して間もないころで、一本別の道に入ってしまったんですね。

 歩けど歩けど元来た場所に戻ってしまうので、奇妙な世界に迷い込んだのかと、焦りました。


 そして高校入学のとき。わたしはまた迷子になってしまいました。

 いえ、迷子というより、入学式が行われる体育館を間違えてしまったんです。

 よかった、間に合った、と喜んだのもつかの間、体育館には、誰もいませんでした。

 ここじゃないの? とわたしがパニックに陥っていると、後ろから声を掛けられました。振り向くと、上級生らしき女子生徒でした。学年で制服のリボンの色が違うのです。

「新入生? この体育館は第二体育館で、入学式は第一体育館だよ」

 彼女はそう言って、わたしを第一体育館に案内してくれました。第一体育館が見えると、「私は授業があるから」と微笑みながら、去って行きました。わたしは何度も何度もお礼を言いました。入学式には、遅刻してしまいましたけどね。

 

 高校を卒業すると、私は体調を崩した父の代わりに、実家の生花店を手伝うようになりました。母と二人で、店はなんとかもちこたえました。

 そして十年が経ち、わたしは今、高校の同窓会に参加しています。

 会場にたどり着くまでたっぷり道に迷い、わたしはかつての級友たちに「変わってないね」と笑われてしまいました。

 わたしはふと思いついて、入学式のとき、第二体育館に間違って行ってしまった話をしました。すると、級友たちは口をそろえて「そんな体育館はなかった」と言いました。高校に体育館はひとつしかなかったと。

 そんなはずありません。

 第二体育館は第一体育館よりやや小さいですけど、たしかにありました。

 第二体育館で卓球や、バトミントンの授業をした記憶があります。

 文化祭のとき、演劇部だったわたしは、第二体育館で劇を行いました。

 わたしは同じ演劇部だった級友に問いました。級友は、

「体育館はひとつだったよ? 午前が演劇部の劇で、午後が吹奏楽部の演奏だったじゃない」

 と真顔で言い返しました。

 おかしい。

 わたしの記憶では、吹奏楽部は第一体育館だったはずです。

 急に、体が冷えていくようでした。

 級友たちが、突然遠い存在に思えました。

 わたしの記憶違い? それとも級友たちの?

 わたしが卒業した高校は、級友たちとは別の高校だったとでもいうのでしょうか。

 

 わたしは疑問を抱えたまま、同窓会を終え、帰りの電車に乗るべく、駅に向かいました。

 初めて来る駅なので、わたしは帰りの電車のホームが分からず、迷ってしまいました。いい大人が情けないです。

 ああ、あそこのようです。よかった。帰りのホームが見つかった。

 おかしいな。人がひとりもいないなんて。

 電車が来た。

 あれ? アナウンスあったかな?

 やけに静かだ。

 まあいいや。

 電車が止まった。

 開いた。結構混んでる。

 一人も降りない。

 乗り込む。

 扉が閉まる。電車が動く。

 体が冷える。

 なんだか、とても寒い……。おかしいな、冷房をかけるような季節じゃないのに。

 みんなは寒くないのかな? 

 乗客はみんな、無表情でぼんやりしてる。スマホやってる人は一人もいない。

 しかも静かすぎる。

 寒い。

 寒い。

 おかしいよ、この電車。

「ご乗車ありがとうございます。次は……」

 あ、アナウンスだ。次の駅でいったん降りよう。寒くて仕方がない……。


「次は、きさらぎ駅、きさらぎ駅……」

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