第2話 ハワードは手数料0円で500円分から、Anazonギフト券に交換できるようになりました。2

その後俺はしばらく検証を続けた。

まず、使わない端材や木の板、石ころというような不用品や汚れてもいいものをあれこれ入れてみては汚れ具合を確認することにした。


結果として取り出したそれらに付着した汚れの大きさや形状はほぼ一致することがわかったため、この鞄の中で同じ条件の汚れがつくということで間違いないだろうという結論を得た。


拾った石ころを取り出した時には汚れは確認できなかったため、汚れのサイズよりも小さいものには汚れはつかないらしい。


そして何より驚いたのが、この鞄がマジックバッグだということだ。

以前店の前で日除けとして使っていた古い幌を押し込もうとして、鞄のサイズより大きいものが入るということに気がついたのだ。


「しかし……マジックバッグならとんでもない貴重品だが、それが不良品とはまた。まともに考えれば例の男が持ってきた材料はマジックバッグのためのものだったが、俺の腕が足りずに何かしら失敗してしまったと考えるべきか……なんてもったいないことを!!そうならそうと初めから言ってくれ!」


というより、もし男が取りに来た場合作成失敗で違約金を取られるのでは?

ましてやそれがマジックバッグともなればその額は莫大なものとなるのでは?


というような不安を見なかったことにするために俺は半ば逆ギレ気味に声を荒らげたのだった。


いずれにせよ男は言葉の通じない異人であったのだが。



そしてそれから数日後。

逆に考えれば汚れてもいいものならいくらでも入れることができるという利点に気がついた俺は金槌などの工具や仕事で使うエプロンなんかを入れることした。


ためしに金槌を入れて取り出すと、やはり汚れはついているようだが、もともとの汚れから考えると変化がないと言っても差し支えないレベルだ。


もはやこの汚れがどういった理由でどこから付着しているのかというようなことを考えるのは辞めにして、最近はもっぱらなにか使い道はないものかと模索していてる。


魔法の鞄に道理を求めても意味は無いだろう、ということにしておく。

魔法というのは魔術師と呼ばれるカルト連中が使う怪しい術というのが世間一般の認識で、国から彼らの様々な偉業が発表されることはあるが一般人には空想と知って差し支えないものだ。


ただし時々流れてくる魔道具には大金はたいて飛びついたりするのだから人間というのはそんなものだ。

実利があれば原理なんてどうだっていい。


そこでこの日の仕事を終えると、散らばった工具類などを片っ端から鞄の中に片付けることにした。

鋲から作業台まで部屋のものを片っ端から入れてみるが、そのすべてを鞄は難なく飲み込んだ。


「なるほど、これは便利だ。せっかくだし掃除でもするか」


素材を入れる訳にはいかないが、道具類がなくなっただけでも工房はずいぶん広く見え、久しぶりの掃除でまるで見違えたように片付いた印象となった。


「まるでうちの工房とは思えないな……よし、気分もいいし今夜は外で飲むか」




「やあ、レオナ。いつもの席は?」

「ハワードあんた、2ヶ月も顔出さないでいつもの席なんてよく言えたものね。もちろん空いてないわ。そこらへんの好きな席に座りなさいな」


店の前の通りを東に進み、右手の脇道に入ったところにあるのがここ午後の宿り木亭だ。


その名の通り午後から営業を始めるこの食堂は、街の男たちの御用達で、この小さな村では一番の繁盛店と言っていいだろう。


レオナは店の看板娘。

俺とは幼なじみ――になるはずだった。もしこの地元で暮らしていたならば。


しかし俺は王都で幼少期を送り、ここにはたまにしか来ていなかったので、お互い存在は知りつつもここに移り住むまでは面識は殆どないという微妙な関係の間柄だ。


それでもここに来てからは同年代の仲間がそれほど多くないこともあってそれなりに懇意にしている。

その交流も俺が顔を見せに来た際に限られてはいるが。



「はい、中エール。それからチーズとピクルスの盛り合わせ。あとスタミナご飯」

「あのレオナさん?それ頼んでないんだけど」


目の荒い木でできたテーブルに置かれた皿を眺めて一考して出たのは当然の言葉。一応社交辞令としてはこう言っておくべきだろう。

なにせ俺はまだ何も注文していない。


「だから?」

「えー……っと、いつもお世話になります……?」

「分かればよろしい」


そう言ってレオナは給仕に戻っていく。

それを見送って、あらためて大判の木皿一枚に雑に盛り付けられた料理に目を落とす。


これはいつも俺がここで頼むメニューで、数ヶ月のブランクがあってもレオナはしっかり覚えていてくれたらしい。

それくらいには上手くやっている仲というわけだ。


俺はここでは決してソーセージは頼まない。

不味いからだ。


とにかく獣臭くて味付けも濃いので俺から言わせれば喉を通らない代物なのだが、どういうわけかこれがオートミールと炒めるとなんとも食べごたえのあるメシウマご飯になるのである。

そして何より、ガツンと濃い味油分過多なこの炒めものとピクルスと混ぜ合わせたチーズの酸味の相性は最高だ。


ちなみにレオナによるとこの食べ方は俺しかしないらしい。

夢中で平らげた俺は珍しくエールを追加して、カバンのことを考えながらちびちびと一人呑みしていた。



「ちょっとハワード、もう閉めるわよ」

「……え?ああ、もうそんな時間か」


それからしばらく。

気がつくとずいぶん思考にふけっていたらしくレオナが対面に座ってこちらを覗き込んでいる。


「いや、悪いな、半分寝てたよ」

「まあいいんだけどさ、何、疲れてんの?」

「お前ほどじゃないさ。ただちょっと飲みすぎただけだ」


実はレオナ苦労人だ。

父親を早くに亡くし、家計を支えていた母が数年前仕事中の怪我で動けなくなってしまったらしい。今は二人分の生活費を彼女は一人で稼いでいるのだが、この店の待遇はあまり良くない。


繁盛店でせわしなく働かされる割に給金が上がらないとぼやいていたのを聞いたことがある。それでも女性を雇ってくれる店は多くはない。

レオナには他に選択肢がなかった。



他から見ると彼女は貧民層。つまり、労働階級より下位の身分と見られている。

労働階級は自己の尊厳のもとに職を全うする者だが、貧民はそれがままならないもの。いわば非正規労働者もしくは奴隷落ちしていない無職者のこであり、逆に言えばいつ奴隷落ちしてもおかしくない身分だ。


俺にもう少しばかり甲斐性があれば自分の店で雇ってやると言いたいのは山々だが、生憎とすでに経営は火の車というのが情けない。


「よかった、私はお酒なんてとてもじゃないけど手が出ないからもう何年も飲んでないけど、こうして人が気持ちよく酔ってるの見るのは悪くないわね」

「生活が厳しいのはわかるけどあまり卑屈になるなよ?どうにもならないようなことになったらいくらかは助けられる。金借りるくらいなら先に俺のところに来いよな」


ひとしきり話してハワードは店を後にした。


「そういうことはもう少し早くいいなさいよ……」


そんな彼女のつぶやきを俺が聞くことはなかった。



翌日。


この日は連日溜まっていた分もあって加工作業が山積みだ。少し早めに工房に来た俺は例の鞄から工具を取り出そうと手を突っ込んだ。


「……え?は!?無いッ!?」


しかしいくら手を突っ込んでも昨日入れた工具が見つからない。


「冗談じゃない、中に殆どの工具を入れてあったんだぞ!全部なくなってるのか!?」


いくら探しても見つからず、やけくそに鞄を逆さまにして振ってみると、見覚えのない紙切れが一枚出てきた。

見たこともない材質の少し厚手の紙だ。


「なんだこれ?何か書いてあるな。27800……何かの番号か?」



見たことのない文字と、番号が印刷された紙が一枚。


「いや、待てよ、これはこの鞄の汚れと同じじゃないか?まさかこれは汚れじゃなくデサイン……?何かを示す記号なのか?」


指につまんだ紙には鞄のフタ部分についていたのと同じ意匠が見受けられた。

しかし結局、この紙がどこから湧いてきたのか、そして道具がどこへ消えてしまったのかは杳として知れず、やむを得ずこの日は工房仕事は休みとなった。



仕方なく店番がてらにカウンターに腰掛けて書類仕事をこなすことにする。

溜まった書類がカウンターに散乱して目をそらしたくなるような光景だ。そういう意味ではいい機会か。


小さな店とは言え発注書に納品書、支払い書などチェックすべき書類は少なくない。

予想通りと言うべきか、すべて片付けるにはそれなりに時間がかかってしまい、その間に何人か客が来て、道具がいつもよりすこしばかりよく売れたのは良かった。



「さて、最後はこの紙だが……どこに分類するべきか。整理番号のようなものを見るにおそらく何かの順番か固有の識別番号だろうか……、となると無くすのはマズイ気がするよなぁ。あの男が引き取りに来ないとも言い切れないし。それにしたってこんなもの一体どこに挟まってたんだ?作るときはなかったはずだけど革の隙間にでも紛れてたのか?」


紙のことも不可思議だが、それよりも俺からしてみれば消えた道具のほうが大問題だ。明日からの仕事もままならない。


さしあたってカードは鞄の横についているポケットに挟むと、当座の道具だけでも揃えるために早めに店を閉めて道具屋へと向かうことにした。

道具屋が道具屋に買い物に行くハメになるとは。


――と、立ち上がろうとした瞬間、めまいを感じたハワードはとっさにカウンターを掴もうとするも虚しく床に倒れ込み、そのまま意識を失った。



変だ。自分が倒れた自覚がある


俺は今までにないはっきりとした意識のある夢を見ていた。


「これが明晰夢ってやつなのか?それにしてもあまりにも……」


自由意志によって通常通りの思考ができる。

夢というのは通常考えているようで実際には決まったルートを走っているような感覚があるが、それが全くない。その気になれば先日のレオナとの会話まですべて思い出せる。


ただ、不思議なことに空間にいるという感覚がない。

視線の方向は固定されていって、まるで演劇を見ているように、外から何かを眺めているような感覚だ。瞼の裏に何かが写っているようなと言ってもいいだろう。


そしてその何かというのが自分自身だ。

外から自分が自分を操っているような。


実際には一瞬のうちにそんな考えを巡らせていると、不意に誰かに笑われたような感覚があり、もう一度意識を集中すると眼の前には様々な道具が並んでいた。


「これは……?」


金槌にエプロン・革手袋・定規……仕事道具がものすごい数で並んでいる。

真っ白な空間、無機質な台の上に整然と並べられた道具たち。


「何だこれは、見たことのない形状や材質のものもあるぞ。それに全部新品……夢にまで見るとは俺は相当なくした道具に未練があったらしいな。ここで思う存分使って未練をたちきれってことなのか?」


そんな冗談をいいながらも俺も職人という生き物だ。見たこともない道具を見て高揚せずにはいられない。


今近くには様々な種類の金槌が並んでいる。

早速手近な金槌を手にとって見る。


そうだな……俺なら金槌はこれ。こっちの総金属製のものも強そうだが……

この先端は何に使うんだ??

これは!この定規、透けてるのか?なるほど、測りながら素材の位置も確認できるのか!?とんでもない発明じゃないか!

それにこっちの革手袋はなんてキレイな色なんだ。どうせ汚れるものになぜこんな……。くぅ、だがしかし毎日使う道具がイカしてることにアガらない職人がいるだろうか?いや、いない……!


そんな具合でそれぞれをつぶさに観察しつつ、子供のごとく俺の工具最強デッキを作り上げていく。


せっかくなので使用感を試したい。

見たことのない形状や材質の、まさに夢の道具たち。これを試さない手はないだろう。


手近にあったカゴに集めたそれらを使ってみようと、夢だとうことも忘れて手を伸ばそうとしたその瞬間、突然視界が謎の記号で埋め尽くされた。


「なんだこれ?俺の夢の道具たちは!?」


もう少しで使い心地がわかるというのに。

慌てた俺はどうにかならないものかとジタバタしていた手が端にあった黄色いボタンに触れる。すると次の瞬間、再度別の記号の羅列が表示されて、かと思えば見覚えのある天井を見上げていた。


「あれ……、俺は……?」


見知った天井だ。

俺が朝起きた時に見る光景だ。


「おい、ハワード!お前大丈夫なのか!?」

「…?ロイおじさん?なんで俺の家に……?」

「なんで、じゃねぇよ。道具の修理頼みに来たら呼んでも返事がねぇもんだから覗いたらカウンターのとこで倒れてたんだよお前。体はなんともないのか?」

「あ、ああ。大丈夫そうだ。世話をかけて……」

「お前の世話すんのは今に始まったことでもないから元気なら別に構いやしねぇがよ」


ロイは髭を蓄えた筋肉質の男で街の顔役のような存在だ。もとは高ランクの冒険者だったとかで、今は森に小屋を立てて狩りや畑で生計を立てている。

この店では武器を修理購入してくれる貴重な常連でもある。


俺は以前鉱石を掘るために森の中に立ててある小屋からの帰りに、魔物に襲われた所助けられたことがある。それからも目をかけてくれて何度か助けられた。


どうやらロイにベッドに運ばれたらしい。

それにわざわざ目を覚ますまで店番をしてくれていたようだ。


「ネル婆さんは呼んであるから、もうちょっとそのまま横になってろ」

「えぇ、祈祷師はいいよ。ホントになんともないんだ。……そうだ!それよりちょっとこれを見てくれないか?」


ロイは俺にとってこの街での後見人的な存在だ。

彼になら例の鞄を見せても悪いようにはしないだろうとカウンターに鞄を取りに行く。


「おい、起き上がって大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。それよりほら、これ。どうもマジックバッグみたいなんだ」



俺は妙な男から依頼を受けたことから始まる一連の鞄に纏わる話をロイに聞かせた。

もちろんロイからの反応というのは半信半疑、道具の無くなった工房を見せてもいまだ信じきれずといった様子だ。


「本当にこの中に道具が全部入っちまったのか?……で、そのままなくなったって?」

「それなんだよ、依頼書通りにやったつもりではあるんだけどどうも俺の作り方がわるかったのか素材が悪かったのか……」

「けどよ、最初のパンとリンゴは無くならなかったんだろ?」

「え、ああ……そういえば、たしかに。妙な汚れはついてたけど最初のうちは金槌なんかも取り出せてたんだ」

「それで、今はなにか入ってるのか?」

「いや、流石にものがなくなるんじゃ何も入れられない。カバンから出てきた妙な紙が脇のポケットにあるくらいで」


鞄をあちこちから見聞していたロイがポケット部分を覗き込む。


「ここか?なにもないぞ?」

「無い?何か整理番号みたいなのが書かれてたから残してたんだけど……どこかに落としたかな?」

「いや、お前の話を信じるならそれはやっぱり鞄が食っちまったってのが可能性が高いんじゃないか?」


そう言ってロイは鞄に手を突っ込んで探るようにかき回す。


「ん?おい、何か入ってるぞ」

「まさか、道具が戻ってきたのか!?ちょっと出してみてくれ!」

「おお……お??なんだぁ、コレ??」


ロイが引っ張り出したのはハワードが夢で見た透ける定規だった。


「そ、それは!!」



こうして、ハワードは手数料0円で500円分から、Anazonギフト券に交換できるようになりました。







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