第22話 美少女との出会い
「僕が中学を卒業する頃には、姉は就職が無事に決まって地元を離れる事になりました。僕はそこから一人でフライとして活動する事となりました」
ショウはどこか切ない表情で話の続きを始めた。
「その頃にはいつの間にか、フライのアカウントのフォロワーがとても増えていました。お仕事の案件も声が掛かるようになっていました。僕がこんなに注目される日が来るなんて思いもよりませんでした。嬉しい反面、恥ずかしいような信じられない気持ちでしたね。そして、画面の向こうの顔も知らない方々に沢山応援の声を頂きました。『かわいい』や『憧れる』なんて今まで言われた事がなかったので心がくすぐったいような気持ちでした。
学校ではあんなにからかわれたり、馬鹿にされて、僕はおかしいのだろうかって悩んでいたのに、SNSの中だけでも僕は皆に認められたような気がしたのです。
ありのままでいいんだよと」
ショウはSNSの人々にどれだけ救われたのだろう。
学校なんてたまたま集められた同級生の集団だ。その中で皆仲良くなんてなれるわけない。ただの大人の都合だ。無理がある。大人が一番良く知っている事だろう。
本当の自分をさらけ出せる場所が、自分を認めてもらえる場所が例え、ネットの中だったとしても、居場所があるのならばもう少しだけ前を向いてみようと思える。
俺もそうだから。
「そして、いつしかマリアのライバルだなんて言われるようになりました。僕はそんな気は全くなかったんですけどね。そんな風に言われる事がマリアに申し訳ない気がして心苦しかったです。
ある日、マリアのアカウントから突然フォローされました。そしてメッセージが来ました。友達になりたい、仲良くしてくださいと。僕は目を疑いました。あのマリアが、マリアの方から僕と友達になりたいと言ってくれるなんて。すごく嬉しかった。憧れのマリアからそう言ってもらえるなんて夢のようでした。
そして、僕もアツシくんと同じでこの高校にマリアがいるとは知らずに受験し、入学しました。
SNSを始めて、前よりは自信が持てるようにはなりましたが、やはりまだ前髪を上げて生活する勇気はありませんでした。まだ、怖かったのです。どうやって皆と関わったらいいのか、どこまで自分をさらけ出していいのかわからなくて。
でも無理に皆に合わせる事を辞めようと思うようにはなりました。やっと少しだけ好きになれた自分を大切にしたかったのです。フライとしての自分を誇りに持てるような行動をしたかったのです。
初めてマリアと廊下ですれ違った時は、同じ人間とは思えないくらいの顔の小ささと、スタイルの良さに本当に驚きました。もちろん、マリアは僕がフライだと知りませんし、全く気づきませんでしたけれど」
「そう……だったのか」
「マリアとは頻繁にメッセージをやり取りする仲になっていました。マリアは直接会いたいと何度も言っていたけど僕はそれを断りました。流石に、同じ高校の後輩で、本当は男で、傍から見ればオタクみたいな姿だし幻滅されて、引かれるだろうと思ったからです。
マリアはとても気さくで話しやすくて、明るくて写真で見たイメージ通りの性格でした。しかし、マリアは沢山悩みを抱えていました。当時の彼氏、トモキと上手くいってなかった事。友達のアヤカによるいじめの事。
僕が会った事もない、画面越しの相手だから逆に言いやすかったのかもしれません。僕もショウとしてではなくフライを演じていたからこそ、マリアの相談に乗る事ができていたのだと思います。
何とかして助けたかった。同じ学校でこんなに近くにいるのに。全部知っているのは僕だけなのに、何も出来ないのが本当に苦しかった。トモキの件は当時、深入りできませんでしたが、何とかアヤカのいじめはとめようと思いました。怖かったけれど。それで僕なりに考えて行動したんです。あの時、偶然を装って、証拠の為に動画を回して、止めに入りました。マリアは僕がフライだと知らないですからどう思ったかはわかりませんが。もしかして迷惑だったかもしれませんが。
トモキの件で僕はネットに詳しいなんてアツシくんにいいましたけど、詳しいのではなく本当は最初から知っていたのです。
すみません」
ショウは初めから全部知っていた……。
事情があったにしてもなんだか疎外感を感じるようなもやもやした気持ちが俺の中にあった。
俺だけ何も知らなかった。
そして、マリアと仲が良いショウがやはり少しだけ羨ましいと思ってしまう。反面、俺もショウのようにアヤカを止められたかと言われるとわからない……。
「トシカズにマリアがお金をもらった件についても、少しだけ相談は受けていました。その時の僕はあまり重く受け止めていなかった。
その辺りからマリアとの連絡のやりとりが少しずつ減っていった気がします。
こちらから連絡を送っても中々返って来なくなりました。マリアも仕事が忙しいのかと思い、深く気にはとめませんでした。虐めの事もありましたし、精神面は気になっていましたが、SNSの投稿は変わらず続いていたようだったので。
今思えば、マリアは周りに心配を掛けないようにと明るい自分を演じていたのかもしれない……。
アヤカもマリアはプロ意識が高くていつもニコニコしてたって言ってましたし」
「じゃあその辺りから、ショウもアヤカも知らない所で、マリアが裏で何かをしていた、犯人と関わっていた可能性があったって事なのか……?」
「……今思えば、そうだと思います。僕は何も気付けていなかった」
ショウはうなだれていた。
そして、潤んで光る瞳をこちらに向けて、静かな声で言った。
「……僕のマリアへの思いは憧れじゃなくて好きだったのかもしれません。……恋だったのかもしれません」
「え……?」
俺は心臓がドクっとなるのを感じた。
「いきなりこんな事言って気持ち悪いですよね。こんなキャラじゃないし。すみません。
僕はマリアと仲が良いという事の優越感に浸っていただけだったんです。自分だけがマリアのプライベートを知っていると自惚れていたんです。おかしいですよね。マリアは僕の事なんて何も知らないのに。対等な関係ではないのに。その上僕は自惚れていただけでマリアの事をちゃんと見れていなかった。全然支えてあげられていなかった。
こうしてアツシくんと調べて知っていくうちに初めて知ったことが沢山あった。マリアはずっとSOSを出していたのに僕が気づけなかったのかもしれない」
そして、寂しそうに笑っていた。
「……僕がマリアを殺したようなものなのかもしれない。
僕は犯人じゃないと言いましたけど、そうやって自分を正当化したいだけなのかもしれません。
アツシくんが気になっていた僕とマリアの最後の会話ありましたよね?
『月が綺麗ですね』『私もそう思います』
あれは、マリアからの久しぶりの返信でした。僕はマリアが元気なのだと思い込み、安心していました。
僕は何気なくあの時、本当に月が綺麗だったから、あの投稿をしたのだけれど、『私もそう思います』はマリアの最後の心の声、最後の苦しみを訴える声だったのかもしれません……もしかしたら救えたかもしれないのに」
『月が綺麗ですね』の意味をショウは知っているのか?
愛を込めて相手に送る告白のような言葉だと何かで読んだ記憶がある。
俺は喉までその言葉が出てきたが、詰まってしまった。声にならない息になって俺の口から抜けていった。
もしかしたら、マリアもショウの事が好きだったのかもしれない。
わからないけど。胸がグッと締め付けられるような息苦しさがあった。マリアは絶対助けるから、その時本人に聞けばいい。今考えるべき、重要な事はそこじゃないから。
俺は大きく息を吸って出来るだけ穏やかな声で想いをぶつけた。
「そんなに自分を責めるなよ!ショウはすごいよ!自分の事だっていろいろあって苦しかったはずなのにマリアの事も助けようとして……。話を聞いてもらえただけでも充分に救われたはずだよ」
どんなに辛い事があってもたった一人の声で誰かを救える事がある。救われる事がある。「大丈夫だよ」ってその一言で安心できると俺は思うが、マリアは何を思っていただろう。
「悪いのは全部犯人だから。ショウが思い詰める事じゃない」
「ありがとうございます。……でもあの時、マリアを救えたのは僕しかいなかったんだ……その後、あの、殺人動画が投稿されました」
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