後編

そういうお話です。


ちはやさんは話を終えると、足早に家を後にした。

その後、私は兄にそのことの顛末を話した。


「なるほど、面白いね。」


「分かりましたか?」


「まぁ、多分ね。」

兄はあっけらかんと答える。


「まず、初めに考えることは二つだ。」

二つ?一体どれとどれだろう?


「密室の謎とか?」


「違うな、はっきり言って密室は今回の件においてはどうでもいいと言える。仕掛けは単純、天井のエアコンの通気口に鼠を入れておく、そして腹の穴の中に名前の書いた紙、水、ひもを入れて凍らせる。片方は通気出口のもう一つから出して、鍵にかける。もう一つは花瓶に引っ掛ける。腹の中の水が溶けていくと、瓶はそのまま落下し、鍵を持ち上げる、その衝動で鼠も下に落ちる。Cが花瓶が落ちたと思ったのは、机が濡れていたからだろう。」


理にはかなっている気がする。

「では、何が大事なんですか?」

強めに言い放つ。


「ちはやさんが言っていただろう。これは「虎と鼠のお話」だと、そして「人の話は装飾される」と。」


虎と鼠

確かに言ってはいたが、虎なんてどこにも出てきていない。

いや、装飾されている。言い換えられている部分が多々あった。


「B、C、Dの名前、「こてつ」「こたろう」「こゆき」誰かが、虎だということですか?」


「その通りだ。虎は鼠を怯えさせる。働きまわる鼠を止まらせるほどに、例えそれが、左甚五郎の作品だったとしてもだ。」


「こたろうが、虎。こゆきが鼠と言うことですか?」


「お兄ちゃんはそう考えている。ことの顛末はこうだろう。

虎は鼠に対し、何かとてつもない弱みを握っている。鼠は逆らうことが出来ずに言うことを聞くしかなかった。弱みとはおよそ家族の中の彫り師に問題があるのだろう、弱みになるくらいだから、犯罪がらみの贋作師とかな。要求にどんなものがあるのかは分からないが、盗みをしたりしなければいけないのだから金銭的なものが中心だったと考えられる。」


「盗みの犯人は彼女自身だったと、では鼠の仕掛けも全部自作自演。」


「多発する盗みの中で、虎は大事なものを取られてしまった。虎が取られたものは?」


「スマホと、USBです。情報機械。」


「そう、虎は焦っていた。『情報が入ったあれは脅しのための唯一の手段なのに、盗られてしまった』。鼠の犯行だと薄々気づいていただろうが、虎は尻尾がつかめないままでいた。しかし、それを取り返すことが出来た。鼠の失敗か、花瓶を落されて、画面が割れてはいるが、データは無事だ。」


「それが分かっての『これならいい』と言うことですか。」


「データは無事だし、これ以上大ごとにして、俺が鼠を脅していることがバレたら敵わない。先生は呼ばないで、ことを慎重に収めようとなる。」


「待ってください、それならなぜ鼠はそんな行動を?というかそんな仕掛けで壊そうと試みなくても、水に入れれば大抵の機器は壊れるでしょう。」


「いや、鼠はわざと壊さなかったんだ。」


「なぜ?」


「虎が安心するからさ。データは無事。脅しがバレることもない。USBのデータは消されていたから間違いなく、鼠の仕業だろう。尻尾はつかんだと。」


「それなら、意味がないんじゃないですか」


「意味はある。時間だ。虎は数か月後に学校に来なくなった。その間に何があったか。ちはやさんがそこへ行ったのはこの前と言った。この前には、虎は巣ごもりしている。すると事件があったのが、その数か月以上まえだと分かる。その間の変化として何があったのか。さっきも言ったが、話は人を通すと装飾される。ちはやさんの言葉は町の話をどのように言っていたか?答えはこうだ。『青々と緑が茂る山々、車窓から眺める景色は非常に風情があっていいものだった。実は紅葉もきれいな地域らしい。長屋が連なるその町は田舎と言うと少々聞こえが悪いが、昔懐かしい趣のある地域だった。

加えて、この前に赴いたときは、まだ寒々しかった。山間部の影響も大いにあると思う。まぁ、電車の乗客がそこそこいて驚いた。』」


兄はちはやさんの言葉を繰り返した。


「変だとは思わないか。『加えて』の後と前で季節の感想がまるで違う。前半は『青々と緑が茂る山々』、後半は『寒々しい』。紅葉がきれいらしいともいった。

山々はおよそ、常緑樹ではなく、落葉樹。彼女は本当はあの町に二度訪れている。この前が春先で二回目、その前はいつかの夏ごろと予想できる。その二つには変化がある。」


私は色んなことを思い返す。

そんな時にある写真を見せられたことを思い出した。

「若者が流入しない町にも関わらず、写真には家族連れが多く乗っていました。」


「そう。あの町は有名になった。ちはやさんが言ったように今は木彫りでな。町長の性格は語られた通りだ。密室、左甚五郎、木彫りのねずみ、面白がらないわけがない。誰かが情報を流して、町長に宣伝させ、町の名物にした。その結果。」


私は続く

「その結果、町の彫り師は仕事が一気に回ってくるようになった。もちろん、鼠の親類にも、そこで贋作師は正当に彫り師としての地位を築くことが出来たというわけですか」


「贋作師を生業にするくらいだから腕はいい。人気もうなぎのぼりだろうな。そして、虎は脅し場所を無くした。残ったのは自分が脅した事実だけだった。」


「なるほど、そういうことだったんですか。」


兄は返す

「想像が9割だが、これも装飾の結果だろう。ちはやさんに連絡しておいてくれ、『これで当たっているか?』と。」


何気なく、その言葉のままちはやさんにメールを送信した。


『これで当たっているか?』

その質問と、夏に一度その場所を訪れていたということ、誰かによって情報が町長に伝えられ、その町長の政策がうまくいきすぎていること。

私は『情報通』がとてつもなく肌に合わない言葉に感じた。

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