君がいた夏は遠い夢の中

清泪(せいな)

空に消えてった打ち上げ花火

「今年の夏、何か夏らしいことした?」


 毎年のように聞かれる質問に、私は遠慮なくムッと眉をひそめた。

 馴染みのないカフェのテーブルに頬杖をついて、あからさまな苛立ちを表現する。

 夏と言えばといわんばかりに多方で聞かれる質問と、それに対して毎年答えを用意できない自分に苛立ってしまう。


 アラフォーなんて呼ばれる年齢になってやることなんて、仕事と家の往復ぐらいで。

 ご時世を理由に自粛してるわけでもなく、そもそもひっそりとした性格なので仕方がない。


 十年ぶりぐらいに再会した幼なじみは、隣に座らせた娘ちゃんのケーキでベタベタな口元を拭きながら、そんなに怒ること聞いた?と問い直す。


 私はしぶしぶ理由を説明するけれど、それもなんだか空しい行為だ。


 今、夏というものを感じるものと言えば、外を歩くと五月蝿く鳴くセミの声と、ご時世に流されてする気もなかった三十手前ぶりの帰省と、幼なじみの娘ちゃんが飲むラムネくらいだろうか。


 このカフェでは夏限定で出してるらしく、昔懐かしい容器にビー玉が入れられたラムネ。


 昔と違うのはガラスビンではなくて、ペットボトルになってることと、中のビー玉を誤飲しないように飲み口に安全策がされてること。


 十年ぶりになる帰省に、十年ぶりとなる幼なじみとの再会。


 仕事が忙しいと理由つけて、家族との交流は電話で済ましていたのだけど、自分で行かないとするのと、規制で行けないとなるのとで話は別で。


 ここ二年、ああ実家に帰れないんだな、という感覚が頭のすみにあって。


 そうなってくると別に両親ともに健康なのだけど、この先会える回数なんかも考えちゃって。


 だから規制緩和の波に素直に乗せられてしまって、十年ぶりに帰省することになってしまった。


 元から夏休みだ盆休みだ正月休みだは、取ろうと思えばいつだって取れてしまうわけで、別に会社の主軸というわけでもないというのを、改めて確認させられてしまう。


 とはいえ、働き方改革時代なので、ダメですなんて会社側も言いづらいのかもしれないのだけど。


 そうやって流されて流されてたどり着いた故郷は、改めて何にも無いところで。


 特に観光地でもジブリ映画が撮れそうな自然が溢れるわけでも無いし、都会の隅から都会の隅に移動しただけに過ぎない。


 久しぶりに会う両親は、日頃の電話で会話はしてるから溜まった話なんてのも無くて、兄弟家族は時期をずらしての帰省らしい。


 せっかくだと有給を使い長期休暇をとって立てたプラン、三泊四日は、一日経たずして、あとは時間潰し、になってしまった。


 実家に居てるのも何だかなとなったそんな私は、懐かしの故郷をぶらぶらするかと散歩に出掛けようとしていたところ、偶然にも十年ぶりに幼なじみとバッタリと遭遇する。


 小学校からの幼なじみ。

 小中高と大の仲良しでいつも一緒だった親友。


 大学を出た頃くらいから、新たに出来た交遊関係や慣れない社会経験などで、少しずつ疎遠になってしまった。


 アラサーなんて呼ばれる頃には、連絡するタイミングを見つけることすらしなくなった。


 SNSの相互フォロー程度の関係性、僅かにある繋がりを、かつて親友だった事への義務的に持っていたものの、互いにSNSを断りなく止めてしまった。


 だから、私にとって偶然の再会は嬉しさよりも、見つかった、というばつの悪さが勝っていて。


 でも、それは。

 幼なじみも同じなのだと、カフェで頼んだアイスコーヒーの氷が溶ける前に、聞くことになった。


 幼なじみは三年前に子供を授かったのだけど、父となり夫となるはずだった男は妊娠を告げた後、煙のように消えたらしい。


 意地の一年とそれから規制の二年。


 独りでの子育ては大変だなんてわかりきってたのにね、と幼なじみは苦笑いする。


 私が帰省に対して笑い話のように話せば、幼なじみは出戻りするか悩んでるとことまた苦々しく笑う。


 十年ぶり。

 かつての親友はまた出逢ったらいつだって、あの頃のように戻って笑い合えると思っていたけど。


 何一つ噛み合わないのがわかる。


 幼なじみは苦労してますよと表情に浮かべるけど、私には家族というものが出来てることが羨ましかったりする。


 これまでの人生で結婚したいと思ったことは何度かあった。


 七年ほど付き合って共に暮らすことが考えられない男もいたし、一ヶ月程度の付き合いなのに将来を共にしたいと思う男もいた。


 でもそれは、こっちの考えなだけであって、相手が同じとは限らないのだとつくづく思わされる。


 そういうすれ違いを体験して、そういうすれ違いが無いことを願いながらまた付き合って、そういうすれ違いにまた傷ついて。


 運命の人なんて見つかることはなく。


 好きだ嫌いだなんて感覚は、年を重ねることと傷を重ねることで、あやふやになってしまって。


 身体を重ねあってるその瞬間さえ、恋愛って何だろうと考え出したときには、一旦男断ちをしようと決めたものだ。


 そうやって主軸にしようと構えた仕事も、人生の指針になるほどのこともなく、人生を消化する為の消化物みたいなものでしかなくて。


 私は結局何がしたいんだろうと、アラフォーになってモラトリアムに陥っているなんて、お酒を飲みながらでも語れない話になってしまった。


「夏祭り、今年はやるみたいだよ。行ってきたら?」


 不意に幼なじみがそう言った。


 噛み合わない会話の微妙な空気に耐えきれなかったんだろう。


 夏らしいこと、というテーマの会話の続き。


 アラフォー女子独りで祭りに参加しろ、なんて少し過酷な話だとも思ったのだけど、

 旅行先の祭りにちょっと顔を出すなんて無い話でも無い。


 規制緩和で久しぶりの開催、というのは各お祭り言われているが、地元のお祭りはそれ以前から暴対法絡みで、出店関係の話で暫く開催されてなかったらしい。


 それが今年は市が主催で開催されるのだとか。


 夏祭りなんて、高校生の時以来行ったことが無かった。


 暑いのも人混みも苦手なのもあるし、その高校生の時にデートで行った夏祭りが、輝かしい思い出だというのもある。


 その時の彼とは大学時代には別れてしまったのだけど、なんとなく青春を残したいというか、大人になった目線で夏祭りというものを見たくなかったというか。


 だからその後付き合った人達とは誰一人、一緒に夏祭りを行くことはなかった。


 アゲハ蝶がデザインされた浴衣の出番は、二度と来ないまま押し入れにしまわれている。


「そういえば、彼も帰ってきてるらしいよ。私たちの保護者会様の井戸端ネットワークは、今年はどの家の息子娘が帰ってきたかでもちきりだって」


 余計な情報をくれたものだな、と私は思った。

 意識はしてないけど多分顔にも出てたと思う。


 前向きじゃなく帰省したものの、一応の長期休暇だしぶらぶらするかと考えていたのに、気の許せないステルスゲームの始まりを告げられた。


 三泊四日の予定を切り上げて帰ってもいいのだけど、既に両親には三日泊まることは伝えてあるし、それはそれで気まずくなる。


 大体今幼なじみに与えられた情報を機に、そそくさと去っていったとなるのも何だか嫌だし。


 彼とは大学時代に別れた。


 互いに別に好きな人が出来たわけでも、大喧嘩をしたわけでもなく、大学進学で長距離恋愛になってしまって、気持ちが互いに冷めてしまったからだ。


 冷めてしまった、ということにしたかったのかもしれない。


 やっぱり距離があるというのは、もどかしくて面倒くさかった。


 恋愛というのはそういうのを乗り越えれるものだと思っていたけど、その煩わしさはいつも心にしがみついて邪魔でしかなかった。


 だからその距離が嫌になっただけで、彼を嫌いになったわけではなかった。

 と、今は思う。


 未練があるわけではなくて、そういう整理が今はついているということ。


 だからこそ、なんとも冴えない今の私の姿を見られたくはなかった。


 つまらない女とか、駄目な女とか、そんな更新を彼にして欲しくはない。


 変なプライド。


「彼もさ、結婚に失敗してシングルファザーになってんだって」


 と、自分が言われたらキレてそうな個人情報を幼なじみが口にする。


 男の情報なら赤裸々に話していたのは、昔のノリなのかもしれない。


 戻れると思っていた過去の空気感は、今この歳になるとキツいものがあるなと知ってしまう。


 私は噛み合わないように、ふーん、と素っ気なく返事した。


 その素っ気なさを察したのは娘ちゃんの方で、ママぁと一言甘えて幼なじみを促した。


 そろそろ行くね、と幼なじみが立ち上がろうとするので、テーブルに置かれた伝票を私は手にした。

 いいよせっかくだし、とよくわからない一言を伝えて、支払いを任せてもらう。


 このあと映画を観に行くからそれまでもう少し時間を潰す旨を伝えて、遠慮する幼なじみを帰らせた。


「あ、天気予報じゃ夜、雨だって」


 去り際に幼なじみが懐かしい一言を残していく。


 天気予報を全く見ない私にそれを教えてくれるのは、私たちの決まったやり取りだったことを思い出す。


 また明日、の代わりに明日の天気予報を伝えていく幼なじみ。


 懐かしいやり取りを再現したくてぎこちなく今日のこれからを告げていく。


 でも。


 知ってる、と私は返した。


 天気予報を見ることは幼なじみと疎遠になってから、補うように自然と身に付いた習慣だった。


 暫くしてからカフェを出る。


 ショッピングモールの一階。


 多分、幼なじみと娘ちゃんはあの後買い物をしてるんだろう。

 会わないように映画館のある四階を目指す。


 途中見える外の様子は雨雲でどんよりとしていた。

 そういえば、夏祭りっていつ開催するんだっけ?

 一週間ぐらい晴れの日は無かった気がするけど。


 そんなことを考えていると、天気予報の予定より三時間も早く天気は崩れ出した。


 予報ではまだ曇りなはずなのに、アスファルトを打つ音がショッピングモール内にも聞こえるほど、雨が激しく降り注ぐ。


 夏の風物詩、ゲリラな豪雨。


 雷なんかも混じっちゃって、さながらお祭りみたい。


 折り畳み傘で無事耐えれるのか心配なので、夕立ということで勘弁してほしい。

 映画見終わった頃には、空の気が済んで止んでてくれたらなお嬉しい。


 四階を目指すエスカレーターで上へと登っていく中、空に近づいてる感じから願いも届くかもと思ってみる。


 そんな距離の遠い私の願いとは裏腹に、エスカレーターの下の段では僅かに聞こえる雷にはしゃぐ男の子。

 静かにしなさいと注意するお父さん。


 微笑ましい父子の様子に幼なじみの密告を思い出して、慌てて視線を反らす私。


 けど。


 チラッと見えたその顔は。

 チラッと見せてしまったこの顔は。


「「あ!」」


 異口同音。


 何故だか嬉々として呼び掛けてくる声に、

私は観念して振り向いた。


 あーあ。


 見つかった。

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