第26話 平行線



何かがおかしい。

初めてそう思ったのは中学生の時だった。





俺は中学生の時、ある日突然友達を失い一人になった。


前にショウとアヤカにも話したが、友達の財布がなくなる事件があったのだ。俺はその犯人にされた。もちろん、そんな事はやっていない。誤解だ。財布に近づいてさえいないのに。 



「アツシが盗んだんだ」



クラスの人気者の一言で俺は犯人と言う事になってしまった。何故、俺が選ばれたのかはわからない。違うと反論しても怒っても、泣いても誰も信じてくれなかった。


結局財布は無くなった本人の勘違いで家に忘れて来ていただけだった。事件は無事に解決したはずだった。しかし、その後も何故か皆からなんとなく避けられるようになり、気が付けば俺はずっと一人ぼっちだった。


寂しかった。「友達なんていなくても大丈夫」と最初は強がっていたけど、楽しそうにふざけ合って、笑い合っている同級生が羨ましかった。







マリアの配信で悩みを相談する前に、実は担任のエンドウ先生に相談をしていた。エンドウ先生はいつも明るくて、ニコニコしていて生徒から信頼の熱い男の先生だった。そんな人に俺には見えていた。


いつも一人で居る俺を見かねて先生の方から声を掛けてくれたのだった。




「アツシ……最近一人で居る所を見かけるけど、どうしたんだよ?友達と何かあったか?先生が何でも相談に乗るぞ?」




そう言って俺に声を掛けて、手を差し伸べてくれたエンドウ先生は神様のように見えた。


俺は本当はずっと苦しかった。誰かに助けてってずっと言いたかった。誰にも言えなかった。自分が惨めで恥ずかしかったし、何より誰を信用したらいいのかわからなかったから。


涙をグッとこらえながら先生にこれまでの事を話した。俺は何もしていないのに、財布を盗んだ犯人にされた事、財布が無くなった本人の勘違いだったのにそれから皆に避けられるようになって、一人で過ごすようになった事を。誰にも信じて貰えなかった事を。




先生は眉間に皺を寄せ、時々難しい顔をしていたがうんうんと、頷きながら最後まで話を聞いてくれた。


ずっと話したかった事を吐き出す事が出来て俺は少しだけ心が軽くなった気がした。嬉しかった。これで何かが変わるのではと少しだけ期待をしてしまった。



先生は腕を組んで少し考えるとこう言った。


「うーん。そうだな……。今まで辛かったな」


先生はそう言って俺の肩に手を置いてきた。なんだかホッとして、俺は目頭が熱くなった。先生が思いを受け止めてくれた事が救いだった。エンドウ先生が担任で本当によかったと思った。




そして先生は少し間を開けてこう言った。


「でもな、先生はこう思うんだ。……弱いお前が悪い」



先生はそう言うと歯を見せてニコニコと笑っている。


「え?」

俺は何かの聞き間違いかと思った。耳を疑った。

俺の肩の上にある先生の手に、指に段々と力が入ってくる。肩が痛い。



「考えてみろよ。俺とお前が同級生だったとしても友達にはなりたくないぞ。分かるよな?暗くて、ウジウジしてて、面白くもないし、何もいい事はない。勉強だって運動だって飛び抜けて出来るわけでもない。近づきたくはないよな?でも先生はお前は聞き訳が良くていい生徒だとは思ってる」


俺の耳は正常だった。先生はニコニコしながら、おかしな事を言っている。



「せ、先生肩が痛いです……」


「ははは。ごめん、ごめん。お前が友達と仲良く出来ないのはお前のせいだ。お前が一人で居るのを学年主任が気づいてオレが目ぇつけられてんだよ。アツシは先生の言ってる事わかるよな?いい子だもんな!?明日から何とかしろよ」



怖かった。表情は確かに笑っている。でも目の奥の奥が笑っていないように見える。まだ、中学生だった俺は言い返す事も出来ずただただ怯えてしまった。


「は、はい……」


先生はいつもの雰囲気に戻ってこう言った。


「ははは。そう、悲しい顔するなって!明るくいこうぜ!先生はアツシが出来る奴だって信じてる!気を付けて帰れよ!」


何事もなかったかのように明るく手を振って去って行ってしまった。先生は、あの怖い雰囲気から、明るい雰囲気にどうやって一瞬で切り替えているのだろう。大人になるとそんな事もできるようになってしまうのか。



俺の肩はまだズキズキと痛い。


さっきまでは神様のようだった先生が悪魔にしか見えなかった。


何も受け止めて貰えてなんていなかった。


俺の心は小さな黒い塊になってしまった。石のような硬さもなく、豆腐のような柔らかさもない。心に言葉が刺さっても怒りと言う感情はどこにもなく、蜂蜜の中に何かを落としたように、ただゆっくりと沈んで吸収されていく。全てを受け入れてしまう。


自己肯定感が極度に低かった。自尊心が壊れていた。



俺はそういう人間だった。




次の日からは皆と関われるように、先生に言われた通り、自分なりに今まで以上に頑張ってみたんだ。でも頑張れば頑張るほど嫌われていくような気がしていた。皆に避けられるような気がしていた。毎日毎日、エンドウ先生の目が怖かった。結局誰とも元の関係には戻れなかった。


何も変わらない。


平行線のままだった。



皆、誰かの事を悪者にする事でしか、団結できない愚かな奴らなのだと思いたかったが、結局ただ自分が惨めになるだけだった。



知りたくなかった、何もかも。他の皆みたいに綺麗な世界だけを見て、美しい言葉だけを吐いて、並べて。そんな風に過ごしたかった。



また誰にも言えなくなった。親には心配かけたくなかった。死にたかった。



俺を避ける同級生がおかしいのか。俺に酷い事をした先生がおかしいのか。皆と仲良くできない俺がおかしいのか、何も分からなくなっていた。考えたくない。もう考えられない。




そんな時にマリアに俺は救われたんだ。なぜかマリアの言葉は自然にスッと受け入れられた。



マリアが俺に「生きて欲しい」と言ってくれたから俺は友達がいなくてもここまで生きてこられた。


人間の身体の六十パーセントは水で出来ているという。俺の場合は心も頭も六十パーセント以上マリアを想う気持ちで出来ていた。どこにいてもマリアが好きなもの、勧めてくれたものを探していた。   






今思えば当時の俺は、マリアからそんな言葉を貰ったものだから一人で舞い上がっていただけなのかもしれない。


認知されたのかもという希望と願いと、アカウントのフォロワーが増えた事もあり、勘違いに勘違いを重ねていた。


近づけたと勝手に思って妄想していた。



お金もない。有名人でもない。何かを成し遂げる力もない。俺はどこにでもいる平凡な普通の男子高校生だ。人生のステージが全く違うのに。ファンとインフルエンサーと言う関係は平行線でどこまで行っても変わらない。同じになんてなれる訳ないのに。


画面の中のマリアが出て来てくれることはないのだ。リアルのマリアは、元カレもいてそれ以外にもいろんな交流関係があって、俺の知らないマリアしかいなかった。例え、画面の中のマリアの性格が、エンターテインメントとしてのキャラクターなのだとしてもそれが本物だと信じたかった。


ショウやアヤカにあんな事を言ったけど本当は信じられなかった。嘘をつかれていたという事実がショックだった。


君も皆と同じ人間なのか。



俺は自分に言い聞かせていただけなのかもしれない。



身体のどこを探したって、本心は見えない。心の中は覗くことが出来ない。顔からしか、口からしか、感情は出てこられないのだ。でも、顔も口も平気で嘘をつく。簡単に作ることが出来る。作りこまれた嘘の感情を積み重ねて行ったら、行き場を失った感情はどこへ行くのだろう。飲み込んでしまったらどうなるのだろう。消化されていくのかな。積もっていくのかな。


俺はマリアと自分自身とどう向き合って行ったらいいのかもうわからなかった。今の俺にはショウとアヤカがいてくれると言うのはわかってはいるけど、どうしても過去のトラウマが邪魔してくる。


怖い。


……皆が俺を犯人だと言うのならば、俺自身が気づけていないだけで、本当は俺がマリアを……。



「……殺したの?」






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