第21話 メイクの魔法






「アツシくん、聞いてもらえませんか?長くなりますが、僕がフライになった理由を。そしてマリアとの関係性についてを」




ショウは俺が差し出したハンカチでさっと涙を拭うと真剣な眼差しを向けてきた。フライはとても美人だけど、フライの格好をしていないショウも美形だと男ながらに思う。芸能人のように鼻が高く、横顔が整っていた。ショウが前髪をかきあげて眼が見えるようになっただけで絵でも見ているかのような気分になった。



「教えて欲しい」



俺達は近くのベンチに腰掛け、話をする事にした。深い理由がありそうだか、それはさて置き絶対にモテるだろうに何故顔を隠していたのか気になる。




「何度も言いますが僕は本当に犯人ではありませんから」


「それは信じるよ」


「よかったです」



ショウはよほど不安なのか念を押して何度も言ってきた。



「僕は女の子の服装やメイクが好きなだけで女の子になりたい訳ではありません」


「そうなのか?」


「引いていませんか……?」


「別に、何も思わない。好きなものは人それぞれだし、誰かに迷惑をかけている訳ではないし。それに好きな事を一生懸命やっていてこんなに人気者で、すごいと思う」


「……そう言ってもらえてすごく嬉しいです。……女の子の格好の方が、服の種類もいっぱいあって可愛いじゃないですか?」


「まあ、そうだな」



俺は空を見上げて考えた。空が赤く染まりかけている。ふわふわと浮いていた綿飴のような雲達もどこかへ帰ってしまったのか見かけない。


俺はあまり服に可愛らしさなどを求めた事がなかった。化粧をしようとも思った事がなかった。ショウはどんな事がきっかけで興味を持ったのか素朴な疑問が湧いた。



「メイクが好きなんです。アイシャドウの色味がとても綺麗な時、リップの発色が想像以上だった時、とても嬉しい気持ちになります。そして、顔に影をつけ、色を重ね、なりたい自分にどんどん近づいていく瞬間が何よりも楽しいのです。自分らしくいられるのです。メイクは僕にとって魔法のようなものです」



ショウの瞳はキラキラと、とても輝いていた。化粧の事はよくわからないけど楽しそうに話すショウから熱意は伝わってくる。





「ショウにとってなりたい自分ってどんな自分?」



「好きな事を隠さず、自信を持って堂々と笑っていられる自分ですかね」


なりたい自分になる為に、ショウは俺よりもずっとずっと広い世界を、知らない世界を見ているのかもしれない。




「僕が最初にメイクに興味を持ち始めたのは、小学生の時です。


年の離れた姉がいるんですけど、姉が持っているアイシャドウパレットを見た時、絵の具でもクレヨンでもない、なんてカラフルで綺麗なものなんだろうって、どんなおもちゃよりも胸がときめいたのを覚えています。姉に頼んで初めてメイクをしてもらった時、嬉しくて嬉しくてしょうがなかったです。姉は美容師を目指していて当時、メイクの練習をしたかったらしく、ノリノリでやってくれました」




「ショウってお姉さんいたんだ」




「はい。僕がフライだと言う事も姉だけが知っています。姉は今は美容師として無事就職し、離れて暮らしています。


……お母さんには僕がメイクが好きでフライだと言う事は言っていません。


男が女の子の服を着るなんて普通は嫌がるでしょうけど、僕は喜んで姉のおさがりをよく着ていました。お母さんはその事を洋服代の節約だと思っていたようで気にとめては、いませんでした。


かっこいいものも好きですが、可愛いものも好きなんです。それに女の子の服の方が表現の幅も広がるのです。


学校に着ていけば同級生に馬鹿にされましたけどね、流石に。そんな子供は僕以外にはいませんでしたし。小学生だったので純粋ゆえに残酷な言葉を沢山ぶつけられました。


気持ち悪いとか。頭がおかしいとか。病院いけば?とか……。


僕は変なのか。僕はおかしいのだろうか。僕は僕らしくいてはいけないのだろうか。


そう自分の中で葛藤していました。毎日、毎日辛かった。呼吸が苦しくなって、何かが胃に痞えるような、この辛さから逃れられる日が来るのだろうかと苦しくてしょうがなかった。


そこから僕は感情を隠す事にしました。からかわれるのが怖くて。皆に好きなものをけなされるのが嫌で。自分に自信がなくて」



「……辛かったな……」


「姉は、『どんなショウでも素敵だよ、最高の弟だよ』って言ってくれて、自分を隠して生きていく中でもそれだけが心の支えでした」




ショウにそんな過去があったなんて。初めて聞いた事ばかりだった。俺は自分だけが虐められて、自分だけが可哀想なように今まで話してしまっていたかもしれない。何も考えられていなかった。



「けれど僕は他人の視線に耐えきれず、皆が好きなような、男の子らしい物を持ち始めました。皆と同じようにカードゲームを始めました。そしたら、周りの反応も変わってきて、馬鹿にされる事も減りました。これでよかったのだと必死に自分に言い聞かせていました。


カードゲームも楽しかったけど一番じゃなかった……。本当はメイクの練習の方が何倍も楽しかった。


そして僕は中学生になりました。そこでも皆に偏見を持たれないように必死でした。


必死で皆と同じ事をしようとしました。同じような男らしい服装、男らしい歩き方、男らしい口調。当時の僕をアツシくんが見たらきっと別人過ぎてびっくりすると思いますよ?


普通に友達も出来ましたが、やはり誰にも本当の事は言えませんでした。本当の事を言うか、嘘をつき続けるか天秤に掛けた時、小学生の時の記憶が頭の中で色濃く蘇って来て震えが止まりませんでした。やはり偏見を持たれるのが怖かった。誰にも心を開いていませんでした。


……でも自分を偽るのは、自分に嘘をつくのは凄く辛かった。本当の自分がどんどん壊れて無くなっていく気がしました」



少しだけ気持ちがわかる気がした。俺もショウやアヤカに出会うまでマリアが好きだと人に言えなかったから。馬鹿にされたり、からかわれるのが怖くて隠していたから。



皆一人が怖いから、寂しいから同調を求めるだけで、誰一人として同じような人はいない。本当は、言えない何かを隠して生きている。



「好きな物に興味のないふりをし、おしゃれを始めた同級生の女の子達を他の男子と一緒になってからかっていました。その女の子達はからかわれて泣いていました。少しでも可愛くなりたいと一生懸命に塗ったであろう、ピンクのラメのアイシャドウがその涙で流れていました。


僕は自分がされた事と同じ事を女の子にしたのです。僕も本当は女の子達に混ざってメイクの話をしたかったのに。



僕は本当に最低なのです。

……アヤカにはマリアへの虐めの件で偉そうな事を言ったけど僕も同じような人間なのです。



心はどんどんやさぐれていきました。そして、耐えきれなくなった僕は感情を悟られないようにと前髪を伸ばし始めました。逃げのようなものなのです」




自分の心を殺して、殺して。いつか本当の自分が消えてなくなってしまったら、ここに残っている自分は何者なのだろう。誰の為に何の為に生きているのだろう。


そう、やさぐれてしまったのだろうか。


そしてショウにとって伸ばした重たい前髪はバリアのようなものだったのだろう。自分の心を守る為の。世界からシャットアウトする為の。




「そんな僕の世界を広げるきっかけになったのがSNSでした。中学生になってしばらくしてスマホを買って貰えたのです。ネットの世界には様々な人がいました。僕のように男でも可愛い物やメイクが好きな人が沢山いました。こんな簡単に世界が広がるのかとSNSの素晴らしさを知りました。


僕だけがおかしい訳じゃなかったんだって安心しましたし、嬉しかった。SNSに夢中になって毎日毎日、画面に齧り付くように色々な人の投稿を見ていました。


……そして、マリアにも出会いました。


当時、マリアは魔法少女♡ミカリンにとてもハマっていました。そして、コスプレ写真を沢山載せていました。アニメのキャラクターのコスプレなんてしようものなら、一般的にはアニメオタクだの、気持ち悪いだのと叩かれる可能性があるのに、マリアは堂々としていました。ネットで皆に何を言われようと、大好きな魔法少女♡ミカリンへの愛を語っていました。


僕はそんなマリアの姿を見て一瞬でファンになりました。そしてマリアを応援していくうちに、自分もマリアのようにカッコ良くなりたいと思うようになったのです。マリアのように、自分に正直に生きていきたいと思ったのです」  



「そう……だったのか」


俺もマリアに救われたようにショウもマリアに救われていた。




「そして僕はSNSで自分自身をプロデュースし、発信していく事を決めました。僕の名前は漢字で書くと「翔」です。「飛翔」の「翔」。だからどこまでも自由に羽ばたいて行けるように英語でフライングから、フライにしたんです。よく揚げ物好きなのかって勘違いされますけど、そっちではありませんからね。


僕のフライとしての日々がそこから始まりました。性別と年齢は非公開で。当時、姉は快く協力してくれて、ウイッグや小道具なんかを買いそろえてくれました。


メイクとウィッグと写真の加工込みででフライが出来上がったのです。


初めて写真の投稿をした時は怖さよりも、楽しい気持ちが大きくてとてもドキドキしました。


現実では一度もかけてもらう事がなかった「可愛い」「メイクが綺麗」という言葉をもらいました。


楽しくて楽しくて仕方なかった。僕が思う可愛いをSNSでは受け入れてくれる人が沢山いました。学校の皆には絶対に言えなかったけれど、自分を解放できる場所が、自分を受け入れてくれる場所が出来た事が嬉しかった……」





ショウは俺とはまた違った苦しみを持っているのに、それを原動力に自分自身をどんどん変えていく。どんどん進んで行ける人だ。


自分に自信がないと言っていたけどそれを感じさせないくらい、誰よりも何倍も努力家なのだと俺は思った。




ショウはまた、穏やかな口調で話し始めた。


そしてどこか、切ない表情をしているように見えた。





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