第4話 高校二年生、夏
『明後日ヒマ?』
沙月からそんなメッセージが届いたのは夏休みど真ん中の八月の初め。たしか夕方だったと思う。
俺はベッドに寝転んだままの姿勢でスマートフォンのロックを解除する。
『みんなで海行かない?』
そのシンプルな文面には何人かのクラスメイトの名前も一緒に書かれていた。
いつも放課後の教室で駄弁っている帰宅部メンバーたちだ。この面子で海に行くらしい。
『いく』
考える前にそう返信していた。『返信はやっ』と現役女子高生を驚かせるほどの即レスだった。
それほどに俺は暇だったのだ。
学期末のホームルームで担任は「長いと思ってても夏休みなんてあっという間だ。計画的に過ごせよ」と忠告していたが、これがまったく終わらなかった。毎日が永遠のようにも思えた。それほど俺は暇を持て余していたのだ。
そんなタイミングの誘いだ。行き先が山でも川でもメキシコでも同じスピードで返信しただろう。
『ま、いいや。じゃあ明後日朝7時に駅前ね!』
『りょーかい』
短く返信してスマホを置く。見飽きるほど見てきた自室の天井を見つめる。
「ふう」
まず息をひとつついた。それから少しして、もう一度スマホを手に取る。
検索履歴の一番上に『海水浴 持ち物』が追加された。
***
「あ! あれ見て! 島があるよ!」
「あるだろ島くらい」
水平線の先を力強く指差した沙月は、波の音に負けない声で叫んだ。その人差し指の先には濃い緑色の島がぽっかりと浮かんでいる。
「えーノリ悪いなあ。私がせっかく漂流者ごっこで盛り上げようとしてるのに」
「盛り上がるかそれ」
「みんな一回は夢見るでしょ、漂流者」
「俺はない」
沙月は口を尖らせたが、無いものは無いのだから仕方ない。
「まあでも、海はいいよな」
俺は太陽がきらきらと乱反射する水面を眺める。
漂流者はさておくとして、あれだけ時間を浪費してきた毎日に訪れたこれぞ夏休みというイベントに俺は少なからず浮足立っていた。――いや、めちゃくちゃ楽しみにしていた。
「じゃあちょっとあの島まで泳いでみるか」
だからそんな馬鹿な提案をしてしまったのも無理のない話だった。
そして、類は見事に友を呼んでいた。
「え、いこいこー!」
「こりゃあロマンというやつですな」
「おーしじゃあ競争だ! ビリがジュース奢りで!」
「わたしアイスがいい!」
口々に好き勝手なことを言いながら、ブレーキの壊れた俺たちは次々と海に飛び込んでいく。
あの島に一番最初に着くのは自分だと、誰もが信じて疑わなかった。
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