第18話 ストーカー男




太陽の光が目に刺さる。雲に乗ってどこまでも飛んで行けそうなくらい真っ青な空が真っ直ぐにどこまでも続いていた。



今日は土曜日。学校は休みだ。



ショウは昨日の夜からうちに泊まりに来ている。家にショウが居るなんてなんだか不思議な気分だ。ほかほかの朝ご飯を口に放り込む。早く支度をしなければならない。



今日は昼頃にトシカズと会って話を聞く約束をしている。トシカズは仕事がある為、昼休憩の時間しか話す余裕がないそうだ。ショウが上手い事、段取りを組んでくれたのだった。



トシカズと会う件についてアヤカにも連絡は入れたが忙しいのか返信が来ていない。







「昨夜は突然お邪魔してしまい、すみませんでした。いろいろとありがとうございました」


「いいのよー!またいつでも遊びに来てね!」



ショウはまた、俺の母さんに深々と頭を下げていた。母さんとすっかり仲良しだ。


ショウが持っていた花束は、プレゼントに渡せるような状態でもない為、結局俺の家に飾る事になった。玄関の棚の上に飾られた桔梗の花はとても良い香りがして、俺達を爽やかに送り出してくれた。



「「行ってきます」」






トシカズとの待ち合わせの場所が少し遠い為、急ぎ足で向かった。


駅の近くにある、ひと気の多い公園が集合場所だ。土曜日だと言う事もあり、小さな子どもを連れた家族が何組か遊んでいる姿が見えた。遊具はそれ程多くないが、走って遊ぶには最高の広さである。


俺達は呼吸を整えながら、ベンチに座ってトシカズが来るのを待っていた。  



「トシカズってマリアの何なんでしょうね?考えたくはありませんが、やはりパパ活していたのでしょうか……?」



「さぁなー。こうやって考えると俺達って本当にただの一般人のファンだよね。マリアの事何も知らなかった」




その時、一人のおじさんがこちらに向かって走ってきた。どちらかといえば小柄でぽっちゃり気味だ。汗をハンカチで拭いながら、はぁはぁと息を切らしている。ネクタイは締めず、暗いグレーのスーツを来ていた。



「あんたらが、アツシくんとショウくん?」



おじさんは俺達に向かって話しかけてくる。顔はあまり怖そうな人には見えないが、虫歯なのか歯が黒くて気になってしまった。



「そうです。トシカズさんですか?」


「そうだけど」


「今日はお時間とっていただきありがとうございます。よろしくお願いします」


「ふーん」




トシカズは俺達を上から下まで舐めまわすようにじろじろ見て来た。なんだか気持ち悪い。俺は苦笑するしかなかった。



何なんだこのおじさんは。






「ふーん。そう言う事ね。ま、いいや。行こうか」







何がいいのかさっぱりわからない。トシカズを先頭に近くの飲食店へ向かった。洋食屋さんだろうか。昔にタイムスリップしたようなレトロな雰囲気のあるお洒落な外観だ。



トシカズが最初に店の中へ入って行った。それに続いて俺も中へ入ろうとした、その時だった。ショウが俺の服の裾をクイッと引っ張った。



そして耳元で俺にしか聞こえないような小さな声でこう言った。





「アツシくん……あの人、多分僕のストーカーです」





そしてトシカズに何も悟られないようにと、今言った事などなかったかのように、ショウは固まっている俺を置いてトシカズの方へ駆け寄っていった。




……どういう事だ?



だってトシカズはマリアと関わりがある怪しいおじさんで、ショウのストーカーで?一辺に事が起き過ぎじゃないか?頭が混乱してしまう。トシカズの目的は何なのだろう。



ショウはどうしてトシカズがストーカー男の正体だとわかったのだろうか?


ともかく本当にショウのストーカーだとすれば油断はできない。ショウも怖いだろうに気丈にふるまっている。



俺はショウとトシカズの間に割って入った。ツーンと甘いようなすっぱいような香りが鼻に刺さる。




柑橘系の香りがした。




席に着くと、トシカズはぷかぷかと煙草を吸いだした。禁煙席ではないが吸う前には一言くらい欲しいものだと子どもながらに思う。



「で、あんたらの聞きたい事って何?」


「メッセージでもお尋ねした通り、マリアの事です。マリアが行方不明になった事件知っていますよね?」




トモキの時とも違い単刀直入に質問した。トシカズはトモキと違ってSNSで活動している訳でわない為、変に嘘をつく事はないだろうと思ったからだ。



「ふーん。ガキのくせに、よく人の事調べるよねー。ま、話すか話さないかは僕次第だし。ってかさー、何で僕がマリアと知り合いだってわかった?」



「SNSでたまたまトシカズさんとマリアが交流している所を見つけました。お願いします。話していただけませんか?」



「ふーん。生意気だね。話すのどうしよっかなー何でも言う事聞いてくれるなら考えてもいいよ」



「俺に出来る範囲でなら。内容によりますけど」



ショウとトシカズを近づけてはいけないと、俺は自ら名乗り出た。どんな要求をされるのか怖くてたまらないが。



「……なーに言ってんの。あんたじゃなくて、そっちの眼鏡の方だよ。ショウくん」



何故かはわからないが、やはり、トシカズはショウを狙っているようだ。





「待ってください。ショウじゃなくて俺が」


「じゃあ話すのやーめた!」





トシカズは無邪気な子どものようにそう答えた。


気持ち悪い。


何を要求されるかわからない。マリアの情報は聞き出したいけど、こんなに身を危険に晒してまでトシカズに関わりたくはない。他を当たった方がいいのではと俺は考えた。




「ショウ、帰ろう!もうこの人に関わらない方がいい」


「ふーん。アツシくんのマリアへの気持ちはその程度なんだー。それとも、君もショウくんが好きなのかなー」



……「君も」とは?



「わかりました。僕に出来る事なら……」


ショウがゆっくりと立ち上がってそう言った。



「ショウくん、なんだやるじゃーん!!」


トシカズは手を叩いて喜んでいる。



「ショウ!そこまでしなくても……!」


俺はショウの腕をとっさに掴んだ。

 


「アツシくん、大丈夫です。僕を信じてください」


ショウはいつものように微笑んでいた。



「で?マリアだっけ?」


トシカズはまた煙草を吸いながら面倒臭そうに話だした。


「マリアはまあ、顔は可愛いよねー。でも凄く金に困ってた。だから、優しいこの僕が手を差し伸べた。そしたら、簡単に会ってくれたし、その後は……想像にお任せするよって感じかな……これでおーわり!」


「は?」


話してくれたと言えばそうなるが、適当すぎないか?

そして話の内容から悪い大人とはこのような人の事を言うのだと思った。四十代の男性が十代の少女に対してやる事ではない。想像にお任せするって言われても悪い想像しか出来なかった。



今ショウに無理に言い寄って来たように、マリアが困っている時に漬け込んで、うまく丸め込んだのだろうか?




トシカズと話していたマリアはどんな表情をしていたのだろう。




「ショウくん何でもしてくれるって言ったよね?」


トシカズは黒い歯を見せながらニヤニヤとショウに話しかけた。



「言いました。その前にこれを見てください」


ショウもまた笑顔でトシカズに答えた。ショウはすっとスマホを差し出した。


俺とトシカズはショウのスマホの画面に注目する。


「ゔっ……何だよ、これっ!!」


トシカズは自分の煙草の煙に咽せていた。




なんと、ショウは今までの会話の内容を録音していたのだ。






「安心してください。これを警察に提供しようと思います!!」








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