第23話 一つの疑問
「でもあの時、マリアを救えたのは僕しかいなかったんだ……その後、あの、殺人動画が投稿されました」
ショウは眉間に皺を寄せ寂しい表情をしていた。
「そんな事……ないって」
俺は本当にそんな事はないと思う。でもショウはずっと自分を否定し続けていた。それは自分への戒めなのか。
SNSでしかマリアと関わりがない俺でさえ、何も出来ないと深く悔やんでしまうのだからショウは俺よりも何倍も重い苦しみを背負ってしまっているのだろう。
「……トシカズは気づいていました。僕がフライだと。そして多分、フライの事が好きだったんです。
僕が襲われた日の事もお話しします。
あの夜、僕はお母さんプレゼントしようと花束を買って、店を出ました。喜んでもらえるかなって恥ずかしながらウキウキして歩いていたんです。
それでふと、いや、本当はずっと自分の中でアツシくんに僕がフライだという事を話そうか迷っていたんです。仲良くなってからずっと。アツシくんはフライの事を凄く疑っていたし、騙しているような気がして。モヤモヤした気持ちを抱えていました。
そして、花束を買って歩いていた時、自分の中で決心がついて道端でスマホを開きました。そして、アツシくんとちゃんと向き合おう、返信しようと思ったんです。今思えば道端でスマホを見る方が通行人の邪魔になりますし、僕がいけなかったんですけどね。僕は、どうしてもその時返信したくなって、アツシくんにまずはフライとしてメッセージを送りました。
自分の心がドキドキして落ち着かなくて気を取られてしまって、完全に背後を油断していました。トシカズがいたんです。すぐ後ろに。返信を送ったあと、すぐに襲われました。トシカズは後ろから抱き着いてきて僕の耳元で言ったんです。
「やっぱり、あんたがフライだったんだ。やっと見つけた。愛してる」って。
スマホでアツシくんに返信している所を背後からずっと覗き込んでいたのでしょうね。フライのアカウントを動かしている所を見られてしまったのでしょう。その時は襲ってきた相手がトシカズだなんて、わかりませんでしたし、僕は後頭部で頭突きをして逃げました……。
その後、アツシくんとすぐに合流できて本当に助かりました。
今まで誰にもフライだとバレないように生活してきたのに情けないです。見ず知らずのおじさんにバレてしまうなんて」
「それ、怖すぎるだろ」
俺は一つの疑問が頭に浮かんで来た。トシカズはどうやってショウがフライだと知ったのだろう。
ショウがフライだと言う事はショウ本人とお姉さんしか知らないはずだ。フライがSNSに載せている写真からも個人情報を読み取れるものはほとんどなかったはずだ。
ショウはアヤカの裏垢の特定だってできるのだから、それだけ自分も日頃から色んな事に気をつけているのだろう。
だとしたら、どうやってトシカズはショウがフライだと特定した……?
トモキのメールの送り主のように第三者、または犯人が関係している?だとしたら何の為に?目的はマリアだけじゃないのか?
考えがグルグルと頭の中を回っていた。
「アツシくん、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっとトシカズについて気になった事があったんだけど、考えまとまったら話す」
「わかりました……トシカズは、僕の性別の在り方についてどう思っているかわかりませんが……僕が女の子だと思っているのでしょうかね?僕とアツシくんが付き合っていると勘違いもしている気もします」
「え?!……トシカズが、やたらニヤニヤしてたのはそう言う事?!お幸せにとか言ってたのもそう言う意味?!俺達そんな風に見えてたのか……あのおっさん怖すぎない!?」
確かにショウの事は友達として、大切だし好きだけど見る人によってはそう見えるのか。トシカズはショウがフライだと知っていたから、特例なのかも知れないが。
トシカズにそう言う目で見られていたのかと思うと何だかゾッとしてしまう。やっぱり気持ち悪いおじさんだ。
「でも。本当にショウが無事でよかったよ。危ない奴だよな。……トシカズはマリアの犯人ではなさそうだな。いろいろホッとしたと言っていいものか……まだ安心はできないし、よくはないか。何も解決してないもんな。トシカズの本命はフライだったって事か」
「こんなにお騒がせした上に、マリアの有益な情報が何一つなくて、本当に申し訳ないです……」
「いや、ショウは何も悪くないだろ。それに辛かっただろうに全部話してくれて、ありがとう。今まで辛かったよな……」
「大丈夫と言えば嘘になりますが今は、アツシくんと仲良くなれてとても嬉しいのです。長々と話したのに全部聞いてくださりありがとうございます。姉以外に気持ちを話すのは初めてでした。少し気持ちが楽になりました」
「話はまたいつでも聞くから。俺も、ショウと仲良くなれて、その、嬉しいし……」
ショウの表情が宝物を見つけた小さな子どものようにパッと明るくなる。
「ま、まあ、何でも話せよな!それと……ショウはどんな理由であれ、トシカズに襲われそうになったのは事実だし警察に相談に行かなくていいのか?」
「……いいのです。もし行ってしまったら僕はもう、フライではいられなくなってしまうかもしれない」
ショウは寂しそうに笑っていた。
ショウにとってフライとはどんな存在なのだろう。
「……そうか」
聞きたかったけど、聞けなかった。俺は何と声をかけていいのかわからなかった。これ以上、寂しそうに話すショウを見るのが辛かったから。
空は暗く染まり太陽は何処かへ帰ってしまった。美しく光る月が眩しくて直視できなかった。
今夜は満月だ。
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