古譚

冬天の空気が冷たい。

凍てつく風が喉を掠める。

俺は屋根を駆け抜け、早急な魔女の処理のために心を落ち着かせていた。


周りに気づかれぬ内に、終わらせる。

堅牢な決意。

俺は坩堝と化す。

脈が波打つ。

ドクン。ドクン。


数秒の後にお目当ての家屋が姿を現す。閑静な住宅街に佇む凡庸な一軒家。

最初に見た時は驚いた。魔女の家というイメージと、随分かけ離れていたから。


「相手を視認。暗殺に移行する」

別に報告をしなければならない決まりはないのだが。

血湧き肉躍っていたからだろう、スルーしてほしい。


目標は報告通り建物2階に居た。現在の地面からの高さと変わらない。距離80。装甲服《カーノ》最大出力で瞬時に距離を詰める。後に訪れるであろう披露、筋肉痛など今更考えている暇はなかった。

魔女捜査本部WITHが開発した装甲服《カーノ》。これを纏うことで己の身体能力を何倍にも跳ね上げる。しかしそれは熱量を前借りしているに過ぎず、数時間後に顕現する運動量分の疲労は筋肉痛となって俺の体に攻めてかかる。だがそれも一瞬で片をつける事で解決する。


今までの修練も相まって、軽く150キロは出ているだろう。

体は光、視界は広大な砂漠を思わせた。


家に向けて跳躍。頂上へのラストステップ。もう邂逅は目の前だった。


そういえば、今夜は三日月だった。程よく霞掛かった風情のある大きな大きなお月様。


それは夜空を愛でるには、これ程のモノは無いとさえ思えた。


だからこそ、この夜空を血で染めるには少々躊躇われた。


既に、闇夜に紛れる一匹の狼は、獲物を仕留めに掛かっている。


すでに此方側おれに気づいていても何ら不思議ではない。俺達側とて魔女のことは微塵も情報がない、危険度もまるで判らない。

だからなるべく、目標には寸前まで悟られぬ様にしなければならなかった。

暗殺というよりも奇襲。


俺は謎の焦燥感に苛まれる。

黒い体躯は其の儘の勢いを保ち、柵を越え、窓を突破する。体を丸めた状態で室内へと強引に侵入する。窓を破ってしまった時点でそれを暗殺と呼べるかは怪しい。


目標の寝室と思われたその部屋には、硝子片が月光を反射させながら舞い落ちていた。


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泡沫のリリック 肉饅 @kintorenikuman

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