第28話 ショウの視点
アツシくんの様子が明らかにおかしかった。
……どうしようもないくらい辛いよね。
マリアを助けるために一生懸命動いていたのに、逆に犯人だと勘違いされて拡散されてしまうなんて。僕でもきっと心が折れてしまう。しばらくそっとしておいてあげよう。今はゆっくり休んだ方がいい。
アツシくんに何も言葉を掛けてあげられない自分が悔しかった。
アツシくんは僕達とは違うなんて思う事はないのに。何も変わらないのに。アツシくんは自分で気づいていないだけですごい所が沢山ある。僕がそれを上手く伝えられていれば、何か変わったのだろうか。
しばらくはアヤカと二人で行動する事になりそうだ。
アヤカはどう思ったのだろう。悔しそうに、寂しそうに見えたけれど。そう考えているとアヤカが口を開いた。
「アツシくん大丈夫かな?ショウくんは寂しくないの!?あんな簡単に引いてしまうなんて……」
アヤカが笑顔を頑張って作っているように見えた。
「大丈夫かは何とも言えないですよね……。こんな事になってしまうなんて想定外でした。アツシくんがまたマリアを一緒に探したいと言ってくれたら心強いですが、今はただ元気になってくれればそれで充分です。
明日、アツシくんのクラスに聞き込みに行ってみようと思っています。なぜこのような事が起きてしまったのか、調べる為です。誰がアツシくんを犯人に仕立て上げたのか、僕は許せません。
それと、マリアのマネージャーに連絡とってみようと思うんです。確か事務所に所属しながら活動していましたよね?仕事の面だけだとしても、誰よりもマリアの側にいたのはマネージャーだと思うのです。
メールの送り主も、ヤマダ先生についても何も分からぬままなので、少しでも事態を良い方向に持っていけたらと思うんです……」
「マリアのマネージャーなら、私、多分連絡先知ってるよ!まだ仲が良かった頃に事務所に遊びに言った事もあったし」
「え!そうなんですか?流石です!!」
「マネージャーは確か男の人だった気がするけど、トモキが言っていたマリアの周りの男達に該当するのかな?」
「該当するのではないでしょうか。めちゃくちゃ怪しいと思います!」
「やっぱりそうだよね。もっと早くショウくんに言えばよかった……。私、連絡とってみる!」
「身近な人程、信用しきってはいけません。ありがとうございます」
アヤカがいてくれて良かったと思う。マリアを虐めていた事を許したかと言われれば、マリアに直接謝るまで完全には許せないけど。マリアの為に一生懸命な所は伝わってくる。そして、前よりは仲良くなれたと思うし、いざと言う時は頼れる存在である。
「ねぇ、ショウくん」
「何ですか?」
「スマホ見せてって言ったら……怒る?」
何とも意味深長な事を聞いてくる。こんな時に何のために?
「ま、まさかメンヘラ発動ですか?」
「違うよ!……見せられない?」
何がそんなに気になるのだろう。もしかしてアツシくんが犯人だと噂をばら撒いたのが僕だと疑っているのか?
「もしかして、僕の事疑ってるんですか?」
アヤカは少し驚いた顔をした後、笑いながら答えた。
「疑うわけないじゃない。ちょっと聞いてみただけ。冗談よ。これから二人で頑張らなくちゃいけないんだもん。疑うわけないでしょ?」
「……そうですか」
妙に気になる言い方だった。あまり気にしない方がいいものか。
二人でそんな会話をしながら帰る、帰り道はいつもよりも長く感じた。ふと、空を見上げる。太陽の光で溶けてしまいそうな雲が浮かんでいた。
やはり、アツシくんの事が心配だった。
その晩、僕はアツシくんに「無理はなさらずに」と連絡をした。しかし、アツシくんから返信が来ることはなかった。次の日もアツシくんは学校へは来ていなかった。返信もいまだない。
昨日、何があったのかアツシくんのクラスに一人で聞き込みに向かった。入口付近に立っていた、男子生徒に声を掛けると話を聞くことが出来た。彼の名前は確か、サトウくんだ。サトウくんはまるで楽しかった祭りの後を思い出すように、何の悪気もなく話してくれた。
「アツシがマリアを追い込んだ犯人だから皆にばらしただけだ」
そう言って楽しげにニコニコ笑っていた。
真実を知ろうともしない、自分の中だけの正義にとらわれた人間ほど怖いものはない。アツシくんに嫌がらせをした張本人がサトウくんだと知って僕は、怒りを抑えるのに必死だった。
様々な面で取り返しのつかなくなるかもしれない現実が目の前にあるとも知らずに、彼は語り続ける。
「だってアツシが悪いし、しょうがなくない?」
「アツシくんは何も悪い事はしていません。する訳ないじゃないですか!」
「何言ってんの?してないならこんなに噂が広まる訳ないだろ?少なからず皆アツシの事を怪しいと思っていたんだよ」
「……楽しいですか?証拠もないのに。アツシくんがどんな表情を、どんな目をしていたかちゃんと見ましたか?」
「何が言いたい訳?お説教なら聞きたくない。ってかお前も共犯なんじゃないの?そんなに熱くなってさ」
自分の感情をグッと抑えて冷静を装い、僕もニコニコしながら、サトウくんに答えた。ここで喧嘩になったら思う壺だ。
「えーっと。ここからが本題です。どうやってアツシくんのSNSのアカウントを知ったのですか?」
「言いたくないなー」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
サトウくんは明らかに動揺していた。確かに目が泳いでいる。
「教えてさ、俺にメリットないじゃん?」
メリットがあれば、教えてくれると言う事か。僕は知っている。サトウくんはフライのアカウントをフォローしていると言う事を。つまり、僕のフォロワーだ。僕のファンなのだ。サトウくんは目の前にフライがいると、気づいていないようだが。使える手は全て使って仕舞おうと思う。
「サトウくんがもし、教えてくれたらフライの秘蔵写真見せてあげます!」
僕は片手を壁についてサトウくんを追い込んだ。少女漫画で言う壁ドンと言うやつだろう。しかしそんなロマンティックなものではない。僕はきっと今、鏡を見たら鬼のような形相でサトウくんを追い込んでいるだろう。
「え?なんで俺がフライ好きだって知って……」
「どうしますか!?」
僕はもう片方の手も壁につく。サトウくんの逃げ場は完全にない。脅しではない。取引だ。
「見たい……けど……教えたら狙われるかもしれない……」
後一押し。
「今だけですよ!?見られるのは!!誰に狙われるんですか?!」
つい、強い口調になってしまう。
「ひっ……そ、そう紙に書いてあったから。あ、言っちゃった」
「教えてください。僕は誰にも言わないし、何かあったら、サトウくんの力になるので!緊急事態なんですよ!?」
「わかったよ。後でちゃんと、フライの写真見せろよ?俺、日直で朝早く来たんだけど机の中に手紙が入っていたんだよ。文字は明朝体で誰が書いた物かもわからない。時間が指定されていて、その時間に書かれたことを実行すれば俺は絶対に狙われないって。しなかったら、マリアと同じ目に合うって書いてあって。……怖かった。アツシには悪いけど、あいつが犯人ならまあしょうがないし、皆を騙してたあいつが悪いし、俺も狙われたくないと思って……」
サトウくんは若干怯えているようにも見えたが、やっとの事で話してくれた。
「そうだったのですね。その手紙はどこへ?」
「指定されてたゴミ箱に昨日捨てた。もう回収されたと思うぞ」
「……そうですか。わかりました。ありがとうございます。サトウくんは……アツシくんが犯人だと本当に思っていますか?」
「さあ?ま、紙に書いてあったし、あいつが犯人なんじゃね?……でもアツシと一緒に過ごした時間は楽しかった……」
遠くに目をやったサトウくんの瞳に一瞬、光が入ったように見えた。アツシくんとの楽しかった思い出があるのなら、どうしてそんな事ができたのか。本人に事実を確認しようとしなかったのか。僕には理解出来なかった。
「……じゃあなんで……!?ふざけるなよ」
僕は悔しさのあまり、本音が出てしまった。
「ショウくん?!」
アヤカが偶然通りかかってこちらに駆け寄ってくる。構わず僕はサトウくんに話した。これだけはどうしても伝えたかった。
「……アツシくんは犯人じゃない。僕が必ず見つけ出す。その時はサトウくん、ちゃんとアツシくんに謝ってくださいね」
「はい、はい」
そう言ってサトウくんは内心どうでもいいというように笑っていた。
「後でフライの写真ちゃんと見せろよな!ってか何でお前が持ってんだよ?」
「それは……内緒です。今はそんな事どうでもいいじゃないですか」
「良くねぇよ!!俺だって命かかってるようなもんなんだから。絶対見せろよな!」
そう話すとサトウくんは去って行った。
アヤカは僕の腕を揺さぶりながら話しかけてくる。
「ショウくん落ち着いてよ。らしくない!」
「すみません。だって証拠もないのに皆、適当すぎませんか?アツシくん何も悪くないのに」
「そうだけどー。ここで問題起こしたら、ショウくんも疑われちゃうかもよ?」
「……気を付けます」
頭ではわかっているけど感情が抑えきれなかった。こんな風に自分が誰かの為に感情的になれるなんて知らなかった。
アヤカは思い出したように話し出した。
「そうそう!マリアのマネージャーのタナベさんと連絡取れたのよ!今日会ってくれるって!」
「仕事が速いですね。流石です」
「アツシくんに連絡はする?」
「今回は僕たち二人でいきましょう」
「ふ、二人きり?」
アヤカは「二人きり」が気になるのか、僕から目線を外し慌てているように見える。そんなに僕の事が嫌なのか?僕の中では喧嘩は沢山するけど、前よりはアヤカと親しくなれたと思っていたから少しショックだった。
「……何か問題でも?」
「い、いや、何でもない!じゃあ!今日の放課後、校門の前で待ってるから!」
アヤカはそう言うと、そっぽ向きながら手を振っていた。最後まで目を合わせずに去って行ってしまった。
窓ガラスに映るアヤカの頬は林檎のように赤く染まっているように見えた。
……熱でもあったのだろうか?
コーヒー豆を入れすぎたような苦くてたまらない朝だった。
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