第27話 矛盾




「……殺したの?」



そう誰かが言う声がした。自分の心の声が漏れたのかと思った。しかしその声は高く、自分の声ではない。ドキッとして声の方を振り返る。



少し離れた所に、ハァハァと息を切らしているショウとアヤカが立っていた。走ってきたのだろうか?額に汗も見える。


どうやらアヤカの声だったようだ。



俺は何時間芝生の上に座っていたのだろうか。



「殺したの?違うよね?噂になってたけど何で?絶対に違うじゃない。アツシくんじゃないのに」


アヤカはそう叫び、芝生をの上を歩きながらどんどんこちらに近づいて来る。ショウもアヤカの後に続いてこちらに来る。

俺はハッと我に返った。悪い夢から目覚めたような気分だった。ショウとアヤカには全て見透かされているようだ。


俺は立ち上がろうと芝生に手をついた。変わらずチクチクと芝生が刺さってきて痛い。腰の痛みも感じながらゆっくりと立ち上がった。二人にどんな表情を向ければいいのかわからなかった。




「ねぇ、アツシくん何があったの?アツシくんじゃないでしょ?何で逃げたのよ」


アヤカは俺の肩に手を乗せて、眉間にしわを寄せて少し寂しそうな表情で言った。ショウも一歩下がって難しい顔をしていた。


「あ、えーっと……二人とも授業はどうしたの?」


俺は、あえてふざけた返答をした。あまり、気持ちに触れられたくなかったからだ。こんな自分の暗い面を知られたくなかった。惨めになる。



「アツシくんが大変な目に遭っているのに授業どころじゃないですよ!何ですぐ連絡くれないんですか?!心配したんですよ?」



さっきまで黙っていたショウも感情的になって話している。



「ごめん、スマホ壊れちゃってさ……何でここにいるってわかったの?」


「いっぱい探しましたから……ここは、アツシくんが一番来なそうな場所ですし、苦労しました。……それならしょうがないですけど、とりあえずアツシくんが無事でよかったです。あと、これ鞄です」



俺の為にここまでしてくれるのか。スマホが壊れたなんて見え見えの嘘をついてしまった。

ショウがどうやって俺のクラスに鞄を取りに行ってくれたのかもわからないけど、鞄の中は荒らされている様子もなく、財布も無事だった。


「ありがとう……心配かけてごめん……」


「謝らないでください!……アツシくんにとってはすごくショックで嫌な事だったと思いますが、そんな時こそ頼って欲しいのです。僕は少し寂しかったです」


「そうだよ!すごく心配したんだから。何も悪くないんだから堂々としてていいのよ」



「……ありがとう。……でも、二人に話さなければいけない事がある」



躊躇ためらいはあった。二人をがっかりさせてしまうかもしれないから。しかし何と言われようと俺の気持ちは固まっている。もう二度と中学の時のような苦しみは味わいたくないから。二人にも迷惑をかけたくはないから。



「……あのさ、俺、マリアについて調べるのやめようと思っているんだ」



「「え?」」



想像していた通りだった。二人は眼球が溢れそうな程、目を見開いて驚いていた。



「どうしてですか?やっぱりクラスで何かあったからですか?僕がアツシくんの力に……」


「……今までありがとな。でも俺にはやっぱり無理だった」


俺はショウの言葉をさえぎるように言った。ショウが一生懸命に説得してくれようとしているのはわかる。でも俺はショウやアヤカとは違う。最初から首を突っ込むべきではなかったんだ。そうすればこんな事にはならなかったのだから。



これできっと、また学校に行ける。いつもと同じ日常が戻ってくる。クラスの皆と仲良くできる。……すぐには無理でも、少しずつでも。二人とはもう、関われないかもしれないけど。



「急にどうしたの?話聞くよ?」


「違うんだよ。そう言うのじゃなくて……」


「アツシくん!私はアツシくんと一緒に頑張りたいの……!アツシくんがいたから頑張ってこられたの!アツシくんがやめるなんて嫌!」



「俺はショウやアヤカみたいに有名人でもないし、何もできないんだよ!頑張ったって上手くいかないし、何故かいつも自分が落とし入れられるし、誰にも信用されてないんだよ!最初から、俺には無理だったんだ。ただ浮かれて、探偵気取りな事して調子に乗っていただけだったんだ……もう惨めになるのは嫌なんだ……」



酷い事を言っているのはわかっている。そうだ。誰にも信用されていないのに今まで通りになんて、そう簡単に日常が戻ってこないのも知っている。でも今やめなければ現状が悪化していくのではないかと怖くてたまらなかった。



アヤカとショウが手を差し伸べてくれたのに俺が離したんだ。

でもそれは、元々俺が取るべき手ではないのだ。



「……アツシくん?」


アヤカが泣きそうなのがわかった。声が震えている。


「もうほっといてよ……」



俺は二人に背を向けた。俺は突き放す事しか出来なかった。ショウがどんな顔をしているかもわからなかった。



「アヤカ、行きましょう」


「でも……」


「アツシくん何かあったらいつでも連絡くださいね?待ってますから。それじゃ」



二人は帰って行った。ショウの優しさが胸を締め付ける。せっかく俺を探しに来てくれたのに。本当は嬉しかったのに、俺は矛盾している。嬉しかったからこそ、突き放したんだ。これで良かったんだ。


俺は石を拾って川に向かって投げた。ポチャン、と波紋を描いて沈んでいく。やるせない思いをどこに捨てればいいかわからなかった。



また空を見上げても気持ちに余裕が出てくる事はなかった。



俺は最低だ。






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