第19話 素顔





「これを警察に提供しようとおもいます!!」



「「え??」」


俺とトシカズは思わず声が重なってしまった。


ショウは清々しい笑顔だ。




いつの間に録音していたのだろう。ショウがそんな素振りをしている様子もなく、全く気づかなかった。俺はトシカズと話す事でいっぱいいっぱいだったのに本当に頭の回転が早い。アヤカがマリアをいじめていた時の件と言い、証拠集めには抜かりない。


そういう所が尊敬できる。




「いや、まって、まってよ。違うんだ!違う違う。ちゃんと話すから。ね、落ち着いてよ、ショウくん」


トシカズはかなり焦っている様子だ。さっきまでの余裕そうな表情はもうどこにもない。



「本当ですか?」



疑い深くショウが聞いた。


「本当だよ!だから警察だけはやめて!」


トシカズも一応、悪い事をしていると言う自覚はあるようだ。身振り手振りも使って必死に弁解し、この事態を回避しようとしている。

 


「わかりました」


「はぁ……。最近のガキは本当に怖いね」



ほっとしたトシカズが吐いた一言を聞いてショウが睨みつける。



「しかし、録音データを削除するとは言っていません。何かあれば警察に行きますからね」


「わかった、わかったよ!!」


前髪で目は見えないが今までで一番怖い雰囲気が出ている。トシカズはビクッとしながらも、必死に笑顔を作り、話し始めた。



「……マリアがお金に困っていたのは本当だよ。元カレと付き合っていた時に貯金も全部使ったとか言ってたし。


僕は元々ただのファンだった。でもマリアが所属している事務所に仕事の営業で行った事があってね。そこで出会ったんだ。仕事仲間として仲良くしてたって事だよ、もちろん。


二人きりじゃなくて食事には仕事仲間の複数人でいった。そこで徐々にマリアのプライベートな事いろいろ聞いて、お金に困ってるって言うから、直接お金を渡したんだ。何かの足しに使ってって。でもマリアはいい子だから受け取れないって言ってきてさ。


だから僕はマリアがトイレに行っている間に鞄に勝手に札束を入れたんだ。マリアは気づかないで持って帰っていった。


直接の連絡先はお互いに知らないからマリアはSNSで僕にメッセージを送って来たんだ。皆にバレないようにその後は裏でダイレクトメッセージを送り合っていた。マリアはお金を返したいって言ってたけど僕はそんなのいいよって。そんなやり取りが続いてた。僕はマリアとやり取りができるってそれだけで正直楽しかった。頼られている感じがして嬉しかった。


でもその後あんな事件が起きた……。僕が知っているのはこれだけ。あとは何も知らない。行方も、マリアの動画に出ていた黒服の事も。とても心配だよ。あの子、あぁ見えて本当はすごく繊細で弱い子なんだ」



トシカズは寂しそうな表情で話してくれた。

さっきまでの話の内容と全然違うではないか。でも今回は嘘をついているようにも、誤魔化しているようにも見えなかった。



「……わかりました。本当に後は知らないのですね?」



ショウがスマホをチラつかせながら念を押して聞く。



「本当だよ!知らないって!!そもそも僕はマリアが一番の推しじゃないし!本当は一番の推しと繋がりたくて……」



「一番の推し?」

 


トシカズはそう言っているけど、マリアに近づこうとした事には違いない。札束をプレゼントするくらいなのだから少なからず、下心はあったはずだ。しかし、トシカズは誰の事が一番好きだったのだろう。



「他にマリアと仲の良い男友達とか知りませんか?」


ショウがさえぎるように聞いてきた。

他に怪しい人がマリアの周りにいなかったかを確認するのは大切だが話をさえぎるか?何か焦っているのだろうか。


「仲が良いか……マネージャーが男だったくらいかな?方向性の違いとかで好きな事あまりさせてもらえないとか言っていたような……」


「わかりました。今日はありがとうございました。これお代です」



ショウは話が済むとそそくさと帰ろうとした。やはり身の危険を感じて長居はしたくないのだろう。



「あ、アツシくん……」


トシカズが何かを言いかけた。

その時、ショウがトシカズのネクタイをグイッと掴んでこういった。




「アツシくんに変な事したら許さないからな」



ショウは先程とはまた違った怖い雰囲気を放っていた。こんなショウは初めてだった。どちらかと言うと穏やかで喧嘩は避けたい人だと思っていた。しかも、トシカズがストーカーかも知れないと言うのに立ち向かって行くなんて。何故か、自分の為じゃなく、俺のために……。



「しないよ!本当に怖いなショウくんは」



トシカズはそう言いながらもなんだか嬉しそうだ。何でそんなにショウが、好きなのだろう。背筋がゾッとするような気持ち悪さを感じた。


「あの!ショウに近づくのも、もうやめてください!」


俺もトシカズに向かって訴えた。これでストーカーが収まるといいのだが。トシカズが何を考えているのかよくわからない。今まで出会った事がないようなタイプの人だった。




「ふーん……そういう感じなのね。ま、いいや。お幸せに。マリアがもし無事だったら教えてね」



誰が変態おじさんにマリアの安否を教えるものか。教えたら逆に狙われそうだ。

それに、マリアがこんな状況なのに、だれが幸せなものか。本当に意味がわからない人だ。






俺とショウはトシカズより先に店を出た。さっきまでは気丈に振る舞っていたショウが、今はなんだかグッタリしているようにも見える。



「ショウ大丈夫か?」


「あ、はい……」


「やっぱりトシカズがストーカー男なのか?」


「そうだと思います。でも、あそこまで言えばきっと大丈夫でしょう」


「何かあったらすぐ教えろよ」


「ありがとうございます」



その後はショウと様々な考察をしながら公園をぶらぶら散歩していた。トシカズはマリアの殺害動画には関係無さそうだ。トシカズはただの変態おじさんでしかなかった。




チラッとスマホを見るとアヤカから返信が来ていた。



『トシカズどうだった?連絡気づかなくて、返信遅くなってごめんね!私、フライには会いたい。どんな人か気になるの!フライとの待ち合わせ決まったらまた教えて!』




「アヤカは、フライに会いたいのか……」





また容疑者を絞り出さなければならない。フライとこれから会う予定だからそこで何か有力な情報を聞き出せればいいが。フライならマリアのマネージャーの事も知っていそうだ。


そう言えばフライからあれ以来、連絡が来ていない。待ち合わせ場所も時間もわからないのに。


俺は焦ってフライのメッセージ開いて、ショウに見せた。



「ショウ!また緊急事態だよ!これ解読できてねぇ!フライがどこにいるのか全くわからない。返信も来てない……まだ時間はあると思うけど……」


「え?あぁ……」


ショウは何か考え事をしているのか上の空だ。今日のショウは疲れているのか様子がおかしいように感じる。

そして、なにか思いついたようにいきなり俺の前に立ってこう言った。



「あの、アツシくん。もう、限界です。僕はアツシくんに嘘をついています」


「え?」



……ショウが嘘?どういう事だ。ここまで一緒に頑張ってきたのに、裏切られるという事なのか?




「こんなに良くしてくれて、一緒にい楽しい友達はアツシくんが初めてでした。アツシくんに嫌われるかもって思ってずっと言えませんでした。でもこのまま黙っているのはもう限界なんです。僕も苦しいですけど、アツシくんの事も苦しめてしまうかも知れない……巻き込んでしまうかもしれない」



ショウはとても真剣な様子だ。こういう空気が俺は苦手だ。今から何が起きるのだろう、何を言われるのだろうと、とても怖くなる。


怖くて怖くて逃げたい。


恐る恐るショウに質問した。絶対俺の表情は強張っている。


「な、何だよ。重要な事?」


「そうですね……まだ時間は早いですけど……アツシくんに話さなければならない事があります。聞いてもらえませんか?」


「お、おう……」




ショウはうつむくと、左手で眼鏡を外し、右手でゆっくりと前髪をかき上げた。そして真っ直ぐに俺の方を向いた。初めてショウの目をじっくり見る。


吸い込まれるような美しい瞳。俺は呼吸が止まりそうだった。




「アツシくん、僕の……僕のこの顔に見覚えはありませんか?」






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