第24話 気合いの入れ方




太陽がギラギラと眩しい。雲一つないどこまでも青い空が続いている。朝だ。いつも通りの朝だ。


俺は急いで学校へ行く準備をした。

少し冷めてしまった味噌汁も、ふわふわのスクランブルエッグも今の俺にはただお腹を満たす為だけのものだ。あまり味を感じない。まだ感じる余裕がない。


通学路を歩けば、犬の散歩をしているお爺さんがいて、学校へ向かう小学生の列を見かける。見慣れた光景だ。全部いつも通りだ。




平和すぎて、マリアの事なんて皆、忘れてしまっているかのようだった。




今日は登校日だ。結局、休校にはならないそうだ。依然として学校の周りは報道陣が押しかけている。数日前よりはだいぶ減ったようにも感じる。何日も休んでいないのか、目の下にクマができていたり、表情に疲労が現れている人がいるように見えた。そんな中でも通りかかる生徒に必死でインタビューしている姿が見られた。


報道の方々は俺達生徒からすればグイグイくるから怖いし、通り道の邪魔でしかないのだけれど、この人達にも守らなければいけない家族があったり、夢や目標があったり、誇りを持って働いているのだと思うと何とも言えない気持ちになった。



マリアの事件は「スカビオサ」の写真が投稿されて以来、何も動きも見せない。その件についてテレビのニュースで取り上げられているのも見たが、これと言って新しい情報は得られないのであった。



俺は報道陣と目を合わせないように校門をくぐり、自分の教室に早足で向かった。誰にも捕まりたくなかったし、早く自分の席に座って落ち着きたかったからだ。



昨日、一昨日といろいろな事がありすぎて疲れていた。ショウの事は信じているが、まだ頭の整理が追いつかない。今日はアヤカにも報告して、またショウにも話を聞けたらいいなと思っている。



「おはよう」と同級生と挨拶を交わしながらも、無事に自分の席に着く事ができた。


クラスメイト達も、もうマリアの事などほとんど話題に出していない。昨日は何のテレビを見ただとか、新作の話題のスイーツは食べただとかそんな話ばかりしていた。「休校になればいっぱい遊べたのに」なんて話している声も耳にした。皆自分の事ばかりだ。自分の事だけで精一杯。例えばマリアじゃなくて、俺が今急に学校からいなくっても誰も気づかないだろう。そんな事を考えてしまった。こんなネガティブな事を考えてしまう自分にも飽き飽きしてしまう。


俺は少しでも気分を変えようとイヤホンを耳に捩じ込んだ。




「アツシくん!!!」



いきなり肩を掴まれて声を掛けられる。俺は周りの音が聞こえない程の大音量で音楽を聴いていた為、身体がビクッとしてしまった。人が近づいてくる気配も全く感じなかった。


俺はイヤホンを慌てながら外すと、肩を掴かんできた相手の方を焦って振り返る。


「ごめん!音漏れしてた?」


「違う!何言ってんの!!」


「え?アヤカ?」



アヤカはツインテールの髪を揺らしなが首を傾げた。どうやら怒っているようだ。肩から手を外すと、俺の席の前で仁王立ちしている。アヤカは一応、先輩の為、クラスメイト達もこの状況に注目し、ビクビクしていた。



「こっち来て!!!」



俺はアヤカに手を掴まれ、されるがまま人気ひとけがない廊下に連れて行かれた。



「もう!何で連絡くれなかったの?!私、ずぅーっと待ってたんだから!フライには会った?あ!分かった!フライがやばい奴過ぎて連絡できなかったんでしょ!そーれーかー、めちゃくちゃタイプで好きになったとか!アツシくんってすぐ好きになるし、ちょろいからなー」



アヤカの口が止まらない。やはり、昨日連絡を忘れてしまった事を怒っているようだ。あの時は連絡しなければと考える暇さえもなかった。俺が忘れてしまったのがいけないのだが。




「昨日はごめん。いろいろあってさ。それと誤解だけど、流石にすぐ好きになったりはしないから」


「えー?私の事好きになりそうだったじゃない?」


「そ、それは……」



そんな事はないと思う。俺はあわあわと弁解した。あの時はアヤカのペースに乗せられていただけだ。とはいえ、可愛いなとは確かに思ったけれど。アヤカは睨みながら、疑いの目を向けてくる。相当怒っているようだ。どう説明するべきだろうか。


ショウがフライだったなんて俺の口から話す事ではない。かと言って無理にショウに話してもらうのも違うよな。


アヤカにもう一度謝った所で聞いてもらえるかもわからない。


こんな時何と言うのが正解だろう。

怒っている女の子を落ち着かせる言葉……。


俺は自分の少ない語彙力の引き出しを、頭をフル回転させながら開けまくっていた。





「おはようございます」



「えーっと、だれ?!」



そこに颯爽と顔立ちの整った男子生徒が現れた。アヤカはその男子生徒に心当たりがないようで首を傾げて見つめている。


「今、アツシくんと大事な話してをしているから、私に告白なら後にして貰えるかな?」



アヤカはその男子生徒に対して自信満々にそう言葉をかけていた。



「僕も話があるんですよ?」


「だーかーら!少しだけ待ってって!」


「酷いじゃないですか!」




男子生徒の正体をアヤカはわかっていないようだ。俺も昨日は驚いたし、アヤカもすぐは気づかないか。




「あのさ、アヤカこの人ショウだよ。わかってる?」


「ショウです」


「え!えぇっーー!!」



アヤカは目を丸くしていた。その男子生徒は髪型を変えたショウだった。重たい前髪で目を隠していた時とは全く違う印象だ。前髪を切って軽くし、分けている。メガネもかけていない。


俺は昨日ショウの素顔を見たとはいえ、突然のこの変身ぶりに初めは驚いた。別人のようだ。しかし、アヤカの自分よりも何倍も驚いている様子を見ていたら、なんだか逆に冷静になってしまった。


ショウの中で何かが吹っ切れたのだろうか。もう、顔を晒す事に抵抗はないのか、清々しい表情をしていた。




「嘘でしょ?ショウくんがこんなイケメンな訳なくない?だって冴えないキモオタな風貌だったじゃない?!」


「めっちゃ悪口言うな」


「キモオタで悪かったですね?」


「やだ!見つめないでよー。まだ心が追い付かない。信じられない。何で髪切ったのよー?メガネはどこにいったの?」




またアヤカの口が止まらない。

喜んでいるのか、困っているのかもわからないくらいパニックになっているのか表情がくるくる変わる。



「気合い入れる為に切っちゃいました。メガネも壊れてしまったのでついでにコンタクトに」



「気合い?ちょっともう無理!目が綺麗すぎる……まあ、私の方が可愛いけど」


「えらい態度の変わりようだな」


「あはは。クラスメイトの皆も凄く驚いてましたし、なぜか皆凄く優しかったです。事件解決の為に気合いを入れたのですよ!力がみなぎってきます!」



昨日ショウはあまり元気がなかったが今日はいつも通りなようで俺は少し安心した。




「……見た目が変わっても中身はオタクのままでしょ?そこは寧ろ変わらないで欲しい……私はね、そんなんじゃないもん!その辺のクラスメイトと一緒にしないで!そんなんじゃないのよ。私は本当は前のショウくんでも良かったの。正義感があって優しくて。それなのにこんなイケメンになったら皆にショウくんの良さがバレちゃうじゃない!オタク風だから良かったのに!これじゃ欠点が一つもなくなるじゃない!」



「褒められてるのか、けなされているのかわかりません」



冷静にツッコミながらもショウは少し照れているのか頬が赤く染まっている。そんな表情を見せるのも珍しい。



「アツシくんだって、ショウくんが男女共にモテモテになって私達と関わってくれなくなったら嫌でしょ?」


「まあ、それは嫌かな……」


「アツシくん……」


「でしょでしょ!」


「それはさておき、アヤカにも話さなければならない事があります」


「な、何?愛の告白?」


「ポジティブですね。さっきからそればかりですね。違いますけど僕にとってはとても重大な事ですかね」


「な、なに?告白通り越して、まさか重大な事ってプロポーズ?!」


「アヤカ、とりあえず落ち着こう」


「違います。今まで隠すつもりはなかったんですけど、僕は本当はフライなんです」


「えぇっー!」


まさかアヤカにも話すとは思わなかった。確かにショウの顔をまじまじと見てればいつかはバレてしまうかもしれないが、今話すとは思わなかった。


しかし、これでアヤカが俺に怒ってくる事もないだろう。事情を理解してくれるに違いない。


アヤカはショウをどう思うのか、どう受け止めるのか俺自身も怖かった。ショウの緊張感がこちらにまで伝わってくる。俺は信じようと思ったけど、裏切られたと感じる人もいるかもしれない。



「え?嘘?!何で?どうして??昨日何があったの?」



アヤカの頭の中はハテナでいっぱいなようだ。ショウは俺に話してくれたようにアヤカにも話をしていた。自分がフライになった理由と、マリアとの関係性とトシカズとの出来事を。




「えー!じゃあ、ショウくんは全部最初から知ってたの?」



ショウが唾を飲み込む音が聞こえたきがした。笑顔で話しているけど、その笑顔の裏には何を思っているだろう。


「……はい。アヤカがマリアをいじめていたのも最初から知っていました。あの時も偶然通りかかった訳ではありません」



「……そうだったんだ……びっくりしたけど、まあ私は好きよ。フライも。まあ私より人気だから、ちょっとは妬んだ事もあったけど。まあ別に?いいんじゃない?」


一呼吸置いてアヤカは言った。案外あっさりしていた。アヤカはぶりっ子に見えて実はサバサバしている面があるようだ。俺の中では予想外だった。本当はまた質問責めになるのでは構えていた。



「どんな姿でもショウくんはショウくんでしょ?」


「……よかった」



アヤカがそう思っていたのは意外だった。ショウの綺麗な瞳がまた潤んでいるようにも見える。

二人はいつも喧嘩ばかりしているけど、ショウもアヤカの事をちゃんと信用したいと思っていたのだと感じた。

少しずつだけどアヤカの事をショウなりに認めてきているのだろう。



「もう!そんな顔で笑わないでよ……ショウくんのマリアに対しての気持ちはまだ恋なの?」


「……正直、今はわかりません。ファンとして好きと言う気持ちは確かですが、恋かどうかはわからなくなってしまったんです。だから会って確かめたい。助けたいと言う気持ちは変わってはいませんし」


「……そうなのね」


アヤカは寂しそうにしていた。アヤカもこんな表情をするのか。


俺は、ふと気づいてしまった。アヤカはショウの事が好きなのだろうか。前と少しだけショウを見るアヤカの表情が違う気がする。確信はないから口には出さないけれど。



「あーあ……アツシくんいっぱい怒ってごめんね。私何も知らなかった。知れてよかった」



「いいって。俺もどうしたらいいかわからないからって曖昧な態度とってごめん」



「ショウくんがフライだったなんてなー。私もっともっと可愛くなりたい。気合い入れたいし!私も髪切ろうかなー。ボブとかどう?」


アヤカは髪を手で押さえてボブヘアーのように見せてくる。


「アツシくんも一緒にどう?」


「アツシくんは今のままでも充分かっこいいんですー」


「あ!ショウくんの今の本命ってアツシくんなんでしょ!?」


「え?俺?!」


「アツシくんは渡さないんだからー!!」


「アヤカ実は俺の事好きなの?」


「違う。好きだけどそう言うのじゃない!」


「僕はこの前アツシくんのお母さんにも会ったんですよー」


「何なのよ!マウント?!」




二人の喧嘩がまた始まった。


例えば俺が今急にいなくなって、クラスメイトは誰一人と気づかなくて。


でも、ショウとアヤカは気づいてくれるかもしれない。そんな淡い期待が俺の心をぽかぽかと暖かくした。



まだまだ頑張らなければと充分気合いが入った。


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