第36話 画面の中の美少女へ





「……もしも、怒りの矛先を誰かに向けたいというのならば、君の母親を恨むべきですとでも言っておきましょうか」


母さん……?どういう事だ?


先生が母さんと何の繋がりがあると言うのだろう。もしも、これがドラマや映画の世界なら、先生が実は本当の父親で俺は何も知らずに育ってきた息子と言う関係がよくあるパターンだろうか。母さんが不倫して、俺が産まれて来た可能性なんて、考えたくはない。嫌な思考が頭の中を巡る。



「母さんと先生は何の関係があると言うのですか?」



俺は唾をゴクリと飲み込んだ。




「はははっ。だいぶ警戒しているようですね。でも何も関係なんてありません。アツシくんも、君の母親も私と何も接点がなく、関係なんて全くないのです。ですから、私はこのような手を使ってアツシくんの気をひく事にしたのですよ。一番手っ取り早い方法だったから」



とりあえず、先生が父親かもしれないと言う線は回避したようだ。それはよかったが、言っている意味がわからない。


「……全く意味がわかりません」


「教えてあげましょう」


先生は嬉しそうに笑うと話し出した。


「私は君が生まれた時から、君の事をずっと知っています。何年も前の昔の事ですが……私が暇つぶしにSNSを漁っていた時に、君の幼い頃の写真がお勧め欄に出て来たのです。なんて可愛らしい美少女なのだろうと初めは思いました。



そう、私は画面の中の美少女へ好意を寄せてしまったのです。私はそのアカウントへ飛び、写真を必死で漁りました。しかし美少女だと思っていたのに他の写真を見ると君はなんと男の子だった。アツシくんならこの意味が分かったでしょう?」




「幼い俺の写真をSNSに投稿していたのが、母さんだったと言う事でしょうか?」





「さすがアツシくん、その通りです。幼い頃の君は美少女と見紛う程に可愛らしかった。君の母親は私のような存在など知らず、悪意や疑いなど全くなく純粋に君の成長記録をSNSに投稿していた」



記憶をたどれば、確かに母さんはショウが急に家に泊まりにきた日もSNSに投稿しようとしていた。それはつい最近始まった事ではなく、俺が産まれてから、いや、産まれるずっと前から続けていたと言う事だろうか。


どこの誰が見ているかもわからないのに、俺の知らない所で俺の写真を、まだ幼かったとはいえ、親戚や友人だけでなく、見ず知らずの人にまで発信していた。


母さんの事だから、軽い気持ちで、悪意はなくただ純粋にSNSを盛り上げたい、楽しみたい、親戚や友人に近況報告したいと言う気持ちだったのかもしれない。


そして俺は、先生にこうして聞かされるまで何も知らなかった。


見ずら知らずの人にも発信してしまった中で、先生の目にたまたま留まってしまったと言う事か。


そして先生は俺に勝手に好意を寄せ、いきなり近づいては母さんにも俺にも不審がられると思い、マリアを利用し今回のやり方に至ったと。


母さんは自分がしている事の意味をきっと何も気づいていない。俺もそんなたった一枚の写真から、こんな事が起きるなんて想像もしていなかった。

 


これが事件の全貌なのか。




先生は自分に酔いしれたように話し続ける。



「でも君が男でもかまわないと思いました。君の事が欲しくて欲しくてたまらない。君がどんなものが好きで、どこの保育園でどんな幼少期を過ごしたか。小学校や中学校で何があったか、何でも知っています。君の母親が、ありがたい事に写真付きで事細かくSNSに書いていてくれたから。


そしてマリアのファンであることも知りました。もしかしてアツシくんもSNSを始めたのではと思い、アカウントを必死に探しました。私はマリアのファンアカウントアッくんを見つけた。


そして、マリアの配信で君の悩みが取り上げられた事を知りました。私は確信しました。アツシくんの大好きなマリアを上手く使えばアツシくんに近づけると。


そして、何と言う事でしょう。神様は私の味方だった。マリアは私が教師として働く高校に入学してくれていたのです。それまでマリアになんて興味がなかった私は知らなかった。しかし神様はちゃんと見てくれていた!



私は君の母親に怪しまれぬように、君と同年代の子どもがいる女を装ったアカウントを作りました。そして、君の母親にマリアが通っている高校を教えた。その時が君の母親との初めての接触でした。緊張しました。緊張したけど嬉しかった!君の母親は私の事をすっかり信用して、怪しむ事はなかった。


そして、私の事を信じて、何食わぬ顔でその高校を君に薦めて、受験させていました。何も知らない息子が初めて学校でマリアを見かけた時、飛び跳ねて喜んでいたって母親のSNSに書かれていましたよ。




私は嬉しかった。近くでそんなアツシくんを見られた事が。もっと仲良くなりたい。そんな思いがどんどん大きくなりました。君の気をひく為にはもっともっと頑張らなくてはいけない。その為にはどうすればいいか。



私はうまく主任や教頭などを言い包め、マリアの担任になった。アツシくんの担任になる事も考えましたが、それではやはり距離が近すぎてアクションを起こした時に不審に思われてしまうと考え、避けました。水面下から近づいて行きたかったから。


その後、しばらくマリアをどう使おうが悩んでいたのです。そこに丁度アヤカがマリアをいじめている所を見つけたのです。アヤカの感じていた劣等感は痛い程伝わってきました。私も感じた事があるから。だから利用出来ると思ったのです。アヤカは馬鹿なのですぐに私に騙されてくれました。


そして私は考えた。マリアにどんなアクションを起こさせるか。


マリアの身に何がが起きれば、アツシくんがどんな表情をするのか、どう行動を起こすのか楽しみで仕方なかった。そしてマリアの担任である私の元へ絶対に来てくれるだろうと思ったのです。


こうすればアツシくんと自然な形で親交を深められますよね?」




「……そんなのおかしい……絶対に間違っている……」



「でも君も同じじゃないですか?あの手この手を使ってでも画面の中の大好きなマリアに近づきたいと、一度でも思った事はあるでしょう?自分を客観視できないなんて可哀想に」


「それは……」


違うと言えば嘘になる。嘘になるけど、先生のやり方は絶対に間違えている。



「アツシくんはこうしてマリアの隣に今いられて幸せでしょう?だから私は間違えていない。だからこそ、それだけではダメだったのです。私だけを見てもらうにはアツシくんを孤立させる必要があった。


だからあの時アツシくんに冷たく当たってしまって……事件を長引かせる必要があったから。


しかし、アヤカは私を舐めていた。私を裏切った。アヤカはとてもわかりやすい。すぐに気持ちが行動にでるのです。それさえも、自分で気づかない愚かで馬鹿な人でした。フライとアツシくんと話をする事になったと、アヤカから報告が来たのであの公園を指定するように言ったのも私です。アツシくんが来るまで、私はあのベンチに座っていたのです。ベンチが暖かかったでしょう?


アヤカがそろそろ裏切るだろうと予想していたので、スタンガンを持っていって正解でした。


今に至るまでいろいろな事がありましたが、私は嬉しかったのです。アツシくんのいろんな姿を目に焼き付ける事が出来て。それにマリアの知人の発言や行動に一喜一憂して表情をあんなにコロコロ変えるなんて。関係が浅い私にはまだ出来ない。マリアを使って大正解でした」




マリアを狙った訳でなく、先生が幼い頃から俺をずっと監視していて、全部先生の掌の中で踊らされていただけで、自由なんてなくて俺は先生を楽しませる為のおもちゃだった。



先生にとって、たまたま都合の良い存在がマリアだった。マリアは何も悪くないし、本当にただ巻き込まれただけじゃないか。俺のせいで、俺より苦しむ事になってしまった。


そして、全てを純粋に信じ込み、何も疑わなかった母さん。


もう許すとか、許さないとか言う気持ちよりもやるせなさと申し訳ない気持ちが入り混ざり、ぐちゃぐちゃだった。


表に見える物だけが真実とは限らないと言う事を痛感した。


SNSの怖さを知った。


俺の人生って何だったのだろう。




もしも、母さんが俺の写真をSNSに載せていなかったら。もしも、先生が俺の写真を見つけていなかったら。もしも、平和な世界線だったらこんなにもマリアに近づける事はなかったかもしれない。でも、その方が皆幸せだった。




「もう、嫌だ……」





そうポツリと口から溢れた時に、外でパトカーのサイレンが鳴っているのが聞こえた。こちらに近づいて来るのか音が次第に大きくなる。


「こちらに来るのか……!なぜここが分かったんだ」


先生は両手で頭を抱え、焦り悩みだした。そしてそっとしゃがむとうなだれている俺を強く抱きしめた。


「絶対にまた、迎えにきますからね」


「……気持ち悪い」


先生は立ち上がる。俺は最後の力を振り絞り、先生の脚に蹴りを入れた。弱い力だったと思うが先生にとっては想定外の事だったのか綺麗に尻もちをついた。


「アツシくん!私に行って欲しくない気持ちもわかりますがしばらくの間はさようならです」


その声に背筋が凍る。まだ俺を追ってくると言うのか。本当にどこまでも、気持ち悪い程ポジティブだ。先生は手袋とお面をつけ、白衣を脱ぐと床に置いてある鉄パイプとスタンガンを握った。


きっちりとカーテンが締められてある窓に鉄パイプを振りかざす。心臓に悪いような大きな音と共に窓は綺麗に割れた。カーテンの上から窓を叩いた為、破片はあまりこちらに飛んでこなかった。



「……全部お気に入りだったのに!!」



先生は振り返ってそう言うと、カーテンを雑にめくり割った窓から風のように一人で逃走してしまった。さっきまで聴こえていたはずのサイレンが止まったので、きっと近くにパトカーが停車している事だろう。


一気に緊張感が抜ける。気づくと、額も手も脇も汗でぐっしょりとしていた。



「マリア!マリア!?」


俺は必死で呼びかけた。マリアはぐったりと横たわっている。変わらず俺もマリアも手足を縛られているので、声をかける事しかできない。



「うっ……」



意識はあるようだ。よかった。本当によかった。早く誰か助けに来てくれ。


キーっと錆び付いたような音を響かせて部屋のドアが再び開いた。俺の身体は反射的にビクッとする。



「大丈夫ですか?!警察です!」


今度こそやっと安心できる。なんだか久しぶりに信頼できる大人の姿を見た気がした。


救急隊の人が来て手際良く手当をすると、マリアは担架で運ばれて行った。俺も手足のロープを解いてもらう。



「俺は自分で歩けます」



疲れ果て、とぼとぼと無気力に歩いていると、走馬灯のように今までの記憶が蘇って来た。



アヤカやショウと出会った事。トモキやトシカズに話を聞いた事。ショウがフライだった事。アヤカの裏切り。マリアの意外な姿。心から信用できる友達に出会えた事。過去の自分と向き合った事。辛い事が多かったけど、自分なりに精一杯前に進んできたつもりだ。


こうして地に足を付けて、一生懸命歩いている。


でも、俺が全ての原因で皆を巻き込んでしまっていた。全部突然の出来事でわからない事だらけだった。


まずは、マリアが生きていてよかった。


……やっと終わったんだ。終わりさえも突然だった。




外に出ると大勢の警察官と野次馬と母さんがそこには居た。母さんは手にスマホを持っている。母さんは今にも泣きそうな表情で、こちらに近づいてくる。


「ショウくんから連絡が来たの。アツシが危ないって……よかった……本当に良かった……馬鹿な子ね……」


母さんは俺を抱きしめた。俺は安心して力が抜けて目からは涙が溢れていた。子どものように泣いてしまった。母さんに連絡してくれたと言う事はショウも無事だったのか。よかった。きっとアヤカの事も守ってくれただろう。


警察の人にも母さんにもマリアにも伝えなければならない事が沢山ある。特に、母さんには早く話さなければならない。のんびりしている暇はないのに、相当疲れていたのか膝から崩れ落ちてしまった。



「今日は病院行って、あとはゆっくり休みなね。もう無理はしないで……」



母さんの優しい声がする。





……俺が警察や救急隊の人と一緒に歩いて出てくる姿や音声を母さんが撮影していた事を、この時は全く気が付かなかった。その後SNSに投稿していたと、後に知る事となる。




全てが解決するのはまだ先のようだ。






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