第2話 高校一年生、春

 栄成高校のグラウンドの隅には大きなサボテンがある。

 それは二メートルをゆうに超えるサボテンで、校庭の片隅にいながらもあまりにメキシカンな雰囲気を垂れ流しにしていた。当然ながらグラウンドに生えている植物の中でも一際異彩を放っており、入学式には花びら舞う桜の木よりもそのサボテンの前で記念写真を撮る家族が多いほどだ。

 俺はずっとそれが気になっていた。

「サボテン部とか、どう?」

「え、なにそれ」

 自分の席に座ってくるくるとペン回しをしている沙月は回していたペンを取り落とした。かつん、と天板にペンがぶつかって、ころころとこちらに転がってくる。

「校庭にサボテンあるじゃん」

「ああ、あのビッグ違和感?」

「そうそれ。あのサボテンの観察とかでいいんじゃない。成長記録的な」

「いけるかなあそれ」

 転がってきたペンを受け止めて彼女に返す。彼女は「ありがと」と短く言って受け取った。

 入学式から一週間で仲良くなった俺と沙月は新しい部活動の発足について話し合っていた。それは決して俺たちが意欲的なわけではなく、むしろこれ以上ないほど消極的な理由からだ。

「いけるって。うちの担任、生物担当だし。サボテンを愛そうとしてるやつの邪魔しないだろ」

「まあ八生くんが申し込んでくれるならいいけど」

「……仕方ない、やろう。俺たちの自由のために」

 栄成高校では新入生は必ずしも何かの部活動に入部しなければならないという校則がある。文武両道を叶えるために整えられた制度らしいが、その強制は生徒の自由を奪っているだけのように思えた。

 そんな制度に対抗すべく、俺たちは隠れ蓑としてのサボテン部の活動内容について詰めていく。

「自分の青春は自分で決める、ってね」

 器用にペンを回す彼女の言葉に俺は頷く。

 俺たちの青春は、サボテンでも興味のない部活動でもない。そう信じていた。


***


「このサボテン、『柱サボテン』って言うんだって」

「へえ、まんまだな」

「それね」

 沙月はスマホの画面とそびえ立つサボテンを見比べながら検索結果を報告する。

 その後ろではクラスメイトの後藤ごとう藤木ふじきが「サボテンの棘ってやっぱ痛いんかな」「痛かったぞ」「経験済みかよ」と軽口を交わしていた。部活の新設には最低四人必要、ということで協力してもらった二人だ。

 今日はなんとか創設できた『サボテン部』の活動初日だった。

「にしても、なんでこんなとこにいるんだ?」

 青空の下に映えるサボテンを見上げながら俺は呟く。ほんとビッグ違和感だ。

「原産地は南米、アフリカだってさ」

「家から近いからってわけじゃなさそうだな」

「八生くんの入学理由と一緒にしたら可哀そうだよ。きっとこのサボテンは夢や希望を持って入学してきたんだから」

「まるで俺に夢も希望もないような口ぶりだ」

「ないでしょ」

「ないけど、まだ」

 彼女の言う通り、俺が栄成高校を受験したのは家から徒歩で通える距離だったから、というだけだ。何かを叶えるためじゃない。

 だけどまあ今はそういうもんだろう。高校生活ってのは夢や希望を見つける場でもあるんだし。

「このサボテン、花とか咲くのかな」

「あ、ちゃんと育てれば咲くこともあるって」

「ちゃんと、とは?」

「愛情を込めるとか」

「ほう」

 沙月の進言により、サボテン部初日の活動は「サボテンに愛を贈ろう」と水をやったところで終了した。

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