第20話 黒髪の美少女



「アツシくん、僕の……僕のこの顔に見覚えはありませんか?」


「……え?」



フワッと吹いた風が俺達の会話の邪魔をする。ショウが何と言ったのかよく聞き取れなかった。


しかし、ショウの顔を見た瞬間自分の目を疑った。


俺が、最近よく見る画面の中の美少女によく似ている気がする。マリアとは対照的な、黒髪ロングの凛とした小悪魔を思わせるようなルックスの美少女。



……そう。フライだ。フライにそっくりだ。



「なんか……フライに似てる気がする。なんで……?」



これは触れていい事なのか、俺は一つ一つ言葉を丁寧に選びながら、カタコトになりながらも質問した。ショウを傷つけてしまわぬように。



「似てるのではありません。僕がフライなのです」


「何で?」


信じられない。信じたくない。だってずっと隣で俺を騙してたって事だろう?

と言うか、フライは女の子ではないのか?どう言う事だ?


俺は頭の整理が追い付かず、結局パニックになってしまう。思わず感情的になって大きい声で話してしまった。ショウの肩を掴んで揺さぶってしまった。



「でもフライって、女の子だよね?!……わかった!フライは本当はショウのお姉さんか妹さんなんだろ!?兄弟だから似ているんだろ?!それとも親戚?エイプリルフールの時期じゃないけどどうしたんだよ?こんな時に、ショウらしくないよ?」



ショウは眉間にシワを寄せ、少し困った顔で考えていた。


今ははっきりとショウの表情がわかる。


「アツシくん、落ち着いてください。落ち着ける訳ないですよね……すみません」


見つめて来るショウの瞳が美しく、真っ直ぐすぎて逃げたくなる。受け止められない。



「僕がフライなんです」


「嘘だろ?ショウは本当は女の子?!」


「違います。嘘ではありません。フライが男だったんです」



「え?何で?本当だとして、何でもっと早く教えてくれなかったんだよ。ずっと俺の事騙してたんだろ?俺がフライの話をするたびに心の中で笑ってたんだろ?」


驚きと怒りが湧き上がり、口任せに話してしまった。

何でショウはそんなに落ち着いていられるんだよ。何で普通にしていられるんだよ。



「それは絶対に違います。ありえません!……ごめんなさい。こんな事になるなんて思ってなくて……騙すつもりはありませんでした」



「謝ればすむって訳じゃないだろ?ショウはマリアの件の犯人なんじゃないの?」



俺は強い口調で睨みながらショウに言った。


勢い余って心にも無い事を言ってしまった。ショウはそんな事をするような人じゃないって俺が一番知っているはずなのに。

本当はそんな事を言いたかった訳じゃないのに。



ショウは俺に反抗するわけでもなく、寂しそうな表情で静かな優しい声で語り始めた。


「嘘をついていて本当にごめんなさい。許してもらえるとは思っていません。アヤカにも偉そうな事言っておいて、一番偽っているのは本当は僕なんです……本当は、ずっと黙っているつもりでした。僕がフライとして女装して、活動しているのもただの趣味みたいなものでしたし、僕自身もこんなに有名になってしまうなんて思ってもみませんでした。ましてや、マリアと最後に連絡とる事になったのが僕だったなんて……。それにアツシくんにもこんなに怪しまれるなんて思ってもみませんでしたし。でも、僕は犯人ではありません。これだけは信じてください!!」



「ショウの事信じたいけど、信じていいのかわからない」



「……そうですよね。いきなりこんな事言われても困りますよね。……本当はアツシくんに嫌われるのが何よりも怖かった。友達を失うのかと思うと、苦しかった。でも……このままじゃいけないと思って」



声が震えていた。ショウの綺麗な瞳から涙が溢れてきた。我慢していた感情が一緒に流れて行くようだった。


ショウはずっと苦しかったのだろうか。誰よりも不安なのに、今まで無理をして気丈に振る舞っていただけだった。



「アツシくんとこうしてマリアの事を一緒に調べるのが、僕は楽しかった。不謹慎ですけど、すごく楽しかった。だからアツシくんが一番疑っているフライが僕だと言ったら、アツシくんはきっと僕の事を気持ち悪いと思うだろうと考えてしまって、言えませんでした。……でもアツシくんにずっと嘘をついているのは辛かった。ずっとずっと辛かった。苦しかったし、いつバレてしまうのかといつもビクビクして怖かった……僕はアツシくんが好きです。友達として好きです。これからもアツシくんと仲良くしたいです。友達でいたいです」



「……泣くなよ……」



ショウに釣られて俺も泣きそうになってしまう。男子高校生二人が公園の真ん中で泣いているなんて、本当、馬鹿みたいだ。


そしてショウの気持ちが素直に俺は嬉しかった。ショウは真剣に向き合おうとしてくれているのが伝わってきた。


正直、俺はショウのように頭の回転が速い訳でもない。ショウがもしかしたら何かを企んでいるのかもしれない。疑えるような点はいくらでも出てくる。



でも……後は、俺がどうしたいかだよな……。


俺は深呼吸をして心を落ち着かせた。


「確かに、びっくりした。すごくびっくりした。でも俺は……俺が見てきたショウを信じる事にする」



そうだ。俺はショウを信じたい。優しくて、頭が良くて、面白くて、友達想いな俺が見てきたショウを信じたい。




「ありがとうございます。僕……アツシくんと出会えて本当に良かったです……これからも友達でいてくれますか?」


「……当たり前だろ……泣くなって」


「……ありがとうございます」


「俺も、ひどい事言ってごめん」



俺はただ寂しかっただけだ。今までショウが隠していた事に。素直に寂しかったと言えず、きつく当たってしまったのだ。


ショウは優しい顔で笑っていた。

ショウの目は笑うと細くなった。いつもこんな表情で笑っていたのか。


フライだと言う事を黙っていた間はずっと顔も本心も隠していてきっと辛かっただろう。


俺は何も知らなかった。

ずっと仲良くしていたはずなのに俺は何も気付けていなかった。

ショウがこんなにも葛藤して、苦しんでいたのに。


そんな自分がただただ悔しかった。




「アツシくん、聞いてもらえませんか?長くなりますが、僕がフライになった理由を。そしてマリアとの関係性についてを」


「教えて欲しい」


「……わかりました」





太陽が沈み始め、暖かな光が俺達を照らしていた。





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