第29話 アヤカの視点





タナベさんと連絡が取れたのはよかったけれど、正直何を聞けば良いのだろう。


私はアツシくんやショウくんのように誰かに話を聞きに行くのは初めてだから、どんな風に立ち振る舞えば良いのかわからない。


タナベさんが何か知っているなら、逆に向こうから連絡が来そうなものだしね。マリアの友達である私を疑いそうじゃない?今まで何も連絡が無かったのだから向こうからこちらに対して気になっている事はないって事だろうね。



マリアの交友関係を手当たり次第に調べては来たけど私には、どうしたらいいのか何もわからない。


ショウくんは、トモキへのメールの送り主と、アツシくんへ嫌がらせをした人物、ヤマダ先生が今は一番気になるらしいけど。


……私は自分のやるべき事をやっているだけ。私にしかできないから。




ショウくんの事はオタクっぽいし、理屈で責めてくるし最初は「嫌だな、苦手だな」って思っていた。でも、いろんな話をしていくうちに、実は優しくて周りの事を誰よりも考えていて、深い悩みを抱えていた。私はショウくんに全然興味がなかったのに何処か、寂しげで、いつも私には見えない遠くを見ているような儚げな姿にいつの間にか惹かれていた。


しかも、前髪を上げただけであんなにイケメンになるなんて、予想外だった。


フライだったと初めて聞いた時も私の中ではすんなりと受け入れられた。


マリアの事をまだショウくんは想っているのかもしれない。または、ショウくんはアツシくんの事が好きなのかもしれない。私の事はイチミリも眼中にないのかもしれない。私は嫌われるような事ばかりして来たから当然と言えばそうなのだけれど。それでも良かった。それだから良かったのかもしれない。



手の届かない美しさは、想いは私にいつまでも夢を見させてくれるから。



それでもやっぱり触れられたら嬉しいし、近づきたいという気持ちはある。自分でもよくわからないけど、ショウくんを見るたびにこの気持ちが強く、大きくなっていく気がしていた。





今回、二人きりで話を聞きに行くだなんて不謹慎だけどドキドキしちゃう……!アツシくんの事はもちろん心配だけど。


この前買った新色のアイシャドウ塗っちゃおう!ラメがキラキラしててすごく可愛いの。ツインテールも結びなおして、ちょっとだけ位置を下に変えた。ショウくんは気づいてくれるかな。


この数分間でどうすれば自分史上最高の可愛らしさを引き出す事が出来るか一人で頭を抱えていた。






校門の前で悩みながらショウくんを待っていた。沢山の生徒が下校して来る中で、ショウくんは私を見つけてくれるだろうか。私がショウくんを見つけるのは簡単だ。だって誰よりもカッコイイから。




「あ、ショウくん!こっちこっち!」


私は嬉しくて、ぴょんぴょん跳ねながら手をふった。


「すみません、遅くなって」


「全然大丈夫!」


本当にデートみたい。デートだったらいいのに。


「ん?」


ショウくんが私の顔をじっと見て来る。


「な、何?どうしたの?」


「んー?」



なになになに?!ちかい、ちかいちかいっ!!


「あ!わかりました!」


「何が?」


きっと私の顔は真っ赤だ。


「この前発売された、新色のアイシャドウですね!ゼロイチ番の方!やっぱり発色いい!綺麗です!僕はゼロニ番の方買ったんですよ!やっぱりイチも欲しいなー」



私の勘違いだ。見ていたのは私の事じゃなくて、新色のアイシャドウ。可愛いのは私じゃなくて、アイシャドウ。



「ははは。そうだよね!これいいよね!そっかショウくん、フライの時はメイクもするもんねー。はぁー」


「どうしたんですか?ため息ついて」


「何でもない」


「アヤカにとても似合っています。アイシャドウも髪型も」


「え?……ありがとう……」



私は顔を隠すようにうつむいてしまった。

こう言う事を普通に言って来る所が嫌いだ。きっと誰にでも優しくて誰にでもこう言う事を言っているのだろう。さっきまでは褒めてもらえなくて拗ねていたのに、今度は褒めてもらえて嫌だと思ってしまう自分がいた。本当はすごく嬉しいのに。自分でも面倒くさいとわかっている。ただ恥ずかしいだけなのだ。調子が狂ってしまう。



それからしばらく他愛もない話をしながら歩いていた。


タナベさんに指定された建物は少し遠い場所にあった。普段は通らない街並みを、ショウくんと歩くのは新鮮だった。パンケーキの甘い香りのするカフェ。色とりどりの花屋さん。本当は立ち止まって見たかった。そしてそのまま二人で遠い場所まで行ってしまいたいとさえ、考えていた。そんな時間はあっという間に過ぎてしまう。


ふと、顔を上げる。とても背の高い白いマンションが建っていた。タナベさんに指定された、建物だ。もう、着いてしまった。



「あ、ここだよ!」


「結構歩きましたね。普通のマンションみたいですね」


私にとってはあっという間だったのに、ショウくんにとっては結構な距離だったらしい。私と同じように思ってくれていたら嬉しかったのに。きっと深い意味なんてないのに、そんな小さな事でへこんでしまう。



「いつもはちゃんとした事務所で仕事しているらしいのだけど、事務所の方は今、マスコミが沢山来ていて落ち着かないから、騒動が収まるまでここで仕事しているらしいよ」


「そうなんですね。タナベさんの他にも誰かスタッフはいるのでしょうか。例え、事務所の代わりの場所だとしても、こちらから連絡したにしても高校生を呼ぶのはなんだか怪しくありませんか?僕が同行するのも知っているのですか?アヤカしか来ないと思っているなら……」


「大丈夫、大丈夫!タナベさん優しそうな感じだったよ!とりあえず行ってみようよ!」


「……そうですね。わかりました」


エレベーターに乗って部屋へ向かった。マンションはまだ新しいのか、中はとても綺麗だ。ショウくんはかなり警戒しているようだった。ずっと難しい顔をしている。それとも、私の事を心配してくれてるって事?!




「多分、ここの部屋」


私は部屋の番号を確認した。ショウくんが静かにインターホンを押す。


「あ、君達だよねー、入って入って」


若そうな男の人の声がした。低すぎず高すぎず、優しいイメージそのものの声だった。



「「お邪魔します」」


私とショウくんは部屋の中へ招き入れられた。ショウくんが先に入っていく。部屋の中は綺麗だが、無駄な物が一切ないような殺風景な印象だ。いつでもマンションを、出ていけるような荷物の少なさだった。住んでいる様子はない。人気ひとけがなく、他にスタッフはいないようだ。



リビングのような部屋に小さな黒いテーブルとソファーがある。そこに座るよう、案内された。タナベさんは私達にペットボトルのお茶を出してくれた。見慣れた緑色に濁ったお茶が、心を落ち着かせてくれるような気がした。


「お構いなく」


ショウくんはやはり警戒しているのか、お茶に手を伸ばそうとはしなかった。


「初めまして。連絡した、アヤカです」


「ショウです」



タナベさんはスーツを着こなしていて、前髪をワックスで上げていて大人の男性という感じであった。ドラマに出て来るような仕事ができる人、カッコイイ隙がない大人というイメージだ。そして私は目尻が少したれていて優しそうな人だと感じた。


「嬉しいよ。マリアの事をこんなに思ってくれている友達がいたなんて」



「いえ」


ショウくんが答える。


「マリアの何が聞きたいんだい?……スクープ写真なんか事務所が出さなくても君達は友達だったんだからいっぱい持っているだろう。何が目的だ」


いきなり、タナベさんの雰囲気が変わった気がした。私は怖くてソワソワして挙動不審になってしまった。何を話せば良いのかわからなかった。ショウくんをチラッと見たが、ショウくんは堂々と真っ直ぐにタナベさんを見て話していた。



「マリアの交友関係に怪しい人物が居なかったかと、殺人動画の直前の状況をお聞きしたいのですが」


「そうかそうか」


「それを知って何になる。君達みたいにマリアの事を知りたいと言って事務所に連絡して来た人はこの数日間で何十人もいた。本当に友達なのか、知り合い程度なのか、ファンだったのかさえわからないような汚い連中ばかりだった」


「……そうだったのですね」


「でもここに招いたのは君達だけだ。何故かわかるか?」


「……わかりません。……何故ですか?」



空気が重くなる。タナベさんは両手をバンっと机に着いて、立ち上がった。



「俺はお前らを疑っているからだよ!クソガキが!」


さっきまでの優しそうで余裕がある大人の雰囲気があったタナベさんとは一変していた。

私は状況が飲み込めない。


私達がはめられた側……?



「お前は裏垢女子のアヤカ!マリアをいじめていたんだろ!許さない!!お前は女装家のフライ!マリアを見殺しにした!間接的にお前らがマリアを殺したんだよ!!警察も誰もお前らを捕まえる事はできない。でも俺は許さない!!俺は一人で全部調べ上げた。やっとここまで辿り着けた。俺が!お前らを一生恨んでやる!!一生罪を背負って生きろよ!!皆が忘れても俺は絶対に一生忘れないから!!俺のマリアを返せよ!


……お前らと話す事なんて何もないんだよ……」



私は怖くて動けなかった。自分がした事は反省していたつもりだった。でも全然足りてなどいなかった。私はそう言われても、犯人扱いされてもしょうがない立場だったのだ。その事にさえ、気づく事も出来ず、根本的な問題を忘れかけ、恋だの何だのと一人で舞い上がっていた。


なんて恥ずかしいのだろう。こうまでされなければ自分がして来た事の重さに気づけなかった。



数分前の優しい雰囲気だったタナベさんはもういない。人の人格を変えてしまう程、人生を狂わせてしまう程の事を私はしてしまっていたのだ。



「帰ってくれ……俺の理性が保てるうちに……そうしないとお前らの事マリアと同じ目に合わせてしまいそうだ。怖いんだ。もう嫌なんだ。苦しいんだ。マリアは俺の全てだったから」


「すみませんでした。帰ります。行きましょう。失礼します」


ショウくんはそう言って立って一礼すると、座ったまま動けずにいる私の腕をグイッと引っ張った。


私はされるがままショウくんに寄りかかって歩いた。放心状態と言うのだろうか。頭がボーっとして、真顔なのに涙が頬を流れていく感覚だけはあった。





「ちょっと待て。フライにだけまだ話がある」




私は玄関の外で少しだけ待たされていた。まだ頭はボーっとする。


ショウくん大丈夫かな。アツシくんにも報告した方がいいのかな。……しんどいな。これで良かったのかな?これしかなかったんだ。しょうがない。もう戻れないもの。


ガチャっとドアが開く。私は振り返った。


「お待たせしました」


「ショウくん!!大丈夫だった?」



私は思わず抱き着いてしまった。


ショウくんは私の両腕を優しく降ろした。そしてわたしの顔を両手で包んだ。ショウくんの大きな手が温かかった。私の涙の跡を拭いてくれているように感じた。



「あの人の愚痴をさっきのように聞かされただけです。心配かけてすみません。ありがとうございます」


「そう。……大丈夫ならいいの」


「アツシくんには僕から報告しておきますから、大丈夫ですよ。怖かったでしょう?いきなりあの人に怒鳴られて」


「……うん」


「こんな事になるなんて、驚きましたね」



ショウくんの顔を見たらとても安心してしまった。


ショウくんの側に居られたら私はそれで幸せかもしれない。本気でそう思った。


「今日はもう、帰りましょう」


ショウくんはアツシくんに連絡するからと、スマホを取り出した。




ショウくんのスマホの画面がチラッと見えてしまった。







……見たくなかった。


やっぱり……あなた……なのね。






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