泡沫のリリック
肉饅
古譚
場所は東京の一角。都心とは打って変わって、高そうな建造物のない見晴らしがいい住宅街。
ここが日本の首都だと云うことを忘れてしまう。
繁華街やホテル街での人のごった返し様と比較しても、随分深々としていた。
人に塗れることは難しいが、人に見つからないというのは大きな利点だろう。
「——ラルド、目標を確認。射程圏内に入った」
左耳につけたイヤホンからの女声。無機質で感情の起伏のないエーレの声が聞こえる。
初陣にしては緊張感のない、いつも通りの声音だった。本当に緊張していないのか、それとも感情を押し殺しているのか。
無論、そんな事を考える余裕なんて今の俺にはない。
そんな思惑を他所に、目標との距離は刻一刻と小さくなっていく。
「了解した。目標の様子はどうだ?」
ラルドは夜空を疾走していた。幾度となく家屋の屋根を飛び渡る。
兎というかは猟豹に近い。
人が考えうる爽快感の絶頂。
未だラルドは原初のトップスピードを維持していた。
「目標は家の中、2階に居る。48分32秒前から動きは無し、就寝中。何が起こるかわからない。周囲に留意して」
遠方から双眼鏡を覗き、目標を注視しているエーレからの報告。それは寸分の狂いなく端正かつ冷淡。パートナーとしては最高の偉材だとつくづく感じさせられる。
俺は昨日のことを思い出していた。
本部からの突如とした魔女暗殺要請。
畏怖でも浮き立つ心でもない、複雑な感情が堰を切った濁流のように押し寄せる。
俺の人生は魔女殺しの為。いわば日本の平和維持ためにあった。
誰もが日本に貢献するために存在している。誰だって何らかの意味を持ってこの世に生を受ける。俺はそう信じて疑わなかった。
遅かれ早かれ、殆どの人間が世の中の歯車の潤滑剤として働くことになる。俺はそれが数年早かっただけなのだ。
布団を被っても上手く眠りにつけない。まるで明後日の遠足を待つ幼稚園児であった。
WITHからの要請。もし失敗するようなことがあれば。情報漏洩を防ぐためであれば、関係してしまったあらゆる人間を闇に葬り去るだろう。
俺の肩書きである対魔女特務執行官という役職は、国家最重要機密情報。
いくら日本に数名しか存在しないと云えど、所詮は犬。命令を受けるだけの駄犬だった。
そうなれば、堕犬が生き続けるためには、任務達成の4文字が必須条件。俺たちに選択肢などという逃げ道は、生まれた瞬間から存在していなかった。
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