第9話 危険な元カレ
放課後、クラスメイト達は「部活へ行こう」「今日はどこに遊びに行く?」と楽し気に会話をしていた。そんな中、俺はショウと駅前のカフェに向かった。
アヤカは自分の顔がトモキに知られている可能性があるからと不参加だ。確かにマリアの「親友」だったし充分にあり得る。
流行りのスイーツがある訳でもない。写真映えするドリンクがある訳でもない。そこは昔ながらの、よく言えば落ち着いた、少し古いカフェだった。イケイケな印象のトモキがこの店を選んだのが、なんだか意外だった。
俺は初めてこのカフェに来た。アンティークな雰囲気があり、店の中だけ時間がとまっているようなどこか懐かしさを感じた。ショウも初めてこの店に来たようで落ち着かないのかソワソワしているように見える。
トモキはまだ到着していないようだった。先に店の中で待たせてもらう事にした。
この店の一番のおすすめだという、普段飲みなれないブラックコーヒーを俺達は飲みながらアヤカが言っていた事を思い出していた。
「アヤカが言っていた事、本当なんですかね?」
「どうだろうな。本当だったら、ちゃんとトモキと会うことが出来るかって所からだよね」
「そうですよね……」
「もしかして、君達アツシくんとショウくん?」
振り返るとそこには一人の青年が立っていた。
「は、はい?」
「はははっ。俺がかっこ良すぎてびっくりした?二人とも驚いちゃって」
俺とショウは思わず顔を見合わせた。
「……どちら様でしょうか?」
「やだなー。君達面白い事言うねー。俺だよ。俺っ!」
確かに髪は茶髪で写真の中のトモキと同じだ。
……しかし顔が違う。
切れ長の二重でも、俳優のような顔立ちでもない。どちらかと言うとぽっちゃりしているし、失礼だがはっきり言うとゴリラ顔だ。
「……トモキさんですか?」
「なーんだー。わかってんじゃーん!」
アヤカが言っていた事は本当だった。アヤカが言っていた一つ目の話はトモキの顔が写真と実物で全然違うという事だった。
「そんな事あり得るの?」と驚く俺達に「顔のパーツは簡単に加工で変えられるんだから」と言っていた。その話を聞いた時はピンと来なかったが、ここまで違うとは、写真の加工技術の進歩に驚きだ。
ここでトモキの機嫌を損ねてしまっては元も子もない。驚いていることを悟られないように俺とショウは必死に笑顔を作った。
「トモキさん。今日はお時間とっていただきありがとうございます」
「いいって、いいって。俺の男のファンって珍しいし、超嬉しい。ほら、俺って女の子にモテモテだからさ!今日は何でも聞いて!」
「ははっ……すごい……」
何だか良く分からないけどメッセージの文面通り、凄く明るい人なんだろうなと言うのが伝わって来る。
「あの、さっそくなんですけど僕全然この通りモテないんですよ。どうしたいいですかね?」
まずは警戒されないような話題を振る。そしてトモキからの信頼を得る事からだ。
「ショウくんはねー、まずその前髪と眼鏡なんとかしなよー。アツシくんは、うーん、なんかダサイ。持ち物も安っぽいしさー。そもそも君達どんな子がタイプなの?」
こちらが聞いたわけだし、それに答えてもらっている立場だが、どうも言い方が気に障る。
「トモキさんは、イケイケでかっこいいですもんね!羨ましいです。そうですねー、マリアがタイプです」
「へー」
トモキの顔色が変わった。
「マリアは俺の理想全てが詰まっています。あーあ、マリアはどんな人がタイプなんでしょうね?付き合える人が羨ましいです。トモキさんみたいにカッコ良くなれれば俺にも可能性ありますかね?」
「へー、やっぱりマリアは王道だよね」
トモキは得意げに笑うと言った。
「俺の事が大好きな君たちに特別に教えてあげるね。俺、マリアと前に付き合ってたんだ。すごいだろう」
引っかかった。
意外とあっさりだ。もっと必死に隠している事かと思っていた。
「まじですか!?すっげぇ!流石トモキさん!」
「僕本当にトモキさんの事、尊敬してます!」
俺とショウは初めて聞いたかのような反応をした。俺達の演技力こそ俳優のようだ。トモキはまんまと騙され、いとも簡単にマリアと付き合っていた事を話してくれた。
「だろ!このモテモテの俺が、君達に特別にいろんな事教えちゃうからね!」
「「ありがとうございます」」
「あの、質問してもいいですか?」
「何でも聞いて!」
「マリアとは何で別れたんですか?」
「うーん。一言でまとめると俺がモテモテなのが原因かな。俺が女の子と連絡とる度にマリアがヤキモチ焼いてさ、もう困っちゃったよ。挙句の果てには女の子とノリで撮ったプリクラを見つけて来てさ、浮気だって騒いでさー。友達なんだから、プリクラくらい撮るよね?それで話し合って俺から振った感じかなー。でもあいつだって男と連絡とってたくせにさーって思うんだよね。あいつの方が浮気じゃんって。まあ、マリアも俺にかかればその程度の女だったんだよ。君達もマリアに夢を持ちたいなら、近づかない事だね。まあ、今は生きてるのかも謎だけど」
「それって……」
「トモキの方が浮気じゃないか?」と言葉が喉まで出かかってしまう。全くマリアの気持ちを考えていないじゃないか。大切にしていないじゃないか。そして自分は全く悪くないと思っているようだ。DVやモラハラの事はやはり話してはくれないようだ。
と言うか、彼の性格からしてそもそも自分が犯した罪に気づいてさえいない様に見える。
ぐっとこらえて俺は質問した。
「そうなんですね!流石トモキさん!女の子と付き合うって難しいですねー。俺にはまだ早いのかなー。もう一つ聞きたい事があるんですけど……」
ブッー。
その時、トモキのスマホに誰かから着信が入った。トモキに気づかれないように横目で俺は画面に目を移す。画面には「サホ」と言う名前が表示されていた。今の彼女だろうか。トモキはスマホを持つと「チッ」っと小さな舌打ちをして着信を切った。そして何事もなかったかのように俺達の方を見た。
「何かな?」
「……友達が、彼女いるんですけど、彼女が言う事聞かなかったりすると暴言吐いたり、殴ったりするらしいんですよ。俺は止めたんですけど、彼女が悪いから良いんだって言ってて。トモキさんはどう思いますか?」
架空の友達の話をし、一か八かで聞いてみる。自分の罪をどこまで認めるのか試すために。
「それはダメダメ!女の子には優しくしなくちゃ。嫌われちゃうよー。今度その友達も俺の所に連れてきなよーっと。また電話だ。ちょっとごめんね」
トモキは再びかかってきた電話に出ようと席を外した。
「アツシくん流石名演技です。案外あっさり話してくれましたね。でも普通に話す分にはただのノリが良い人って感じですね……モラハラを認める様子もありませんね」
「ショウも演技良かったよ。本当に。肝心な事まだ聞けてないけどこの調子だと、どこまで本当の事話してくれるかだな」
「そうですね」
「おまたせー!ごめん今から彼女と会うんだ。今日はもう解散かな」
「分かりました!貴重なお時間ありがとうございました」
「あ、俺さー、カードしか持ってなくて、ここのお店カード使えないんだって。次合った時返すから悪いけど立て替えてくれない?」
アヤカが言っていた二つ目の話はトモキはお金がないふりをすると言うことだった。
マリアは当時これで相当困っていたという。好きだからとつい甘やかしてしまい、自分がSNS活動で得た収入をほぼトモキに持っていかれていたというのだった。そしてトモキがお金を返してくれる事はなかったと話していた。
「分かりました。こちらがお時間作ってもらった側ですしね。次会ったらなんて言って貰えて、また次もあるなんて、本当に光栄です」
「まあ、俺忙しいけど、君達ダサいけどいい子そうだからねー。俺が男に時間作るなんて中々ないから喜べよー。じゃ、彼女が待ってるから」
「ありがとうございました。お気をつけてー」
逐一嫌な言い方をして来る。気分が悪い。トモキがくるっと後ろを向いた瞬間、一生懸命に引き上げていた俺の頬筋は一気にさがる。
「ショウ……トモキの後をつけるぞ」
「アツシくん?顔が怖いです」
「あ、ごめん。つい」
「いえ。後をつけるって……」
「マリアの今の状況知ってるかとか詳しく聞けなかったし、トモキが本当はどんな人なのか、アヤカが言っていたことがもし本当なら、突撃して調べるのが早いだろ?さっきだって自分は絶対に悪くないって感じの話し方だったし」
「そうですけど……わかりました。そうですよね。マリアを探し出すことが優先ですもんね。行きましょう」
トモキが歩いて行った方向に速足で進むと、すぐに追いつくことが出来た。トモキは細身の綺麗な女の子の腰を抱きながら歩いていた。
彼女が「サホ」だろうか。
他人のデートを覗き見る趣味はないがすごくドキドキしてしまう。二人はそのままカラオケに入っていった。
「カラオケですか……」
トモキと彼女の姿を見失って仕舞わぬように俺が二人の後をつけ、ショウに受付をしてもらっている。
「密室になるから何かわかるかも」
俺は速足でトモキとサホが入っていったであろう部屋に向かった。
アヤカが言っていた、三つ目の話はトモキは表の顔と裏の顔が全く違うという事。DVやもモラハラの件を含む、裏の顔は彼女以外の前では絶対に出さないという。確かに普通に会話しただけの俺には裏の顔があまり想像できなかった。
ガッシャン……!
奥の部屋からグラスの割れるような強い音がした。アヤカが言っていたことが本当なら、
奥の部屋では今、何が起こっているのだろうか。
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