第3話 スープ屋店主の悩み
それから数ヶ月。
「どうやら手数料0円で500円分から、Anazonギフト券に交換できるようになったみたいだ」
というのが俺の辿り着いた結論だ。
鞄にもあるこのAnazonというデザインはおそらく文字で、このシステムの名前ではないかと推測している。
つまり、鞄の中に入れたものが何処かへ送られ、その価値に見合った金券が発行される。
そう、あの整理番号は整理番号ではなく金額だったらしい。
そしてその金券を鞄横のポケットにセットすることでチャージが行われ、夢空間で買い物ができる……すごく大雑把に説明すると流れはこういった具合だ。
無論例の汚れの件や、入れたものがどこへ行くのかなどわからないことも多いが、使う分には困らない。
これは鞄ではなく何か交換装置のようなものとして認識するべきだと今では俺はそう考えている。
それからもう一つ、どうやらお供えしたものの類似商品が買い物時に選べるようになっているようだが、これはあくまでオススメとして一番初めにその関連商品がおかれているだけでフロアを移動すると未知の商品がまさしく無限に等しい数から選ぶことができた。
中でもとりわけ重宝したのが食べ物だ。
あるとき俺はその存在に気がついた。
いろいろあったが食べ物フロアで俺がはじめに手にしたのはパンと、スープのような絵の描かれた箱だった。
箱は極彩色に彩られ、例の文字のようなものが並んでいる。もしかすると異国の文字で食べ方や調理方法なんかが書かれているのかもしれない。
ところがその未知の食べ物への期待に心を踊らせながら箱を開けた俺はひどく落胆した。
なにせ出てきたのはタプンとした銀色の塊だった。表面はつやつやしておよそ食べ物には見えない。
詐欺、というよりはおそらく単なる俺の勘違いだったのだろう。
たしかに、箱に描かれた図案の物が中に入っているという道理はない。
花柄を彫った木箱に花は入っていないし、鳥の意匠の看板を掲げる店で鳥が売っているというわけでもない。
少し考えればわかることだった。
どうやらこれは単なるデザインで、この用途不明のタプンとした物体が本体なのだろう。
しかしそうなるとこれは一体何に使うものなのか。
しばらく考えた後、俺はこの物体が周りよりもやや冷たいということに気がついた。
暑い日などに頭に乗せるとヒンヤリして仕事がはかどる。
これがなかなか使える品物で、価値としては良いリンゴ5つ分と決して安い訳では無いが十分に役立っていた。
ちなみに箱は近所の女の子にせがまれて、今は彼女の宝箱となって界隈の子どもたちから憧憬の眼差しを集めている。
今にして思えばあれもそれなりの値段で売れたのかもしれないと少し後悔していたりする。
事件が起きたのは一週間ほど経った頃だ。
カウンターに例の物体を置いて枕代わりにしていた俺は、誤ってペンを突き刺してしまったのだ。
後から思えば散らかった机に置いたせいでペンが下敷きになっていたのだろう。
冷たい、という感覚を感じる前に強烈な匂いが俺の鼻をついた。
「な、なんだ!?」
匂いのもとが瞬時にはわからず通りの方をキョロキョロと見回す俺、その出元が自分の枕だと気づくには少し時間がかかった。
見ると、どうやら例の物体は袋状だったらしく、中から溢れ出た芋のようなものや肉の切れ端のようなものを含んだクリーム色の液体が机を濡らしている。
「見覚えがあるぞ、これは……」
このとき俺は警戒心というものがまるでなかった。
これは当然あの箱に描かれていたスープだ。
スープは初めからここにあったんだ。
試しに指で掬って舐めてみる。
瞬間、脳髄から意識が飛び出るような鮮烈で暴力的な味と香りの本流が口内で爆発して鼻から抜けた。
それはもはや俺が今まで食べてきた食べ物とは全く別のなにかだった。
いうなれば、今まで草しか食べてこなかった動物が肉を食べたときか、あるいはそれ以上の衝撃かもしれない。
塩と芋のスープ?
あんなものは料理ではなかった。
机に散らばったスープを綺麗に集めて俺は夢中で啜っていた。
このとき客が来なかったのは本当に幸運でしか無い。
危うく「ダルゴス武具店の店主は齢27にして奇人である」というようなかわら版が街にばら撒かれるところだった。
それからしばらく。
俺は店の前に小さな屋台を自作して、このスープを20倍に薄めたものを売っている。
言うまでもなくこの頃のダルゴス武具店は農具屋からメシ屋にその認識を改められており、20食のスープは開店とともに完売する。
「しかしメシ屋はいくらなんでもひどいよなぁ……」
ダルゴス武具店は武具店である。
道具屋呼ばわりまではなんとか許容できてもメシ屋は違うだろうという思いがあるのは止む終えない。
「えーと、スープの売上が月約10万ナーロ。武具店の売上が3万ナーロ。買い取りによる武具店の出費が5万ナーロか……」
メシ屋だこれ。
完全に本職はメシ屋だったわ。
いつから俺は稼いだ金で魔物素材を集めるメシ屋の道楽店主になってしまったのだ。
いや、食うに困るわけではない、この際メシ屋でも良いだろう。
メシ屋になって困るのは俺の武具師としてのプライドと武器を作りたがるこの両手くらいのものだ。死ぬわけではない。
いいじゃないか、メシ屋で生計が安定したら武器を作れば。
目下の問題はそれよりもバッグで手に入れた物品をどうするかということだ。
試しにいくらか自分用に買ってみたたが、結局使わなかったり使い道の分からないものもそれなりにある。
とは言え、これを売り捌くというのはあまり現実味がない。
なにせ武具屋が道具を売っておいて、材質は分かりません、作り方も分かりません、修理もできませんという訳にはいかないからだ。
かといってこんな未知の技術が人の気を引かないわけもない。
売るのなら少なくともある程度素材の分析と修理くらいは出来るようになる必要があるだろう。
どうでもとなれば他所の街で旅人を装って後腐れなく売り捌くという手はあるかもしれないが、これは最終手段といったところだ。
それに、実はこのメシ屋も長くは続けられない。
anazonポイントとかいう金券からチャージされる例の鞄の固有通貨が底をつきかけているからだ。
しばらく使ってみてわかったことだが、売るものと買うものの価値が釣り合っていないのだ。
使い古しの工具やいらない端材を売って、未知の技術で作られた商品を買っているわけだからこれは当然の話しではあるのだが、もう売るものがない。
スープの売上があるじゃないかと思いもしたが、お金を入れても反応はない。
金を売るというのはそもそも意味がわからないのでこれも当然だろう。
そんなわけで、スープの売上によって僅かな蓄えを得た俺だが、これはあくまで一時的なものでしかない。
今にスープも買えなくなるだろう。
何か売れるものがあればいいのだが。
ハワードは手数料0円で500円分から、Anazonギフト券に交換できるようになりました。 きの @kintokino
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